[スポンサーリンク]

一般的な話題

だれが原子を見たか【夏休み企画: 理系学生の読書感想文】

[スポンサーリンク]

企画説明

夏だ!夏らしいことがしたい!そうだ、小中学生のころの心を取り戻し、読書感想文を書こう!ということで、読書感想文を書こうと思いました。最新書籍というわけではありませんが、現代の科学者や科学者の卵にもオススメできる本です。

[amazonjs asin=”4006002815″ locale=”JP” title=”だれが原子をみたか (岩波現代文庫)”]

どんな本?

原子の存否をめぐる長い長い論争の歴史. 単なる歴史的な解説ではなく, ガリレイからアインシュタインまで. それぞれの時代の科学者の探求を自らの実験で再現しながら, 誰が原子の決定的な証拠をみたかを追っていきます. 物理的に思考するとはどういうことかを考える上で大いに示唆を与えられる本です.[1]

どうしてこの本を読んだの?

2018年2月のケムステ記事で紹介された、原子一つを撮影することに成功したニュースがきっかけです。その記事を読んで、「すごい!」と純粋に思いました。が、逆に言えば「今まで科学者は原子を見ることなしに、化学の理論を構築して来たのだろうか」とも思いました。

私は原子や分子を直接見たことはありません。原子を1 つ 1 つ触ったこともありません。分子を匂ったことは…、あるといっていいでしょうか。例えば、焼肉の匂いを嗅ぐと焼肉を思い浮かべることはできますが、「お!ピラジン系の匂いがする![2]」と、その匂いの素の分子構造が頭に浮かぶことはありません 。

そもそも、私が知っている身の回りの物質の分子構造に関する知識も、教科書や本に基づきます。しかし、教科書で学んだだけでは、原子や分子の存在を認めてよい十分な根拠にならない気がします。

そんな私も化学者を目指す身分です。原子や分子の存在を説得できないで、原子や分子を語りたくありません。「誰が原子を見たか」という問いを頭に置き、原子の存在をめぐる歴史をたどろうと思いました。

この本で印象に残った実験は?

ブラウン運動の実験です。なぜならこの本はブラウン運動に始まりブラウン運動に終わるからです。ブラウン運動は、水などの液体に微粒子を浮かべたときにその微粒子が不規則に動くことです。せっかくなので 見てみましょう 。

プルプル震えるというかウネウネ回るというかなんとも形容しがたい動きですね。とにかく不規則なのです。

ブラウン運動と原子の存在はどう関係しているの?

ネタばらしをすると、1900 年代初期に「ブラウン運動の原因は粒子の周りの分子が粒子に不規則に衝突するためだ」と実験により証明されたからです。その証明の過程については、この本で詳しく読んでいただくことにしましょう。

で、誰が原子を見たの?

科学史に登場する有名な科学者は、原子を見ていません。

原子説を唱えたドルトンは原子を見ていません。元素周期表を考案したメンデレーエフも原子も見ていません。ブラウン運動を理論的に説明したアインシュタインも原子を見ていません。

現代になって、科学者は固体表面上の原子 1 つ分の凹凸の差を見分けることができるようになりました[3]

この本を読んで何がわかった?

過去の科学者は一歩一歩理論を組み立てて実験を繰り返すことで、原子を見ずに原子の存在を示していたことを学びました。逆に言えば目に見えない原子の存在を認める過程は相当に慎重であったことを知りました。このことから、過去の科学者のその真摯な姿勢に改めて敬意を持ちました。

教科書では、「この実験から…ということがわかる」とサラりと書いてありますが、科学の発展はそんなにまっすぐ進んでないようです。

この本は誰にお勧めしたい?

  • 真理を追求することが面白いと感じる中学生や高校生
  • あれ? 私/俺って原子見たことあるっけ…? と思った化学者

中学生はこの本を一度読んだだけでは理解できないかもしれません。特に後半では、分子の運動を数式でモデル化します。そのため、スラスラと読むことは難しいです。しかし、時間をかけて学んだ知識は、その分価値があるでしょう。一方、高校生であれば教科書で登場するお話の裏話を楽しむことができると思います。もちろん大学生以上でも楽しめます。

まとめ

化学の研究は目に見えない原子や分子を扱うからこそ浪漫があるのかもしれません。一方で、化学の考察は化学者の妄想ではいけません。本書を読んで、過去の科学者が真理を追求する真摯な姿勢への敬意を持つと同時に、私も科学の小さな一歩に正しく貢献できるよう頑張ろうと思いました。

関連記事

参考文献

  1. 本の裏表紙から引用 (語尾を常体(…だ/である調) から敬体 (…です/ます調) にしております)
  2. Clayden, J.; Greeves, N.; Warren, S.; Wothers, P. 第43章 芳香族ヘテロ館化合物 I: 構造と反応「ウォーレン有機化学 (下)」,  野依良治, 奥山格, 柴﨑正勝, 檜山爲次郎訳, 東京化学同人, 2003, pp 1187–1124.
  3. 具体的には走査プルーブ顕微鏡や原子間力顕微鏡のこと. 大学レベルの物理化学の参考書を参照 (a) Atkins, P.: Paula, J. 第18章 固体表面 「アトキンス物理化学要論 第5版」, 千葉秀昭, 稲葉章訳, 東京化学同人, 2012, pp 412–439. (b) こちらのネット記事もわかりやすいです: academist Journal, 「世界で最も小さいものが見える顕微鏡 -「水のチェーンの構造が明らかに」https://academist-cf.com/journal/?p=3749 (2018年7月30日アクセス).
[amazonjs asin=”477350210X” locale=”JP” title=”もしも原子がみえたなら―いたずらはかせのかがくの本 (いたずらはかせのかがくの本 新版)”] [amazonjs asin=”448009282X” locale=”JP” title=”化学の歴史 (ちくま学芸文庫)”]
Avatar photo

やぶ

投稿者の記事一覧

PhD候補生として固体材料を研究しています。学部レベルの基礎知識の解説から、最先端の論文の解説まで幅広く頑張ります。高専出身。

関連記事

  1. ケムステ海外研究記 まとめ【地域別/目的別】
  2. 化学構造式描画のスタンダードを学ぼう!【応用編】
  3. 【PR】Chem-Stationで記事を書いてみませんか?【スタ…
  4. Dead Endを回避せよ!「全合成・極限からの一手」⑥(解答編…
  5. 研究開発DXとマテリアルズ・インフォマティクスを繋ぐmiHub
  6. アメリカ化学留学 ”立志編 ー留学の種類ー̶…
  7. 未来切り拓くゼロ次元物質量子ドット
  8. 比色法の化学(前編)

注目情報

ピックアップ記事

  1. サイエンスライティング超入門
  2. 化学Webギャラリー@Flickr 【Part 3】
  3. 自宅での仕事に飽きたらプレゼン動画を見よう
  4. 多価不飽和脂肪酸による光合成の不活性化メカニズムの解明:脂肪酸を活用した光合成活性の制御技術開発の可能性
  5. 電子豊富芳香環に対する触媒的芳香族求核置換反応
  6. 112番元素が正式に周期表の仲間入り
  7. アフマトヴィッチ反応 Achmatowicz Reaction
  8. 世界初!ラジカル1,2-リン転位
  9. ウコンの成分「クルクミン」自体に効果はない?
  10. 中村 浩之 Hiroyuki NAKAMURA

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年8月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  

注目情報

最新記事

アクリルアミド類のanti-Michael型付加反応の開発ーPd触媒による反応中間体の安定性が鍵―

第622回のスポットライトリサーチは、東京理科大学大学院理学研究科(松田研究室)修士2年の茂呂 諒太…

エントロピーを表す記号はなぜSなのか

Tshozoです。エントロピーの後日談が8年経っても一向に進んでないのは私が熱力学に向いてないことの…

AI解析プラットフォーム Multi-Sigmaとは?

Multi-Sigmaは少ないデータからAIによる予測、要因分析、最適化まで解析可能なプラットフォー…

【11/20~22】第41回メディシナルケミストリーシンポジウム@京都

概要メディシナルケミストリーシンポジウムは、日本の創薬力の向上或いは関連研究分野…

有機電解合成のはなし ~アンモニア常温常圧合成のキー技術~

(出典:燃料アンモニアサプライチェーンの構築 | NEDO グリーンイノベーション基金)Ts…

光触媒でエステルを多電子還元する

第621回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域(魚住グループ)にて…

ケムステSlackが開設5周年を迎えました!

日本初の化学専用オープンコミュニティとして発足した「ケムステSlack」が、めで…

人事・DX推進のご担当者の方へ〜研究開発でDXを進めるには

開催日:2024/07/24 申込みはこちら■開催概要新たな技術が生まれ続けるVUCAな…

酵素を照らす新たな光!アミノ酸の酸化的クロスカップリング

酵素と可視光レドックス触媒を協働させる、アミノ酸の酸化的クロスカップリング反応が開発された。多様な非…

二元貴金属酸化物触媒によるC–H活性化: 分子状酸素を酸化剤とするアレーンとカルボン酸の酸化的カップリング

第620回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院工学研究院(本倉研究室)の長谷川 慎吾 助教…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP