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スポットライトリサーチ

金と炭素がつくりだす新たな動的共有結合性を利用した新たな炭素ナノリングの合成法の確立

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第434回のスポットライトリサーチは、東京理科大学 理学部第一部化学科 河合(英)研究室の土戸 良高(つちど よしたか)助教にお願いしました。

河合(英)研究室では、機能性有機分子の設計と合成を専門としており、具体的にはアロステリックレセプターやイミン架橋型ロタキサン、大環状化合物や水素結合性チューブ・格子構造の構築など、水素結合や動的共有結合を用いた新しい超分子モチーフの開発に取り組んでおります。

本プレスリリースの研究テーマは、シクロパラフェニレン(CPP)の合成法についてです。シクロパラフェニレンは、炭素で構成されたナノサイズの“わっか”状化合物で環状に電子が共役しており、構成するベンゼン環の枚数によって「発光色が変わる」あるいは「電子的特性が変化する」といった魅力的な性質を持ちます。2009年から2010年にかけて本論文の共著者である山子教授の研究グループを含む3グループがCPPの合成に成功したことを皮切りに多様なCPPとその類似化合物が合成され、CPPの研究は大きく躍進しました。さらに、2020年には、本論文の著者である小坂田名誉教授・土戸助教らは、三角形大環状金錯体を経由した新たな[6]CPP合成法を報告しました (Angew. Chem. Int. Ed. 202259, 22928-22932)。この論文では、市販試薬から2段階でCPPを高い収率で得ることを達成しましたが環化効率の高さについては未解明な部分が多く、またその汎用性についても未開拓な部分がありました。そこで本研究では、環状金錯体を経由するシクロパラフェニレン(CPP)の合成法における環状金錯体の生成機構を明らかにすべく、研究に取り組みました。

この研究成果は、「JACS Au」誌、および東京理科大学プレスリリースに発表されました。

Dynamic Au–C σ-Bonds Leading to an Efficient Synthesis of [n]Cycloparaphenylenes (n = 9–15) by Self-Assembly

Yusuke Yoshigoe, Yohei Tanji, Yusei Hata, Kohtaro Osakada, Shinichi Saito, Eiichi Kayahara, Shigeru Yamago, Yoshitaka Tsuchido, and Hidetoshi Kawai

JACS Au 2022, 2, 8, 1857–1868

DOI: doi.org/10.1021/jacsau.2c00194

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

今回の研究[1]では,「Au-C結合」という新しい動的共有結合を発見し,それを応用することで[n]シクロパラフェニレン([n]CPP)の新規合成法を開発しました.

まず[n]CPPとは,n個のベンゼン環がパラ位で環状に連結した有機分子です.湾曲したπ共役系に起因した特異な光物性および電気化学的性質を示し,さらにカーボンナノチューブの部分構造として捉えることもできるため,多くの科学者の注目を集めております.これまでに3つのCPP合成法が開発されておりましたが,2020年,私と小坂田先生(現東工大名誉教授)らの研究グループが大環状金錯体を経由した新しいCPP合成法を発表しました[2].この合成法は,市販試薬から2段階かつ高い収率でCPPを合成できる点で優れておりますが,その環化効率の高さは未解明な部分が多く,またその汎用性も未開拓な部分がありました.

図1.種々のオリゴアリールボロン酸を原料とした[n]CPPの合成結果.一般的に環化反応は熱力学的に不利なため低収率になることが多いが,本研究の系ではリンカー長に依らず70%以上で環状錯体を得ることに成功している.

本研究において,我々は非環状の二核金ビアリール錯体を用いた速度論的実験によって,金-炭素結合が可逆的に交換可能な動的共有結合であることを明らかにしました.その交換は極めて速く起こり,-20℃でも2時間程度で平衡に達しました.一般に金-炭素結合は強固な結合であるので,これは異様な反応です.種々の実験によって,その動的性質はホスフィン配位子上のシクロヘキシル基の電子的影響に起因していることが判明しました.以上より,大環状金錯体を合成する際の環化効率の高さは,Au-C結合の交換反応が分子間で可逆に起こることで最も熱力学的に安定な構造に収束する自己集合によるものであると結論付けました.

加えて,この結合交換は,大環状金錯体どうしでも起きることが質量分析により明らかとなりました.この交換反応(再組織化)を利用し,二種類の大環状金錯体を加熱混合した後,酸化剤(PhICl2)を作用することで二種類の有機骨格から成る[n]CPPおよび類縁体の合成にも成功しました.

図2.a) 非環状金錯体を用いたAu-C結合の交換速度の評価.一般的にAu-C結合は強固であるが,本研究の系では-20℃においても速く交換していることが明らかとなった.b) 大環状金錯体の再組織化を利用した[n]CPPの新規合成法.

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

実は共著者である吉越裕介先生(現東京理科大斎藤研助教)は,同じ東工大小坂田研の出身という間柄です(私の方が1学年上です).学位取得後は全く違う経歴を歩んでいたのですが,本当に奇遇なことに同じタイミングで東京理科大理学部第一部化学科の別の研究室に助教として着任しました.

この共同研究が始まったキッカケは,確か2020年の春,前述の[6]CPP合成の論文[2]の書き途中の原稿を吉越さんに見せた時に「土戸さん.これって金-炭素結合が動的じゃないですか?」と言われたことだったかと思います.まさに「金言」でしたね(笑)

そんな吉越先生と共同研究を行い,一つの論文として纏めることができたことが思い入れがあるといいますか感慨深いなと思います.

ここで共同研究者の吉越 裕介 助教より土戸 助教についてコメントを頂戴いたしましたので紹介させていただきます。

土戸先生と私の出会いは,私が修士課程入学時,当時の東工大,小坂田・竹内研究室に入ったのがきっかけです.一つ上の先輩として在籍していたのが土戸先生でした.土戸先生は当時から抜きんでた研究力を発揮しており,私の憧れの先輩の一人でした.

それから長い付き合いになり,卒業後に何の因果か同じ職場になり,共同研究の機会をいただき,今回の論文を発表するに至りました.私は本論文の錯体化学的な実験・考察にて,微力ながら貢献させていただきました.

土戸先生も語られているように難産になった論文でしたが,「基礎的な素反応解析」を「魅力ある環化反応へと昇華する」までをまとめた大作論文となったと思います.今回はこのようなご縁にて本論文に関わり,また一つの形にてまとめられたことは,私の研究人生において一つの宝になったと思っております.

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

論文全体のストーリーを上手く繋げることに苦心しました.ブレイクスルーのきっかけとなったのは河合先生から頂いた「非環状金錯体で金―炭素結合が動的であるのならば,環状金錯体同士でも結合交換が起こるのでは?」というアドバイスでした.これによって「再組織化法」という動的Au-C結合を活用した新しいCPP合成法へとストーリーを展開することができ,論文全体に筋道を立てることができました.

とは言え,いざ論文にするとなるとやはり難しいもので,吉越さんと一緒に初稿が書き上げてからpublishに至るまで原稿の修正を何回繰り返したか記憶にないほどです(50回以上は修正しているのでは?).小坂田先生,山子先生,斎藤先生には,実験データの解釈やイントロ・考察の論述に関して,何度も丁寧にディスカッションして下さりました.また,茅原先生に測定して頂いたFT-ICR-MSという高性能な質量分析により,環状金錯体同士が直接結合交換しているというクリティカルな実験データを得ることができました.そして合成実験を担当してくれた丹治くん,畑くんの並々ならぬ努力には本当に頭が上がりません.共著者全員の力で良い論文を仕上げることができました.

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

この質問を受けて思い返してみると,私が化学の仕事を続けている原動力は,小中学校の理科の授業で体験した試薬を混ぜたら色が変化したとか,溶液から結晶が析出してきたとか,今考えれば簡単な実験ですが,あの時の感動が忘れられないからだと思います.あれから何十年と経ってしまいましたが,やはり化学というのは魅力的で面白い学問だと思います.子供のときに感じた化学に対する感動・好奇心を忘れずに常に新しい研究を展開し続けていければと思います.

また有り難いことに大学教員という仕事をさせて頂いておりますので,講義や研究を通じて社会に有用な化学者を育成することも重要な使命であると考えております.私は出来の悪い学生でして,学生時代は先生方に迷惑をかけっぱなしでした.そんな私が次の世代を担う化学者を育成することは,私を育ててくださった先生方への恩返しにもなるかなと思っております.

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

今回の研究のベースとなった環状金錯体を経由したCPP合成法ですが,実は当初,CPPを合成する気などさらさら無く,もともとは金錯体の研究[3]を進めていた過程で得られたデータがヒントとなり,紆余曲折を経て完成した合成法です.そのデータというのも「二核金ビアリール錯体を酸化してみたら錯体が分解して有機物が出てきた」という錯体化学の視点からみるとネガティブなデータです.一見するとネガティブそうに見える実験データも少し視点を変えると世界を変えるようなデータに変化する可能性を秘めております.学生の皆さんは先生から頂いた研究テーマに沿ったように実験しなければならないと思いがちですが,一つの視点に囚われず,様々な視点から実験データを見るようにすると大発見につながるかもしれません.

参考文献

  1. Yoshigoe, Y.*; Tanji, Y.; Hata, Y.; Osakada, K.; Saito, S.; Kayahara, E.; Yamago, S.; Tsuchido, Y.*; Kawai, H.* JACS Au, 2022, 2, 1857-1868. DOI: 10.1021/jacsau.2c00194
  2. Tsuchido, Y.*; Abe, R.; Ide, T.; Osakada, K.* Angew. Chem. Int. Ed., 2020, 59, 22928-22932. DOI: 10.1002/anie.202005482
  3. Abe, R.; Tsuchido, Y.*; Ide, T.; Koizumi, T.; Osakada, K.* ACS Omega, 2022, 7, 9594-9601. DOI: 10.1021/acsomega.1c06938

研究者の略歴

土戸 良高(つちど よしたか)

所属:東京理科大学 理学部第一部化学科

専門:構造有機化学,超分子化学,有機金属化学


2008年3月  国立東京工業高等専門学校 物質工学科 卒業
2010年3月  国立東京工業高等専門学校 専攻科 物質工学専攻 修了
2012年3月  東京工業大学大学院 総合理工学研究科 化学環境学専攻 修士課程修了
2014年12月 東京工業大学大学院 総合理工学研究科 化学環境学専攻 博士課程修了

職 歴
2012年4月 日本学術振興会 特別研究員 (DC1)
2015年1月 日本学術振興会 特別研究員 (PD)
2015年4月 カナダ・ウインザー大学 博士研究員
2017年6月 東京工業大学 化学生命科学研究所 博士研究員
2017年7月 東京工業大学 化学生命科学研究所 特任助教
2020年4月 東京理科大学 理学部第一部化学科 助教

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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