[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

この窒素、まるでホウ素~ルイス酸性窒素化合物~

[スポンサーリンク]

固まりかけた知識は掃除してみても、いいかもしれません。

15族化合物は求核性?

13族化合物はルイス酸性・求電子性である、という安易な分類はもうできない時代に突入しています。[1]例えば、ごく最近、Bath大学のHillらは、簡便な方法で求核性ホウ素マグネシウム化合物を合成する方法を報告しています。[2] 一方で、15族化合物に関してはどうでしょう?
一般的に15族化合物はルイス塩基性・求核性として機能すると理解されていますが、リン化合物の中にはルイス酸として働くもの知られており、最近ではその特徴を活かして触媒として応用する例も報告されています。[3] ところが、窒素を明らかなルイス酸中心として機能する化合物は例がなく、特殊なケースとしては、以前報告したナイトレンとイソニトリルの付加反応によってカルボジアミドが生成する一例が知られています。

ニトレニウム化合物

イスラエル工科大学のGandelmanらは、二配位カチオン性窒素化合物 ニトレニウムが、遷移金属の配位子として利用できることを以前報告しています。[4] 遷移金属錯体の配位子として幅広く利用されているカルベンと等電子構造を持つニトレニウムですが、正電荷を帯びているため、求核性は高くありません。しかし、ピンサー型に修飾することで、その窒素中心がRhやRuなどの金属へ配位可能であることが立証されています。

で、上述の通り、の窒素周りはカルベン炭素と類似の電子環境であることから、中心窒素には形式的に電子対と空のp軌道が存在します。

平面三配位かつ空のp軌道を持つ電子構造は、そう、三配位のホウ素化合物と同じですね。じゃあ、その空軌道ってルイス酸性を示すんじゃないの?ってことで、今回、様々なルイス塩基及び求核剤と反応できる窒素化合物に関する論文がJACS誌に報告されていたので、紹介したいと思います。

ルイス塩基性窒素中心

Alla Pogoreltsev, Yuri Tulchinsky, Natalia Fridman, and Mark Gandelman, J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 4062, DOI: 10.1021/jacs.6b12360

著者らはまず、三つのニトレニウム種10を下記の方法で合成しています。


化合物に対してKPR2(R = Ph or tBu)を反応させたところ、環拡大した12が得られています。中間体11が発生したのちに、リン原子上の電子対が五員環内N-N結合の開裂に寄与しているのでは、と考えた著者らは、次に、その電子対を保護したKP(=O)Ph2もしくはKPPh2・BH3を用いてとの反応を検討しています。


その結果、の中心窒素原子にリンが結合した化合物1314をそれぞれの反応から単離することに成功しました。ニトレニウムを用いても同様の結果が得られています。

(12,13,14の分子構造。図は原著論文より)

 

一方で、10とKPR2との反応では、リン上の電子対を保護していないにも関わらず、上述の中間体11に対応する化合物15を得ることができています。おそらく、10がナフタレン部位で固定された六員環構造を有しているため、環拡大反応の進行を制御できたのではと考えられます。

また、中性のホスフィンPR3 (R = Bu or Me)との反応では、PR310の中心窒素に配位したルイス付加体16が生成することがわかりました。さらに、KP(=O)Ph2、KPPh2・BH3、そしてRLi(R = Bu or Ph)との反応からも、中心窒素が求核攻撃された反応生成物が得られています。

最後に著者らは、ルイス付加体16において、中心窒素上でリン配位子が置換可能であることも示しています。

うまく分子をデザインすれば、ホウ素無しのFLPなんてのも、そのうちできそうな気がしてきますね。
基礎化学者たるもの、元素の持つ基本的な性質を深く理解する過程で、その知識に束縛されてしまう罠に陥ってはいけません。頭の柔軟体操が大切であることを再認識させてくれる論文でした。

参考文献

  1. Douglas W. Stephan, Angew. Chem. Int. Ed. 2017, doi:10.1002/anie.201700721
  2. Anne-Frederique Pecharman, Annie L. Colebatch, Michael S. Hill, Claire L. McMullin, Mary F. Mahon, Catherine Weetman, Nat. Commun, 2017, doi:10.1038/ncomms15022
  3. Christopher B. Caputo, Lindsay J. Hounjet, Roman Dobrovetsky, Douglas W. Stephan, Science, 2013, 341, 1374, doi: 10.1126/science.1241764
  4. Yuri Tulchinsky, Mark A. Iron, Mark Botoshansky, Mark Gandelman, Nat. Chem. 2011, 3, 525, doi: 10.1038/NCHEM.1068

関連書籍

[amazonjs asin=”3527295798″ locale=”JP” title=”Lewis Acids in Organic Synthesis, 2 Volume Set (Wiley-Vch)”] [amazonjs asin=”1361426519″ locale=”JP” title=”Synthesis of Spirolactams Via Phenylseleno Group Transfer Radical Cyclization and Secondary Amine Formation Via Reductive Amination Using Incl3/Et3sih Promoted by Lewis Acid”] [amazonjs asin=”3709110866″ locale=”JP” title=”Lewis Acid-Assisted Stereoselective Synthesis”]

関連リンク

関連記事

  1. 光刺激に応答して形状を変化させる高分子の合成
  2. 生合成を模倣した有機合成
  3. 大学の学科がクラウドファンディング!?『化学の力を伝えたい』
  4. リガンド結合部位近傍のリジン側鎖をアジド基に置換する
  5. 第57回若手ペプチド夏の勉強会
  6. アメリカ化学留学 ”入学審査 編”!
  7. 第14回ケムステVシンポ「スーパー超分子ワールド」を開催します!…
  8. アイディア創出のインセンティブ~KAKENデータベースの利用法

注目情報

ピックアップ記事

  1. ChemRxivへのプレプリント投稿・FAQ
  2. フィリップ・イートン Phillip E. Eaton
  3. 米国へ講演旅行へ行ってきました:Part IV
  4. 花粉症の薬いまむかし -フェキソフェナジンとテルフェナジン-
  5. 酒石酸にまつわるエトセトラ
  6. プリンターで印刷できる、電波を操る人工スーパー材料
  7. 英語で授業/発表するときのいろは【アメリカで Ph.D. をとる: TA 奮闘記 その 1】
  8. REACH規則の最新動向と対応方法【終了】
  9. 「Natureダイジェスト」で化学の見識を広めよう!
  10. [12]シクロパラフェニレン : [12]Cycloparaphenylene

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年5月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目情報

最新記事

7th Compound Challengeが開催されます!【エントリー〆切:2026年03月02日】 集え、”腕に覚えあり”の合成化学者!!

メルク株式会社より全世界の合成化学者と競い合うイベント、7th Compound Challenge…

乙卯研究所【急募】 有機合成化学分野(研究テーマは自由)の研究員募集

乙卯研究所とは乙卯研究所は、1915年の設立以来、広く薬学の研究を行うことを主要事業とし、その研…

大森 建 Ken OHMORI

大森 建(おおもり けん, 1969年 02月 12日–)は、日本の有機合成化学者。東京科学大学(I…

西川俊夫 Toshio NISHIKAWA

西川俊夫(にしかわ としお、1962年6月1日-)は、日本の有機化学者である。名古屋大学大学院生命農…

市川聡 Satoshi ICHIKAWA

市川 聡(Satoshi Ichikawa, 1971年9月28日-)は、日本の有機化学者・創薬化学…

非侵襲で使えるpH計で水溶液中のpHを測ってみた!

今回は、知っているようで知らない、なんとなく分かっているようで実は測定が難しい pH計(pHセンサー…

有馬温泉で鉄イオン水溶液について学んできた【化学者が行く温泉巡りの旅】

有馬温泉の金泉は、塩化物濃度と鉄濃度が日本の温泉の中で最も高い温泉で、黄褐色を呈する温泉です。この記…

HPLCをPATツールに変換!オンラインHPLCシステム:DirectInject-LC

これまでの自動サンプリング技術多くの製薬・化学メーカーはその生産性向上のため、有…

MEDCHEM NEWS 34-4 号「新しいモダリティとして注目を浴びる分解創薬」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

圧力に依存して還元反応が進行!~シクロファン構造を活用した新機能~

第686回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機化学第一研究室(鈴木孝…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP