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光熱変換材料を使った自己修復ポリマーの車体コーティングへの活用

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韓国化学研究院(KRICT)はこのほど、太陽光の下に30分置いておくだけで、車体の傷を自己修復できる新たなコーティング技術の開発に成功したと発表しました。 (引用:ナゾロジー8月10日)

開発された素材を自動車にコーティングすると、車の表面にキズが出ても昼日の日光に30分以上さらされるとキズが自ら消えることができる。研究チームは自動車モデルに新素材をコーティングし、表面に傷をつけた後、日中の日光に30分程度露出させると、傷が完全に消え、コーティング素材の表面が回復することを確認した。また、虫眼鏡を利用して光を集めると、30秒後に傷が完全になくなることを確認した。(原文:KRICTプレスリリース6月28日)

前回、傷が素早く自己修復する透明防曇皮膜の論文を紹介しましたが、車体の傷が自己修復されるコーティング技術がニュースサイトより紹介されました。論文が発表されたのは4月と少し前ですが、詳細を紹介します。

まず研究の背景から見ていきますが、自己修復型の保護コーティングは、自動車や電子機器といった高価な機器の寿命を延ばすことができるため、産学両面から魅力的な技術とされています。しかしながら、自己修復機能を内在するコーティングにおいては、創傷部で弾性の回復や物理的な流動に続いて分子結合が促進されることで傷が修復されるため、良好な機械強度と化学耐性を保つことが難しいとされています。

そんな中、ダイナミックポリマーネットワーク(DPNs)という材料があり、これは種々の外部刺激によってネットワーク構造の解離と再結合が可能な一種の自己修復機能を内在するポリマーです。そして光熱変換材料を添加し、熱可逆性のDPNsに応用する研究が注目されています。

水の存在下で自己修復が加速するHydrophobic copolymers (出典:Water accelerated self-healing of hydrophobic copolymers

光熱変換材料は光励起を利用して熱エネルギーを発生させることができ、カーボンナノチューブや酸化グラフェン、金属ナノ粒子などを使って熱を発生させ、Diels−Alder反応を促進させたり、ジスルフィド結合を形成することで、ポリマーに自己修復機能を持たせる研究結果が多数報告されています。しかしながら、無機の光熱変換マテリアルには、可視光を吸収すること、高価であること、分散性を向上するために表面の改良が必要であることなどのコーティングとしての実用上の懸念点があり、有機の光熱変換色素を使った自己修復コーティングが求められています。先行研究ではHindered urea (HU)とAcrylic polyol (AP)ベースの市販のクリアコートで自己修復性を見出しましたが、70℃以上の熱が必要で時間も24時間以上かかることから、本研究にて光熱変換色素を使って太陽光に含まれる近赤外光で自己修復できる系の開発を行いました。

使用した光熱変換色素、Diimmonium borate dye (DID)

実験結果に移りますが、ポリマーはHU di-tetra(ethylene glycol) と 市販のクリアコートバインダー (AP) 、クロスリンカーとなるhexamethylene diisocyanate trimer をDibutyltin dilaurate (DBTDL)触媒存在下で合成しました。

HU di-tetra(ethylene glycol)

Hexamethylene diisocyanate trimer

光熱変換色素であるDIDは、ポリマー溶液中に添加し室温で撹拌してガラス基板に塗布しました。DIDの濃度は光熱変換効率や可視光吸収の兼ね合いから0.1 wt%とし、ガラス基板に種々の荷重で直線の傷をつけ、その後近赤外レーザーを1分間照射し、傷の変化を確認しました。

スクラッチテスターの一例

結果、DIDなしでは傷は修復されず、HUなしではある程度の傷は修復され、HUとDIDが含まれるコーティングでは、50 mNでも傷が目視できなくなるほど修復されました。

コーティングの傷が自己修復するイメージ(出典:KRICTプレスリリース

次に車の模型にこのポリマーをスプレーし、カッターナイフで傷をつけた後、正午の屋外で集光レンズで太陽光を当て傷の修復を度合いを確認しました。すると表面温度が74.4℃に達し、傷も30秒後には消失しました。さらにレンズなしでも、30分後には傷が消失しました。この結果について先行研究と比較したところ、本研究の結果は現状、100%に近い光透過性で最短の修復時間となっていることが分かりました。

集光レンズありなしで、太陽光によって傷を修復した様子(出典:KRICTプレスリリース

さらにエネルギー消費についても先行研究と比較し、DIDを使った本研究の成果によってエネルギー消費が大幅に少なくなるとコメントしています。

加熱と太陽光で修復する時のエネルギー消費の比較(出典:KRICTプレスリリース

自動車においては衝突防止技術が発展していますが、ブロック塀や縁石などへの接触までも完全に回避することは難しく、また飛び石などによる傷は避けられず、傷を全くつけずに車を長く使用することは難しいです。そのため板金なしで傷が自己修復できる本成果は実用化の需要が高いと思います。ただし、有機の光熱変換色素を使用しているということで、塗装してから長期間経っても変色しないのか、光熱変換の効果を発揮できるのかが実用上においては気になるところです。車に限らず高価な物ほど、小さな傷もつけまいと神経質になりますが、本研究の成果によって小さな傷は治るから気にしなくなるようになれば、環境にも人にも優しくなることかもしれません。

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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