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繊維強化プラスチックの耐衝撃性を凌ぐゴム材料を開発

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名古屋大学大学院工学研究科有機・高分子化学専攻の 野呂 篤史講師らの研究グループは、日本ゼオンと共同開発したイオン性のゴム材料(熱可塑性エラストマー)が自動車のバンパーや小型船舶の船体などに使用されている高強度複合樹脂材料、いわゆる繊維強化プラスチック(FRP)よりも耐衝撃性に優れていることを新たに明らかにしました。(引用:12月20日名古屋大学プレスリリース)

名古屋大学より耐衝撃性が極めて高いゴム材料の研究成果が発表されましたので詳細を見ていきます。

まず研究の背景ですが、プラスチックやゴムといったポリマー材料は身の回りで広く使われている材料で、一般的に金属より強度が低いものの圧倒的に軽いため、軽量構造材料として使われています。近年ではより高性能な高分子材料の需要が高まり、ポリマーコンポジットといった複合材料の研究が進んでいます。複合材料として有名なのは、エポキシ樹脂などにガラス繊維や炭素繊維を混ぜ込んだ繊維強化プラスチック(FRP)で、強度と耐衝撃性が極めて高いことが特徴です。FRPは、高分子性と非高分子性の化合物をマクロ的に組み合わせた素材ですが、二種類以上の高分子を共有結合で連結した高分子も開発されており、polystyrene-b-polyisoprene-b-polystyrene(SIS)polystyrene-b-polybutadiene-b-polystyrene(SBS)といったポリマーが実用化されています。これらのポリマーは、常温ではゴムの特色を持っていますが、高温では軟化するために容易に成形することが可能で、熱可塑性エラストマー(TPE)と呼ばれています。

FRPの成形例

TPEは有用で数十億ドルの市場規模がありますがその機械強度はほどほどであるため、強度を上げる研究が進んでいます。研究の方向性としては、水素結合性やイオン結合性官能基を導入することが挙げられ、近年様々な研究成果が発表されています。2021年には、SISにイオン結合性官能基を導入することでWT = 480 MJ m–3という極めて高い強度を持つことを本論文の著者らが発表しました。

イオン結合性官能基を導入することで二酸化炭素で傷が修復されるポリマー(出典:A gas-plastic elastomer that quickly self-heals damage with the aid of CO2 gas

頑丈さにはダメージに強いという意味もあり、実用性を考えると耐衝撃性は重要な特性ですが、試験評価には比較的大きなサンプルが必要で、あまり評価がなされていないのが現状です。そこで本研究では、種々のSISで耐衝撃性を評価しました。

本研究で評価しか(a)neat SIS (b)天然ゴム:CB-filled NR (c) i-SIS(Na) (d)i-SIS(Ba)のモノマーとポリマーの構造(出典:原著論文

まず、引張強度を測定しました。3種類の伸長速度で実験を行い、それぞれのヤング率(EY300%まで歪んだ時の応力 (σ300%)引張強度(σmax)破断時のゴム試験片の伸び率(εmax)靱性(WT)を比較しました。neat SISでは、ヤング率と300%まで歪んだ時の応力は伸長速度に関係なくほぼ同じ値を示しました。一方引張強度、破断時のゴム試験片の伸び率は、伸長速度を下げるとその値も低下し、靱性は低下することが分かりました。この現象について、長い時間をかけた伸長がポリスチレン鎖をガラス状の領域から引きはがしてこの欠陥を引き起こしているかもしれないと本文中ではコメントされています。その一方でカーボンブラックを充填した天然ゴム(CB-filled NR)では、伸長速度に関係なくほぼ等しい強度特性を示しました。CB-filled NRは、クロスリンクやポリマーネットワークの共有結合の破壊によるもので、SISはゴムの破砕とは異なる原理で破壊するとしています。

引張試験のテスト片と測定結果(出典:原著論文

イオン結合性官能基を導入した i-SIS(Na) では、neat SISより全ての特性が向上することが分かりました。伸長速度との依存性に関しては、伸長速度を下げると300%まで歪んだ時の応力と引張強度、靱性は低下しましたが、伸び率はわずかに増加しました。この引張強度の向上の理由について、ポリマー内に複数のNaカチオン/カルボン酸アニオンが凝集することで、可逆的で動的なクロスリンクを生み出して高い引張応力を誘発し、ポリスチレン鎖の引きはがしを邪魔していると推測されています。2価カチオンを使ったi-SIS(Ba)では、300%まで歪んだ時の応力はナトリウムよりも2倍高い値を示しましたが、伸び率はナトリウムの場合よりも低い結果となりました。伸長速度を下げた結果では、伸び率が増加する傾向は、 i-SIS(Na)と同様に見られましたが、絶対値としては低いことが判明しました。2価のカチオンは、バルキーであり再結合の速度も遅いため伸び率は、ナトリウムよりも低くなったと考察されています。

次に、圧縮強さを測定しました。ゴムは常に伸びるとは限りませんが、良く圧縮されます。大きな力がかかると圧縮が初めに起こるため、圧縮特性を調べることは耐衝撃性を調べる前に重要です。本研究では、直径8 mmで厚さ 4 mmのサンプルで特性を調べました。

圧縮試験の結果(出典:原著論文

結果としてi-SIS(Ba)>i-SIS(Na)=CB-filled NR>neat SISという圧縮強度の順番になりました。i-SIS(Ba)が極めて高い圧縮特性を示した理由について、バルキーな2価のカチオンは強いイオン性の相互作用をしてしているからだと推測しています。

最後に耐衝撃性を調べました。ストライカーをサンプルに落下させ、サンプルとその下に敷いてあるGFRPに傷がつくかどうかを調べました。グラフにおいて、与えたエネルギー(=ストライカーに落下距離)で〇は、サンプルもGFRPも無傷、△はFRPのみ無傷、×はどちらにも傷がついたことを示し最大耐衝撃強度を棒グラフで示しました。

耐衝撃試験の(a)実験の模式図 (b)傷の様子 (c)ポリマーごとの結果(出典:原著論文

結果、i-SIS(Na)はCB-filled NRやneat SISより高い耐衝撃性を示し、効率的なエネルギーの散逸を確認しました。i-SIS(Ba)はi-SIS(Na)よりも高い耐衝撃性を示し、単純な圧縮だけでなく局所的な圧縮に対しても耐久性があることが分かりました。このNaとBaの違いについて、2価イオンの強い会合のためと推測されています。また〇を示した最大エネルギーで比較してもi-SIS(Ba)は、CB-filled NRよりも耐衝撃性が高く、下に敷いてあるGFRPだけでなくそのものにも傷がつかないことが示されています。これは、おそらくゴム相の柔らかさと2価のバリウムカチオンが作り出す強固な相互作用がこの耐衝撃性を生み出しているとコメントしています。そして、このような特性を持つ2価のイオン性結合官能基を導入したSISは、ラミネートによって部品を守ることができると応用の可能性について言及しています。今後の研究としては、イオン濃度の影響とアミド基の水素結合からの影響について調べるそうです。

ポリマー構造というミクロの違いが引張や圧縮特性というマクロの違いとして顕著に表れており、大変わかりやすい研究成果だと思いました。またナトリウムとバリウムの性能の違いに対しても化学的な構造の観点から考察が加えられている点も興味深いと思った理由の一つです。何らかの観測によって考察が実証されることを期待します。金属から置き換えられる軽くて丈夫なポリマーは、モビリティを始めとした様々な分野で需要が高い技術です。いろいろなポリマーが開発されていますが、強度では金属と同等でも衝撃に弱いと金属からの置き換えは難しくなります。そのため背景で触れられているように耐衝撃性の評価は重要だと思います。今後、本研究で取り扱ったポリマーだけでなく、耐衝撃性の評価が材料開発の初期でも広く行われることを期待します。

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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