[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

システインの位置選択的修飾を実現する「π-クランプ法」

[スポンサーリンク]

2016年、マサチューセッツ工科大学・Bradley L. Penteluteらは、ペプチドやタンパク質にπ-クランプ配列 (Phe-Cys-Pro-Phe) を導入することにより、当該配列内のシステイン残基のみを選択的に修飾できる方法論の開発に成功した。

“π-Clamp-mediated cysteine conjugation”
Zhang, C.; Welborn, M.; Zhu, T.; Yang, N. J.; Santos, M. S.; Voorhis, T. V.; Pentelute, B. L.* Nat. Chem. 2016, 8, 120–128. doi:10.1038/nchem.2413

問題設定

従来のタンパク質の位置選択的修飾は他官能基との反応性が低い反応剤や,特定位置での反応を促進させる触媒を用いて達成されていた。
また、システイン(Cys)残基選択的修飾では、マレイミドによるライゲーションもしくはアルキル化が用いられてきたが,これらは位置選択的修飾ができないために利用は限られていた。
タンパク質はその三次元構造により特定の反応や相互作用を制御している事実に照らし合わせれば、特定配列が本反応を加速しうるのではないかとの着想を得て、新たに本手法が見出された。

技術や手法のキモ

著者らはパーフルオロアリール基とCysとの芳香族求核置換反応が、有機溶媒中では進行する一方で水中では反応速度が極めて遅いことを見出していた[1]。
そこで、Xaa-Cys-Xaa-Xaa-Gly-Leu-Leu-Lys配列(Xaaは任意アミノ酸)のペプチドライブラリーに、ビオチン-パーフルオロアリールプローブ(TEVプロテアーゼで切断可能な配列を組み込んである)を投入し,ストレプトアビジンを用いるpull-down法を適用したところ、Phe-Cys-Pro-Trp配列含有ペプチドが優先的に反応していることが同定された。

さらに9残基からなるペプチド (Xaa-Cys-Pro-Xaa-Gly-Leu-Leu-Lys-Asn-Lys) を基質として反応の検討を行ったところ、XaaがともにPheの場合は定量的な収率が得られるのに対し,Xaaのどちらか一方でもPheからGlyとなった場合や、ProがD-Proとなった場合には収率の大きな低下が見られた。
このようにして最終的にπ-クランプ (Phe-Cys-Pro-Phe)と呼ばれる特殊配列を見いだすことに成功している。

主張の有効性検証

Cys残基を複数含むペプチド・タンパク質において、π-クランプ配列に含まれるCys残基のみを選択的にパーフルオロアリール化できることを以下の実験で示している。

①競合実験

π-クランプを含むペプチドと、π-クランプの一部がGlyに変異したペプチドが競合的に存在する条件下で反応を行ったところ、π-クランプを含むペプチドのみが選択的に、かつ定量的に反応が進行した。

②ペプチドにおける選択性確認実験

N末にCys, C末にπ-クランプを持ち,その間をTEVプロテアーゼによって切断することのできるモデルタンパク質を用いて検討を行った.この結果、π-クランプのCysのみが高い位置選択性で修飾されていることが確認された。

③各種タンパク質への適用

N末にπ-クランプを導入したSortase Aに対し本反応を適用した。Cysを複数含んでいるものの、π-クランプの一か所のみが修飾されていること、また酵素活性が低下しないことが示されている。
また、抗体に対しても応用し、抗体―薬物複合体(ADC)の製造へも応用している。Cysを標的とした位置特異的修飾は既存条件では不可能で有り、ADCは不均質混合物として供給されていた。
著者らはトラスツズマブやセツキシマブにπ-クランプを導入したうえで本反応を行い、π-クランプを含む抗体の選択的な修飾に成功している。また修飾後の抗体は抗原親和性が大きく変化せず、抗原を発現した細胞に対しても結合活性を保っている。

④π-クランプの構造化学・反応機構の示唆

分子動力学計算(MD) を用いたペプチドのコンフォメーション解析や、密度汎関数法 (DFT)による反応エネルギー解析が行われている。これによると、下図の4つ (Clamp, Half-Clamp, Phe-Phe face on, Open) が、π-クランプ配列が取り得る主要な配座となっている。

冒頭論文より引用

このうちClamp構造を取っている場合には,アリール化生成物のエネルギーや遷移状態のエネルギーが特に低くなり有利になる。これはPheの芳香環側鎖がパーフルオロアリール基を認識し、またCysの硫黄原子を活性化するためだと推測されている。また本解析により、π-クランプ配列4番目のPheがアリール化を行うに当たって特に重要であることが見出されている。

冒頭論文より引用

議論すべき点

  • π-クランプの位置がペプチドのアミノ酸配列のC末,N末,中間いずれにおいても非常に良好な収率で得られる。タンパク質の活性中心を避けてπ-クランプ配列を導入することで任意の位置が修飾可能なため、応用の幅は広い。
  • タンパク質が変性せず機能する条件(温度,pHなど)に制約があるように、π-クランプが有効に働く条件の制約はあるか?

次に読むべき論文は?

π-クランプ法の詳細な機構解析を行っている続報が、Pentelute自身らによって報告されている[2]。
π-クランプのProがtrans配座を取ることがパーフルオロアリール基捕捉機能に重要であることや,生成物においてPhe側鎖がパーフルオロアリール基と相互作用していることなどが述べられている。
これらの研究からπ-クランプ配列の変異体である下記ペプチドにおいては、85倍の反応加速効果があることが見いだされている。α-Me-Proによるtrans配座固定と,pyrenyl基とのπ-π相互作用が重要とされる。

参考文献

  1. Spokoyny, A. M.; Zou, Y.; Ling, J. J.; Yu, H.; Lin, Y.-S.; Pentelute, B. L. J. Am. Chem. Soc. 2013, 135, 5946. DOI: 10.1021/ja400119t
  2. Dai, P.; Williams, J. K.; Zhang, C.; Welborn, M.; Shepherd, J. J.; Zhu, T.; Voorhis, T. V.; Hong, M.; Pentelute, B. L. Sci. Rep. 2017, 7, 7954. doi:10.1038/s41598-017-08402-2
Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 薬剤師国家試験にチャレンジ!【有機化学編その2】
  2. スイスでポスドクはいかが?
  3. 第93回日本化学会付設展示会ケムステキャンペーン!Part II…
  4. 化学とウェブのフュージョン
  5. 化学者にお勧めのノートPC
  6. 化学に耳をすませば
  7. START your chemi-storyー日産化学工業会社説…
  8. 燃える化学の動画を集めてみました

注目情報

ピックアップ記事

  1. アンソニー・スペック Anthony L. Spek
  2. ホウ素は求電子剤?求核剤?
  3. 小児薬、大人用を転用――アステラス、抗真菌剤
  4. Molecules That Changed the World
  5. ワインレブケトン合成 Weinreb ketone synthesis
  6. 二重可変領域抗体 Dual Variable Domain Immunoglobulin
  7. モリブデンのチカラでニトロ化合物から二級アミンをつくる
  8. リチウムイオンバッテリーの容量を最大70%まで向上させる技術が開発されている
  9. 【速報】2010年ノーベル生理医学賞決定ーケンブリッジ大のエドワード氏
  10. 有機・高分子関連技術が一堂に会す「オルガテクノ2005」開催へ

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年1月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目情報

最新記事

欧米化学メーカーのR&D戦略について調査結果を発表

この程、TPCマーケティングリサーチ株式会社(本社=大阪市西区、代表取締役社長=松本竜馬)は、欧米化…

有馬温泉でラドン泉の放射線量を計算してみた【化学者が行く温泉巡りの旅】

有馬温泉は、日本の温泉で最も高い塩分濃度を持ち黄褐色を呈する金泉と二酸化炭素と放射性のラドンを含んだ…

アミンホウ素を「くっつける」・「つかう」 ~ポリフルオロアレーンの光触媒的C–Fホウ素化反応と鈴木・宮浦カップリングの開発~

第684回のスポットライトリサーチは、名古屋工業大学大学院工学研究科(中村研究室)安川直樹 助教と修…

第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」を開催します!

第56回ケムステVシンポの会告を致します。3年前(32回)・2年前(41回)・昨年(49回)…

骨粗鬆症を通じてみる薬の工夫

お久しぶりです。以前記事を挙げてから1年以上たってしまい、時間の進む速さに驚いていま…

インドの農薬市場と各社の事業戦略について調査結果を発表

この程、TPCマーケティングリサーチ株式会社(本社=大阪市西区、代表取締役社長=松本竜馬)は、インド…

【味の素ファインテクノ】新卒採用情報(2027卒)

当社は入社時研修を経て、先輩指導のもと、実践(※)の場でご活躍いただきます。…

味の素グループの化学メーカー「味の素ファインテクノ社」を紹介します

食品会社として知られる味の素社ですが、味の素ファインテクノ社はその味の素グループ…

味の素ファインテクノ社の技術と社会貢献

味の素ファインテクノ社は、電子材料の分野において独創的な製品を開発し、お客様の中にイノベーションを起…

サステナブル社会の実現に貢献する新製品開発

味の素ファインテクノ社が開発し、これから事業に発展して、社会に大きく貢献する製品…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP