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スポットライトリサーチ

全フッ素化カーボンナノリングの合成

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第401回のスポットライトリサーチは、名古屋大学大学院理学研究科 有機化学研究室(伊丹研究室) 博士後期課程2年・周戸 大季 (しゅうど ひろき) さんにお願いしました。

名古屋大学伊丹研究室では、カーボンナノリングやカーボンナノベルトと呼ばれる環状芳香族分子の合成が行われています。過去にも以下のケムステ記事で紹介されています。

・カーボンナノリング合成に成功!
・電気刺激により電子伝導性と白色発光を発現するヨウ素内包カーボンナノリング
・カーボンナノベルト合成初成功の舞台裏 (1)
・カーボンナノベルト合成初成功の舞台裏 (2)
・カーボンナノベルト合成初成功の舞台裏 (3)

今回の報告では、シクロパラフェニレン(CPP)という環状芳香族分子の水素原子が全てフッ素原子に置換された分子であるペルフルオロシクロパラフェニレン(PFCPP)という分子が合成されました。Nature Communications誌 原著論文・プレスリリース(名古屋大学分子科学研究所)にて公開されています。

“Perfluorocycloparaphenylenes”
Hiroki Shudo, Motonobu Kuwayama, Masafumi Shimasaki, Taishi Nishihara, Youhei Takeda, Nobuhiko Mitoma, Takuya Kuwabara, Akiko Yagi, Yasutomo Segawa* and Kenichiro Itami*
Nature Communications 202213, 3713. doi: 10.1038/s41467-022-31530-x

本研究の遂行を率いた瀬川 泰知 准教授 (現 分子科学研究所(総合研究大学院大学))、および伊丹 健一郎 教授から、筆頭著者の周戸さんについての人物評を以下頂いています。

周戸くん(アクセントは「舅」ではなく「州都」と同じ)は、自己紹介にある通り、自然を愛し自然に愛された男です。一年中なにかしら”旬”のものを持っていて、リクエストすると鳥や虫や星の写真をよく見せてくれます。研究現場での、常に自分のペースを崩さずこつこつと進めていく様や、化合物のわずかな様子の変化も見逃さない観察眼は素晴らしく、再現性の高いPFCPP合成プロセス開発やPFCPPのリン光挙動の発見・解析を成し遂げました。現在はPFCPPやその類縁体を使った新しい分子ナノカーボン創製をバリバリ進めており、これからがますます楽しみです。
分子科学研究所 准教授(総合研究大学院大学 准教授) 瀬川泰知

ユニークにもほどがある。そんな形容詞しか見当たらないのが、今回の論文の主役であり筆頭著者の周戸大季君です。私の研究室では、オンリーワン、かけがえのない存在に研究者としても人間としてもなることを目指し、研究室メンバーには常にBe unique! Go crazy!と言い続けています。周戸君は学部1年生のときに会った時からユニークそのもので、研究室配属後もそのユニークさに磨きをかけてきました。化学という枠組みにどう考えてもハマりそうのない自慢の学生です。彼は分子だけでなく、生き物やフィールドワークが大好きなのです。鳴き声だけで鳥の種類を一発で当てられたり、カブトムシがどこにいるかを一瞬で嗅ぎ分けられるなど、彼の生き物オタクエピソードには枚挙にいとまがありません。そんな周戸君のことなので、4年生の研究室配属時に生物系のテーマを希望するかと思いきや、意外にも新しい分子ナノカーボンの創製研究に携わりたいとのことだったので、カーボンナノベルト系の研究テーマを彼に託すことにしました。

今回の論文は、その鍵となる全フッ素化カーボンナノリングの合成に関してのものです。詳細は周戸君の解説の通りですが、桑山君と二人三脚で周戸君はこの難関分子を世に送り出してくれました。この分子は2014年から研究室での重要標的分子としており、瀬川君(現分子研准教授)とともにどうしても作りたかった分子でした。あまりにもこの分子が欲しいので、ある企業にお願いしてCPPをF2ガスで処理したほどでした(笑)。ニッケルという金属を用いた新しいCPP骨格の一段階構築法の開発によって念願分子の初合成が実現しましたが、これは周戸君と桑山君の血の滲むような数々の試行錯誤の上にようやくなされたものです。彼らには敬意しかありません。多くの時間をかけてようやく手にしたフッ素化カーボンナノリングの化学は現在研究室のホットなテーマとなっています。続報を期待して欲しいと思います。また、周戸君が他の研究室メンバーと進めてくれているナノカーボンと生き物のシナジーが生み出す新しいサイエンスにも乞うご期待です!

周戸君、ユニークで美しい分子の合成、本当におめでとう!この研究を通じて大成長した君を尊敬します!でも、君はこんなもんじゃない。もっとクレイジーな研究をしよう!

伊丹健一郎

何を隠そう筆者もめちゃくちゃ関係者です。瀬川さん伊丹さんが挙げられていることはもちろんですが、周戸くんの器用さと面倒見の良さ、鋭い洞察力にいつもとても助けられています。9月の基礎有機化学討論会にも参加予定です。あり得ないくらい日焼けした青年がアツい研究発表をしていたらそれはおそらく周戸くんですので、以下のインタビューが面白ければ、ぜひ「ケムステ見たよ」と周戸くんにお声がけいただけると幸いです。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

今回私たちは、全フッ素化カーボンナノリング「ペルフオロシクロパラフェニレン(PFCPP)」の合成に初めて成功しました。

シクロパラフェニレン(CPP)はベンゼン環がパラ位で繋がったリング状の化合物であり、次世代炭素材料のひとつであるカーボンナノチューブの最もシンプルで短い部分構造として知られています。CPPは有機電子材料として期待されているだけでなく、カーボンナノチューブの精密合成の素材としても注目されており、CPPの水素原子をさまざまな原子に置き換える研究が精力的に行われてきました。例えば、水素原子のいくつかをフッ素原子に置き換えたCPPの合成例はあったものの、CPPの全ての水素原子を他の原子に置き換えて合成できた例は無く、これは有効な合成方法が存在しなかったためです。

本研究では、全ての水素原子がフッ素原子に置換された「ペルフオロシクロパラフェニレン(PFCPP)」の合成に初めて成功しました。新たに開発した合成法により、高価な貴金属触媒を用いることなく、安価なニッケルによって市販化合物からわずか2段階ワンポットで行うことができます。3種類のPFCPPについてはX線結晶構造解析で構造を決定しており、リングが筒状に積層した分子配列を取ることが分かりました。さらに、時間分解発光測定の結果、フッ素原子によってCPPの電子的性質が大きく変化し低温でリン光発光を示すことが明らかになりました。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

思い入れがあるのは、PFCPPが無置換のCPPとは異なる光学的性質を有することを明らかにした点です。今回合成したPFCPPと同様のリングサイズの無置換CPPは、通常可視光領域に吸収をもつため有色ですが、PFCPPはHOMO–LUMOギャップが大きく、紫外領域にのみ吸収帯をもたないため無色の固体として得られます。また、同様のリングサイズの無置換CPPは比較的強い蛍光を有するのですが、なぜかPFCPPには蛍光がありませんでした。このことは合成している時から不思議に思っていたのですが、もしかしたらリン光があるのでは?と思い、液体窒素で冷やしながらUVランプを当ててみました。すると強く発光し、さらにその発光がゆっくり消えていく様子が観察できました。CPPでは弱く短寿命のリン光しかもたないため、これらの違いが明らかにできて嬉しかったです。リン光測定に関してお世話になった西原先生、武田先生には大変感謝しています。

PFCPPとCPPは同様の対称性を有する分子なのですが、水素原子を電気陰性度の大きなフッ素原子に置換したことにより電子的性質が大きく変化したこと、立体反発により隣り合うベンゼン環の二面角が変化したことなどが光学的性質に違いを与えたのだと考えています。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

難しかったところは、やはりPFCPPの合成です。PFCPPの合成はNi大環状錯体形成と酸化剤による還元的脱離の2段階をワンポットで行います。本合成では、LDAを用いてリチオ化したオクタフルオロビフェニル前駆体をNi錯体にトランスメタル化させるのですが、錯体の溶解性をあげるためにジノニルビピリジルを配位子として用いています。また、還元的脱離の段階も溶媒を変えることで効率的な反応を促しています。さらに、環状化合物合成あるあるですが、決して高いとは言えない収率ですのでカラムクロマトグラフィーとGPCを用いて単離しました。また、PFCPPは溶解性が低く精製に苦労しただけでなく、13C NMR測定なんかにも苦労しましたが、数日積算して何とかデータを揃えることができました。

伊丹研究室でのPFCPPの合成研究の歴史は古く、私が研究室に入る以前から試みられていました。その中でも特に技術補佐員の桑山さんが精力的にPFCPPの合成ルートを開拓してくださったと聞いています。桑山さんは私にとってスーパーマンみたいな師匠で、合成のノウハウだけでなく合成に向かう姿勢や考え方をたくさん学ばせてもらいました。実際、PFCPPの合成も桑山さんがいらっしゃったからこそ辿り着いたものだと思います。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

私は有機化学研究室に所属している者としては、おそらく相当異端?(笑)で、鳥類、植物、昆虫などのさまざまな生き物の研究に興味をもった「フィールドワーク大好き人間」です。また先日、名古屋大学構内の鳥類種数の記録を1年間を通して追った結果を報告論文としてまとめました。手前味噌で恐縮ですが、もしよければ読んでみてください(名古屋大学博物館報告 Bull. Nagoya Univ. Museum, 2022, No. 38, published online as early view;DOI: 10.18999/bulnum.038.02)。実際、だいたい週末はどこかで野鳥観察に勤しんでいます。こうやって書いていると有機化学をサボっている不真面目な学生になってしまいそうなのですが(笑)、将来はフィールドワークと化学を繋げた研究がしたいと思っています。私の好きな鳥は写真のような湿地や干潟を利用するシギ・チドリ類の鳥類です(写真はミユビシギ夏羽)。シギ・チドリ類は繁殖地、渡りの経由地の環境変化によって減少の一途をたどっていますが、化学によってこれらの鳥類の保全につながればいいなと思っています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

ケムステは学部学生の頃からお世話になっているサイトで、ここで取り上げていただけることは非常に光栄に思っています。本研究は決して1人ではできなかった研究ですし、先生方とたくさんディスカッションさせていただきました。実験結果を真摯に受け止めて考察することが重要だなと感じますし、X線結晶構造が見えた時など興奮する瞬間は大いに喜んだらいいと思います。また、私はのびのびと研究させていただいているのですが、自分の好きなことを突き詰めて考えていくと、きっと面白い世界が広がると信じています。

最後になりましたが、合成で非常にお世話になった桑山さん、測定でお世話になった京都大学 西原先生、大阪大学 武田先生、理化学研究所 三苫先生、いつも活発な議論をさせていただいた瀬川先生、八木先生、熱いパッションで研究を成功に導いていただいた伊丹先生にこの場を借りて心より感謝申し上げます。

研究者の略歴

[名前]

周戸大季

[研究テーマ]

新奇カーボンナノベルト、カーボンナノリング類の合成

[略歴]

2019年3月 名古屋大学理学部化学科 卒業

2021年3月 名古屋大学大学院理学研究科物質理学専攻(化学系)博士前期課程 修了

2021年4月〜現在 名古屋大学大学院理学研究科理学専攻 物質・生命化学領域 博士後期課程(現D2)

2022年4月〜現在 日本学術振興会特別研究員(DC2)

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博士(理学)。大学教員。娘の育児に奮闘しつつも、分子の世界に思いを馳せる日々。

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