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ケムステニュース

第2回国際ナノカーレースにてNIMS-MANAチームが優勝

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2022年3月24日から25日にかけて、世界で最も小さいカーレースである第2回国際ナノカーレース2(Nanocar Race II)がフランス・トゥールーズのCEMES/CNRS(フランス国立科学研究センター)で開催されました。NIMS-MANAチームは日本の研究機関からなる唯一のチームとして、2017年の第1回大会以来、2回目の参戦となりました。ナノカーレース2運営委員による厳正なジャッジにより、最長走行距離を達成したNIMS-MANAチームと、難易度の高いルートで2番目に長い距離を走行したスペイン、マドリッドを拠点とするNANOHISPAの両チームが1位となりました。(引用:国際ナノアーキテクトニクス研究拠点ニュースリリース3月25日)

2月の中旬に第2回国際ナノカーレースについてケムスケニュースにて紹介しましたが、3月24日と25日に無事開催され、材料研究機構-国際ナノアーキテクトニクス研究拠点NIMS-MANAチームが総合1位という素晴らしい成績を収めました。おめでとうございます!

さっそく開催されたナノカーレースについて詳細を見ていきます。今回のナノカーレースでは、各チームのドライバーがフランスのCEMESのLa Bouleと呼ばれる施設に集まり、各チームの拠点にあるSTMを遠隔操作することでチームオリジナルのナノカーを運転し、24時間でどれくらいの距離をナノカーが走ることができるかを競いました。

(会場となったLa Bouleの室内写真)

参加チームについては、2021年11月23日に開かれたNanoCar Race II official Presentationにて発表された全8チームが無事に参戦を果たしました。

参加チームとスポンサー(出典:CNRS プレスリリース

NIMS-MANAチームでは、ドライバーの川井 茂樹グループリーダー、HILL, Jonathanグループリーダー、PAYNE, Daniel Tony研究員がフランスにて参加し、チームディレクターの中山 知信MANA副拠点長は、NIMSにてニコニコ動画のナノカーレースⅡ 日本公式生配信に出演され、レースの解説をされていました。

(現在でもタイムシフト再生として全編視聴できます。ナノカーレース2の公式Youtube配信は、時間の関係でライブストリームの記録を視聴できない状態になっており(コメントにて詳細がつづられています。)、なんと現状はニコニコ動画が唯一の記録になっています。)

主要コンテンツの時間帯

  • ルール説明:1:37分ごろ
  • 谷口 尚拠点長登場:4:19分ごろ
  • 中間インタビュー:7:10分ごろ
  • NIMS-MANAチームインタビュー:18:28分ごろ
  • 有賀グループリーダーインタビュー:24:08分ごろ
  • 終了後チームインタビュー:25:05分ごろ
  • 走行距離の確定:24:50分ごろ

その他にもいろいろな見どころがあります。

肝心のナノカーについてNIMS-MANAチームでは、大会直前まで調整を行い、最終的にはフラットな炭素の面の中央に銅が配位し、その末端にフッ素が結合するような分子を使用しました。

(ナノカーの構造、黒が炭素、白が水素、緑がフッ素、青が窒素、金が銅の原子を示す。)

レースが始まると、各ナノカーの移動距離は定期的にアップデートされましたがNIMS-MANAチームではレース序盤から順調に走行距離を伸ばし、約半分を過ぎた頃に1位に躍り出ました。24時間のレースということもありレース後半では各チームのナノカーが壊れて動かなくなるなどのトラブルが多発していたそうです。NIMS-MANAチームの分子も両端のフッ素原子が脱離するトラブルにも見舞われましたたものの、24時間で1000 nmを超える距離を1分子が走り切りました。

(フランスに赴いた3名の結果発表後の記念写真)

スペインのチームNANOHISPAは走行距離はNIMS-MANAチームよりも少ないですが、難易度の高いルートをナノカーが通ったとして両チームが同率1位となりました。

第一回大会とは異なり多くのチームがたくさんの距離を走行することができ、レベルの高い大会となったようです。

公式記録(参考:Nanocar Race II公式サイト

 

ケムステではこの結果に対して、NIMS-MANAチームのチームディレクターを務められた中山 知信MANA副拠点長と第2回国際ナノカーレース組織委員を務められました有賀 克彦グループリーダーにお話を伺いました。

ずばりNIMS-MANAチームの勝因は何でしょうか?

有賀グループリーダー:前回は急遽参加で時間的に余裕がなく水面上の研究で用いていた分子をもとにしてナノカーを設計しました。結果として水泳選手に陸上でバタバタ泳がせる形となりました(うまくいったら、すごいことだとは期待していましたが)。今回は、ある程度、準備時間があり最強チームを構成することができました。
a) プローブ顕微鏡、原子・分子マニピュレーションのプロの中山さんがリーダー
b) 有機合成ならば何でもやるジョンとダニエルが設計者(※)
c) スゴ腕のプローブ顕微鏡研究者の川井さんがドライバー
d) AI チームのサポート
これが勝因と思います。分子が接していても原子の配置・格子があっていなければ滑る(超潤滑)という概念を使いました。東大におられた須賀先生がやっていた原子面が合えば物質は強力に接着するという現象の逆発想と思います。

※登山家の「なぜ山に登るのか。そこに山があるからだ」と同じモチベーションで分子を有機合成する人たちです。

中山副拠点長:

1. 超潤滑現象の利用(分子設計と合成技術の高さ)とナノカー分子の安定性

超潤滑現象そのものは以前より表面科学の世界では知られていました。ただし、真に超潤滑現象を発現するには、無限大の(相当大きな)接触面積が必要です。分子のようにサイズが限定されている場合、超潤滑の原理を導入しても、どの程度摩擦を低減できるのか未知数でした。結果的に、分子にブレーキをかける部位(CF3)を導入しなければならないほど、抵抗なく分子が動く事がわかり、ブレーキ付きナノカーを本番のレースで使いました。他のチームも分子と金表面の間に働く吸着力を下げてナノカーが感じる抵抗を減らす工夫を凝らしていましたが、いずれも、分子を基板から離すために「タイヤ状」の足をつけるというもの(普通の発想)でした。分子を基板に密着するかのように設置した我々のナノカーは、その安定性も高く、この分子の安定性も際立ったレースでした。他のチームのナノカーが分子が壊れたり基板上でスタックしたりするトラブルに見舞われてナノカーを交換する中、我々は、途中でナノカー分子の一部が破損しながらも、スタートからゴールまで一度もナノカーを交換することなく一台で走り切りました。

2. 分子操作に用いた極低温超高真空STM装置の安定性

利用装置は、ドライバーの川井がスイスバーゼル大学に在籍していた時に、自ら設計して構築して、NIMSで完成させた装置です。前回レースでは、フランス外からの参加チームは、ほとんど使ったことがない(テスト操作の機会はありました)STM装置を使わざるを得ませんでしたが、今回は、全てのチームが「普段から利用している装置」を操ってレースを展開しました。全てのチームがきちんと走行できたのは、こういう所にも要因があったと思います。その中でも、我々のチームは24時間にわたって安定した走行を継続でき、装置の安定性が示される結果となりました。なお、遠隔操作のためのインターネット経由接続はレース中に何度も切断されて、タイムロスとなりました。しかし、日本側で24時間待機したサポートメンバー(ポスドク研究員と私自身)がフランス側メンバーと常に状況を共有し、適宜接続トラブルからの復帰作業を継続したため、大きなタイムロスには繋がらず、1マイクロメートルを超える走行を達成できました。

3. 安定した分子操作技術

優れた分子(ナノカー)、優れた装置とその運用体制、この二つだけでは今回の結果は得られませんでした。なによりも、分子を操作する経験を積んできた川井のドライビングと判断が今回の優勝を呼び込んだと考えています。我々のナノカーは、一回の操作で大きな距離を移動するものではありません。一度に1~2ナノメートル程度しか移動しないものです。これは、超潤滑を利用しつつも、動きすぎると制御性が失われるという判断による戦略でした。結果的に1マイクロメートル以上の移動を達成したのは、600回以上の分子操作を安定して実施した証でもあります。

2020年よりコロナウィルスが蔓延しCommittee内で開催の是非についていろいろな議論があったと想像できますが、どのような経緯で開催するに至ったのでしょうか。

有賀グループリーダー:コロナということに限らず、準備が難しい競技なので、技術的な問題で開催時期を調整し、2021 年の春ごろ開催することが決まりました。コロナウイルスの蔓延は収束せず、さらに開催を1年ずらしました。開催できるようになったのは、ワクチン接種が進んだことと、社会の感染対策への理解が進んだことによります。

第一回とは異なり各拠点のSTMを遠隔操作するルールになりましたが、どんな理由で変更されたのでしょうか

有賀グループリーダー:第1回は4チームが同一の多探針 STM 装置の基盤の4すみを使うように機械をシェアしてレースを行うようにしていました。そうすると、コンピュータトラブルなどの問題が一か所で起こると、全体にレースを止めなければならないという問題にぶつかりました。また、第二回は参加チームも大幅に増える予定でした。最終的に8チームの参加となりましたが、エントリーは中国チームなども含めて十数チームありました。装置を現場でシェアしたり必要台数の装置をそろえるのは現実的でなく、遠隔操作で各チームの装置を操作する形式としました。

ナノカーレース第3回の開催を期待しておりますが、いかがでしょうか。

有賀グループリーダー:ぜひ開催したいですがわかりません。第1回を終えたときも達成感があって、もうやらなくていいんじゃないか的な空気もありました。ところが、フランス側の研究者がヨーロッパの分子マシン関係の大型ファンドを取り、その中でアウトリーチ要件として「ナノカーレース2をやりますっ!」と宣言したので、それがきっかけとなって第2回を行いました。そのようなマネーサポートやモチベーションが第3回開催には必要なのかもしれません。

最後にケムステ読者にメッセージをお願い致します。

有賀グループリーダー:すごくドライなことを言うと、ナノカーレースに勝つということは研究成果にはなりません。ただし、そこに新しい原理や現象を求めようとすると、思わぬ大発見が得られたり、新しいパラダイムが拓けたりします。これが科学者の求めるところです。これは何事においても同じで、人と同じようなやり方あるいはちょっと手を加えたやり方で性能を上げていくのではなく、常に新しいものにチャレンジしていくことが重要です。今回、我々も分子が滑るという新しい分野を拓けそうです。また、順位が上でなくても新しい発見をしたチームがあるかもしれません。それが、科学者としての真の勝者と思います。

 

ナノカーの運転は、どちらかというと表面科学の分野ですが、中山副拠点長のコメントより分子の振る舞いを深く考えて分子を設計されていたのがよくわかります。またSTMの遠隔操作に関しては、フランスに赴いたメンバーだけでなく、日本でも24時間バックアップを行われていたということで、優勝はまさにNIMS-MANAチームで達成された努力の賜物なのだと思いました。そして有賀グループリーダーの最後のコメントではナノカーレースの意義を示されており、レース着順に関わらず参加して得られるものがたくさんあることが分かりました。ぜひ各チーム、今後の研究活動においてこの経験をもとに素晴らしい成果が発表されることを期待します。

関連書籍

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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