[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

光を吸わないはずの重原子化合物でも光反応が進行するのはなぜか?

[スポンサーリンク]

第265回のスポットライトリサーチは、千葉大学薬学研究科(根本研究室)・中島誠也 助教にお願いしました。

近年の有機合成化学分野において光化学反応の台頭は著しく、様々な角度から研究が成されています。大原則として、用いる試薬が特定波長の光を吸う必要があります。そのために凝った分子デザインにする必要が生じているわけで、なかなか手間暇かかるものです。しかし中にはこの事実に当てはまらない系があります。今回の研究成果はその回答を与えうる、光化学分野にも一石を投じる成果と言えるでしょう。Angew. Chem. Int. Ed.誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。

“A Direct S0→Tn Transition in the Photoreaction of Heavy‐Atom‐Containing Molecules”
Nakajima, M.; Nagasawa, S.; Matsumoto, K.; Kuribara, T.; Muranaka, A.; Uchiyama, M.; Nemoto, T. Angew. Chem. Int. Ed. 2020, 132, 6194-6919.  doi:10.1002/ange.201915181

研究室を主宰されている根本哲宏 教授から、中島さんについて以下の人物評を頂いています。また中島さんは第7回ケムステVシンポのモデレータもご担当されており、薬学領域のホープとしてますますのご活躍が期待されます。それでは今回もインタビューをお楽しみください!

 中島助教は2017年4月より私の研究室の助教としてアカデミックキャリアをスタートした気鋭の若手研究者です。今回の成果において私がしたことは、赴任時に大きな方向性を与えたくらいで、あとは彼と仲間達が自由に戦い、試行錯誤して、その中で突如現れたはぐれメタルを、何度か攻撃する前に逃げられたものの、最後は逃さずに倒しきった結果です。本研究のようなサイエンスの深層部に迫り、ゲームのルールを変え得るような発見に巡り会えたことは、貴重な経験値になったと思います。中島助教によるS0→Tn遷移に関する今後の研究展開を期待します。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

光反応を引き起こすには、光化学第一法則 (Grotthuss–Draper law)として知られる絶対条件として「分子が光を吸収すること」が挙げられます。しかしながら近年、ヨウ素を含有する分子が、吸収できないように思われる領域の光によって光反応を起こしているという“謎”が存在していました。我々の研究グループは、その“謎”の答えが、一般的には進行しないとされているS0→Tn遷移であると仮説を立てました。そこで、ヨウ素などの重原子を含有する分子の光に関する様々な物性を調査したところ、 S0→Tn遷移が進行していることを観測し、S0→Tn遷移により光反応が進行していることを証明しました。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

思い入れがあるのは、ふとした疑問から研究テーマに発展したことです。
最初に疑問に思っていたのは「超原子価ヨウ素は不安定で爆発性もあるから遮光で保存せよ」という定説で、「ベンゼン由来の吸収が最も長波長なら、せいぜい300 nmくらいまでしか吸収しないから室内で可視光だったら関係なくない?」と思ったことでした。と思って実際にIBXをDMSO-d6に溶かして、TLC用のUVで365 nmの光を何時間か照射してNMR測定をするとたしかに分解してヨード安息香酸になっていました。やはり吸収波長を測定しても当然300 nmくらいまでしか吸収帯は観測されません。この現象に「なぜ??」と思ったのが始まりでした。それと同時に「普通はIBXで酸化されないDMSOが酸化された? = 酸化力がupした?」と考えました。その後、S0→Tn遷移の仮設を立て、何とかその証明に成功しました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

一番難しかったのはS0→Tn遷移の証明でした。その証明にはリン光測定と、リン光発光の励起波長測定が必須でしたが、我々の研究室には蛍光光度計がなかったため測定ができませんでした。そこで、私のポスドク時代の恩師である東京大学•理化学研究所の内山真伸先生、村中厚哉先生に協力いただき、リン光測定•リン光の励起波長測定を行い、S0→Tn遷移を証明することができました。
また、リン光測定でS0→Tn遷移は証明できましたが、S0→Tn吸収帯の測定も行う必要があるだろうということで、S0→Tn吸収帯を紫外可視分光光度計で測定することに挑戦しました。1 cmの通常のセルでは溶解度や濃度の関係でどうしてもきれいに測定することができませんでした。そこで、10 cmの通常より10倍長い光路長をもつセルと、その測定用のユニットを購入し、測定した結果、S0→Tn吸収帯を観測することに成功しました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

私にとって化学はFFやドラクエのような「RPGゲーム」です。
疑問や謎、設定した課題を解決するためにあの手この手で取り組みクリアを目指すことに楽しみを感じています。仲間(学生、共同研究者)と一緒に、倒せない敵に装備品を新たに購入して挑んだり(特に計算や光、電気、フロー、マイクロウェーブなどの飛び道具が好き)、ときにはタイムアタックで最速クリアを目指したり(全合成未達成の天然物など)、ときには縛りをかけて制限の中クリアを目指しています。
このゲームをプレイする、そしてクリアする楽しみを人生をかけて味わいたいと思っています。そして、初期装備でクリアも乙ですが、何歳になっても常に最先端の武器は所持し活用したいと思います。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

私のような若輩者がメッセージなどおこがましいですが、読者の学生さんに向けて一言だけ。
研究も楽しんでやる。私はこれに尽きると思います。
無理に努力しなくても、楽しんでやってるゲームや読書なんかは時間を忘れ朝までやったりしちゃうかと思います。義務感や強迫観念ではなく、そんな感覚(朝までやれという意味ではなく)でやったらうまくいくかもしれません。

最後になりましたが本研究を遂行するにあたり、ご協力いただいた東京大学•理化学研究所の内山真伸先生、村中厚哉先生、所属研究室主宰の根本哲宏先生、そして一緒に研究を行ってくれた長澤翔さん、松本光希くん、栗原崇人くんに厚く御礼申し上げます。
また、本研究にスポットを当ててくださったChem-Stationスタッフの皆様にも深く感謝申し上げます。

研究者の略歴

中島 誠也
千葉大院薬•薬化学研究室(根本研究室)・助教
経歴:
2012年3月 千葉大学薬学部卒業
2014年3月 千葉大学大学院薬学研究院 修士課程修了
2016年3月 千葉大学大学院薬学研究院 博士課程早期修了 博士(薬科学)(西田研究室)
2016年5月 東京大学大学院薬学研究科 ポスドク(学振PD)(内山研究室)
2017年4月〜 現職
主な受賞歴
2015年 SciFinder Future Leaders in Chemistry 2015
2016年 Reaxys PhD Prize 2016 Finalist
2016年 大津会議アワードフェロー
2016年 井上研究奨励賞
2017年 リンダウノーベル賞受賞者会議
2020年 笹川研究奨励賞

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 化学系ラボの3Dプリンター導入ガイド
  2. 個性あふれるTOC大集合!
  3. 近赤外光を吸収する有機分子集合体の発見
  4. みんなーフィラデルフィアに行きたいかー!
  5. 銀を使ってリンをいれる
  6. 今さら聞けないカラムクロマト
  7. 2024年ノーベル化学賞ケムステ予想当選者発表!
  8. MEDCHEM NEWS 32-2号 「儲からないが必要な薬の話…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 光触媒の力で多置換トリフルオロメチルアルケンを合成
  2. <理研研究員>「論文3本」の実験データ改ざん
  3. 佐藤しのぶ ShinobuSato
  4. 化学系研究室ホームページ作成ガイド
  5. 触媒と光で脳内のアミロイドβを酸素化
  6. Akzonobelとはどんな会社? 
  7. 第8回 FlowSTシンポジウム
  8. 「人工知能時代」と人間の仕事
  9. Keith Fagnou Organic Chemistry Symposium
  10. 原子量に捧げる詩

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2020年7月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  

注目情報

最新記事

miHub®で叶える、研究開発現場でのデータ活用と人材育成のヒント

参加申し込みする開催概要多くの化学・素材メーカー様でMI導入が進む一…

医薬品容器・包装材市場について調査結果を発表

この程、TPCマーケティングリサーチ株式会社(本社=大阪市西区、代表取締役社長=松本竜馬)は、医…

X 線回折の基礎知識【原理 · 基礎知識編】

X 線回折 (X-ray diffraction) は、原子の配列に関する情報を得るために使われる分…

有機合成化学協会誌2026年1月号:エナミンの極性転換・2-メチル-6-ニトロ安息香酸無水物(MNBA)・細胞内有機化学反応・データ駆動型マルチパラメータスクリーニング・位置選択的重水素化法

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2026年1月号がオンラインで公開されています。…

偶然と観察と探求の成果:中毒解毒剤から窒素酸化物を窒素分子へ変換する分子へ!

第692回のスポットライトリサーチは、同志社大学大学院理工学研究科(小寺・北岸研究室)博士後期課程3…

嬉野温泉で論文執筆缶詰め旅行をしてみた【化学者が行く温泉巡りの旅】

論文を書かなきゃ!でもせっかくの休暇なのでお出かけしたい! そうだ!人里離れた温泉地で缶詰めして一気…

光の強さで分子集合を巧みに制御!様々な形を持つ非平衡超分子集合体の作り分けを実現

第691回のスポットライトリサーチは、千葉大学大学院 融合理工学府 分子集合体化学研究室(矢貝研究室…

化学系研究職の転職は難しいのか?求人動向と転職を成功させる考え方

化学系研究職の転職の難点は「専門性のニッチさ」と考えられることが多いですが、企業が求めるのは研究プロ…

\課題に対してマイクロ波を試してみたい方へ/オンライン個別相談会

プロセスの脱炭素化及び効率化のキーテクノロジーである”マイクロ波”について、今回は、適用を検討してみ…

四国化成ってどんな会社?

私たち四国化成ホールディングス株式会社は、企業理念「独創力」を掲げ、「有機合成技術」…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP