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ルィセンコ騒動のはなし(前編)

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Tshozoです。何回か書いていますが、筆者が産まれたあたりに活動していた全共闘世代。大学の中を学生さんが角棒持ち歩いて火炎瓶で警察に応戦するケースもあったという、まさに”This is 昭和”でした。それを象徴するのが東京大学安田講堂でのこの事件。これを思い出したのは敬愛する山本義隆先生この本を書店で見つけて読んだからなのですが、再放送当時は子供心に「ウルトラマン出てきてウルトラ水流で水かけないかなー」と不謹慎なことを思っていたものです。

このころ国家に対する「抵抗側」には、左系(共産主義)に影響されたメンバーが現在よりもだいぶいろんなところで影響力を発揮していました。今考えると色々とアレな雑誌とか主張とかみられたのですが、こうした方々が安保闘争からはじまり大学紛争とかの時代まで色んな所に頭を突っ込んで散々引っ掻き回していたわけで。

当時はまだソ連とか中国とか北とかが結構な力を維持・発揮していたためでもあったのですが、現在もソ連が崩壊したとはいえ、資本主義(米)の実質的軍事的不沈艦としての日本は重要な資本主義側の砦であり、かつ共産(大陸)主義の境界であり続けているわけです。キッシンジャーが日本をすっとばして毛沢東らと大国間の今後の審議を進めていたように、先日の米中会談でもトランプと習近平の間に何らかの意見交換があったと思われますがここんとこどうなんでしょうかね。まぁもう某社とかが一番通したい法案は通してしまってますから「彼ら」にとっては実質的にレームダック化してるんでしょうけど。

・・・という妄想はともかく。

今回取り上げる話は第二次世界大戦前~安保闘争前あたりにかけてソ連科学界で起きていた滑稽な、当事者にとっては地獄のようなお話。あんまり化学と関係ないような、バックグラウンドとしては関係あるような微妙な話ですが、化学や技術が権力のおもちゃになることが歴史的な必然である点や、それでトバッチリを受けた良心的な関係者が損を見る場合が存在するのとかは今も昔もほとんど変わらんのだという点は参考になるのではないかと思い、書いてみます。

【はじめに】

本件の「主人公」トロフィム・デニソヴィチ・ルイセンコ(文献2)
最近Wikipediaの項目がかなり充実されており(リンク)侮れない

本件は暴君スターリンによる圧政がまっさかりだったソ連で『農学者』(生物学者?)のトロフィム・デニソビッチ・ルィセンコが引き起こした騒動に関するお話です。この騒動を一言でたとえると「BKT、R○KENで権力を掌握!」という地獄であったと推定されます。

なおこの悲劇の詳細については国内にあまり適当なものがなく、英語ベースの参考文献類に依ることにしました。日本にも一応それっぽい参考書はありましたが、最後に述べるとおりやや微妙な内容だったので・・・ただ本当にソ連内で何が起きていたかと言う観点では今回の文献類もある意味又聞きにしか過ぎないということにご留意頂ければと思います。

【歴史的経緯】この項、文献1~4より引用しております

騒動の発端は、以前の記事で書いたアレクセイ・イフゲーネビッチ・チチバビンが食らったとばっちり”Industrial Party Trial“に端を発するのではないかと思われます。これはソ連国内で無実の「資本主義的・ブルジョワ的()科学者」をでっち上げの容疑をもとにつるし上げた極悪活動で、この結果チチバビンがフランスへ追いやられたり銃殺刑に処せられる人が出たうえに結構な尾を引き、レフ・ランダウが投獄されたり後に出てくるブハーリンが銃殺されたりする、いわゆる科学者・人文学者粛清の端緒と思われるような出来事でした。これに抗うにはピョートル・カピッツァのようなとんでもない天才か、でなければいわゆる「社会主義・マルクス主義」に完全屈服した人間でしか現実的に生き残れない流れが出来てしまったわけで。

この中でウクライナに生まれた本件主人公トロフィム・ルイセンコは勉学に励み農学者として邁進。「Barefoot Scientist(直訳:「裸足の科学者」)」としてのイメージづくりに余念が無く、政府系機関誌として現在も有名なプラウダ紙に登場するあたりなかなかの策士ぷりが既に伺えましょう。当時の彼の紹介文章には

““The barefoot Professor Lysenko now has followers, pupils, and experimental fields. He is visited in the winter by agronomic luminaries who stand before the green fields of the experiment station, gratefully shaking his hand.””
「『裸足の教授』ルィセンコは今や従者、生徒、そして実験場を手に入れた。冬には多くの農業経営者が彼のもとを訪れ、その青々とした実験場を目の前にして勇んで握手を求めた(一部意訳)」

とあり、なんかプロパガンダお腹一杯な文章が書かれていたようで。彼を引っ張り出した張本人が誰だったのかは今回の調べからは明らかにならなかったのですが、ソ連は表面的には「労働者のための国」「搾取されていた人々のための国」を標榜していたのでこうしたキャラクターは使いやすかったというのはあると思います。

はたらく1920年代後半のルィセンコ君 なにやってんのか知らんけど

このくらいで収まってくれたらまだよかったのですが彼は調子に乗って、プラウダに採り上げられて1年くらいした時に下記のようなことを中心とした、適当なことを言い出します(1928年とされています)[文献1]。

“Hypothesis of Vernalization “

前半:「冬小麦(秋まき小麦)を暗所で1℃~2℃の低温に50日前後晒すと本来発芽しないはずの冬小麦が春に萌芽するようになる」
後半:「これは冬小麦の遺伝子が後天的に変化したからである

前半はともかく、後半の解釈は新卒社員をブラック企業に放り込んだら遺伝子が変わってホワイトになった、くらいテキトーな話だと思いませんか。

念のためこの処理の名誉のために言っておくとこのVernalization(日本語は「春化処理」)は一部の植物には有効で、今でも行われているところがあります。また遺伝子的にどういったことが起きているか、ということを現在でも調べているグループもいるので部分的には興味をひく内容であることには間違いはありません。ただルィセンコ登場よりもずいぶん前からこのVernalizationは経験的に行われてきており、当時品種改良で多大な成果を出したミチューリンが行っていた処方の1つにしか過ぎません。

で、この後半部分の主張は当時ソ連が標榜していた「労働者は頑張れば勝つる」、つまりマルキシズムの根幹である「社会的構造が意識を規定する」(その社会的構造を革命で変えた我々は勝つる)という、農民を中心とした国民に対し労働を以て自己変革を求め続ける論調とベクトルが幸か不幸か合っていた(合わせた?)わけです。この結果共産党幹部のマレンコフに引っ張り上げられ、そして最終的にはスターリンに”Bravo, Comerade Lysenko, Bravo!”(同志ルィセンコ万歳!)と言われるほどにまでなります(文献4)。この時点でルィセンコがやったことは特殊事例を一般化して遺伝の形態そのものを再定義した仮説、「(温度や湿度などの)環境が遺伝情報を規定する」といいう命題を主張したことになります。なんか中身の耳触りはいいですが内容はアレです。

この学説、フツーの状況なら「アホ抜かせ、そんなもん一般化すんな」で終わるのですが当時はDNAやRNAの存在が明確でなく生物学はまだメンデル遺伝学とダーウィン進化論、くらいしか大きな潮流が無く現代に比べると「何もわかってなかった」レベルで、声の大きな人間と上に気に入られた人間が出世していきやすい状況だったともいえましょう。

結局スターリンに取り入ったルィセンコはプロレタリア農業()を標榜しつつ1935年には党大会で演説するまでになります。その後1938年にはソビエト農業科学アカデミーのトップに、1941年にはスターリン賞を受けるまでになります。他のスターリン賞の方々と比べるとラヴレンチー・ベリヤと並んで反吐が出る話なのですがまぁその話は後に。

なお1938年に共産党大会で行った彼の演説の要旨は必見です。現在も似たようなことが起こり得るという意味で。

“Soviet geneticists are “kulak-wreckers and saboteurs” who “instead of helping collective farmers, they did their destructive business, both in the scientific world and out of it.””
「ソ連に所属する遺伝学者は官僚主義的破壊活動者であり、科学界でもその外でも集団的農業従事者たちに手を差し伸べることなく資本主義的ビジネスのみを行っているのだ(一部意訳)」

スターリン(右奥)の前で一席ぶつルィセンコと(左)、
アカデミートップになって嬉しそうなルィセンコ(右)

・・・この程度で無能ぶりを曝け出して終わってくれればよかったのですが、というか無能以前にむしろ何もしないまま任期を全うしてくれたほうがよかったのですが、権謀術に長けた彼はこの過程でソ連の農業科学の父をシベリア送りにして幽閉、死亡させるというとんでもない罪悪をしでかします。

長くなりそうですのでこの話の顛末は後編へ・・・。

【参考文献】

  1. “Proletarian Science?”  Louis Althusser, リンクこちら
  2. “Lysenko and the tragedy of Soviet science” V. Soifer,  1994
  3. “The Lysenko affair”, D. Joravsky, Cambridge University Press,1970
  4.  “The Vavilov-Lysenko Contention”, Daniel J. Fairbanks, Associate Dean of Science & Health, Utah Valley University
  5.  “The Lysenko effect: undermining the autonomy of science”,  Nils Roll-Hansen, “Endeavour” Vol.29 No.4 December 2005

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Tshozo

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メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

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