[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

パラジウム光触媒が促進するHAT過程:アルコールの脱水素反応への展開

[スポンサーリンク]

2016年、イリノイ大学シカゴ校・Vladimir Gevorgyanらは、Pd(0)触媒の共存下、可視光照射下にヨウ化アリールからアリールパラジウムラジカル種が生成することを見いだした。これが促進する1,5-HAT過程を起点とし、シリルエーテルの脱水素反応が触媒的に進行することでシリルエノールエーテルが合成可能であることを明らかにした。

“Photoinduced Formation of Hybrid Aryl Pd-Radical Species Capable of 1,5-HAT: Selective Catalytic Oxidation of Silyl Ethers into Silyl Enol Ethers”
Parasram, M.; Chuentragool, P.; Sarkar, D.; Gevorgyan, V.* J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 6340. DOI: 10.1021/jacs.6b01628

問題設定

アリールハライドはクロスカップリング反応において重要なビルディングブロックであり、これまでにパラジウム触媒系を用いることで多様な機能性材料が合成されている。クロスカップリング反応においては、酸化的付加によって生じるPd(II)が反応に関与する。一方で、アリールパラジウムラジカル種を生成させることができれば、パラジウム化学とラジカル化学の両方の性質を活かした新奇反応性を開拓できると考えられる(冒頭図参照)。

技術や手法の肝

かねてよりGevorgyanらはシリルテザー型配向基を用いるフェノール基質の位置選択的なC-H活性化反応について精力的に研究している[1]。この技術基盤をもとに、アリールパラジウムラジカル種が進行させる水素原子移動(HAT)過程が、アルコール基質のC(sp3)-H活性化に活用可能とする仮説に基づいた研究を展開した。具体的には、Curranらが報告している1,5-HAT型アルコール遠隔位C-H官能基化反応[2] を参考に、反応系を設計した。

今回の研究では、生じた炭素ラジカルがアリールパラジウム(I)種によって捕捉され、続くβヒドリド脱離による不飽和化が進行することで、シリルエノールエーテルの合成へと繋げている。

主張の有効性検証

①反応条件の最適化

図の様な基質を用い、汎用パラジウム錯体を用いて脱水素反応の検討を行っている。熱的条件下では全く反応が進行しなかったが、青色LED光照射下を行ったところ、反応は進行した。配位子の検討を行った結果、dppf類似のリガンドLが最適であることを見出した。

②基質一般性の検討

環状、鎖状いずれでも進行する。官能基を有する場合でも中程度~良好な収率で進行。鎖状生成物の幾何異性体は本条件では制御不可能。天然物のような複雑骨格に対しても適用可能。

③反応機構解析

下記の触媒サイクルにおいてGevorgyanらは

  1. 酸化的付加で生じる4を、当量反応で確認できなかった(立体障害のため?)
  2. 重水素標識によってエーテルα位水素がベンゼン環に移動していることを確認

ことを根拠に、CMD機構(Path B)ではなく、ラジカル機構(Path A)で進行していると主張している。不飽和化のメカニズム(A1-A3の複数考えうる)に関する結論は未だ出ていない。

冒頭論文より引用

議論すべき点

  • これまでGevorgyanが自ら培ってきたシリルテザー化学をしっかり活かして展開している。生じた炭素ラジカルが上手くトランスメタル化すれば、更に広がっていくだろう。
  • 実際、クロスカップリング系の酸化的付加を加速させる目的に、青色LED光が使われだしている[3]。
  • ケイ素の置換基はiPrだと良くない。Meでも反応は進行するが、精製の際に分解するようである。

次に読むべき論文は?

  • 外部光触媒を必要とせず、遷移金属触媒(Co, Fe, Cu, Pd, Pt, Au)そのものが可視光吸収して反応を促進する系の総説[4]
  • この続報としてGevorgyanは、脂肪族アルコール[5]・アルケン[6]遠隔位の官能基化を達成している。

参考文献

  1. Parasram, M.; Gevorgyan, V. Acc. Chem. Res. 2017, 50, 2038. DOI: 10.1021/acs.accounts.7b00306
  2. Curran, D. P.; Kim, D.; Liu, H. T.; Shen, W.  J. Am. Chem. Soc. 1988, 110, 5900. DOI: 10.1021/ja00225a052
  3. (a) Wang, G.-Z.; Shang, R.;  Cheng, W.-M.; Fu, Y. J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 18307. DOI: 10.1021/jacs.7b10009 (b) Wang, G.-Z.; Shang, R.; Fu, Y. Synthesis 2018, 50, 2908. DOI: 10.1055/s-0036-1592000 (c) Wang, G.-Z.; Shang, E.; Fu, Y. Org. Lett. 2018, 20, 888. DOI: 10.1021/acs.orglett.8b00023 (d) Kurandina, D.; Rivas, M.; Radzhabov, M.; Gevorgyan, V. Org. Lett. 2018, 20, 357. DOI: 10.1021/acs.orglett.7b03591 (e) Abdiaj,I.; Huck, L.; Mateo, J. M.; de la Hoz, A.; Gomez , V.; Díaz‐Ortiz, A.; Alcázar, J. Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 13231. doi:10.1002/anie.201808654
  4. Parasram, M.; Gevorgyan, V.  Chem. Soc. Rev. 2017, 46, 6227. doi:10.1039/C7CS00226B
  5. Parasram, M.; Chuentragool, P.; Wang, Y.; Shi, Y.; Gevorgyan, V. J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 14857. DOI: 10.1021/jacs.7b08459
  6. Ratushnyy, M.; Parasram, M.; Wang, Y.; Gevorgyan, V. Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 2712. doi:10.1002/anie.201712775
Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 「つける」と「はがす」の新技術|分子接合と表面制御 R3
  2. ケムステイブニングミキサー 2024 報告
  3. 有機合成化学協会誌2017年9月号:キラルケイ素・触媒反応・生体…
  4. イミニウム励起触媒系による炭素ラジカルの不斉1,4-付加
  5. ナノ学会 第22回大会 付設展示会ケムステキャンペーン
  6. ルドルフ・クラウジウスのこと② エントロピー150周年を祝って
  7. 【書籍】化学探偵Mr. キュリー
  8. ヒドロアシル化界のドンによる巧妙なジアステレオ選択性制御

注目情報

ピックアップ記事

  1. 蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)のドナーとして利用される蛍光色素
  2. 【2分クッキング】シキミ酸エスプレッソ
  3. インドの化学ってどうよ
  4. 試験概要:乙種危険物取扱者
  5. 原子一個の電気陰性度を測った! ―化学結合の本質に迫る―
  6. 化学研究で役に立つデータ解析入門:回帰分析の活用を広げる編
  7. ミツバチに付くダニに効く化学物質の研究開発のはなし
  8. 生体分子と疾患のビッグデータから治療標的分子を高精度で予測するAIを開発
  9. ジンチョウゲ科アオガンピ属植物からの抗HIV活性ジテルペノイドの発見
  10. ポンコツ博士の海外奮闘録 外伝① 〜調剤薬局18時〜

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年11月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  

注目情報

最新記事

アクリルアミド類のanti-Michael型付加反応の開発ーPd触媒による反応中間体の安定性が鍵―

第622回のスポットライトリサーチは、東京理科大学大学院理学研究科(松田研究室)修士2年の茂呂 諒太…

エントロピーを表す記号はなぜSなのか

Tshozoです。エントロピーの後日談が8年経っても一向に進んでないのは私が熱力学に向いてないことの…

AI解析プラットフォーム Multi-Sigmaとは?

Multi-Sigmaは少ないデータからAIによる予測、要因分析、最適化まで解析可能なプラットフォー…

【11/20~22】第41回メディシナルケミストリーシンポジウム@京都

概要メディシナルケミストリーシンポジウムは、日本の創薬力の向上或いは関連研究分野…

有機電解合成のはなし ~アンモニア常温常圧合成のキー技術~

(出典:燃料アンモニアサプライチェーンの構築 | NEDO グリーンイノベーション基金)Ts…

光触媒でエステルを多電子還元する

第621回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域(魚住グループ)にて…

ケムステSlackが開設5周年を迎えました!

日本初の化学専用オープンコミュニティとして発足した「ケムステSlack」が、めで…

人事・DX推進のご担当者の方へ〜研究開発でDXを進めるには

開催日:2024/07/24 申込みはこちら■開催概要新たな技術が生まれ続けるVUCAな…

酵素を照らす新たな光!アミノ酸の酸化的クロスカップリング

酵素と可視光レドックス触媒を協働させる、アミノ酸の酸化的クロスカップリング反応が開発された。多様な非…

二元貴金属酸化物触媒によるC–H活性化: 分子状酸素を酸化剤とするアレーンとカルボン酸の酸化的カップリング

第620回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院工学研究院(本倉研究室)の長谷川 慎吾 助教…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP