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スポットライトリサーチ

液晶中での超分子重合 –電気と光で駆動する液晶材料の開発–

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第197回のスポットライトリサーチは、東京大学工学系研究科(相田研究室矢野慧一さんにお願いしました。相田研究室は、世界トップレベルの研究室で、超分子化学・材料化学を中心に多岐にわたる研究に取り組まれています。矢野さんは今年3月に博士課程を終えられ、現在はミシガン大学のKotov研で博士研究員として研究をなさっています。

今回、インタビューをさせていただいたのは、矢野さんが相田研で取り組まれていた「液晶中で超分子重合を行う」という研究です。入念に練られた分子設計により、電気・光に演算的に応答する機能性液晶素子を開発され、その成果がScience誌に掲載されました。(プレスリリースはこちら

“Nematic-to-Columnar Mesophase Transition by In situ Supramolecular Polymerization” Yano, K.; Itoh, Y.; Araoka, F.; Watanabe, G.; Hikima, T.; Aida, T. Science 2019363, 161–165. (DOI: 10.1126/science.aan1019)

一緒に研究をされていた伊藤喜光准教授からは、以下のようなコメントを頂いています。

研究をしていて感動のあまり手が震える、そんな経験はめったにあるものではありません。皆さんはどうですか?相田先生は、学生時代にそのような経験があったそうです。私自身も学生時代に一度ありましたが、すっかり過去の記憶として忘れかけていました。しかし矢野君とこの研究を進めていて再度この幸運に恵まれました。数え切れない失敗を重ね続けていたある日、SPring-8で明け方の4時くらいまで粘り、ある条件を変えた瞬間に表れた望みの2次元回折像を見たとき、二人で「あっ」と叫んだ後数秒間の沈黙が流れました。二人の手は小刻みに震えており、そのままかたい握手を交わしました。こんなに感動できるほど頑張ってくれた矢野君には感謝しかありません。本当にたまにしか巡り会うことはないのですが、こんな喜びがあるからこそ研究はやめられない、この思いを新たにしてくれた忘れられないエピソードです。

伊藤喜光

頑張った先に得られる感動や喜びは、研究の大きなやりがいですよね。ちなみに私は矢野さんの学部時代の知り合いですが、矢野さんはとても頭脳明晰で努力家であるのに加え、責任感があり周りから厚い信頼を寄せていました。今回、アメリカへの渡航準備などで大変お忙しい中、インタビューに答えていただくことができました。ぜひお楽しみください!

Q1. 今回のプレスリリース対象となったのはどんな研究ですか?

液晶と超分子重合の組み合わせにより、電気信号と光信号に演算的に動作する機能性液晶素子を開発しました。作製方法はいたって簡便、液晶性分子と超分子モノマーをただ混ぜ合わせるだけです。二種の機能性分子が分子スケールで協同的に集合化することで、コアシェル型カラム構造からなる一義的な階層構造が自発的に形成されます。コア部位にはモノマー分子からなる超分子ポリマーが存在し、それを取り囲むように液晶性分子がシェル部位を形成しています。

ここでは、電気信号(直流電場)に応答する超分子モノマーと、光信号(紫外光照射)に応答する液晶性分子を組み合わせて、上述の階層構造を構築しました。電気信号はカラムの配向状態を変化させる一方で、光信号は液晶性分子の光異性化を引き起こし、カラムを瞬時に崩壊・再構築させます。これらの二種の信号を演算的に用いることで、両者が同時に入力された場合にのみ階層構造の光透過能が局所的に変わり、書き込まれた構造情報を0と1の数値情報として読み出すことができる系(AND論理回路)を実現しました。

二種の機能性分子の組み合わせを変えることで、機能の着せ替えができる点も本材料のポイントです。液晶性分子として光信号ではなく電気信号(交流電場)に応答する分子を用いると、電気信号の種類(直流電場か交流電場か)によってカラムの配向方向を平行と垂直の二方向にスイッチングできる系も実現しました。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

なんといっても分子設計です。研究当初は、側鎖にアルキル鎖を有する典型的な超分子モノマーを用いて液晶性分子と混合していたのですが、超分子重合が進行するとともに液晶媒体から超分子ポリマーが相分離してしまう挙動が観察されました。それもそのはず、超分子モノマーは円盤状を、液晶性分子は棒状をしており、分子形状の異なる両者は一般的には混ざり合いません。そこで、両者の相溶性向上のため、円盤状モノマーの側鎖に棒状分子骨格を導入した分子を新たにデザインしたところ、両者が相分離しないだけでなく、分子スケールで混ざり合い、全く予期していなかったコアシェル型カラムナー階層構造が得られました(ただ階層構造の回折強度が極めて弱く、この構造解析も一筋縄ではいかなかったのですが、SPring-8にて放射光回折測定を行うことで詳細な構造解析が実現できました。この場を借りて理研SPring-8の職員の皆様に御礼申し上げます)。

また、測定系の構築にも思い入れがあります。電場応答性の超分子モノマーと液晶性分子からなるコアシェル型カラム構造のモデルを作製した際に、その化学構造から「直流電場と交流電場でカラム配向方向のスイッチングができるのではないか?」という仮説が浮かびました。これを実験的に証明するために、基板の種類や厚み・電極の形状が異なる液晶用セルを設計・特注し、電場印加条件をラボ内で慎重に検討したのですが、納得いく結果が出ず……。検討不十分なまま電場印加装置を持ち込んでSPring-8での二次元X線回折測定を行ったものの、案の定なかなか良い結果は出なかったのですが、粘りに粘った明け方4時頃、世界で初めて、二方向への電場配向スイッチングを示す明確な二次元回折像を得ることに成功しました。この時、感動のあまり震える手を抑えきれないまま、一緒に測定していた伊藤さん(伊藤喜光准教授)と握手を交わしたことを覚えています。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

上述の通り構造解析や物性評価にもそれなりの苦労はあったのですが、最も苦労したのは論文執筆作業でした。研究の新規性を明確に打ち出せるような納得いくストーリーにたどり着くまで、相田先生と伊藤さんとともに何度も論文を練り直しました。渾身の自信作を某科学誌に投稿するも、エディターとレビュアーからの厳しいコメントとともに、一度はリジェクトを食らいます。しかし、ここでめげることなくもう一度論文の構成を見直し、より明確に新規性を打ち出すために追加実験を行うことを決意しました。この過程で「機能の着せ替え」と「電気と光で動作するAND論理回路」を新たに盛り込み、半分近いデータを追加更新する形で再投稿、そして採択へとこぎつけることができました(なお、初投稿から採択までは1年8ヶ月かかりました)。

Q4.  将来は化学とどう関わっていきたいですか?

この研究は液晶化学と超分子化学を基盤としてスタートしたのですが、研究が広がるにつれて放射光科学や液晶物理、材料科学、光化学、計算機科学などの要素を取り入れた異分野融合研究へと発展していきました。自身の研究を通じて境界領域を探索していく経験は非常に楽しく、さらに新しい分野を勉強する中で、これまで研究してきた分野の良さや面白さを再認識することもありました。学位取得後も研究領域を変え、現在はミシガン大学にて無機化学、コロイド化学、キラル科学を中心とした境界領域の研究を行っています。今後も化学をバックグラウンドとして境界領域を攻め続け、異分野融合を通じた全く新しい素材開発や技術開拓にチャレンジしたいと思っています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

私のこれまでの研究生活は、楽しい時間よりも悩み苦しむ時間の方が圧倒的に長く、凄まじくタフな経験でした。実験がうまくいかなかったり、実験計画の甘さが露呈したり、ディスカッションで落ち込んだり、英語ができず会話にならなかったり、書き上げた学会予稿が真っ赤になって返ってきたり、学会発表の質疑で失敗したり、投稿した論文の魅力を上手く伝えられなかったりと、何度も悔しい思いをしました。それでも逃げずに自分なりに受け止め、「ここがいけなかった」「次はこうしよう」と一歩一歩改善していくことで、自分の成長を少しずつ感じながら研究者としての自信をつけてきました。研究環境にも恵まれ、国際学会参加や共同研究、後輩指導、海外挑戦と、これまでの自分には経験のなかったことを数多くチャレンジさせていただきました。チャレンジ当初はうまくいかないことの方が多いのですが、徐々に改善しながら失敗を恐れずにチャレンジし続けることで、国際的な友人関係や異分野への理解、多様な専門家との人脈を獲得でき、最終的にこうして自分の研究成果を世に出すことができました。研究活動を通じてより多くチャレンジした人が、より多くの知識やスキル、人脈を得ることができます。チャレンジし続けることで、他の何物とも異なる自分自身の研究を確立し、他の人とは異なる自分らしさを磨いていってください。

最後になりますが、ご指導頂いた相田卓三教授、伊藤喜光准教授、共著者の先生方をはじめとする研究室内外の皆様、そしてこのように研究を紹介する機会を下さったケムステスタッフの皆様に厚く御礼申し上げます。

末筆に宣伝ですが、本研究を発展させた「電気と磁石に応答する液晶材料」の研究成果がごく最近アメリカ化学会誌に採択されましたので、そちらも合わせてご覧ください。

“Supramolecular Polymerization in Liquid Crystalline Media: Toward Modular Synthesis of Multifunctional Core–Shell Columnar Liquid Crystals
”

Keiichi Yano,† Takahiro Hanebuchi,† Xu-Jie Zhang, Yoshimitsu Itoh, Yoshiaki Uchida, Takuro Sato, Keisuke Matsuura, Fumitaka Kagawa, Fumito Araoka, Takuzo Aida
 († Equal Contribution)

J. Am. Chem. Soc. in press. DOI: 10.1021/jacs.9b03961

研究者の略歴

矢野 慧一(Yano Keiichi)

所属:東京大学大学院 工学系研究科化学生命工学専攻 相田研究室
研究テーマ:超分子重合を利用した機能性材料の開発

2016年3月 東京大学大学院 工学系研究科 化学生命工学専攻 修士課程修了(相田研究室)
2019年3月 同 博士後期課程修了(相田研究室)
2019年4月 〜 同 博士研究員(相田研究室)
2018年4月 〜 2019年3月 日本学術振興会特別研究員(DC2)
2019年4月 〜 日本学術振興会特別研究員(PD)
2019年4月 〜 University of Michigan, Visiting Postdoctoral Research Fellow (Kotov Group)

参考文献

  1. “Nematic-to-Columnar Mesophase Transition by In situ Supramolecular Polymerization” Yano, K.; Itoh, Y.; Araoka, F.; Watanabe, G.; Hikima, T.; Aida, T. Science 2019363, 161–165. (DOI: 10.1126/science.aan1019)
  2. “Supramolecular Polymerization in Liquid Crystalline Media: Toward Modular Synthesis of Multifunctional Core–Shell Columnar Liquid Crystals
” Yano, K.*; Hanebuchi, T.*; Zhang, X.-J.; Itoh, Y.; Uchida, Y.; Sato, T.; Matsuura, K.; Kagawa, F.; Araoka, F.; Aida, T.
 (*Equal Contribution) J. Am. Chem. Soc. in press. DOI: 10.1021/jacs.9b03961
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kanako

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アメリカの製薬企業の研究員。抗体をベースにした薬の開発を行なっている。
就職前は、アメリカの大学院にて化学のPhDを取得。専門はタンパク工学・ケミカルバイオロジー・高分子化学。

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