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三洋化成の新分野への挑戦

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三洋化成と長瀬産業は、AI 技術を応用した人工嗅覚で匂いを識別する「匂いセンサー」について共同で事業化を検討することで合意しました。(三洋化成プレスリリース7月13日)

三洋化成社と都鶴酒造は、AI 技術を応用した「匂いセンサー」を活用した新しい日本酒造りを目指して共同研究を開始しましたので、お知らせいたします。(三洋化成プレスリリース7月13日)

三洋化成と京都⼤学⼤学院医学研究科形成外科学講座 森本尚樹 教授ら(以下、京都⼤学)は、慢性創傷の治療を⽬的に、新規治療材料シルクエラスチンスポンジの共同開発を⾏っています。この度、2021 年 7 ⽉より本材料の有効性の確認を⽬的とした企業治験を開始することとなりましたので、お知らせいたします。(三洋化成プレスリリース7月9日)

三洋化成より匂いセンサーに関する共同研究、事業化と⼈⼯タンパク質に関するプレスリリースが発表されましたので紹介します。

まず匂いセンサーですが、多種多様な匂いをプローブに吸着させてそれを電気抵抗の変化として検知し、様々な種類のプローブから得られた結果を機械学習で処理することで匂いを数値的に識別する研究が行われています。医療分野、食品・飲料などの生活関連分野での応用が期待されており2026年までに市場規模はに 3 兆 1,200 億ドルまでに成長すると予測されています。

この共同事業では、三洋化成の界面活性剤および機能性高分子に関する技術と知見を活かし、多様な匂いを数値化し識別を可能にする高精度なプローブの研究を進めます。一方の長瀬産業は、プローブから得られたデータ処理を担当し、顧客ニーズに沿った分析結果を提供するシステムとそのビジネスの構築を担当するそうです。その事業化の第一弾として、都鶴酒造と共同研究を行います。具体的には、日本酒の醸造工程における品質管理と、香り成分の管理・計測や分析を通じた新商品開発への活用を目指すそうです。

日本触媒との合併が検討されたときに話題になりましたが、三洋化成を代表する化学製品に機能性高分子があり、おむつや化粧品、車の潤滑油、下水処理などで用途に合った機能性高分子が使われています。界面活性剤についても、ヘアケア商品や洗濯洗剤の基材を製造・販売しています。長瀬産業は、化学製品を専門に取り扱う商社として有名で、様々な分野の商材を取り扱っています。2020年11月には、化学、バイオ素材メーカー向け新材料探索プラットフォームをIBMと共同で開発した「TABRASA(タブラサ)」のサービス提供を開始したように、AIの分野にも力を入れているようです。

匂いセンサーの活用先として共同研究を行う都鶴酒造は、江戸時代から続く酒造メーカーで、都鶴という銘柄の日本酒を生産しています。

プレスリリースでは技術の詳細な紹介はありませんが、三洋化成ではこの匂いセンサーに関する特許(特開2021-32842)を発表しており、それを読むと一つのアプローチを知ることができます。特許の実施例では、

  1. 種々のPEG+種々の界面活性剤+溶媒+カーボンブラックを撹拌・震盪して匂い認識プローブ用スラリーを調製
  2. 間隙幅500μmのシール基板を2本1組となるように切り出してそこに1のスラリーを塗布、100度で乾燥
  3. 箱の中に2の検出器を取り付け、1mAの電流をかけながら電圧をモニター
  4. 濃度が200ppmになるようにろ紙にヘキサンか酢酸エチルを浸み込ませて筐体内に挿入
  5. 抵抗値を計算し識別能を確認

使われたシール基板と想定される匂い認識の実験装置図

という方法でプローブを製作し匂いの識別能を確認しています。

次にどのような範囲で発明を設定しているかを見ると、1で調整したような樹脂と界面活性剤と導電性炭素材料を含む匂い識別プローブ用の組成を発明として請求項1に記載していて、請求項2以下では、樹脂と界面活性剤の具体的な組成やそれぞれの割合について記載しています。発明の肝は、樹脂+導電性炭素材料に、界面活性剤を添加することであり、これにより任意の匂い成分に対する検出部の応答を感度良く分離できることに新規性があるとしているようです。樹脂としては、ポリアルキレンオキサイド、アクリル樹脂、フッ素基含有樹脂が挙げられ、界面活性剤は界面活性剤の水と油への親和性の程度を表すHLB値の範囲で規定し、アニオン/カチオン/両性様々な構造で匂いの識別能を発揮しています。導電性炭素材料は請求項で具体的に規定されていませんが、カーボンブラックで実験を実施しています。

匂い認識プローブは、三洋化成の主力製品である機能性ポリマーと界面活性剤を使った新しい応用として大変興味深い研究例だと思いました。その上でこのプロジェクトを長瀬産業と共同で事業化したことは、プローブ研究は三洋化成、データ解析と他社への展開は長瀬産業と、分業したほうがお互いの良さを持ち合うことできてビジネスにおけるメリットが大きいと考えたからだと推測されます。長瀬産業は、商社としていろいろな企業と関係があり、専門とする分野の垣根を越えていろいろな活用例を発見できるかもしれません。匂いセンサーの応用について酒造メーカーと共同研究を行うことに関して、日本酒は杜氏や蔵人といった職人さんの知識や経験で作られるイメージがありますが、匂いセンサーによって酒の匂いという最終製品の品質を数値で分析できるようになれば職人さんの知識や経験が科学的にある程度解明できるのはないでしょうか。獺祭のようにデータ化にこだわって成功した例もありますが、極端な挑戦で微妙な評価を受けた結果も海外からは報告されています。もちろん、職人さんの技術を全否定すべきではありませんが、味や匂いといった人によって異なる感覚を、誰もが理解できる数値に変換して製造誤差を減らす、より良いものを作るのに活かすことは化学的に重要なテーマだと思います。

 

次に難治性の傷を治す⼈⼯タンパク質の話題に移りますが、通常、浅い傷であれば短時間で何もしなくても治癒しますが、傷が深く大きいと治癒するまでに時間がかかるため、その間に菌感染のリスクを抑える必要があります。さらに糖尿病の患者や⾼齢者は、血流が芳しくないなどの理由で治癒が遅いため細菌に感染しやすく、さらに治癒が遅れ悪循環に陥りやすいことが知られています。創傷治癒材としてコラーゲンスポンジなどが使用されていますが菌感染には弱く、臨床現場では菌感染に強くかつ創傷治癒促進効果が高い創傷治癒材が求められています。

そこで三洋化成では、シルクエラスチンと名付けられた人工タンパク質を開発してきました。

シルクエラスチンスポンジ(出典:AMEDプレスリリース

シルクエラスチンは、カイコが産⽣する繊維状のタンパク質、シルクフィブロインと血管など弾力性のある組織に含まれているタンパク質、エラスチンを組み合わせた構造を持っています。

シルクエラスチンの構造(出典:AMEDプレスリリース

最大の特徴は、⽔分を含んだ状態でゲル化するという性質で、動物実験においてシルクエラスチンが細菌感染を助長せずに創傷治癒を促進することが確認されました。

シルクエラスチン水溶液のゲル化(出典:AMEDプレスリリース

また医師主導治験では、重篤な重症度の⾼い有害事象は起こらず、不具合も認めなかったため、シルクエラスチンスポンジの安全性が確認されました。ここまでが過去の経緯です。

下腿難治性皮膚潰瘍に対するシルクエラスチンスポンジを用いた治験治療(出典:AMEDプレスリリース

そして、今回三洋化成が中⼼となり、京都⼤学と広陵化学⼯業とともに、本材料の有効性を確認する⽬的の企業治験を実施することが決定しました。期間は、2021の7月から11月までで、京都⼤学含む 5 施設 で慢性創傷20 例と急性創傷5 例に対して臨床試験が行われるようです。そしてこの結果を元に2022 年度に⽇本初の遺伝⼦組み換え技術を⽤いた医療機器として薬事承認申請を実施し、2023 年度には医療機器として国内上市を⽬指すそうです。

シルクエラスチンの効果について見ていくと、スポンジ状のシルクエラスチンが、創傷面から滲出液を吸収してゲル化することで密着し、その面の保護や潤滑環境の維持の働きをします。そして滲出液に含まれるサイトカインや細胞親和性の高いシルクエラスチンがマクロファージの遊走や皮膚再生をつかさどる線維芽細胞の遊走・増殖が促進され、創傷治癒を促進していると考えられています。三洋化成では、素材の開発だけでなく独自の界面制御技術により、シルクエラスチンをスポンジやフィルムといった様々なな形状に加工することを可能にしたそうです。

シルクエラスチンスポンジを用いた傷の治療(出典:AMEDプレスリリース

プレスリリースでは、共同研究開発の開始から10年が経過して企業治験のステージにたどり着くことができたとコメントされています。短期的な成果を求められ、将来性が不透明なプロジェクトは中止になることが多い中、長期間に渡って共同研究を続け、製品化間近まで漕ぎつけることができた三洋化成の姿勢は、称賛されるべきものだと思います。もちろん、企業としては利益を出すことが求められるので、何でもかんでも製品化することはできません。ただし、この例のような全く新しい技術に関しては、何らかの形で世に出ていってほしいと個人的には思います。シルクエラスチンの製品化に期待します。

三洋化成に関するプレスリリースを今回取り上げましたが、これ以外にも積極的に新しい技術、製品についてプレスリリースを発表している印象を受けます。またシルクエラスチンの内容は三洋化成ニュースを参考にしましたが、三洋化成ニュースには、製品の紹介、京都の名所紹介、有名人へのインタビューなどの記事が掲載されていて、週刊誌に負けないほどの読み応えがあります。そんな製品のアピールの域を超えた冊子を制作し定期的に各社に配っている三洋化成にはユニークさを感じ、これからもいろいろな活動をプレスリリースや三洋化成ニュースで紹介してほしいと思いました。三洋化成の本社は京都にあり、匂いセンサーでの共同研究先の都鶴酒造は京都で日本酒の製造を行っています。難治性の傷を治す⼈⼯タンパク質では京都大学と共同研究を行っています。このニュース以外にも京都の産官学連携の例がいくつか見受けられます。もちろん、関係団体の距離が近いというものありますが何か共同で物事を進めるのに適した環境なのかもしれません。今後も京都からの研究成果に目が離せません。

関連書籍

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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