[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

計算化学を用いたスマートな天然物合成

[スポンサーリンク]

以前の報告より大幅に短工程化されたパスパリンAの全合成、及びエミインドールPBの初の全合成が報告された。DFT計算を用いることで、実験を行わずに中間体の最適構造を決定した。

計算化学を利用した反応の実現可能性の評価及び天然物への応用

逆合成解析は、化合物の合成を計画する上で最も利用されている理論的アプローチである。しかし、合成を最も単純化できる有力な逆合成の結合切断には、先行文献が不十分な場合が多く、実際に実験を試行せずにその実現可能性を評価することは難しい。現代のコンピューター計算は、この逆合成解析における強力な手法を生み出した。すなわち、効率的な結合切断を識別するアルゴリズムの開発[1]と、量子化学計算による挑戦的かつ前例のない合成計画の実現可能性の予測である。

一方、インドールジテルペノイドは、長く合成研究の標的となってきた天然物群である。パスパリンA (1)は、連続4級炭素に隣接したインドール縮環シクロペンタンを含む六環式骨格をもつ。これに関連する天然物は、哺乳類の乳がんに対する抗増殖・抗転移活性を有する。現在までに報告されている1の全合成では、C環に相当するシクロペンタノン部位に対するインドール合成反応を用いる戦略がとられており、多工程を余儀なくされていた(1A)[2,3]。一方、エミインドールPB (2)はいまだ全合成例はない。

今回、イエール大学のNewhouse准教授らは、生合成(1C)を模倣した合成戦略に従い、インドールの求核性を利用してC環を構築することで1の短工程な全合成を達成した。さらに同一中間体からメチル転位を進行させることで2の初の全合成及び構造決定に成功した(1B)C環の環化前駆体の最適構造を、密度汎関数(DFT)計算を用いて決定することで、時間とコストのかかる実験による最適化の工程を削減することに成功した。

図1. (A) Paspaline Aの全合成の報告例 (B) 今回の合成戦略 (C) 生合成

 

Total Synthesis of Paspaline A and Emindole PB Enabled by Computational Augmentation of a Transform-Guided Retrosynthetic Strategy

Kim, D. E.; Zweig, J. E.; Newhouse, T. R. J. Am. Chem. Soc.2019, ASAP. DOI: 10.1021/jacs.8b13127

論文著者の紹介

研究者:Timothy R. Newhouse

研究者の経歴:
2001-2005 B.A., Colby College, ME, USA (Prof. Dasan M. Thamattoor)
2006-2010 Ph.D, The Scripps Research Institute, CA, USA (Prof. Phil S. Baran and Prof. Donna G. Blackmond)
2010-2013 Posdoc,Harvard University, MA, USA (Prof. E. J. Corey)
2013-2018 Assistant Prof. at Yale University, CT, USA
2018- Associate Prof. at Yale University

研究内容:計算化学を用いた天然物合成、遷移金属触媒を用いた反応開発及び天然物合成

論文の概要

 Newhouse准教授らは、1の合成において、インドールを先にジテルペン骨格に連結させ、インドールのもつ求核性を利用するC環構築を計画した。そこで、遠隔位に位置するF環前駆体の構造が異なる3つの化合物の三級カルボカチオン中間体Z(a)Z(c)に対してDFT計算を行うことで反応性を比較し、より環化が進行しやすい基質を見積もった(2A)。具体的には、三級カルボカチオン中間体からは環化とメチル転位が進行しうるが、これらが進行する際のエネルギー障壁をそれぞれ計算した。その結果、F環に二環式ケタール構造を有するZ(c)を用いた場合、環化とメチル転位のエネルギー障壁の差が最大(–4.5 kcal/mol)であることがわかり、この構造を経由して1を合成することとした。

 Wieland-Miescher ケトン誘導体より5工程で合成可能な環化前駆体であるアルコール3に対し、AlCl3を作用させることで、C環が形成した環化体4とメチル基が転位したケタール5を得た(4:5= 1:3)(2B)4は還元条件で、パスパリンA (1)へと誘導できる(9工程)。一方、5からは4工程でオレフィンの異性化とF環の形成を行い、最後に窒素原子をtertプレニル化することで、エミインドールPB (2)を得た(14工程)

図2. (A)DFT計算による評価 (B)Paspaline A及びEmindole PBの合成

以上、以前までの3分の1の工程数でのパスパリンA及びエミインドールPBの全合成が達成された。DFT計算による基質の最適化をすることで、実験におけるトライ&エラーを回避している。この計算アプローチの能力や限界は未知ではあるものの、今後のさらなる研究の進展により本手法の確からしさが明らかになっていくことに期待したい。

参考文献

  1. Corey, E. J.; Wipke, W. T. Science 1969, 166, 178–192.DOI: 1126/science.166.3902.178
  2. (a) Smith, A. B.; Mewshaw, R. J. Am. Chem. Soc. 1985, 107, 1769–1771. DOI: 10.1021/ja00292a058 (b) Smith, A. B.; Leenay, T. L. J. Am. Chem. Soc. 1989, 111, 5761–5768. DOI: 10.1021/ja00197a039
  3. Sharpe, R. J.; Johnson, J. S. J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 4968–4971. DOI: 10.1021/jacs.5b02631
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. エナンチオ選択的ジフルオロアルキルブロミド合成
  2. 「人工知能時代」と人間の仕事
  3. イナミドを縮合剤とする新規アミド形成法
  4. 同位体効果の解釈にはご注意を!
  5. 分子研オープンキャンパス2023(大学院説明会・体験入学説明会)…
  6. 化学者がMidjourneyで遊んでみた
  7. 引っ張ると白色蛍光を示すゴム材料
  8. 聖なる牛の尿から金を発見!(?)

注目情報

ピックアップ記事

  1. 面接官の心に刺さる志望動機、刺さらない志望動機
  2. 福井鉄道と大研化学工業、11月に電池使い車両運行実験
  3. パッセリーニ反応 Passerini Reaction
  4. ライセルト インドール合成 Reissert Indole Synthesis
  5. 化学系研究室ホームページ作成ガイド
  6. 堂々たる夢 世界に日本人を認めさせた化学者・高峰譲吉の生涯
  7. ChemDrawの使い方【作図編②:触媒サイクル】
  8. デヴィッド・ナギブ David A. Nagib
  9. NIMSフォーラム 「未来のエネルギーをつむぐ新材料・新物質、ここに集結!」
  10. 「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律施行令の一部を改正する政令」が閣議決定されました

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2019年1月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

注目情報

最新記事

有馬温泉で鉄イオン水溶液について学んできた【化学者が行く温泉巡りの旅】

有馬温泉の金泉は、塩化物濃度と鉄濃度が日本の温泉の中で最も高い温泉で、黄褐色を呈する温泉です。この記…

HPLCをPATツールに変換!オンラインHPLCシステム:DirectInject-LC

これまでの自動サンプリング技術多くの製薬・化学メーカーはその生産性向上のため、有…

MEDCHEM NEWS 34-4 号「新しいモダリティとして注目を浴びる分解創薬」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

圧力に依存して還元反応が進行!~シクロファン構造を活用した新機能~

第686回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機化学第一研究室(鈴木孝…

第58回Vシンポ「天然物フィロソフィ2」を開催します!

第58回ケムステVシンポジウムの開催告知をさせて頂きます!今回のVシンポは、コロナ蔓延の年202…

第76回「目指すは生涯現役!ロマンを追い求めて」櫛田 創 助教

第76回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第75回「デジタル技術は化学研究を革新できるのか?」熊田佳菜子 主任研究員

第75回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第74回「理想的な医薬品原薬の製造法を目指して」細谷 昌弘 サブグループ長

第74回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第57回ケムステVシンポ「祝ノーベル化学賞!金属有機構造体–MOF」を開催します!

第57回ケムステVシンポは、北川 進 先生らの2025年ノーベル化学賞受賞を記念して…

櫛田 創 Soh Kushida

櫛田 創(くしだそう)は日本の化学者である。筑波大学 数理物質系 物質工学域・助教。専門は物理化学、…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP