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天然物

ジブロモインジゴ dibromoindigo

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イボニシやサラレイシなど、アッキガイ科巻貝にある分泌腺から得られる淡黄色の液体を、布にひたし日光にさらすと得られる色素は、鮮やかな紫色をしており、古代から知られ珍重されてきました。この色素の実体は、構成元素に臭素を含んだジブロモインジゴ(6,6’-dibromoindigo)と呼ばれる有機化合物です。

貝染めの場合、自然にはジブロモインジゴがどう合成されるのかと言うと、貝をつぶしたときにパープラーゼ(purpurase)と呼ばれる酵素が化合物1を化合物2に変換、空気中の酸素分子が反応して化合物2が化合物3に変化、すると二量化して緑色の化合物4が生成、にさらすことで化合物5つまりジブロモインジゴができる、といった流れになっています。

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ジブロモインジゴ自体は化学合成[1],[2]も可能ですが、商業ベースではあまり耳にしません。おそらく、わざわざ貝紫を化学合成しなくてもアニリン化合物しかり優秀な染料は他にもありますし、本来の貝紫と違ってわずかな不純物による色彩の機微も表現できず、その上ラベルに合成品だと記載する義務がわずらわしいからでしょうか。

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タンパク質の立体構造データはProtein Data Bankより

なぜアッキガイのなかまはこのような臭素化合物を作っているのかというと、詳しくは分かっていません。しかし、最近になって報告[3]されたところによると、ジブロモインジゴ前駆体の派生化合物(6,6'-dibromoindirubin)には、GSK3(glycogen synthase kinase 3)タンパク質の機能を阻害する性質があるようです。しかも、数あるキナーゼの中でGSK3だけを選り好みして作用するようで、この臭素化合物は新薬のリード化合物として注目されることになりました。GSK3は研究史ゆえにグリコーゲン合成酵素と関係あるかのような命名ですが、それだけではなく動物細胞のウィント(Wnt)シグナル経路にあるタンパク質(β-catenin)をリン酸化して制御する役割も持ちます。そのため、新たな選択的阻害剤(6-bromoindirubin-3'-oxime)の開発は、遺伝子導入によらず細胞の分化能力を制御できるため、再生医療の分野にまで影響を与える魅力的な研究[4]でした。

アッキガイのなかまにしては、せっかく自分を食べる天敵の体調を悪くしてやろうとせっせと作っていたにも関わらず、人間に捕えられてミンチにされ天日に干されて、本来とは違う出来損ないを観賞用にと珍重されていたのですから、ちょっぴり可哀そうかもしれません。再スタートした高貴の紫は、果たして病める患者を救えるのか、役に立つときは近いかもしれません。

 

  • 参考文献

[1] ジブロモインジゴ化学合成の収率を改善

"An improved synthetic procedure for 6, 6'-dibromoindigo (Tyrian purple)" Peter Imming et al. Syn. Comm. 2001 DOI: 10.1081/SCC-100107023

[2] 生合成経路を参考にジブロモインジゴを化学合成

"A facile synthesis of Tyrian purple based on a biosynthetic pathway" Yasuhiro Tanoue et al. Fish. Sci. 2001 DOI: 10.1046/j.1444-2906.2001.00312.x

[3] ジブロモインジゴ関連化合物はGSK3の阻害剤になる

"GSK-3-Selective Inhibitors Derived from Tyrian Purple Indirubins" Laurent Meijer et al. Chem. Biol. 2003 DOI: 10.1016/j.chembiol.2003.11.010

[4] GSK3選択的阻害剤でWntシグナル経路を活性化しヒトおよびマウスの胚性幹細胞(ES細胞)の分化多能性を維持

"Maintenance of pluripotency in human and mouse embryonic stem cells through activation of Wnt signaling by a pharmacological GSK-3-specific inhibitor" Noboru Sato et al. Nature Medicine 2004 DOI: 10.1038/nm979 

 

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