[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

アセタールで極性転換!CF3カルビニルラジカルの求核付加反応

[スポンサーリンク]

多様な電子不足オレフィンのヒドロトリフルオロアセチル化反応が開発された。求核的なトリフルオロメチルアシルラジカル等価体の利用が本反応の鍵である。

求核的CF3カルビニルラジカルを用いたヒドロトリフルオロアセチル化

トリフルオロアセチル(CF3CO–, TFA)基は医薬品の代謝安定性や生物活性の向上に寄与することから、医薬品開発において近年注目を浴びている[1]。TFA基の導入法の一つとして、トリフルオロメチル(CF3)アシルラジカルを用いたオレフィンへのラジカル付加が挙げられる(図1A)。2021年、Katayevらは、無水トリフルオロ酢酸(TFAA)から生じたCF3アシルラジカルをオレフィンへ付加させ、オレフィンのトリフルオロアセチル化に成功した(図1B)[2]。求電子的であるCF3アシルラジカルは、電子豊富オレフィンと効率的に反応する[3]。一方で、電子不足オレフィンへのラジカル付加は困難であり、依然として達成されていなかった。

テンプル大学のKimらは、電子不足オレフィンへのCF3アシルラジカルの付加を達成するため、1,3-ジチアンによるカルボニルの極性転換に注目した(図1C)。1,3-ジチアンに強塩基を作用させて生じたカルボアニオンは、代表的なアシルアニオン等価体である。この極性転換を利用した例として、Xuらによる、イリジウム光触媒を用いた非環状アルコキシカルボン酸の電子不足オレフィンへのラジカル付加が報告されている[4]。以上のことから、CF3アシルラジカルのアセタール保護体であれば、アセタールの酸素原子からの電子の押し込みにより、電子不足オレフィンへの求核的なラジカル付加が可能であると予想された。

今回Kimらは、多様な電子不足オレフィンのヒドロトリフルオロアセチル化反応の開発に成功した(図1D)。光触媒存在下、CF3カルビニルラジカルの電子不足オレフィンへの付加が進行した後、生成したアセタールの脱保護により、電子不足オレフィンへのTFA基の導入を達成した。

図1. (A) CF3アシルラジカルのオレフィンへの付加および反応性 (B) KatayevらによるオレフィンへのTFA基の導入 (C) ヒドロトリフルオロアセチル化の参考例 (D) オレフィンのヒドロトリフルオロアセチル化反応

 

“Hydrotrifluoroacetylation of Alkenes via Designer Masked Acyl Reagents”

Sangil Han, Kyra L. Samony, Rifat N. Nabi, Campbell A. Bache, and Daniel K. Kim J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, 11530−11536.

DOI: 10.1021/jacs.3c04294

 

論文著者の紹介

研究者:Daniel K. Kim

研究者の経歴:

–2012                             B.S. in Chemistry, Gettysburg College, USA (Prof. Timothy Funk)

2012–2018                  Ph.D., University of California, Irvine, USA (Prof. Vy Dong)

2018–2020                  Postdoc, Princeton University, USA (Prof. David W. C. MacMillan)

2020–                            Assistant Professor, Temple University, USA

研究内容:遷移金属触媒や生体触媒を用いた新規反応の開発

論文の概要

 DMF中、光触媒4CzIPNおよびCs2CO3存在下、カルボン酸1と電子不足オレフィン2456 nmLED光を照射すると、アセタール3が得られた(2A)。基質適用範囲を調査したところ、ピリジン(3a)やトリフルオロメチルピリジン(3b)、アミド基(3c)、スルホニル基(3d)、シアノ基(3e)をもつ一置換オレフィンや三置換オレフィン(3f)など種々の電子不足オレフィンに対して反応が進行した。

 次に、合成したアセタール3の脱保護を試みた(2B)3は通常のアセタールと異なり、HClなどのブレンステッド酸を用いた脱保護条件ではアセタールが除去できなかった。これは、CF3基の電子求引性により、CF3に隣接する炭素を中心とするスピロアセタール構造が安定化するためである[5]。アセタールの脱保護条件の検討の結果、BBr3が有効であることを見いだした。しかし、TFA基の高い電子求引性のため、生成物はケトンと水和物の混合物として得られた。

 本反応の推定反応機構を示す(2C)。まず、光触媒4CzIPN(5)が可視光照射により励起された後、*4CzIPN(6)による一電子酸化により、カルボキシレート1’からCF3カルビニルラジカル8が生成する。この8が電子不足オレフィンに付加して生じた中間体9を、4CzIPN·–(7)が還元し、カップリング体3aが得られると考えられる。

図2. (A) 本反応および基質適応範囲 (B) アセタール部位のカルボニルへの変換 (C) 推定反応機構

 

 以上、電子不足オレフィンに対して適用可能なヒドロトリフルオロアセチル化反応が開発された。今後本反応がTFA基をもつ医薬品開発に貢献することを期待したい。

参考文献

  1. (a) Jose, B.; Oniki, Y.; Kato, T.; Nishino, N.; Sumida, Y.; Yoshida, M. Novel Histone Deacetylase Inhibitors: Cyclic Tetrapeptide with Trifluoromethyl and Pentafluoroethyl Ketones. Bioorg. Med. Chem. Lett. 2004, 14, 5343–5346. DOI: 10.1016/j.bmcl.2004.08.016 (b) Stein, R. L.; Strimpler, A. M.; Edwards, P. D.; Lewis, J. J.; Mauger, R. C.; Schwartz, J. A.; Stein, M. M.; Trainor, D. A.; Wildonger, R. A.; Zottola, M. A. Mechanism of Slow-Binding Inhibition of Human Leukocyte Elastase by Trifluoromethyl Ketones. Biochemistry 1987, 26, 2682–2689. DOI: 10.1021/bi00384a005
  2. (a) Lu, B.; Xu, M.; Qi, X.; Jiang, M.; Xiao, W.-J.; Chen, J.-R. Switchable Radical Carbonylation by Philicity Regulation. J. Am. Chem. Soc. 2022, 144, 14923–14935. DOI: 10.1021/jacs.2c06677 (b) De Vleeschouwer, F.; Van Speybroeck, V.; Waroquier, M.; Geerlings, P.; De Proft, F. Electrophilicity and Nucleophilicity Index for Radicals. Org. Lett. 2007, 9, 2721–2724. DOI: 10.1021/ol071038k
  3. Zhang, K.; Rombach, D.; Nötel, N. Y.; Jeschke, G.; Katayev, D. Radical Trifluoroacetylation of Alkenes Triggered by a Visible-Light-Promoted C–O Bond Fragmentation of Trifluoroacetic Anhydride. Angew. Chem., Int. Ed. 2021, 60, 22487–22495. DOI: 10.1002/anie.202109235
  4. Zhang, S.; Tan, Z.; Zhang, H.; Liu, J.; Xu, W.; Xu, K. An Ir-Photoredox-Catalyzed Decarboxylative Michael Addition of Glyoxylic Acid Acetal as a Formyl Equivalent. Chem. Commun. 2017, 53, 11642–11645. DOI: 10.1039/C7CC06252D
  5. Guthrie, J. P. Carbonyl Addition Reactions: Factors Affecting the Hydrate–Hemiacetal and Hemiacetal–Acetal Equilibrium Constants. Can. J. Chem. 1975, 53, 898–906. DOI: 10.1139/v75-125

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. リアルタイムで分子の自己組織化を観察・操作することに成功
  2. 研究室での英語【Part 2】
  3. クロタミトンのはなし 古くて新しいその機構
  4. エステルからエーテルをつくる脱一酸化炭素金属触媒
  5. 【書籍】クロスカップリング反応 基礎と産業応用
  6. 天然物生合成経路および酵素反応機構の解析 –有機合成から生化学へ…
  7. ウイルスーChemical Times 特集より
  8. 有機合成化学協会誌2020年10月号:ハロゲンダンス・Cpルテニ…

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 炭素文明論「元素の王者」が歴史を動かす
  2. 「人工タンパク質ケージを操る」スイス連邦工科大学チューリヒ校・Hilvert研より
  3. 原油高騰 日本企業直撃の恐れ
  4. ゲノムDNA中の各種修飾塩基を測定する発光タンパク質構築法を開発
  5. ポンコツ博士の海外奮闘録⑦〜博士,鍵反応を仕込む〜
  6. 【25卒 化学業界企業合同説明会 8/29(火)・30(水)・9/5(火)・6(水) Zoomウェビナー開催!】化学系学生のための就活
  7. 研究留学術―研究者のためのアメリカ留学ガイド
  8. 中村栄一 Eiichi Nakamura
  9. リニューアル?!
  10. 白血病治療新薬の候補物質 京大研究グループと日本新薬が開発

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2023年8月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

注目情報

最新記事

5/15(水)Zoom開催 【旭化成 人事担当者が語る!】2026年卒 化学系学生向け就活スタート講座

化学系の就職活動を支援する『化学系学生のための就活』からのご案内です。化学業界・研究職でのキャリ…

フローマイクロリアクターを活用した多置換アルケンの効率的な合成

第610回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院理学研究科(依光研究室)に在籍されていた江 迤源…

マリンス有機化学(上)-学び手の視点から-

概要親しみやすい会話形式を用いた現代的な教育スタイルで有機化学の重要概念を学べる標準教科書.…

【大正製薬】キャリア採用情報(正社員)

<求める人物像>・自ら考えて行動できる・高い専門性を身につけている・…

国内初のナノボディ®製剤オゾラリズマブ

ナノゾラ®皮下注30mgシリンジ(一般名:オゾラリズマブ(遺伝子組換え))は、A…

大正製薬ってどんな会社?

大正製薬は病気の予防から治療まで、皆さまの健康に寄り添う事業を展開しています。こ…

一致団結ケトンでアレン合成!1,3-エンインのヒドロアルキル化

ケトンと1,3-エンインのヒドロアルキル化反応が開発された。独自の配位子とパラジウム/ホウ素/アミン…

ベテラン研究者 vs マテリアルズ・インフォマティクス!?~ 研究者としてMIとの正しい向き合い方

開催日 2024/04/24 : 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足…

第11回 慶應有機化学若手シンポジウム

シンポジウム概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大…

薬学部ってどんなところ?

自己紹介Chemstationの新入りスタッフのねこたまと申します。現在は学部の4年生(薬学部)…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP