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スポットライトリサーチ

分⼦のわずかな⾮対称性の偏りが増幅される現象を発⾒

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第480回のスポットライトリサーチは、千葉大学大学院 融合理工学府 先進理化学専攻 共生応用化学コース 分子集合体化学研究室(矢貝研)の齋藤 卓穂(さいとう たくほ)さんにお願いしました。

矢貝研究室では新しい分子集合体の創出を研究テーマとし、トポロジーを有する超分子ポリマーや光応答性超分子ポリマー、メカノ発光材料などの開発を行っています。本プレスリリースの研究内容は、非対称性が増幅される現象についてです。高分子や超分子においても鏡像の関係は成り立ち、例えばキラル分⼦が結びつくと、巻き⽅向のそろった「螺旋構造」を有する⾼分⼦や超分⼦が形成されます。この螺旋構造は、鏡像関係にあるキラル分⼦が混ざっていてもわずかな混合⽐の偏り(⾮対称性)が増幅され、得られる螺旋構造の巻き⽅向が⼀⽅に偏るという現象が起きます。これまでは⼀次元的な螺旋構造に対してのみ議論されてきましたが、本研究グループでは分⼦のわずかな⾮対称性の偏りが階層的な⾃⼰集合により増幅される現象を発⾒することに成功しました。

この研究成果は、「Journal of the American Chemical Society」誌に掲載され、プレスリリースにも成果の概要が公開されています。

Amplification of Molecular Asymmetry during the Hierarchical Self-Assembly of Foldable Azobenzene Dyads into Nanotoroids and Nanotubes

Takuho Saito, Takashi Kajitani, and Shiki Yagai*

J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, 1, 443–454

DOI: doi.org/10.1021/jacs.2c10631

研究室を主宰されている矢貝史樹 教授より齋藤さんについてコメントを頂戴いたしました!

この研究のコンセプトは、キラル分子の不斉情報によってキラルなナノ構造が形成された時、元々の構成分子のキラリティではなく、得られたナノ構造のキラリティ(超分子キラリティ)が階層的にさらに高次の集合体のキラリティを導くのか?という問いかけにあると思います。これを証明するには、構成分子のキラル純度は良くないが、超分子キラル純度の高いナノ構造が形成されるような系があればいいわけです。そんな系が、矢貝研究室のメインテーマであるバルビツール酸系超分子ポリマーの陰でひっそりハサミ分子組によって行われていたナノリング-ナノチューブ超分子系でした。上記のややこしいコンセプトをどう実験的に証明するか、に関し齋藤くんとやりとりしているうちに2年もかかってしまいました。。。

さて、件の齋藤君ですが、スルメ君と呼ばれており(実は呼ばれていない)、噛めば噛むほど彼の優秀さが味わえるような若者です。その頭脳とマシンガントークを維持するためにラーメン1キロを余裕で食べちゃうような燃費の悪さですが、それではあまりに体に悪いということでスルメをよく食べている姿が散見されます。ちなみに、巷では“ジャラス”という謎の愛称で呼ばれていますので、その由来を知りたい人は矢貝研究室にお入りください。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

右手と左手の関係のように鏡像体と互いに重ね合わすことのできない性質を持つ分子を「キラル分子」と呼びます。このような鏡像関係は、キラル分子が集合して螺旋構造を形成したときにも当てはまります。一方で、光学的に純粋ではない(右手と左手分子が混ざった)分子が集合したとき、螺旋の巻き方向が一方に偏るという現象が知られています。この現象は「マジョリティールール」と呼ばれる非対称性の増幅現象の一つであり、これまでに様々な超分子集合体を用いてその効果が調査されてきました。しかし、これまでの調査対象は階層性のない超分子構造を形成する系がほとんどであり、生体にみられるような、分子が階層的なナノ構造形成を経て螺旋構造へと発展していく系においては報告がありませんでした。ちなみに、鏡像体過剰率が低いにもかかわらず螺旋の巻き方向が一方に偏る現象はこれまでに「キラル増幅」と呼ばれてきましたが、この時鏡像体の組成は変化せず、系のキラリティは増幅されていないことから、これは好ましい表現ではないと最近では言われています。この現象を説明するにあたって、現在は「非対称性の増幅」という表現を用いることが推奨されています。詳しくはJ. Polym. Sci. 2021, 59, 1171.を参照ください。

今回、室温においてナノリングを形成し、0 °Cにするとナノリングが重なってナノチューブへと階層的に集合するキラル分子(R体およびS体、図1a)を用いて、鏡像体の混合物の非対称性が階層構造においてどのように増幅するか調査しました。例えばR体とS体を60:40の割合となるように混ぜて共会合させると、ナノリングの巻き方向はR体のみからなるナノリングと一致し、完全に右巻きに偏ることがわかりました(図1b中段)。

さらに得られた右巻きナノリング溶液を0 °Cに冷やすとキラルなナノチューブが得られ、この巻き方向もR体単品からなるナノチューブと一致しました(図1b下段)。S体が多い時は、全てが逆の結果になりました。したがって、ナノリング(低階層)の巻き方向がまずマジョリティールールによって決定され、さらにナノリングが有するナノ構造としての巻き方向(分子のキラリティではない)がナノチューブ(高階層)の巻き方向を決定するということがわかりました。

図1. a) 本研究で用いたキラル分子R体(上)とS体(下)の構造。b) キラル分子の階層的な自己集合による非対称性の増幅の概略図。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

本研究テーマを開始した経緯に思い入れがあります。本研究テーマは修士論文執筆の息抜きに行った、いわゆる闇実験から始まりました。当時の私の研究テーマは、単調な螺旋構造を形成するキラル分子の非対称性の増幅について調査することでした。この研究は順調(?)に進んでいましたが、贔屓目にみてもインパクト不足であり、先行研究との差別化が困難な状況でした。ある日、ナノ構造のキラリティは階層的に作られる高次構造のキラリティにどのような影響を及ぼしているか疑問に思い、非対称性の増幅現象を用いるとこれを実証できるのではと考えました。早速階層的に自己集合することが分かっていたR体とS体を合成し、これらを混ぜてナノリング溶液を作りました。そして円二色性(CD)スペクトルを測定してみると、鏡像体の混合物であるにも関わらず、純粋なナノリングとCDシグナル強度がほぼ等しくなりました。さらに溶液を冷やしてナノチューブ溶液を作っても、同様の傾向が観察されました。この実験結果を見た時は久しぶりに興奮しました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

単品のR体とS体の自己集合メカニズムに関しては、矢貝研究室の大先輩である山内先生(現NAIST山田容子研究室助教)が以前に解明されていたこともあり(J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 18205.)、メカニズム解明のための実験は(そこそこの苦労はありましたが)順調に進みました。一方で、最も苦労したことは論文執筆であり、本研究テーマの新規性と一般性をどこに見いだすか、この研究の本質は何なのか、非常に悩みました。およそ2年ほどの期間をかけて矢貝先生と綿密なディスカッションを交わすことで、一本筋が通ったストーリーが出来上がったと思います。この点について、長期間根気よく指導してくださった矢貝先生に感謝してもしきれません。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

博士後期課程も残りわずかとなってきましたので、残された時間を有効に活用して、この研究室で学べるところを可能な限り学んだ後に次のステージに臨みたいと思います。将来的にどのような化学をやっているか見当もつきませんが、今現在自分が身に着けている有機化学や超分子化学を基盤として、自分自身や周りの人が「面白い!」と思えるようなコンセプトや現象を見いだしていきたいと思います。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

最後まで目を通していただきありがとうございます。この研究の始まりこそ単なる闇実験でしたが、そこから先生や研究室メンバーとのディスカッションや何気ない会話、同期との煽り煽られといった過程を経て研究が大きく発展し、質が向上していきました。この体験から、異なる視点を持つ人と話すことで研究が大きく前進することを学びました。皆様も人との対話を大切にして研究室生活を送っていくと、予想外の進展が出るかもしれませんね。

余談ですが今回の研究で一つ心残りがありまして、それはアゾベンゼンの光応答性を全く生かせなかったことです。この研究を学会にて発表させていただくと、必ずと言っていいほど光を当てるとどうなるの?とのご質問をいただきましたが、その都度申し訳なく思いながらも、光を当ててもあまり面白い現象は起きませんよ、と返すばかりでした。この無念(?)を払拭すべく、現在光応答性を積極的に生かした面白現象について研究しておりますので、どこかで報告させていただければと思います。

最後になりましたが、本研究の遂行にあたり多大なご指導を賜りました矢貝先生、X線回折測定でお世話になりました東京工業大学の梶谷孝先生、矢貝研究室の皆様にこの場を借りて厚く御礼申し上げます。また研究紹介の機会を与えてくださいましたChem-Stationの皆様に感謝申し上げます。

研究者の略歴

名前:齋藤 卓穂(さいとう たくほ)
所属:千葉大学大学院 融合理工学府 先進理化学専攻 共生応用化学コース 分子集合体化学研究室
略歴:

2019年3月 千葉大学 工学部 共生応用化学科 卒業

2021年3月 千葉大学大学院 融合理工学府 先進理化学専攻 共生応用化学コース 博士前期課程 修了

2021年4月〜現在 千葉大学大学院 融合理工学府 先進理化学専攻 共生応用化学コース 博士後期課程

2021年〜現在 日本学術振興会特別研究員(DC1)

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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