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化学者のつぶやき

イミデートラジカルを経由するアルコールのβ位選択的C-Hアミノ化反応

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オハイオ州立大学・David A. Nagibらは、脂肪族アルコールのラジカル関与型β位選択的C(sp3)-Hアミノ化反応を達成した。トリクロロイミデートからアミニルラジカルを生成させ、リレー型1,5–水素移動(HAT)過程を通じてβ位選択的に炭素ラジカルを生じさせる過程が鍵である。

“Directed β C−H Amination of Alcohols via Radical Relay Chaperones”
Wappes, E. A.; Nakafuku, K. M.; Nagib, D. A.* J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 10204. DOI: 10.1021/jacs.7b05214

問題設定と解決した点

βアミノアルコールの合成法はアルケンの2官能基化[1]など古典的な方法がいくつか知られているが、アルコールのβ位C(sp3)-H結合を直接アミノ化してそれを合成する方法は例が少ない。ロジウムもしくは銀ナイトレニド活性種を用いてβ位C-Hアミノ化を行った報告は知られているが、その立体規制を理由に、γ-アミノ化生成物を与えるものが主である[2]。
著者らは窒素ラジカル起点の1,5-HAT過程に着目し、遠隔位C-Hアミノ化を実現した。アルコールβ位へとアミノ基を選択的に導入できることが特徴である。

技術や手法のキモ

一番のキモは窒素ラジカル源としてイミデートを選択したことにある。冒頭図のとおり6員環遷移状態をとることから、選択性の制御も完璧に行える。イミデートから生成するラジカルのHAT過程は過去に報告例がない。アミナール構造では窒素ラジカル生成時にβ開裂が競合するため制御が困難である。
DFT計算によりSOMOエネルギーも求めているが、置換基によってその値が大きく変わる。一方でどのイミデートにおいても、N-H結合の解離エネルギー(BDE)はおよそ100 ± 1 kcal/molと計算される。これは大抵のsp3C-H結合を切断するに十分な強さを持っている。
後述するとおり、構造によってHAT過程の進行度に大きく差が出るので、HAT過程はBDE値では無くSOMOエネルギーに大きく依存するものと考察されている。

主張の有効性検証

①イミデート部位・反応条件の最適化

2-フェニルエタノールを原料として、置換基を変更した各種イミデートを合成し、IOAc(= NaI + PhI(OAc)2)、蛍光灯照射で反応をかけたところ、トリクロロアセトイミデートを用いる場合に、ベンジル位C-Hアミノ化反応が定量的に進行することがすることが明らかとなった。ベンゾイルイミデートでも中程度で反応が進行する。

脂肪鎖アルコールを原料とする場合には、より求核性の高いベンゾイルイミデートを用いるとβ位アミノ化が比較的高収率に進行する(トリクロロアセトイミデートでは求核性が低いのでオキサゾリンの閉環が起こらない)。

速度論的同位体効果の測定によって、HAT過程が律速段階であることも確認している。

②基質一般性の検証

ベンジル位・アリル位C-Hアミノ化=トリクロロアセトイミデート、3級・2級・1級C-Hアミノ化=ベンゾイルイミデート を用いて検討。光学活性な3級炭素を持つアルコールを用いると、完全なラセミ化が進行する。このことから中間体は平面ラジカルもしくは、カチオン経由と考えられる。

議論すべき点

  • イミデートの原料合成も含めてone-potで全てが行えるようになれば、もっと有用性が高まるかと思われる。立体障害があるとイミデートの合成が難しくなるのは難点。
  • アルコールに引っかける構造を本論文中では「ラジカルリレーシャペロン」と名付けている。この部分を触媒化したり、より遠隔位のC-H変換にも汎用性の高い構造を設計できるようになれば面白い。

次に読むべき論文は?

  • Munizらによって、Tsアミド形成→I2―光触媒―酸素を用いる触媒的C-Hアミノ化(ピロリジン合成)が最近達成されている[3]。これとNagibらの前報告[4]を参考にして本系を改良すれば、酸化剤の触媒化も可能になるかも知れない。

参考論文

  1. (a) Ager, D. J.; Prakash, I.; Schaad, D. R. Chem. Rev. 1996, 96, 835. DOI: 10.1021/cr9500038 (b) Bergmeier, S. C. Tetrahedron 2000, 56, 2561. doi:10.1016/S0040-4020(00)00149-6 (c) Karjalainen, O. K.; Koskinen, A. M. P. Org. Biomol. Chem. 2012, 10, 4311. doi:10.1039/C2OB25357G
  2. (a) Davies, H. M. L.; Manning, J. R. Nature 2008, 451, 417. doi:10.1038/nature06485 (b) Roizen, J. L.; Harvey, M. E.; Du Bois, J. Acc. Chem. Res. 2012, 45, 911. DOI: 10.1021/ar200318q (c) Jeffrey, J. L.; Sarpong, R. Chem. Sci. 2013, 4, 4092. doi:10.1039/C3SC51420J
  3. Becker, P.; Duhamel, T.; Stein, C. J.; Reiher, M.; Muniz, K. Angew. Chem. Int. Ed. 2017, 56, 8004. DOI: 10.1002/anie.201703611
  4. Wappes, E. A.; Fosu, S. C.; Chopko, T. C.; Nagib, D. A. Angew. Chem. Int. Ed. 2016, 55, 9974. DOI: 10.1002/anie.201604704
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cosine

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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