[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

新しいエポキシ化試薬、Triazox

[スポンサーリンク]

金沢大学の国嶋らが新規エポキシ化剤として2-hydroperoxy-4,6-diphenyl-1,3,5-triazine (Triazox)を開発し、その有用性についてOrg. Lett.誌に報告した。

“An Isolable and Bench-Stable Epoxidizing Reagent Based on Triazine: Triazox”

K. Yamada, Y. Igarashi, T. Betsuyaku, M. Kitamura, K. Hirata, K. Hioki, M. Kunishima*, Org. Lett., ASAP.
DOI: 10.1021/acs.orglett.8b00560

オレフィンのエポキシ化反応

従来より用いられてきているオレフィンの一般的なエポキシ化試薬には以下のような試薬が挙げられる。

  • H2O2
  • mCPBA
  • DMDO
  • Triphenylsilyl hydroperoxide

反応機構においては一般にエポキシ化の反応には3つの機構が存在する。
①電子求引基を近傍(共役下)に有する基質における過酸アニオンの共役付加とその後の酸素への分子内求核付加(ケムステ記事はこちら
②協奏的な反応(ケムステ記事はこちら{その①その②その③その④})
③ラジカル型反応(ケムステ記事はこちら{この反応はまだ機構について議論されている})

一方で、それぞれ調製容易さや試薬の価格、安定性と実験における安全性などそれぞれに長短の特徴を持つ。
今回金沢大学の国嶋らは調製に要する手間と単離純度の高さ、安全性、反応の穏和性を満たした試薬として、2-hydroperoxy-4,6-diphenyl-1,3,5-triazine (Triazox)の開発に成功したので詳細について以下に述べる。

試薬の調製法

筆者らは最初に2-クロロ-4,6-ジメトキシ-1,3,5-トリアジン(CDMT)を用いてトリアジン系エポキシ化剤を調製しようと試みたが、その水溶性の高さ故に損壊したと述べている。
そのため水溶性を抑えられるCDPTを用いてTriazoxを調製した。この試薬はm-CPBAのように水を含まない結晶として得ることができ、かつ安全性が高い試薬である。

他のエポキシ化剤との比較

筆者らは本試薬の有用性・特徴をわかりやすくTableにて示している。一部を以下にまとめたものを記載します(詳細は論文をご参照ください)。
なお、その他の試薬の欠点を青で、そちらを克服したTriazoxの特徴を赤で示しました(見やすさのためm-CPBAの購入可能である点はそのままにしています)。

表からもわかるように、Triazoxの特徴はpurityの高い試薬であり試薬としての信頼度は高いと言える。
また、共生物の酸性度も低いためm-CPBAとは異なり酸に敏感な基質を用いる場合においても反応条件に塩基を必要としづらいと言えよう。
冷蔵保存であることが欠点に思える程に良いことばかりの試薬であるように私には思えた。

基質一般性

筆者らは溶媒許容性について調査した後、基質一般性を調べた。以下にその結果を引用する。

基質一般性の調査(元論文より引用)

上図を見るとわかるように非常に広範な基質一般性を持ち、Triazoxの有用性は高いと言える。シクロへキセノールのジアステレオ選択性については隣接基関与による選択性は存在するものの、さらなる検討がSupporting Informationに記載されているためそちらも合わせてご覧頂きたい。
また、本反応に関して加えて推しておきたいことはこの反応の精製に分液操作を必要としない点である。
濾過、濃縮、クロマトという実験者にとって待ってましたと言えるべき反応ではないであろうか。

最後に

上に紹介した意外にもバイヤービリガ-反応に応用した例や副生物から試薬の再生など様々な観点から本試薬に関する有用性が述べられている。
読者の方も一度読んでみてはいかがであろう。
最後に広く使われていく可能性のある本試薬について筆者らがSIの中で述べている文を引用し、本記事の結びとしたい。

Caution.
Triazox is not detonated by a hammer blow. Measurement of self-accelerating decomposition temperature and flash point, and thermal stability test were not conducted. In our laboratory, Triazox is stored at refrigerator and epoxidation was conducted in the test tube reinforced by polyolefin shrink wrap film.
Although we experienced no hazards in the course of this work, routine precautions (shields, fume hoods) should be conducted whenever possible, and the reaction should be run first on a small scale, as organic peroxides are intrinsically explosive.

SIより引用

参考文献

  1. N. N. Schwartz, J. H. Blumbergs, J. Org. Chem., 1964, 29, 1976.
    DOI: 10.1021/jo01030a078
  2. R. W. Murray, Chem. Rev. 1989, 89, 1187.
    DOI: 10.1021/cr00095a013

gladsaxe

投稿者の記事一覧

コアスタッフで有りながらケムステのファンの一人。薬理化合物の合成・天然物の全合成・反応開発・計算化学を扱っているしがない助教です。学生だったのがもう教員も数年目になってしまいました。時間は早い。。。

関連記事

  1. カーボンナノチューブをふりかえる〜Nano Hypeの狭間で
  2. アルケンとニトリルを相互交換する
  3. 蛍光色素を分子レベルで封止する新手法を開発! ~蛍光色素が抱える…
  4. クロム光レドックス触媒を有機合成へ応用する
  5. 私がケムステスタッフになったワケ(3)
  6. マテリアルズ・インフォマティクスの基礎から実践技術まで学ぶワンス…
  7. (+)-フォーセチミンの全合成
  8. もし新元素に命名することになったら

注目情報

ピックアップ記事

  1. ヤコブセン転位 Jacobsen Rearrangement
  2. アルメニア初の化学系国際学会に行ってきた!①
  3. サンギ、バイオマス由来のエタノールを原料にガソリン代替燃料
  4. 何を全合成したの?Hexacyclinolの合成
  5. 医薬品の合成戦略ー医薬品中間体から原薬まで
  6. トムソン・ロイター:2009年ノーベル賞の有力候補者を発表
  7. NMRデータ処理にもサブスクの波? 新たなNMRデータ処理ソフトウェアが登場
  8. 触媒なの? ?自殺する酵素?
  9. 波動-粒子二重性 Wave-Particle Duality: で、粒子性とか波動性ってなに?
  10. MIDAボロネートを活用した(-)-ペリジニンの全合成

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年3月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

注目情報

最新記事

アクリルアミド類のanti-Michael型付加反応の開発ーPd触媒による反応中間体の安定性が鍵―

第622回のスポットライトリサーチは、東京理科大学大学院理学研究科(松田研究室)修士2年の茂呂 諒太…

エントロピーを表す記号はなぜSなのか

Tshozoです。エントロピーの後日談が8年経っても一向に進んでないのは私が熱力学に向いてないことの…

AI解析プラットフォーム Multi-Sigmaとは?

Multi-Sigmaは少ないデータからAIによる予測、要因分析、最適化まで解析可能なプラットフォー…

【11/20~22】第41回メディシナルケミストリーシンポジウム@京都

概要メディシナルケミストリーシンポジウムは、日本の創薬力の向上或いは関連研究分野…

有機電解合成のはなし ~アンモニア常温常圧合成のキー技術~

(出典:燃料アンモニアサプライチェーンの構築 | NEDO グリーンイノベーション基金)Ts…

光触媒でエステルを多電子還元する

第621回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域(魚住グループ)にて…

ケムステSlackが開設5周年を迎えました!

日本初の化学専用オープンコミュニティとして発足した「ケムステSlack」が、めで…

人事・DX推進のご担当者の方へ〜研究開発でDXを進めるには

開催日:2024/07/24 申込みはこちら■開催概要新たな技術が生まれ続けるVUCAな…

酵素を照らす新たな光!アミノ酸の酸化的クロスカップリング

酵素と可視光レドックス触媒を協働させる、アミノ酸の酸化的クロスカップリング反応が開発された。多様な非…

二元貴金属酸化物触媒によるC–H活性化: 分子状酸素を酸化剤とするアレーンとカルボン酸の酸化的カップリング

第620回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院工学研究院(本倉研究室)の長谷川 慎吾 助教…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP