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化学者のつぶやき

「人工タンパク質ケージを操る」スイス連邦工科大学チューリヒ校・Hilvert研より

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先日より開始しました「ケムステ海外研究記」。化学分野で研究留学中(もしくは留学終了直後)の若手研究者を対象としたインタビュー企画です。留学を始めたばかりのビギナーから、長年滞在されているベテランな方まで、幅広く取りあげて行きたいと考えています。

第2回目はスイス連邦工科大学チューリヒ校(ETH Zürich) 博士研究員の佐々木栄太さんにお願いしました。(冒頭写真はETH Zürich, Hönggerberg Campus)

筆者(副代表)とは実は大学の同窓生なのですが、大学院から海外に飛び立ち活躍され、なんと今年で11年目(!)の海外滞在歴になります。日本国内ではお会いする機会を持つこともなかなかに稀なのですが、今回化学メディアの立場からお願いし、お話を伺うことができました。

Q1. 現在、滞在先でどんな研究をしていますか?

ETH ZurichのHilvert研の博士研究員として、タンパク質の自己組織化を制御する方法の開発に取り組んでいます。ウイルスのカプシドや生体内鉄貯蔵に利用されるフェリチンのように、1種類もしくは数種類のタンパク質が自己組織化することで形成する中空で球状の殻構造は、自然界に広く分布し、重要な役割を担っています。近年では理論的な設計によって、そのようなケージ形成タンパク質を人工的に作り出すことも可能となってきており、[1-5] 注目を集めています。

Hilvert研HPより引用

Hilvert研HPより引用

Hilvert研では、超好熱菌由来のケージ形成タンパク質、ルマジン合成酵素に注目し、これを改変することでケージ構造内に別のタンパク質を内包する系の開発を行ってきています。[6-10] 私はこのようなケージ形成タンパク質をさらに改変または化学修飾することで、ケージ構造を自在に変化させること、またケージ構造を基礎とした階層的なタンパク質構造の構築と分析を試みています。[11]

 

Q2. なぜ日本ではなく、海外で研究を行う選択をしたのですか?

色々な環境を見たかったというのが一番の動機です。日本の修士課程在籍中は、充実した研究生活に浸ることができた一方、広く論文を見渡すと、やはりアメリカがサイエンスの中心なのではないか、どうしてだろうと素朴な疑問を抱いていました。留学して自分の目で見るのが手っ取り早いし、面白そうだと思いました。また、全く違う環境で、ある意味(研究)人生をやり直すことで、自分を試してみたいという思いもありました。博士研究員ではなく、博士課程の学生としてアメリカの大学院に留学する道を選んだのは、以上の理由によります。その後、ポスドクとしてヨーロッパ(スイス)の大学を選んだのも、さらに別の環境を見てみたいという好奇心が1つの理由です。

米国時代のボス:Prof. Hung-wen (Ben) Liu (Univ. Texas at Austin)

米国時代のボス:Prof. Hung-wen (Ben) Liu (Univ. Texas at Austin)

スイス時代のボス:Prof. Donald Hilvert (ETH Zürich)

スイス時代のボス:Prof. Donald Hilvert (ETH Zürich)

Q3. 研究留学経験を通じて、良かったこと・悪かったことをそれぞれ教えてください。

良かったこと

異なる環境や価値観に深く接することができたこと。外から日本を眺める視点ができたこと。また、海外在住日本人同士で、年齢や分野の幅の広い交流・つながりができること。

悪かったこと

海外生活が長くなるにつれて、日本との接点が薄くなること。日本の事情に疎くなってしまうこと。交通や通信の発達した今日では、海外にいながら日本との関係を保って行くことも十分可能だと思うので、本人の心がけ次第だとは思いますが。

 

Q4. 現地の人々や、所属研究室の雰囲気はどうですか?

私が大学院生として留学したアメリカのテキサス州オースティンは東京と比べるとかなりのんびりしていて、人々もフレンドリーで居心地の良い所でした。しかし、アメリカは広いので、現地の雰囲気は地域差が大きいのではないかと思います。テキサスと比べると、ポスドクとして選んだスイスのチューリッヒの方が、日常生活は日本に近く、こちらも居心地は良いです。気軽に隣国に日帰り旅行ができるのも面白いです。

研究室の構成員は日本よりも出身国や年齢の多様性が大きく、プロフェッショナルな意識が高いように感じました。アメリカにおいては学部生と大学院生、スイスにおいては大学院修士課程と博士課程の間で意識が大きく変わるように思います。研究室に所属して、給与をもらえるようになるからでしょうか。しかし、基本的には研究者というのはどこの国でも似たような雰囲気があります。

 

Q5. 渡航前に念入りに準備したこと、現地で困ったことを教えてください。

念入りに準備したこと…特に思い当たりません。英語はできるに越したことはないのですが、(研究)人生をゼロ歳からやり直す覚悟があれば、とりあえず行ってしまえば良いのではないでしょうか。

留学の初期の段階で一番大変だったのは、大学院生として学部生の授業のティーチングアシスタント(TA)を任されたことです。有機化学実習(ラボ)の実験指導とレポートの採点を基本的に全て一人で行いました(受け持ちは15人程度を2クラス)。手書きのレポートの文字は非常に癖があり、読むのに苦労しました。アメリカの学部生にとって、授業の成績はその後の進路に重要なので、採点にも気を使いました。アメリカ留学の一学期目は、大学院の授業、TA、研究の全てを新しく始めなければならず、なかなか大変でした。放置していた親知らずが腫れました。よく言われることですが、歯は留学前に日本でしっかりと手入れしておいた方がよいです。アメリカでもスイスでもやむなく歯医者のお世話になりましたが、非常に高額でした。

その他、人によっては食事に困る(どうしても日本食が恋しくなる)ことがあるようです。私の場合は大丈夫でした。チューリッヒの個別事情としては、アパート探しに困る、というものがあります。日本では考えにくいのですが、適当なアパートを見つけるのに現地入りしてから2、3ヶ月かかるのはよくあることです。

Q6. 海外経験を、将来どのように活かしていきたいですか?

日本、アメリカ、スイスで行った個別の研究は、直接的な関連性は薄いかもしれませんが、将来的にはこれらの経験を統合して成り立つような研究分野を開発していくことが理想です。研究において独自の切り口を持つためには、様々なやり方があるとは思いますが、人と違った環境に身を置くというのは1つの方法、少なくともきっかけになると思っています。色々な経験をしたけれど、どれも中途半端ということで終わらないように努力したいと思います。

Q7. 最後に、日本の読者の方々にメッセージをお願いします。

最近は日本の大学院に所属しながら、3ヶ月程度の短期留学をする機会が増えてきているようで、良いことだと思います。しかし、短期留学と最短でも数年はかかる学位取得を目的とした留学では、得られる経験の質も量も大きく異なることでしょう。誰にでも留学を勧めるわけではありませんが、興味があるならば止める理由もありません。恐れずに挑戦してみてはいかがでしょうか。

一方、日本の研究レベルは十分に高いので、日本の研究室で得られる経験は非常に価値のあるものだと思います。国内にいても海外にいても、研究成果は世界に発表するものです。いい研究ができる人はどこにいてもできるだろうし、注目されるはずです。

海外研究留学するにせよしないにせよ、自分の道は自分で決断すること。後に後悔しないために重要なことです。

 

関連論文

  1. King, N. P., et al. Science 2012, 336, 1171-1174. DOI: 10.1126/science.1219364
  2. Lai, Y.; Cascio, D.; Yeates, T. O. Science 2012, 336, 1129. DOI: 10.1126/science.1219351
  3. King, N. P., et al. Nature 2014, 510, 103-108. doi:10.1038/nature13404
  4. Lai, Y., et al. Nat. Chem. 2014, 6, 1065-1071. doi:10.1038/nchem.2107
  5. Hsia, Y., et al. Nature 2016 doi:10.1038/nature18010
  6. Seebeck, F. P., et al. J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 4516-4517. DOI: 10.1021/ja058363s
  7. Wörsdörfer, B.; Woycechowsky, K. J.; Hilvert, D. Science 2011, 331, 589-592. DOI: 10.1126/science.1199081
  8. Beck, T.; Tetter, S.; Künzle, M.; Hilvert, D. Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 937-940. DOI: 10.1002/anie.201408677
  9. Zschoche, R.; Hilvert, D. J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 16121-16132. DOI: 10.1021/jacs.5b10588
  10. Azuma, Y.; Zschoche, R.; Tinzl, M.; Hilvert, D. Angew. Chem. Int. Ed. 2016, 55, 1531-1534. DOI: 10.1002/anie.201508414
  11. Sasaki, E.; Böhringer, D.; van de Waterbeemd, M.; Leibundgut, M.; Zschoche, R.; Heck, A. JR.; Ban, N.; Hilvert, D.; Nature Communications 2017, 8, 14663. DOI: 1038/ncomms14663

研究者の略歴

佐々木 栄太(ささき えいた)ryugaku_E_Sasaki_4

略歴:

2003-2005年 東京大学大学院薬学系研究科 長野哲雄 研究室(薬学修士)

2005-2011年 University of Texas at Austin, Department of Chemistry, Prof. Hung-wen (Ben) Liu’s lab (Ph.D. in Chemistry)

2011年-2017年 ETH Zurich, LOC, Prof. Donald Hilvert’s lab (postdoc)

2017年-現在 東京大学大学院 農学生命科学研究科 食糧化学研究室 助教

研究テーマ:ケージ形成タンパク質の自己組織化の制御とその分析

海外留学歴:11年

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cosine

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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