[スポンサーリンク]

ケムステニュース

トヨタ、世界初「省ネオジム耐熱磁石」開発

[スポンサーリンク]

トヨタは、今後急速な拡大が予想される電動車に搭載される高出力モーターなど様々なモーターに使用されるネオジム磁石において、レアアース(希土類元素)であるネオジムの使用量を削減したうえで、高温環境でも使用可能な性能を確保した、世界初の新型磁石「省ネオジム耐熱磁石」を開発した。 (引用:トヨタプレスリリース2月20日)

世界のトヨタの発表ということもあり多くのニュースサイトですでに紹介されていますが、ケムステニュースでは、周辺の背景などを掘り下げて紹介します。

研究の背景

ハイブリッド車や電気自動車において電池だけでなく、動力となる高性能モーターの開発も重要です。モーターには磁石が使われていて、磁石の磁束密度が高いほど高性能のモーターとなります。ネオジムは、永久磁石としては最も磁束密度が高いので自動車向けのモーターで現在の主流になっています。

一方で、ネオジウム磁石は、高温になると磁力が弱くなりやすいという欠点があります。これは熱振動による磁気モーメントのゆらぎまたは反転によって、磁束が減少する現象が起きるからで、テルビウム(Tb)やディスプロシウム(Dy)をネオジウムに添加すると、磁束の減少を抑えることができます。

テルビウム・ディスプロシウム添加のネオジム磁石はパフォーマンスには問題ありませんが、すべてレアアースであることが問題となっています。テルビウムは、2017年12月の輸入価格で1Kg6万円、ディスプロシウムは1Kg2万5千円と比較的高価です。ネオジムは1Kg5千円と高価ではありませんが需要が増大するため不足することが懸念されています。また、レアアース全般として中国からの輸入比率が高いことが問題です。2010年の禁輸問題から中国以外での採掘プロジェクトも始まっていますが、始まったばかりであり、またテルビウムとディスプロシウムに関しては中国の南方での採掘に依然として依存しています。このような背景のため、テルビウム・ディスプロシウム・ネオジムをなるべく使わない高性能の磁石を開発することが求められています。

磁石の開発の方向性。4代目とは、現在新車販売されているプリウスで2・3代目とはハッチバックタイプのプリウス(引用:トヨタプレスリリース)

新技術のポイント

  • 開発ポイント1. 磁石を構成する粒の微細化

磁石を作る際には、粒子を焼結させて作ります。その粒子のサイズを小さくすることで粒子の隙間を増やし高温でも磁束の減少を抑えることに成功したようです。

粒子の大きさの違い(引用:トヨタプレスリリース)

  • 開発ポイント2. 粒の表面を高特性にした二層構造化
  • 開発ポイント3. ランタンとセリウムの特定の配合比

粒子内部のネオジムの濃度を下げるかつ、ランタンとセリウムが内部に含まれた粒子を使うことでネオジムの使用量を抑制しつつ従来の磁石と同程度の性能を出すことに成功しました。ランタンとセリウムは1Kg1千円以下と安価なレアアースなので原料の調達コストを下げることができると言えます。ただし、現状の価格差で10%ほどのネオジムの削減では大幅なコスト削減とはならず、手間がかかる製造コストに相殺されてしまう気がします。そのため、ネオジムの需要が拡大し価格が上昇した際に、この技術が必要になってくると思います。

粒子の模式図(引用:トヨタプレスリリース)

粒子のSEMと元素マッピング画像(引用:トヨタプレスリリース)

性能の比較。ネオジムを20%減らしても従来の磁石と高温で同程度の性能が出ている。(引用:トヨタプレスリリース)

 

NEDOプロジェクト

トヨタは、この研究成果を詳細な解説付きで大々的に発表していますが、企業が新しい技術を詳しく公開することはほとんどありません。大々的に紹介した理由の一つにこの研究がNEDOプロジェクト「次世代自動車向け高効率モーター用磁性材料技術開発」の一環で行われているためであると考えられます。このプロジェクトには、トヨタ、デンソー、ダイキン工業、三菱電機、明電舎など多くの企業と産業技術総合研究所中部センターが中心となって研究を行っているようです。ただし、手放しに発表したというのは考えにくく、おそらく特許による権利化が完了したため、プレスリリースとして発表したと考えられます。

今後の展望

今後は、実用化に向けて、搭載する自動車などでの適用評価を進めるとともに、低コストで安定した生産をするための技術の研究・開発を進めていくそうです。具体的には自動車の電動パワーステアリングなどのモーターでは2020年代前半での実用化を、さらに要求性能が高い電動車の駆動用モーターでは、今後10年内での実用化を目指して開発に取り組んでいくそうです。

電気自動車の分野では電池の研究にスポットが当たりがちですが、モーターという電池と同様に重要な部品の研究もマテリアルが関連して進んでいるようです。

ケムステ関連記事

文具に凝るといふことを化学者もしてみむとてするなり⑧:ネオジム磁石の巻

関連書籍

[amazonjs asin=”4844397613″ locale=”JP” title=”20年後、私たちはどんな自動車に乗っているのか? 電気自動車・ハイブリッド車・燃料電池車、そして自動運転車の未来 (NextPublishing)”][amazonjs asin=”4904774531″ locale=”JP” title=”交流モータの原理と設計法 -永久磁石モータから定数可変モータまで- (設計技術シリーズ)”]

関連リンク

 

Avatar photo

Zeolinite

投稿者の記事一覧

ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

関連記事

  1. 全薬工業とゼファーマ、外用抗真菌薬「ラノコナゾール」配合の水虫治…
  2. クラレ 新たに水溶性「ミントバール」
  3. 国際化学オリンピック2016でもメダルラッシュ!
  4. 米国ACSジャーナル・冊子体廃止へ
  5. 秋の褒章2009 -化学-
  6. アルツハイマー原因物質、緑茶成分に抑制機能・埼玉医大など
  7. 「さびない鉄」産業界熱視線
  8. 米ファイザー、感染予防薬のバイキュロンを買収

注目情報

ピックアップ記事

  1. 結晶データの登録・検索サービス(Access Structures&Deposit Structures)が公開
  2. 高分子の合成(上)(下)
  3. Grubbs第二世代触媒
  4. フッ素をホウ素に変換する触媒 :簡便なPETプローブ合成への応用
  5. 二酸化炭素をほとんど排出せず、天然ガスから有用化学品を直接合成
  6. エリック・ソレンセン Eric J. Sorensen
  7. 米ファイザー、感染予防薬のバイキュロンを買収
  8. 活性酸素種はどれでしょう? 〜三重項酸素と一重項酸素、そのほか〜
  9. ダン・シェヒトマン Daniel Shechtman
  10. ナノ粒子応用の要となる「オレイル型分散剤」の謎を解明-ナノ粒子の分散凝集理論の発展に貢献-

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年2月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728  

注目情報

最新記事

有馬温泉で鉄イオン水溶液について学んできた【化学者が行く温泉巡りの旅】

有馬温泉の金泉は、塩化物濃度と鉄濃度が日本の温泉の中で最も高い温泉で、黄褐色を呈する温泉です。この記…

HPLCをPATツールに変換!オンラインHPLCシステム:DirectInject-LC

これまでの自動サンプリング技術多くの製薬・化学メーカーはその生産性向上のため、有…

MEDCHEM NEWS 34-4 号「新しいモダリティとして注目を浴びる分解創薬」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

圧力に依存して還元反応が進行!~シクロファン構造を活用した新機能~

第686回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機化学第一研究室(鈴木孝…

第58回Vシンポ「天然物フィロソフィ2」を開催します!

第58回ケムステVシンポジウムの開催告知をさせて頂きます!今回のVシンポは、コロナ蔓延の年202…

第76回「目指すは生涯現役!ロマンを追い求めて」櫛田 創 助教

第76回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第75回「デジタル技術は化学研究を革新できるのか?」熊田佳菜子 主任研究員

第75回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第74回「理想的な医薬品原薬の製造法を目指して」細谷 昌弘 サブグループ長

第74回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第57回ケムステVシンポ「祝ノーベル化学賞!金属有機構造体–MOF」を開催します!

第57回ケムステVシンポは、北川 進 先生らの2025年ノーベル化学賞受賞を記念して…

櫛田 創 Soh Kushida

櫛田 創(くしだそう)は日本の化学者である。筑波大学 数理物質系 物質工学域・助教。専門は物理化学、…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP