[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

アザボリンはニ度異性化するっ!

[スポンサーリンク]

1,2-アザボリンの光異性化により、ホウ素・窒素原子を含むベンズバレンの合成が達成された。本異性化は、BN-デュワーベンゼンを経由しながら進行することが示唆された。

ベンズバレンへのヘテロ原子の導入

ベンゼンの構造異性体の一つであるベンズバレンは、二重結合で束縛されたビシクロ[1.1.0]ブタン骨格の大きな環歪みエネルギーと、それに基づく高い反応性から注目されている(図1A)[1]。1977年、小林らのリン含有ベンズバレンの合成報告を皮切りに、第三周期元素のリンおよびケイ素原子を含むベンズバレンが多数報告されてきた[2]。一方、第二周期元素(B, N, O)を含むベンズバレン様化合物は少数報告されているが、ビシクロブタン骨格を束縛する結合の二重結合性については議論されていない[3]。第三周期元素は、出発物質の共鳴安定性の低下と生成物の環歪みの緩和を引き起こすため、ベンズバレン骨格の構築を容易にする。しかし、これらの効果が見込めない、原子半径がより小さな第二周期元素を含むベンズバレン骨格の構築は困難であることが予想される。
一方で、LiuとBettingerらは以前、1,2-アザボリンからヘテロ原子を含むベンゼンの別の構造異性体である1,2-BN-デュワーベンゼンへの光異性化を報告した(図1B)[4]。今回、Liuらはこの光異性化においてC5位にアリール基を有する1,2-アザボリンを用いると、中間体として1,2-BN-デュワーベンゼンを経て、1,2-BN-ベンズバレンへと更なる異性化が進行することを見いだした。これはホウ素および窒素原子を含むヘテロベンズバレンの初の合成例である(図1C)。

図1 (A) (ヘテロ)ベンズバレン (B) BN-デュワーベンゼンへの光異性化 (C) BN-ベンズバレンへの光異性化

]

“A BN-Benzvalene
Ozaki, T.; Bentley, S. K.; Rybansky, N.; Li, B.; Liu, S.-Y. J. Chem. Soc. 2024, 146, 24748–24753. DOI: 10.1021/jacs.4c08088

論文著者の紹介

研究者:Shih-Yuan Liu (劉世元)
研究者の経歴:
1997  B.Sc., Vienna University of Technology, Austria
2003                                                   Ph.D., Massachusetts Institute of Technology, USA (Prof. Gregory C. Fu)
2003–2006               Postdoc, Massachusetts Institute of Technology, USA (Prof. Daniel G. Nocera)
2006–2012               Assistant Professor, University of Oregon, USA
2012–2013               Associate Professor, University of Oregon, USA
2013–                                                Professor, Boston College, USA
研究内容:含ホウ素窒素ヘテロ環の合成およびそれらを用いた反応開発

論文の概要

著者らは、THF中、1,2-アザボリン1aに紫外光を10分間照射することで、1aの異性体である1,2-BN-デュワーベンゼン2aとともに1,2-BN-ベンズバレン3aが生成することを見いだした(図2A)。さらに、照射時間を20分に延長したところ、3aを単一で与えた。基質適用範囲の調査から、C5位には広範なアリール基が適用できる一方、窒素上にはシリル基が必要であることが明らかとなった(詳細は論文参照)。中でも、N-トリフェニルシリル基をもつ3bで結晶が得られたため、1b3bについてX線結晶構造解析を行なった。芳香族性をもつ1bから3bへの光異性化に伴い、二重結合が局在化し、B–N結合長の短縮が観測されたため、3bのベンズバレン構造が立証された(図2B)。
光照射時間の延長により、2aが消失し、3aの収率が向上した結果より、本異性化は2aを反応中間体として経ることが示唆された。そこで機構解明実験を実施した(図2C)。まず、2aに紫外光を照射したところ、高収率で3aに異性化し、2aが本反応の反応中間体であることを裏付けた。次に、重水素化体1cに光を照射すると、2cが生成した。また、20分間照射すると3cが生成し、C3位の重水素が3cの橋頭位へ移動した。以上の結果から、2cから3cへの変換の過程でB–C3結合の切断と転位が起こると考え、著者らは本異性化の反応機構を以下のように推定した(図2D)。まず、4p電子環状反応により1,2-アザボリン1が1,2-BN-デュワーベンゼン2に異性化した後、更なる光照射で2のオレフィンからビラジカルが生じる(24)。C4位とC3位間での1,2-ラジカルボロンシフト(45)と続くラジカル再結合により3が得られる。C5位のアリール基は共鳴安定化により、ビラジカル4の形成を促進していると考えられる。

図2 (A) 1,2-アザボリンの光異性化 (B) 光異性化に伴うB–N結合長の変化 (C) 機構解明実験 (D) 推定反応機構

以上、1,2-アザボリンの光異性化反応により、初めてホウ素および窒素を有するベンズバレンの合成が達成された。本反応はヘテロベンズバレンの合成に新たな切り口を生むと同時に、特異な三次元構造をもつ含B-N結合化合物として基礎研究や生物医学への利用が期待される。

参考文献

  1. (a) Christl, M. Benzvalene-Properties and Synthetic Potential. Angew. Chem., Int. Ed. 1981, 20, 529–546. DOI: 10.1002/anie.198105291 (b) Bettinger, H. F.; Schreiner, P. R.; Schaefer, H. F.; Schleyer, P. v. R. Rearrangements on the C6H6 Potential Energy Surface and the Topomerization of Benzene. J. Am. Chem Soc. 1998, 120, 5741–5750. DOI: 10.1021/ja973270z
  2. (a) Kobayashi, Y.; Fujino, S.; Hamana, H.; Kumadaki, I.; Hanzawa, Y. A Trifluoromethylated Diphosphabenzvalene: 1,3,4,6-Tetrakis(trifluoromethyl)-2,5-diphosphatricyclo[3.1.0.02,6]hexene-3. J. Am. Chem. Soc. 1977, 99, 8511–8511. DOI: 10.1021/ja00468a026 (b) Piro, N. A.; Cummins, C. C. Tetraphosphabenzenes Obtained via a Triphosphacyclobutadiene Intermediate. Angew. Chem., Int. Ed. 2009, 48, 934–938. DOI: 10.1002/anie.200804432 (c) Ando, W.; Shiba, T.; Hidaka, T.; Morihashi, K.; Kikuchi, O. Syntheses and Characterization of Bis(silacyclopropene) and Disilabenzvalene. J. Am. Chem. Soc. 1997, 119, 3629–3630. DOI: 10.1021/ja9637412 (d) Takanashi, K.; Lee, V. Y.; Ichinohe, M.; Sekiguchi, A. 1,2,5,6-Tetrasilabenzobenzvalene: A Valence Isomer of 1,2,3,4-Tetrasilanaphthalene. Chem. Lett. 2007, 36, 1158–1159. DOI: 10.1246/cl.2007.1158 (e) Nakata, N.; Oikawa, T.; Matsumoto, T.; Kabe, Y.; Sekiguchi, A. Silyl-Substituted 1,4-Disila(Dewar Benzene):  New Synthesis and Unexpected Insertion of CO into the Si–Si Bond to Form a Disilyl Ketone. Organometallics 2005, 24, 3368–3370. DOI: 10.1021/om050261n
  3. (a) Corey, E. J.; Pirkle, W. H. Tricyclo[23,6.1.1.0]pyran-2-o Tetrahedron Lett. 1967, 8, 5255–5256. DOI: 10.1016/s0040-4039(01)89655-6 (b) Burger, U.; Dreier, F. Reactions of Nitrogen Containing Aromatic Anions with Chlorocarbene. Tetrahedron 1983, 39, 2065–2071. DOI: 10.1016/s0040-4020(01)91924-6
  4. (a) Brough, S. A.; Lamm, A. N.; Liu, S.; Bettinger, H. F. Photoisomerization of 1,2‐Dihydro‐1,2‐azaborine: A Matrix Isolation Study. Angew. Chem., Int.Ed. 2012, 51, 10880–10883. DOI: 10.1002/anie.201203546 (b) Edel, K.; Yang, X.; Ishibashi, J. S. A.; Lamm, A. N.; Maichle‐Mössmer, C.; Giustra, Z. X.; Liu, S.; Bettinger, H. F. The Dewar Isomer of 1,2‐Dihydro‐1,2‐azaborinines: Isolation, Fragmentation, and Energy Storage. Angew. Chem., Int. Ed. 2018, 57,5296–5300. DOI: 10.1002/anie.201712683
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. マテリアルズ・インフォマティクスの推進成功事例 -なぜあの企業は…
  2. 乙卯研究所 2025年度下期 研究員募集
  3. セミナー/講義資料で最先端化学を学ぼう!【有機合成系・2016版…
  4. 10種類のスパチュラを試してみた
  5. スペクトルから化合物を検索「KnowItAll」
  6. 科学予算はイギリスでも「仕分け対象」
  7. MEDCHEM NEWS 34-2 号「2023年度医薬化学部会…
  8. 高分子固体電解質をAIで自動設計

注目情報

ピックアップ記事

  1. 美しきガラス器具製作の世界
  2. 人と人との「結合」を「活性化」する
  3. 2010年ノーベル化学賞ーお祭り編
  4. 論文のチラ見ができる!DeepDyve新サービス開始
  5. 遷移金属触媒がいらないC–Nクロスカップリング反応
  6. NMRの化学シフト値予測の実力はいかに
  7. トーマス・ホイ Thomas R. Hoye
  8. 【協和ファーマケミカル】“作れる”だけでは終わらない。原薬を安定供給へつなぐプロセス開発の研究
  9. 私がケムステスタッフになったワケ(1)
  10. MEDCHEM NEWS 31-4号「RNA制御モダリティ」

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2025年1月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  

注目情報

最新記事

有機合成化学協会誌2026年7月号:固体高分子電解質・電子ドナー・アクセプター錯体・機械学習法・trichodermamide類・エナンチオ選択的スキップジエン合成法

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2026年7月号がオンラインで公開されています。…

第62回Vシンポ「見えない空気を科学する~センサによる室内環境・臭気の見える化と快適空間デザインの最前線~」を開催します!

こんにちは、Macyです。第62回Vシンポのご案内をさせていただきます。今回は、前回同様…

【協和ファーマケミカル】新卒採用情報(2028年卒)

協和ファーマケミカルが求めているのは、有機合成の知識や実験経験を身につけ、活かし…

【協和ファーマケミカル】“作れる”だけでは終わらない。原薬を安定供給へつなぐプロセス開発の研究

協和ファーマケミカルの研究開発を理解するうえで欠かせないシンボリックな化合物が、プロスタグランジン類…

協和ファーマケミカル株式会社ってどんな会社?

協和ファーマケミカルは、キリングループの一員として、トラネキサム酸やプロスタグラ…

より良い候補を、より速く。——研究者のためのAI解析環境「Multi-Sigma-Alchemy」正式リリース

「データはある。でもAIに渡せない」——その壁を壊す多くの研究現場に、こういう状況があります…

水分子のふしぎ — 四面体性が生む水の特異性 —

「水」はとても身近な液体ですが、化学の目で見ると驚くほど多くの「ふしぎ」をもっています。この記事では…

超微細孔 MOF 内の Cu(I) サイトによる強い水素吸着とその同位体効果の応用

Long らは、超微細孔質の金属–有機構造体 (MOF) に π 塩基性の配位不飽和金属サイトを導入…

【医農薬・合成香料・水素・バイオエタノール・バイオベース有機酸】 各アプリケーションに特化した膜分離ソリューションをご紹介 ~省エネ・CO2排出削減・品質改良~

■概要製造現場では、分離・濃縮工程が製造コストや品質を大きく左右します。蒸留や吸着など十…

求職者の「内定6社でも決めきれない理由」を深掘りし、密な連携でベストマッチングを支援

化学業界における転職の難しさは、「同じ職種であっても、分野が異なれば即戦力になりづらい点」にあります…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP