[スポンサーリンク]

一般的な話題

【速報】2016年ノーベル化学賞は「分子マシンの設計と合成」に!

[スポンサーリンク]

 スウェーデン王立科学アカデミー(Royal Swedish Academy of Sciences)は5日、2016年のノーベル化学賞(Nobel Prize in Chemistry)を、フランスのジャンピエール・ソバージュ(Jean-Pierre Sauvage)、英国のJ・フレーザー・ストッダート(J Fraser Stoddart)、オランダのバーナード・フェリンガ(Bernard Feringa)の3氏に授与すると発表した。授賞理由は分子機械に関する研究。

なんと、たまたま今日公開した記事が受賞者の一人フェリンガ教授の最新研究でした。これまでの化学賞では応用研究が注目されていた印象でしたが、今年は「分子でメカニカルな機構を模倣する基礎研究」が受賞です。

分野としては超分子化学・有機化学なので、確かに5年周期の受賞といえるでしょう。ちなみに超分子化学への授与は、その創始者であるCram, Lehn, Pedersenが授与された1987年化学賞以来のことです。

いずれの3氏も業績は文句なしで、ノーベル賞候補として前々から評判の研究者でした。ケムステ予想は見事に外れましたが、気を取り直して、受賞者ごとに業績を紹介していきましょう。

分子機械の重要なパーツ:カテナンとロタキサン

分子機械研究の発展に欠かせない役割を果たしたのは、mechanically-interlocked moleculeと呼ばれる物質群です。その中でも代表格とされるのが、カテナンロタキサンです。

カテナン(catenane)とは、環状化合物が鎖のように絡み合って連結した形状を有する分子集合体のことです。ギリシャ語で鎖を意味するcatena に由来して名付けられています。一方のロタキサン(rotaxane)は、輪っか分子に棒状の「軸」分子が貫通した構造の分子集合体です。ラテン語の輪(rota)と軸(axis)に由来しています。

chemnobel2016_0

カテナンの輪っかどうし、ロタキサンの軸―輪っかはお互いに(共有)結合していないため、比較的ゆるゆると動きます。カテナンは輪っかが切れない限り安定ですが、ロタキサンはそのままだと軸が輪っかから滑り抜けてしまいます。安定に取ってくるために、軸の両端には大きなストッパーがつけられていることが多いです。

カテナンの合成に世界で初めて成功したのは、ベル研究所のエーデル・ワッサーマンです(1960年)。この合成法は強引そのもので、両端にエステルを持つ長鎖アルカンをアシロイン環化させ、たまたま二分子が絡み合ったものだけを取ってくるというものです。そもそもの環化自体が上手く進行しないことに加え、二分子が絡み合う過程は偶然に頼るほかなく、極めて低収率でしかカテナンを得ることはできませんでした(十分量の生成物を得るためにバスタブ一杯の原料が必要になったとか?)。ごくごく少量の合成がやっとという技術水準を反映してでしょう、カテナン・ロタキサンの化学は進展を見せることなく年月が経っていきました。

wasserman_catenane

カテナン・ロタキサンを効率良く作る!:ソヴァージュ

Mechanically-interlocked moleculeの合成法におけるブレイクスルーを成し遂げたのは、受賞者の一人であるソヴァージュ教授です。

ソヴァージュ教授は、金属イオン(銅)の錯形成能を上手く活用した「鋳型合成」という手法を活用し、カテナンを高い効率で合成することに成功しました(1983年)。その概念図と分子構造を以下に示します。1価銅が正四面体型配位構造を取ることがカギで、まさにこのためにある現象なのではないか?とすら思えるほどに巧妙な役割を果たしています。

nobelchem2016_1

この鋳型合成法は大変に汎用性が高いものであり、同じ原理から異なるトポロジーをもつ様々な化合物を合成することができます。これまでに合成された化合物の例を以下に示します。いずれも巧みな分子デザインに基づく鋳型合成法によって合成されますが、どうやって作るのか考えるだけで、頭が分子構造のようにこんがらがりそうですよね(笑)。

nobelchem2016_2

こういった化合物を作る”最初の一歩”は、実用視点から取り組まれたわけではありません。遊び心あふれるままに分子を作ってみて、その仕組みと性質を調べてみたい、という素朴な興味に端を欲しているはずです。一体何の役に立つのか?と問われると、実のところ返答に苦しむ分子が大多数です。

とはいえ一方で、

「非常に綺麗な分子でしょう!?」

と問われて、否定できる人もそう居ないのではないでしょうか。

筆者などは「人間の手でこんな構造まで作ってしまえるのか!」と、強い驚きを感じます。人類にとって真に「興味深い」化合物合成とは、こういうゾーンにあるものではないか?・・・など、いろいろな考えを巡らさざるを得ません。

ロタキサン分子のスイッチをつくる!:ストッダート

ストッダート教授はソヴァージュ教授の合成法を磨き上げ、「bistable」な性質を持つロタキサン・カテナン化合物を創りました。名前の通り、安定状態が2通り存在する分子です。この2状態間を外部刺激によって人為的に行き来させられれば、分子スイッチとしての応用が拓けます。

ストッダート教授は、そのようなロタキサン分子を実際に合成(1989年)し、分子スイッチへの応用可能性を示しました(1991年)。下記の分子がその一例ですが、酸化還元やpH変化によってプラス電荷を自由に出し入れできる「フェニレンジアミン構造」を軸に組み込んであるのがミソです。プラス電荷を発生させた時には、電気的な反発のため輪っかは右側のヒドロキノン部位に位置します。一方でプラス電荷を消した時には、π-π相互作用が優勢になるため、輪っかは左側のフェニレンジアミン部位に位置します。

nobelchem2016_3
ストッダート教授はこの設計理念をさらに発展させ、より複雑な動作を制御したり、機能性材料へ応用することにも成功しています。たとえば2004年には、3本の”足場”を持たせたうえで金属表面に乗せ、台座をリフトできる「分子エレベータ」を合成しています。また分子スケールの変形力をマクロスケールに伝えるアクチュエータ(分子筋肉)や、分子レベルの酸化還元で情報を記録できる超高密度分子メモリの創成なども行なっています。

nobelchem2016_4
分子合成のコストが大きいため、これらは今のところ実用には至っていませんが、視覚的にも分かりやすい科学であり、夢が広がる成果に思います。

分子でモーターを作る!:フェリンガ

上記のカテナン・ロタキサンを用いるスイッチ分子とは、全く異なる方向からメカニカル分子機構にアプローチしてきたのがフェリンガ教授です。

フェリンガ教授は、光照射によって一方向だけに回転する光駆動型分子モーターを世界で初めて合成しました(1999年)。初期に合成されたのは立体障害の大きな置換基をもつ軸不斉分子です。オレフィン化合物に紫外光を照射すると、二重結合の一部が切れ、それを軸として分子が回転を始めます。このこと自体は古くから知られていましたが、フェリンガ教授は巧みな分子設計により、これに一方向にしか回転しない仕組みを組み込んだのです(下図)。回転に必要なエネルギーは、光と熱であり、回転方向は不斉炭素のキラリティによって決まります。分子構造を最適化することにより、極めて高速回転(室温下・MHz オーダー)する分子モーターも作れます。

nobelchem2016_5

フェリンガ教授はこの分子モーターを一斉に回転させることで、分子レベルの回転力をマクロスケールに伝達できることを示しています。下記のような分子1を液晶フィルムに配列させて光を当てると、フィルム上に置かれた物体(ミリメートルサイズ)が一方向に回転します。数万倍以上も大きさの違う物質に力を伝えるための極めて巧みな実験系の設計には、驚嘆するほか有りません。

一方では遊び心満載の展開として、分子モーターを”タイヤ”として持つ「ナノ四駆」を創り出してもしています。電気エネルギーで分子モーターを1方向回転させることで、金属表面を走らせることができます。これが動く様子は、顕微鏡像として確認することができます。

おわりに

本分野は実用化に遠そうな「趣味的香り」の強い研究という印象でしたので、強く予想はしていませんでした(ケムステ候補者リストには、ストッダート教授がギリギリ入っていた程度です)。しかしながらどれもこれもがエキサイティングな現象ですし、かつては誰しもが持っていた童心を呼び起こさせてくれる研究でもあります。美麗な分子構造グラフィックスをぼーっと眺めているだけでも、とっても楽しい気分に浸れます。語弊を恐れなければ、人間がもつ根源的喜びに触れるような研究と言ってもよいのではないでしょうか。

実用実用と言い過ぎなきらいもある昨今、実用偏重の風潮に対するアンチテーゼ的意味合いも、今回のノーベル賞のテーマとしてあったのかも知れません。魅力たっぷりな科学領域を樹立した研究者の方々に敬意を表し、受賞のお祝いを述べたいと思います。おめでとうございました!

 

PS1. 今年も予想投票を行ってきましたが、当選者はまたもや見事にゼロ! ケムステ予想賞はさらに翌年に持ち越しです。毎年言ってる気がしますが、予想は本当に難しいです・・・。
PS2. ノーベル化学賞に備えようとしたものの、ここ数日サーバアクセス制限をかけられてしまい、軽いページにすべく急遽突貫リニューアル。最善を尽くしたつもりでしたが、やはりノーベル賞パワーの前にあえなくサーバが撃沈しました・・・。こういう機会に貢献できる学術情報サイトとしては、無念の極みです。来年度に向けた反省点と言うことで、今後ともご愛顧のほどよろしくお願いいたします。

(※画像はノーベル賞広報資料や各種論文画像から引用・改変して使用しました)

 

関連書籍

[amazonjs asin=”4774131148″ locale=”JP” title=”有機化学美術館へようこそ ‾分子の世界の造形とドラマ (知りたい!サイエンス)”] [amazonjs asin=”4759807829″ locale=”JP” title=”超分子化学”] [amazonjs asin=”4759811532″ locale=”JP” title=”最新分子マシン―ナノで働く“高度な機械”を目指して”]

 

関連リンク

有機化学美術館さんの関連記事

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 動的な軸不斉を有する大環状ホスト分子
  2. 3日やったらやめられない:独自配位子開発と応用
  3. 【速報】HGS 分子構造模型「 立体化学 学生用セット」販売再開…
  4. 27万種類のビルディングブロックが購入できる!?
  5. フラーレンの中には核反応を早くする不思議空間がある
  6. 開催間近!ケムステも出るサイエンスアゴラ2013
  7. だれが原子を見たか【夏休み企画: 理系学生の読書感想文】
  8. 【書籍】化学探偵Mr.キュリー3

注目情報

ピックアップ記事

  1. 開催間近!ケムステも出るサイエンスアゴラ2013
  2. 創薬・医療分野セミナー受講者募集(Blockbuster TOKYO研修プログラム第2回)
  3. こんなサービスが欲しかった! 「Chemistry Reference Resolver」
  4. 化学企業のグローバル・トップ50が発表【2018年版】
  5. 化学者のためのエレクトロニクス講座~化合物半導体編
  6. スマイルス転位 Smiles Rearrangement
  7. ODOOSをリニューアル!
  8. ハーバード大Whitesides教授プリーストリーメダルを受賞
  9. 硫黄-フッ素交換反応 Sulfur(VI)-Fluoride Exchange (SuFEx)
  10. 飲むノミ・マダニ除虫薬のはなし

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2016年10月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31  

注目情報

最新記事

嬉野温泉で論文執筆缶詰め旅行をしてみた【化学者が行く温泉巡りの旅】

論文を書かなきゃ!でもせっかくの休暇なのでお出かけしたい! そうだ!人里離れた温泉地で缶詰めして一気…

光の強さで分子集合を巧みに制御!様々な形を持つ非平衡超分子集合体の作り分けを実現

第691回のスポットライトリサーチは、千葉大学大学院 融合理工学府 分子集合体化学研究室(矢貝研究室…

化学系研究職の転職は難しいのか?求人動向と転職を成功させる考え方

化学系研究職の転職の難点は「専門性のニッチさ」と考えられることが多いですが、企業が求めるのは研究プロ…

\課題に対してマイクロ波を試してみたい方へ/オンライン個別相談会

プロセスの脱炭素化及び効率化のキーテクノロジーである”マイクロ波”について、今回は、適用を検討してみ…

四国化成ってどんな会社?

私たち四国化成ホールディングス株式会社は、企業理念「独創力」を掲げ、「有機合成技術」…

世界の技術進歩を支える四国化成の「独創力」

「独創力」を体現する四国化成の研究開発四国化成の開発部隊は、長年蓄積してきた有機…

第77回「無機材料の何刀流!?」町田 慎悟

第77回目の研究者インタビューは、第59回ケムステVシンポ「無機ポーラス材料が織りなす未来型機能デザ…

伊與木 健太 Kenta IYOKI

伊與木健太(いよき けんた,)は、日本の化学者。東京大学大学院新領域創成科学研究科准教授。第59回ケ…

井野川 人姿 Hitoshi INOKAWA

井野川 人姿(いのかわひとし)は、日本の化学者。崇城大学工学部ナノサイエンス学科准教授。第59回ケム…

開発者に聞く!試薬の使い方セミナー2026 主催: 同仁化学研究所

この度、同仁化学研究所主催のオンラインセミナー(参加無料)を開催いたします。注目されるライフ…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP