化学者のつぶやき

環拡大で八員環をバッチリ攻略! pleuromutilinの全合成

グラム陽性菌の抗生物質であるpleuromutilinの全合成が報告された。環拡大反応を駆使し複雑な三環式骨格を構築したのち、巧みな不斉官能基化により16工程で合成を達成した。

pleuromutilinの合成

Pleuromutilin(1)はClitopilus属の担子菌から単離された抗生物質である(図 1A)[1]。リボソームのペプチド転移酵素と結合しタンパク質の合成を阻害する特異な作用機序のため、1やその誘導体の医薬品研究は盛んである。誘導体のretapamutilin(2)は皮膚感染症の治療薬、lefamulin(3)は市中肺炎の抗生物質であり、これらはいずれもC14位のグリコール酸の変換によって1から容易に合成できる[2]。一方で、C14位修飾体以外の類縁体はほとんど合成されておらず[3]、合成研究で得られる知見は新たな医薬品の発見に貢献すると期待される。

多くの不斉炭素からなる複雑な三環式骨格をもつ1は、合成標的としても注目を集める。1982年にGibbonsらが初めて全合成(31工程)を成し遂げた後、Boeckman(1989年, 27工程)やProcter(2013年, 34工程)らも全合成を報告した(Procterらは初の不斉全合成)。いずれも八員環構築が鍵となるが、骨格構築とその後の官能基変換に工程数を要した[4]。最近ではHerzon(2017年, 20工程)やReisman(2018年, 18工程)らが収束的な不斉全合成を報告した[5]。Herzonらは、5-6縮環化合物4(AB環)に対しC11, C12, C13位炭素をもつ中間体を合成終盤に導入し、Ni/NHC触媒を利用した還元的環化により、八員環(C環)を形成した(図 1B)。一方Reismanらは合成終盤の八員環構築に際し、生成物の酸化段階が1と一致する環化前駆体の設計と反応条件の精査により、短工程化を実現した(図 1C)。

今回、本論文著者のProninらは新たな合成戦略による1の全合成を報告した(図 1D)。合成序盤にDiels–Alder反応とラジカル環化反応によって三環式骨格を迅速に構築し、シクロブタンの開裂を伴う環拡大反応で八員環を形成した。その後、種々の立体選択的な官能基化を経て16工程で合成を完了した。

図1. (A) pleuromutilinとその誘導体 (B) Herzonらの合成 (C) Reismanらの合成 (D) 今回の研究

 

“Synthesis of Pleuromutilin”
Foy, N. J.; Pronin, S. V. J. Am. Chem. Soc.2022, 144, 10174–10179. DOI: 10.1021/jacs.2c04708

論文著者の紹介

研究者:Sergey V. Pronin
研究者の経歴:
2005 B.S., Lomonosov Moscow State University, Russia
2005–2010 Ph.D., University of Chicago, USA (Prof. Sergey A. Kozmin)
2011–2014 Postdoc., The Scripps Research Institute (Prof. Ryan A. Shenvi)
2014–  Assistant Professor, University of California, Irvine, USA
Present   Associate Professor, University of California, Irvine, USA

研究内容:HATを駆使したテルペノイドの全合成、ラジカル-極性クロスオーバー反応の開発

論文の概要

まず、市販化合物からそれぞれ一工程で調製した56Diels–Alder反応によってexo体の生成物7を得た。CANによる酸化で生成した8の金属ヒドリド水素原子移動により三環式化合物9を合成した。9から四工程で合成したアルキン10の還元的環化、続くレトロアルドール反応によるシクロブタンの開環を経て環拡大し、八員環の構築に成功した。続いて、C12位にジアステレオ選択的にメチル基を導入し12としたのち、保護基の除去を伴う分子内環化によりカルボン酸14を得た。その際、シリルエノールエーテルにもTBAFが作用するが、C2Cl6を加えることで、カルボニルα位(C4位)にクロロ基をもつケトンへ導いた。このクロロ基の導入はレトロマイケル反応による八員環の開裂を防ぐために重要であった(詳細は本文参照)。続いて、Ir触媒19存在下、青色光を照射することで14の脱炭酸が進行した。生じたアルキルラジカルは酸素あるいはTEMPOで捕捉され、シクロブタンの開裂を経てトリケトン15が生成した。C2位のコーンブルム酸化、C10位のエピ化により16としたのち、亜鉛を用いたC2位の還元によってトリケトン17を合成した。ナトリウムによるC11, 14位のケトンの還元はジアステレオ選択的に進行し、mutilin(18)を得た。最後にアルコールのアシル化と加溶媒分解によって1の全合成を達成した。

図2. pleuromutilinの合成経路

 

参考文献

  1. (a) Kavanagh, F.; Hervey, A.; Robbins, W. J. Antibiotic Substances from Basidiomycetes. VIII. Pleurotus Mutilus (Fr.) Sacc. and Pleurotus Passeckerianus Pilat. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 1951, 37, 570–574. DOI: 10.1073/pnas.37.9.570
  2. (a) Rittenhouse, S.: Biswas, S.; Broskey, J.; McCloskey, L.; Moore, T.; Vasey, S.; West, J.; Zalacain, M.; Zonis R.; Payne, D. Selection of Retapamulin, a Novel Pleuromutilin for Topical Use. Antimicrob. Agents Chemother. 2006, 50, 3882–3885. DOI: 10.1128/AAC.00178-06 (b) Chahine, E. B.; Sucher, A. J. Lefamulin: The First Systemic Pleuromutilin Antibiotic. Ann. Pharmacother. 2020, 54, 1203–1214. DOI: 10.1177/1060028020932521
  3. (a) Thirring, K.; Heilmayer, W.; Riedl, R.; Kollmann, H.; Ivezic-Schoenfeld, Z.; Wicha, W.; Paukner, S.; Strickmann, D. 12-epi WO2015110481A1, July 30, 2015. (b) Zeng, M.; Murphy, S. K.; Herzon, S. B. Development of a Modular Synthetic Route to (+)-Pleuromutilin and (+)-12-epi-mutilins, and Related Structures. J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 16377–16388. DOI: 10.1021/jacs.7b09869
  4. (a) Gibbons, E. G. Total Synthesis of (±)-Pleuromutilin. J. Am. Chem. Soc. 1982, 104, 1767–1769. DOI: 10.1021/ja00370a067 (b) Boeckman, R. K., Jr.; Springer, D. M.; Alessi, T. R. Synthetic Studies Directed Toward Naturally Occurring Cyclooctanoids. 2. Stereocontrolled Assembly of (±)-Pleuromutilin via a Remarkable Sterically Demanding Oxy-Cope Rearrangement. J. Am. Chem. Soc. 1989, 111, 8284–8286. DOI: 10.1021/ja00203a043 (c) Fazakerley, N. J.; Helm, M. D.; Procter, D. J. Total Synthesis of (+)-Pleuromutilin. Chem. Eur. J. 2013, 19, 6718–6723. DOI: 10.1002/chem.201300968
  5. (a) Murphy, S. K.; Zeng, M.; Herzon, S. B. A Modular and Enantioselective Synthesis of the Pleuromutilin Antibiotics. Science 2017, 356, 956–959. DOI: 1126/science.aan0003 (b) Farney, E. P.; Feng, S. S.; Schäfers, F.; Reisman, S. E. Total Synthesis of (+)-Pleuromutilin. J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 1267–1270. DOI: 10.1021/jacs.7b13260
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