[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

触媒のチカラで拓く位置選択的シクロプロパン合成

[スポンサーリンク]

嵩高いコバルト錯体を触媒として用いた位置選択的Simmons–Smith型モノシクロプロパン化反応が報告された。還元剤として用いる亜鉛が触媒と相互作用することにより反応が効率的に進行する。

Simmons–Smithシクロプロパン合成

シクロプロパンは、合成品や天然物の生物活性物質において数多く見られる骨格である。これらシクロプロパン合成で最も使用される手法の一つが、アルケンのシクロプロパン化反応である。

アルケンからシクロプロパンへの変換反応は形式的なメチレンの付加反応と見なすことができ、カルベンや金属カルベノイド種を用いる手法が一般的である。

Simmons–Smithシクロプロパン化は、亜鉛およびヨウ化メチレンから生成する亜鉛カルベノイドが容易に調製可能かつ安定であることから最も利用されている手法である。立体特異的に進行するため、生成物の立体化学の予測・制御が可能であることも本手法の利点である。金属亜鉛を用いるSmithらの初期条件から研究が重ねられ、簡便かつ定量性に優れるEt2Znを用いる手法をはじめ、トリフルオロ酢酸やリン酸を加える反応条件などいくつかの改良法が報告されてきた(図1A)[1]。しかしながら、複数のアルケンをもつ化合物に対する位置選択性では課題が残る。アリルアルコール類など配向基を用いて制御した例[2]はあるものの、類似の電子的性質のアルケンを複数もつ化合物に対して位置選択的にモノシクロプロパン化を達成した例はこれまで報告がない。

今回、Purdue大学のUyeda助教授らは、ピリジン-ジイミン(PDI)とコバルトにより形成される錯体[i-PrPDI]CoBr2触媒[3]と臭化メチレンおよび金属亜鉛をシクロプロパン化剤として用いることで位置選択的なモノシクロプロパン化反応の開発に成功したので紹介する(図1B)。配位子の嵩高さを利用することで立体障害の小さいアルケン部位で選択的に反応が進行する。

図1. (A) Simmons–Smith型シクロプロパン合成 (B) シクロプロパン化の位置選択性

“Regioselective Simmons–Smith-type cyclopropanations of polyalkenes enabled by transition metal catalysis”

Werth J.; Uyeda, C. Chem. Sci. 2018. Advance Article DOI: 10.1039/c7sc04861k

論文著者の紹介

研究者:Chrispher Uyeda
2005 B.S., Columbia University (Prof. R. Breslow)
2011 Ph.D., Harvard University (Prof. E. N. Jacobsen)
2011-2013 Posdoc, California Institute of Technology (Prof. J. C. Peters)
2014- Purdue University, Assistant Professor
研究内容:金属–金属結合を活用した触媒的有機合成

論文の概要

著者らは、以前独自に設計したニッケル二核錯体 [[i-PrNDI]Ni2(C6H6) (NDI: ナフチリジン-ジイミン) を触媒とすることで、塩化メチレンと金属亜鉛を用いるアルケンのSimmons–Smith型シクロプロパン化が効率的に進行することを報告している[4]

本論文では単核錯体である[i-PrPDI]CoBr2触媒存在下、アルケン1に対して臭化メチレンおよび亜鉛をTHF溶媒中22 °Cで反応させることで位置選択的にモノシクロプロパン化が進行し2を得ることに成功した(図2A)。本反応は立体障害の影響が少ないアルケンに対して選択的にシクロプロパン化が進行する。水酸基(2e)やエーテル(2f)などの配向性官能基や、a,b-不飽和カルボニル(2i)やボロン酸エステル(2j)をもつ基質でも、それらの影響を受けることなく位置選択性が発現する。また、1,3-ジエンに対しても末端部位でのみ選択的に反応が進行する。

ラジカルクロック実験などから、本反応は[2+1]の協奏的機構で進行していることが示唆されている。また、亜鉛は還元剤として作用するだけではなくコバルト錯体と相互作用しながらCo/Zn錯体を形成し、カルベノイド中間体の反応性を向上させていることが化学量論量実験および単結晶X線結晶構造解析の結果から推察されている(図2B)。

三置換/四置換アルケンに本反応が適用できないことは課題として残るものの、複数のアルケンを有する基質に対する位置選択的モノシクロプロパン化反応が達成された。今後、創薬化学等の分野への寄与が期待される。

図2. (A) 基質適用範囲 (B) 推定Co/Zn活性種

参考文献

  1. (a) Simmons, H. E.; Smith, R. D. J. Am. Chem. Soc. 1958, 80, 5323. DOI: 10.1021/ja01552a080 (b) Furukawa, J.; Kawabata, N.; Nishimura, J. Tetrahedron Lett. 1966, 28, 3353. DOI: 10.1016/S0040-4039(01)82791-X (c) Yang, Z.; Lorenz, J. C.; Shi, Y. Tetrahedron Lett. 1998, 39, 8621. DOI: 10.1016/S0040-4039(98)01954-6 (d) Voituriez, A.; Zimmer, L. E.; Charette, A. B. J. Org. Chem. 2010, 75, 1244. DOI: 10.1021/jo902618e
  2. Reviews for stereoselective cyclopropanations, see: (a) Hoveyda, A. H.; Evans, D. A.; Fu, G. C. Chem, Rev. 1993, 93, 1307. DOI: 10.1021/cr00020a002 (b) Lebel, H.; Marcoux, J. F..; Molinaro, C.; Charette, A. B. Chem. Rev. 2003, 103, 977. DOI: 10.1021/cr010007e
  3. Small, B. L.; Brookhart, M.; Bennett, A. M. A. J. Am. Chem. Soc. 1998, 120, 4049. DOI: 10.1021/ja9802100
  4. Zhou, Y-. Y.; Uyeda, C. Angew. Chem., Int. Ed. 2016, 55, 3171. DOI: 10.1002/anie.201511271

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 紹介会社を使った就活
  2. MIDAボロネートを活用した(-)-ペリジニンの全合成
  3. 有機合成化学協会誌2019年4月号:農薬・導電性電荷移動錯体・高…
  4. 高専シンポジウム in KOBE に参加しました –その 1: …
  5. 有機合成化学協会誌2020年10月号:ハロゲンダンス・Cpルテニ…
  6. 企業における研究開発の多様な目的
  7. 窒素を挿入してペリレンビスイミドを曲げる〜曲面π共役分子の新設計…
  8. 無機物のハロゲンと有機物を組み合わせて触媒を創り出すことに成功

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. ブライアン・ストルツ Brian M. Stoltz
  2. 2012年イグノーベル賞発表!
  3. 超難溶性ポリマーを水溶化するナノカプセル
  4. 炊きたてご飯の香り成分測定成功、米化学誌に発表 福井大学と福井県農業試験場
  5. 性フェロモン感じる遺伝子、ガで初発見…京大グループ
  6. がん治療にカレー成分-東北大サイエンスカフェ
  7. Akzonobelとはどんな会社? 
  8. ニセ試薬のサプライチェーン
  9. 酵素触媒反応の生成速度を考えるー阻害剤入りー
  10. 文献管理ソフトを徹底比較!

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年2月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728  

注目情報

最新記事

5/15(水)Zoom開催 【旭化成 人事担当者が語る!】2026年卒 化学系学生向け就活スタート講座

化学系の就職活動を支援する『化学系学生のための就活』からのご案内です。化学業界・研究職でのキャリ…

フローマイクロリアクターを活用した多置換アルケンの効率的な合成

第610回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院理学研究科(依光研究室)に在籍されていた江 迤源…

マリンス有機化学(上)-学び手の視点から-

概要親しみやすい会話形式を用いた現代的な教育スタイルで有機化学の重要概念を学べる標準教科書.…

【大正製薬】キャリア採用情報(正社員)

<求める人物像>・自ら考えて行動できる・高い専門性を身につけている・…

国内初のナノボディ®製剤オゾラリズマブ

ナノゾラ®皮下注30mgシリンジ(一般名:オゾラリズマブ(遺伝子組換え))は、A…

大正製薬ってどんな会社?

大正製薬は病気の予防から治療まで、皆さまの健康に寄り添う事業を展開しています。こ…

一致団結ケトンでアレン合成!1,3-エンインのヒドロアルキル化

ケトンと1,3-エンインのヒドロアルキル化反応が開発された。独自の配位子とパラジウム/ホウ素/アミン…

ベテラン研究者 vs マテリアルズ・インフォマティクス!?~ 研究者としてMIとの正しい向き合い方

開催日 2024/04/24 : 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足…

第11回 慶應有機化学若手シンポジウム

シンポジウム概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大…

薬学部ってどんなところ?

自己紹介Chemstationの新入りスタッフのねこたまと申します。現在は学部の4年生(薬学部)…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP