[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

パラジウムが要らない鈴木カップリング反応!?

[スポンサーリンク]

有機合成化学の分野では、無数の触媒反応が報告されています。しかし触媒量の範囲はというと、結構あいまいである気がします。触媒量は少ないにこしたことはないんですが、いったいどこまで減らすことができるのでしょう?

今回はそれに関連するお話、特に鈴木カップリング反応に関する話題を紹介します。

鈴木-宮浦クロスカップリングについて

 1981年、鈴木・宮浦らはパラジウム触媒と塩基の存在下、フェニルボロン酸と臭化ア リールからビアリール化合物が高収率で得られることを報告しました1)。ビアリール系芳香族化合物は、生物活性物質・医薬品・液晶などの機能性材料、および 超分子化合物などの炭素骨格を成す重要な化合物です。これを極めて簡単に合成できる鈴木カップリング反応は多方面で利用されています。実際、企業化されているパラジウムクロスカップリングのうち、半分以上が鈴木カップリングであるという実績があるそうです。

suzuki_coupling

 メカニズム(触媒サイクル)を下 に示します。鈴木カップリングの進行には遷移金属触媒、特にパラジウムの存在が不可欠であると考えられてきました。

suzuki_catcycle

しかしながら2003年、下記の通り遷移金属触媒の添加を必要としない鈴木カップリング反応が報告されたのです!2), 3)。

反応条件は四級アンモニウム塩TBAB (tetrabutylammonium bromide)を添加剤に、溶媒は水、塩基には炭酸ナトリウム、マイクロウエーブ(μw)照射です。

反応系に遷移金属が混入していないことを示すために、著者らは様々な証拠集めをしています。新しいガラス容器の使用、純粋な反応剤の使用はもちろん、反応系にもICP-AESを用いた微量元素分析を行い、Pdが検出限界(0.1 ppm)以下であること、他の金属元素(鈴木カップリングに触媒活性を示す報告のあるNi, Pt, Cu, Ruなど)に関しても1 ppm以下であることを確かめています。

パラジウム金属は高価ですし、製造物の医薬などに残留すると都合が悪いことがあるため、使用しないならそれに越したことはありません。この条件の研究が更に進めば、至上のクロスカップリング反応が出来上がるのでは?と考えられたわけです。

 

しかし事態は思わぬ展開を見せます。2005年になってその修正版ともいえる論文が同じ著者から報告されたのです5)。

オチを始めに言ってしまいますと、塩基として用いていた炭酸ナトリウム(Na2CO3)に極微量のPdが含まれていたというのです。その量なんと20~50 ppbレベル。

これは著者らが以前に使用した分析法の数100~数1000倍の検出感度を誇る、誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS)を利用したことでわかりました。ppbは10億分の1、0.0000001%を意味しています。

果たしてどういうい経緯で「20~50 ppbしかないパラジウムが生成物の収率に影響している」という結論に至ったのでしょうか?

上で述べた「パラジウムの要らない」反応条件では、炭酸ナトリウムを塩基として使っていました。しかし炭酸ナトリウム以外の塩基(炭酸カリウム)を試してみたところ、低収率に留まりました。用いた塩基を超純水に溶かし反応系と同じ濃度に調製した後、Pd濃度を測定しました。炭酸ナトリウム(Na2CO3)溶液ではPd濃度が20~50 ppbであったのに対し、炭酸カリウム(K2CO3)ではPd濃度は0.09 ppbでした。一方で炭酸カリウムに酢酸パラジウムを100ppb加えると、収率の大きな向上が見られました。

こうして塩基として用いた炭酸ナトリウム中の50 ppbレベルのPd濃度が触媒として働き、生成物の収率に影響していることがわかったわけです。

結局のところはパラジウムが触媒として働いていたというオチなのですが、Pd触媒=0.0000008 mol%, TON = 1,250,000という驚くべき効率を誇る触媒系ということはできると思います。

(2005.5.30. ホットケーキ)
(※本記事は2005年に執筆された記事を「つぶやき」に移行したものです)

参考文献

1) N. Miyaura, T. Yanagi, A. Suzuki, Synth. Commun.,1981 11, 513.

2) Leadbeater, N.E.; Marco, M. Angew. Chem., Int. Ed. 2003, 42, 1407
3) Leadbeater, N.E.; Marco, M. J. Org. Chem. 2003, 68, 5660
4) 柳田 祥三, 松村 竹子 化学を変えるマイクロ波熱触媒 化学同人 (2004)
5) Riina K. Arvela, Nicholas E. Leadbeater, Michael S Sangi, Victoria A. Williams, Patricia Granados, and Robert D. Singer. J. Org. Chem. 2005, 70, 161-168
6) 有機合成化学協会誌 第56巻第8号 (1998) p632
7) Kazuhiko Takai, Tadahiro Kakiuchi, Yasutaka Kataoka, Kiitiro Utimoto. J. Org. Chem. 1994, 59, 2668-2670

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. ポンコツ博士の海外奮闘録② 〜博士,鉄パイプを切断す〜
  2. 化学Webギャラリー@Flickr 【Part2】
  3. 3級C-H結合選択的な触媒的不斉カルベン挿入反応
  4. 第50回Vシンポ「生物活性分子をデザインする潜在空間分子設計」を…
  5. ケムステチャンネルをチャンネル登録しませんか?
  6. 【データケミカル】正社員採用情報
  7. 新人化学者の失敗ランキング
  8. 光レドックス触媒と有機分子触媒の協同作用

注目情報

ピックアップ記事

  1. ジオトロピー転位 dyotropic rearrangement
  2. 光レドックス触媒と有機分子触媒の協同作用
  3. バルツ・シーマン反応 Balz-Schiemann Reaction
  4. 有機合成化学協会誌2020年9月号:キラルナフタレン多量体・PNNP四座配位子・π共役系有機分子・フェンタニル混入ヘロイン・プロオリゴ型核酸医薬
  5. Natureが査読無しの科学論文サイトを公開
  6. コラボリー/Groups(グループ):サイエンスミートアップを支援
  7. 4つの異なる配位結合を持つ不斉金属原子でキラル錯体を組み上げる!!
  8. 27万種類のビルディングブロックが購入できる!?
  9. 三菱化学の合弁計画、中国政府が認可・330億円投資へ
  10. 過塩素酸カリウム (potassium perchlorate)

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2005年5月
月 火 水 木 金 土 日
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

光前駆体法の活用によって、ヘプタセンで初の一重項分裂を観測!

第725回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院 理学研究科化学専攻 有機元素化学研究室(山田研…

【スタッフ・寄稿募集】Chem-Stationで、化学を「伝える側」になりませんか?

Chem-Station(ケムステ)は2000年に開設された国内最大の化学ポータルサイトです。大学・…

第17回大津会議―とある参加者の記録―

2026年9月28日~29日に開催された第17回大津会議についての、とある参加者の記録です。この記事…

第17回大津会議 -Otsu Conference- 2026 開催報告 ~新体制で紡ぐ「有機合成の夢」~

第17回大津会議が2026年9月28日(月)〜9月29日(火)びわ湖大津プリンスホテルにて開催されま…

有機合成化学協会誌2026年10月号:医薬品プロセス開発・σ芳香族性・含窒素複素環・メロテルペノイド二量体・高歪み化合物

有機合成化学協会が発行する「有機合成化学協会誌」2026年10月号がオンラインで公開されています。…

時代は水だ! セメントのように水と混ぜるだけで成形・硬化できる「水硬性」高分子

第724回のスポットライトリサーチは、東京科学大学物質理工学院(大塚研究室)博士前期課程2年の徳満玲…

複雑さを設計して、結晶の動きをプログラムする

第723回のスポットライトリサーチは、高知工科大学大学院工学研究科(林研究室) 博士後期課程3年の樋…

ハロゲンの力で強力な結合を切断!天然物クマリンから医薬品・機能性材料原料のクマラノン類へ

第 722 回のスポットライトリサーチは、立命館大学大学院薬学研究科薬学専攻 精密合…

観察を写真で残す!カメラ内蔵リアクタ EasyMax 102i を使ってみた

反応の温度も、攪拌(かくはん)も、滴下も、サンプリングもいまや自動で記録される時代になりました。とこ…

ケムステ人気新着記事 トップ 5【2026年9月版】

2026年9月にケムステでは21本の新しい記事を公開しました。この記事では、その新着記事の中から、ペ…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP