[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

ボロン酸エステルをモノ・ジフルオロメチル基に変える

[スポンサーリンク]

ボロン酸エステルを原料としたモノ、ジフルオロメチル化反応が開発された。立体特異的に進行する本反応では、キラルなボロン酸エステルを用いることでキラルなフルオロメチル化合物が得られる。

直接的モノ、ジフルオロメチル化反応

フルオロメチル基(CFx基)は代謝安定性、結合親和性などに優れており、農薬や医薬品に多く組み込まれている[1]。その中でも最も人気が高いものはトリフルオロメチル基(CF3基)である。CF3基の直接導入法は多岐に渡り、信頼性の高い反応化剤が開発・市販化されている(図1A)[2]。一方でCF3基に比べ、モノフルオロメチル基(CH2F基)およびジフルオロメチル基(CF2H基)の直接導入法の開発は発展途上であり、効果的な反応剤も少ない[3]。sp2炭素への同官能基の導入はクロスカップリング反応が主である。
例えば、HartwigらはTMSジフルオロメタンをCF2H化剤としたヨウ化銅による、芳香族ヨウ化物のジフルオロメチル化反応を報告している(図1B)[4]。sp3炭素に対しては、アルケンに対するラジカル反応がほとんどであり、不斉反応への展開は困難である。数少ない不斉反応の例の1つとして、2017年、Liuらはアルケンの不斉ラジカルアミノジフルオロメチル化反応を報告した(図1C)[5]。ジフルオロメチルスルホニルクロリドをCF2H化剤とし、Cu触媒存在下キラルリン酸L1を添加することでエナンチオ選択的にジフルオロメチル化体が得られる。
今回ブリストル大学のAggarwal教授らはボロン酸エステルを出発物質とした、新たなCH2F基およびCF2H基の導入法を開発した(図1D)。すなわち、ボロン酸エステルに対して、安価に購入可能なフルオロヨードメタンより調製したフルオロカルベノイドを作用させ、フルオロボロン酸エステルを合成する(マッテソン型増炭反応)。続いてボロン酸エステル部位をプロトン化/フッ素化することでモノおよびジフルオロメチル化された化合物が得られる(図1D)。反応は立体特異的に進行するため、キラルボロン酸エステルを用いることで、キラルフルオロメチル化合物が得られる。

図1 (A)CF3化剤 (B) カップリングによるジフルオロメチル化 (C) エナンチオ選択的アミノジフルオロメチル化 (D) 今回の反応

 

“Divergent, Stereospecific Mono- and Difluoromethylation of Boronic Esters”

Fasano, V.; Winter, N.; Noble, A.; Aggarwal, V. K. Angew. Chem., Int. Ed. 2020, 59, 8502-8506.

DOI: 10.1002/anie.202002246

論文著者の紹介

研究者:Varinder K. Aggarwal

研究者の経歴:

1980-1983 BSc, University of Cambridge, UK
1983-1986 Ph.D, University of Cambridge, UK (Prof. Stuart Warren)
1986-1988 Postdoc, Columbia University, USA (Prof. Gilbert Stork)
1988-1991 Lecturer in Chemistry, University of Bath, UK
1991-1995 Lecturer in Chemistry, University of Sheffield, UK
1995-1997 Reader in Chemistry, University of Sheffield, UK
1997-2000 Professor in Chemistry, University of Sheffield, UK
2000- Professor in Synthetic Chemistry, University of Bristol, UK
2019- Alfred Capper Pass Professor of Chemistry, University of Bristol, UK

研究内容:リチオ化に続くホウ素化、遷移金属クロスカップリング反応、ボロネートを求核剤とした反応の開発、Prostanoidsの全合成

論文の概要

具体的には、種々のボロン酸エステルと、フルオロヨードメタンとLDAによって調製したフルオロカルベノイドを反応させ一炭素増炭した中間体3とする。その後、触媒量のTFA存在下4-t-Buカテコールによる3のプロト脱ホウ素化が進行し、モノフルオロメチル化体4を与える(図2A)。また3は、TFA存在下、硝酸銀、セレクトフルオロを用いたフルオロ脱ホウ素化によりジフルオロメチル化体5を与える。本手法の鍵は遷移状態2における脱離基の選択である。この脱離基には1)2から3への1.2-転移を促進する、2)フルオロカルベノイドを安定化させない、3)フルオロカルベノイドからLiFの脱離によって生じるカルベンを安定化させないなどの条件を満たしている必要がある。
そこでAggarwal教授らはモデル基質として、フッ素の置換数を変えたブロモメタンカルボアニオンとMeBpinを用いたDFT計算を行った(図2B)。その結果、フッ素が1置換若しくは置換していないものではボロネートIが生成した後、ボロネートIの解離によるカルボアニオンIIIの生成よりエネルギーの小さいメチル基の1,2-転移が進行することがわかった。また、カルベン生成に対する各脱離基のDFT計算の結果、ヨウ素を脱離基として用いた際、最もカルベン生成のギブズエネルギーが高かったことから、著者らはヨウ素が最も適した脱離基であると結論づけた(詳細は論文Scheme 2C参照)。
本手法は種々の置換基をもつ芳香族化合物(4a–4c, 5a–5c)に加え、環状アミン(4d and 5d)や2級ボロン酸(4e and 5e)で適用でき、対応するモノおよびジフルオロメチル化体を与えた(図2C)。さらに反応は立体特異的に進行するため、キラルな2級ボロン酸エステルからは、高い鏡像体比を保持した4e5eを与えた。

図2 (A) 今回の反応 (B) DFT計算(一部論文より引用) (C) 基質適用範囲

以上、ボロン酸エステルのモノフルオロメチルおよびジフルオロメチル化反応が開発された。これらのフルオロメチル化反応が今後の創薬化学の発展につながることが期待される。

参考文献

  1. (a) Müller, K.; Faeh, C.; Diederich, F. Fluorine in Pharmaceuticals: Looking Beyond Intuition, Science 2007, 317, 1881–1886. DOI: 1126/science.1131943. (b) Purser, S.; Moore, P. R.; Swallow, S.; Gouverneur, V. Fluorine in Medicinal Chemistry. Chem. Soc. Rev. 2008, 37, 320–330. DOI: 10.1039/B610213C
  2. Ma, J. -A.; Cahard, D. Strategies for Nucleophilic, Electrophilic, and Radical Trifluoromethylations. J. Fluorine Chem. 2007, 128, 975–996. DOI: 10.1016/j.jfluchem.2007.04.026
  3. (a) Rong, J.;Ni, C.; Hu, J. Metal-Catalyzed Direct Difluoromethylation Reactions. Asian J. Org. Chem. 2017, 6, 139–152. DOI: 1002/ajoc.201600509. (b) Hu, J.; Zhang, W.; Wang, F. Selective Difluoromethylation and Monofluoromethylation Reactions. Chem. Commun. 2009, 7465–7478. DOI: 10.1039/B916463D
  4. Fier, P. S.; Hartwig, J. F. Copper-Mediated Difluoromethylation of Aryl and Vinyl Iodides. J. Am. Chem. Soc. 2012, 12, 5524–5527. DOI: 10.1021/ja301013h
  5. Lin, J. -S.; Wang, F. -L.; Dong, X. -Y.; He, W. -W.; Yuan, Y.; Chen, S.; Liu, X. -Y. Catalytic Asymmetric Radical Aminoperfluoroalkylation and Aminodifluoromethylation of Alkenes to Versatile Enantioenriched-Fluoroalkyl Amines. Nat. Commun. 2017, 8, 14841–14851. DOI: 10.1038/ncomms14841
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 2012年ケムステ人気記事ランキング
  2. 未来の科学コミュニティ
  3. 第16回 Student Grant Award 募集のご案内
  4. クソニンジンのはなし ~草餅の邪魔者~
  5. ナイトレンの求電子性を利用して中員環ラクタムを合成する
  6. 英国王立化学会(RSC)が人材募集中
  7. ポケットにいれて持ち運べる高分子型水素キャリアの開発
  8. ナノってなんナノ?~日本発の極小材料を集めてみました~

注目情報

ピックアップ記事

  1. シグマトロピー転位によるキラルα-アリールカルボニルの合成法
  2. 専門用語豊富なシソーラス付き辞書!JAICI Science Dictionary
  3. ジョナス・ピータース Jonas C. Peters
  4. 計算化学者は見下されているのか? Part 1
  5. フランク・グローリアス Frank Glorius
  6. 第二回 伊丹健一郎教授ー合成化学はひとつである
  7. MEDCHEM NEWS 34-2 号「2023年度医薬化学部会賞」
  8. 『リンダウ・ノーベル賞受賞者会議』を知っていますか?
  9. ダン・シェヒトマン Daniel Shechtman
  10. 植物たちの静かな戦い

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2020年6月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930  

注目情報

最新記事

アンモニウム構造によりラジカル種の発生位置を完全に制御!

第710回のスポットライトリサーチは、関西学院大学理工学研究科 村上研究室の榊原 陽太(さかきばら …

化学つれづれ草【ある研究者の回想】

概要物理化学者で量子機能材料を専門とする著者によるエッセイ集.化学者としての研究,教育,人生…

第60回有機反応若手の会

開催概要有機反応若手の会は、有機化学分野で研究を行う全国の大学院生を中心とした若手研究者が集い、…

ノーベル賞受賞者と語り合う5日間!「第18回HOPEミーティング」参加者募集!

申し込みはこちら概要主催:独立行政法人 日本学術振興会(JSPS)開催地:神奈川…

光触媒による高効率なCO2還元の実現―まさかの光を弱く当てることが重要だった―

第709回のスポットライトリサーチは、東京科学大学 理学院(前田研究室)博士後期課程2年の仲田竜一 …

「π-πスタッキング」という言葉が生む誤解【芳香環の相互作用を見直す: 前編】

芳香環が平行に並んで近接しているとき、その構造を「π–π スタッキング」と表されることがよくあります…

一重項酸素によるC(sp2)−P結合切断を用いた長波長光によるリン化合物のアンケージング

第 708 回のスポットライトリサーチは、同志社女子大学 薬学部 医療薬学科 5…

マテリアルズ・インフォマティクスにおける画像解析の活用ガイド

開催概要材料開発において、電子顕微鏡やX線トモグラフィーを用いて材料の微細構造を観察するために画…

世界初のPROTAC医薬、ついに承認 ―「タンパク質を阻害する」から「分解する」時代へ

2026年5月、創薬化学の歴史に残る大きな出来事が起きました。米国 FDA は、…

有機蛍光とは異なる新しい有機りん光の分子設計指針の発見

第707回のスポットライトリサーチは、電気通信大学 情報理工学研究科(牧昌次郎研究室)の林希久也 助…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP