[スポンサーリンク]

一般的な話題

アメリカ大学院留学:実験TAと成績評価の裏側

[スポンサーリンク]

前回、アメリカの大学院でのティーチングアシスタント(TA)について、講義TAの様子を紹介しました(アメリカ大学院留学:TAの仕事)。講義TAは、復習授業や採点など仕事量が多く大変でしたが、それをなんとか乗り越え、二学期目には学生実験のTAを任されることになりました。今回は、講義TAとは異なる実験TAの仕事について、成績評価の様子にも触れながら私の体験を綴りたいと思います。

1. 有機化学実験のTA

私が担当した授業は、学部2〜3年生向けの有機化学実験でした。学部生20〜30人ほどが履修しており、講師1人とTA 6人で指導にあたりました。実験TAは、講義形式の授業のTAとは異なり、授業に参加して学生実験の監督を行うことが主な仕事でした。講義TAのように復習授業をしなくて良いため、英語面での負担がかなり少なかったです。具体的な仕事内容は以下の通りでした。

  • 週3回の実習授業のうち1回を担当し、実験監督を行う。(各3時間)
  • その週に学生が行う実験の予備実験と試薬準備。(毎週1時間程度)
  • 実験ノートやレポートの採点。
  • オフィスアワー(学期2回、各1時間)
  • 毎週のTAミーティングに参加。

毎回授業が始まると、各学生のドラフトを回って予習ノートをチェックし、出欠を確認しました。学生は、前日の座学の時間に実験の流れを説明されているため、始業時間になるとテキストを見ながら各自作業を進めていました。私が日本の大学で経験した実験の授業では、TAや教員から細かい指導があったり、グループ作業が多かったりしたのですが、その様子とはかなり違い、学生個人が自立的に実験をしていました。

TAの仕事といえば、実験室を歩き回り、学生が実験をうまく進めているか確認したり、質問に答えたりする程度でした。講義TAをした際には、学部生から難しい質問が来て戸惑うこともありましたが、実験TAの場合は、ろ紙の折り方やTLCの使い方など、基礎的なことが中心でした。留学生活においては、言葉の壁から単純なことにつまづいたり、人に頼ってばかりで自信をなくしがちでしたが、学生からの質問にうまく答えられると、自分でも役に立てると感じ、自信がつきました。

2. TAによる学生の成績評価

実験TAの仕事で興味深かったのは、学生の成績評価です。毎回授業後に、担当教員からiPadを渡され、各学生の評価を記録しました。入力フォームには、以下の例のような評価項目があり、10段階でスコア付けしました。

  • 手順や原理を理解しながら作業を進められていたか。
  • 指示に頼らず、自立的に実験を進められていたか。
  • 適切な時間配分で実験を進めていたか。
  • 実験の様子をノートにきちんと記録していたか。

評価において特に重視されていたのは、学生が自分の力で実験を進められていたかという点です。実際の研究活動においても、先輩の指示に頼らず自立して研究を進められることが理想なので、一人でテキパキと作業を進めている学生は高く評価されていました。逆に、実験手順についてTAに質問ばかりしてくる学生については、「この学生はTAに頼りすぎで、自分で実験を進められない。」などと厳しいコメントを付けられていました。

毎週のTAミーティングでも、学生の様子について担当教員に報告しました。どの学生は手際が良く、どの学生は手順をあまり理解していないなど、TA同士で意見を出し合いました。TAからの意見は成績評価に利用されるだけでなく、その学生が所属している研究室の教授にも伝えられるそうです。教授たちは、自分の研究室の学生が実習でうまくやっているかどうかを知りたいそうで、実習での成績を参考に、個人の能力に合わせた研究指導を行うとのことでした。学生側からすると、単なる学生実験なのに気が抜けない…と思うかもしれませんが、教員同士が成績を共有することで各学生の能力を把握し、レベルにあった指導をするというのは良いシステムだなと感じました。

3. TAたちで考える実習課題

最終週の実習課題は、未知化合物の同定でした。課題として与える化合物は、TAのみんなで相談して考えました。ホワイトボードにいろんな化合物の構造を書きながら、どの化合物が良いかを話し合うのはとても楽しかったです(図1)。化合物が簡単に手に入るかどうかや、NMRの解析が難しそうかなど、みんなで意見を出し合い、試行錯誤しました。選んだ化合物は難易度に合わせてランク付けし、授業での成績順に学生に割り当てました。

図1. TAで考えた課題用の未知化合物

学生は100 mg程度のサンプルを与えられ、実習中に習った解析方法(NMR、質量分析、IRなど)を用いて構造決定に取り組みました。TAが選んだ中で一番難易度の高い化合物は樟脳(カンファーと呼ばれる分子(図1右上)で、「これはさすがに無理じゃない…?」と思っていたのですが、ちゃんと正解が出ました。学部生すごい。

4. おわりに

TAをしていて特に驚いたのは、指導教員やTAが、学部生一人ひとりの様子を細かく把握していたことです。アメリカでは大学院入試などで学部の成績が重視されるからか、担当教官は成績をきちんと付けられるよう、身近で実習を見ているTAの意見をかなり参考にしていました。毎週のミーティングの内容も、各学生の様子について意見を出し合うことが中心だったので、学期が始まって数週間もすれば、学生の顔や名前、実験の上手さや性格まで良く分かるようになっていました。また、上記で述べた最終実験課題のように、各学生の能力に合わせた課題設定も行われており、教育システムがとても柔軟だと感じました(私の大学は小規模だからなのかもしれませんが)。留学生活において、TAの仕事はなかなか大変でしたが、研究室外の人とたくさん関わることができたり、アメリカの学部教育の様子が見れたりと良い経験になりました。

関連リンク

関連書籍

[amazonjs asin=”4621080881″ locale=”JP” title=”イラストで見る化学実験の基礎知識 第3版”] [amazonjs asin=”480790633X” locale=”JP” title=”有機化合物のスペクトルによる同定法―MS,IR,NMRの併用”]
Avatar photo

kanako

投稿者の記事一覧

アメリカの製薬企業の研究員。抗体をベースにした薬の開発を行なっている。
就職前は、アメリカの大学院にて化学のPhDを取得。専門はタンパク工学・ケミカルバイオロジー・高分子化学。

関連記事

  1. 最終面接で内定をもらう人の共通点について考えてみた
  2. 有機合成化学協会誌2018年9月号:キラルバナジウム触媒・ナフタ…
  3. 博士課程の夢:また私はなぜ心配するのを止めて進学を選んだか
  4. CAS Future Leaders Program 2022 …
  5. キラルLewis酸触媒による“3員環経由4員環”合成
  6. 有機ルイス酸触媒で不斉向山–マイケル反応
  7. 実験化学のピアレビューブログ: Blog Syn
  8. 金属から出る光の色を利用し、食中毒の原因菌を迅速かつ同時に識別す…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 和光純薬を富士フイルムが買収へ
  2. 【朗報】HGS分子構造模型が入手可能に!
  3. 化学合成で「クモの糸」を作り出す
  4. [5+1]環化戦略による触媒的置換シクロヘキサン合成
  5. 第153回―「ネットワーク無機材料の結晶学」Micheal O’Keeffe教授
  6. 引っ張ると白色蛍光を示すゴム材料
  7. 機構解明が次なる一手に繋がった反応開発研究
  8. 乙卯研究所 研究員募集 2023年度
  9. 阪大・プリンストン大が発見、”高温”でも超伝導
  10. フェノール類を選択的に加水素分解する新触媒を開発:リグニンから芳香族炭化水素へ

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年1月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目情報

最新記事

ミトコンドリア内タンパク質を分解する標的タンパク質分解技術「mitoTPD」の開発

第 631 回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院 生命科学研究科 修士課程2…

永木愛一郎 Aiichiro Nagaki

永木愛一郎(1973年1月23日-)は、日本の化学者である。現在北海道大学大学院理学研究院化学部…

11/16(土)Zoom開催 【10:30~博士課程×女性のキャリア】 【14:00~富士フイルム・レゾナック 女子学生のためのセミナー】

化学系の就職活動を支援する『化学系学生のための就活』からのご案内です。11/16…

KISTEC教育講座『中間水コンセプトによるバイオ・医療材料開発』 ~水・生体環境下で優れた機能を発揮させるための材料・表面・デバイス設計~

 開講期間 令和6年12月10日(火)、11日(水)詳細・お申し込みはこちら2 コースの…

【太陽ホールディングス】新卒採用情報(2026卒)

■■求める人物像■■「大きな志と好奇心を持ちまだ見ぬ価値造像のために前進できる人…

産総研の研究室見学に行ってきました!~採用情報や研究の現場について~

こんにちは,熊葛です.先日,産総研 生命工学領域の開催する研究室見学に行ってきました!本記事では,産…

第47回ケムステVシンポ「マイクロフローケミストリー」を開催します!

第47回ケムステVシンポジウムの開催告知をさせて頂きます!第47回ケムステVシンポジウムは、…

【味の素ファインテクノ】新卒採用情報(2026卒)

当社は入社時研修を経て、先輩指導のもと、実践(※)の場でご活躍いただきます。「いきなり実践で…

MI-6 / エスマット共催ウェビナー:デジタルで製造業の生産性を劇的改善する方法

開催日:2024年11月6日 申込みはこちら開催概要デジタル時代において、イノベーション…

窒素原子の導入がスイッチング分子の新たな機能を切り拓く!?

第630回のスポットライトリサーチは、大阪公立大学大学院工学研究科(小畠研究室)博士後期課程3年の …

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP