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スポットライトリサーチ

強酸を用いた従来法を塗り替える!アルケンのヒドロアルコキシ化反応の開発

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第 382回のスポットライトリサーチは、金沢大学大学院 医薬保健総合研究科 創薬科学専攻 修士 年の 中川 雅就 (なかがわ・まさなり) さんにお願いしました。

中川さんの所属する大宮寛久研究室は、創薬・生命科学を志向した有機化学をベースに、新触媒・新反応・新機能の創出において第一線で活躍されている新進気鋭のグループです (PI の大宮先生は 2022 年度より京都大学化学研究所へ着任されました)。中川さんらは、フォトレドックス・金属・有機分子の3触媒を組み合わせた条件で従来では困難であった強酸を用いないエーテルの合成法の開発に成功し、酸に弱い官能基を保持した数種の分子を実際に合成、その成果を J. Am. Chem. Soc. 誌から発表するとともに、プレスリリースされました。

A Triple Photoredox/Cobalt/Brønsted Acid Catalysis Enabling Markovnikov Hydroalkoxylation of Unactivated Alkenes
Masanari NakagawaYuki MatsukiKazunori Nagao*, and Hirohisa Ohmiya*
J. Am. Chem. Soc, 2022, 144, 18, 7953–7959.
DOI: https://doi.org/10.1021/jacs.2c00527

We demonstrate Markovnikov hydroalkoxylation of unactivated alkenes using alcohols through a triple catalysis consisting of photoredox, cobalt, and Brønsted acid catalysts under visible light irradiation. The triple catalysis realizes three key elementary steps in a single catalytic cycle: (1) Co(III) hydride generation by photochemical reduction of Co(II) followed by protonation, (2) metal hydride hydrogen atom transfer (MHAT) of alkenes by Co(III) hydride, and (3) oxidation of the alkyl Co(III) complex to alkyl Co(IV). The precise control of protons and electrons by the three catalysts allows the elimination of strong acids and external reductants/oxidants that are required in the conventional methods.

 

京都大学化学研究所の大宮寛久教授、金沢大学医薬保健研究域薬学系の長尾一哲助教、同大学大学院医薬保健学総合研究科創薬科学専攻博士前期課程 2 年の中川雅就さん、同大学医薬保健学域薬学類 6 年(研究当時)松木祐樹さんらの共同研究グループは、温和な条件で、アルケンとアルコールを原料として、ジアルキルエーテルを合成することに成功しました。

ジアルキルエーテルは医薬品・天然物に見られる重要な構造の一つです。アルコールの酸素―水素結合を切断しアルケンに付加させる「アルケンのヒドロアルコキシ化反応」は、高い付加価値をもつジアルキルエーテル骨格を簡便に構築する有機合成手法として知られています。しかし,この反応を進行させるには硫酸のような強い酸の利用が必要であり,酸に弱い官能基を有する医薬品および天然物合成への適用は限られていました。

本研究では、青色 LED 照射下、弱い酸触媒,有機光酸化還元触媒、コバルト触媒の3つの触媒を活用することで、従来法よりも遥かに温和な条件でアルケンの分子間ヒドロアルコキシ化反応を達成しました。本手法は高度に官能基化されたジアルキルエーテル化合物を、容易に入手可能なアルケンとアルコール原料から、1段階で合成することが可能であり、創薬研究の加速につながると期待されます。

本成果は,2022 年 4 月 27 日(現地時刻)にアメリカ化学会誌「Journal of the American Chemical Society」にオンライン掲載されました。

日本の研究.com

エーテル結合はアミド結合などと並んで骨格構築のための最重要反応でありますが、直近のスポットライトリサーチ (エステルからエーテルへの水素化脱酸素反応を促進する高活性固体触媒の開発) でも取り上げた通り、穏和な条件で進行させることは従来困難でした。
中川さんらが今回開発された手法は、弱いブレンステッド酸でも円滑に反応が進行するため、医薬品のような複雑な構造を有する分子の大量合成などへの適用が期待される実用性の高い反応と言えます。

本研究を指揮された、教授の大宮寛久先生と助教の長尾一哲先生より、中川さんの人となりについてコメントを頂戴しました!

中川くんとの最初の出会いは、彼が2年生の夏の日。「有機化学が大好きです!」という熱意。これで、私の心を掴みました。そして、彼は、なんと剣道部。私も剣道やってました。これで、もう友達です。そんな付き合いの中川くんの研究が、ケムステに掲載!こんな、嬉しいことはないですね。

大宮寛久

 

中川くんは大宮研に配属されて以来、一緒に研究して早二年が経ちます。もともと学部トップの成績でポテンシャルの高い中川くんですが、今回の研究を通じてひと回りもふた回りも研究者として逞しく、頼もしくなったと思います。膨大な量の関連文献の把握、途方もない条件検討、なんぼあっても良い基質検討、不安定中間体オンパレードの機構実験を見事に完遂してくれました。常に研究や他人に対して謙虚に向かう姿勢を持っており、将来が楽しみでならない人材の一人です。博士後期課程への進学が決まっているので、彼の活躍に乞うご期待です。

長尾一哲

本研究成果はなんと中川さんが M1 の時点で纏め上げられたものであり、将来のますますの活躍が期待されます! それでは、インタビューをお楽しみください!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

ジアルキルエーテルは医薬品・天然物骨格中によく含まれる重要な構造の一つです。ジアルキルエーテルの合成法として、アルケンに強力な酸を作用させることでカルボカチオンが発生し、アルコールと反応するマルコフニコフ型のアルケンのヒドロアルコキシ化反応が知られています。しかし、反応性の乏しい脂肪族アルケンから二つの電子を一度に動かしながらプロトン化するために、硫酸のような強力な酸を必要としていました。したがって、官能基許容性が低く,分子内に多数の官能基を有する医薬品や天然物合成への応用は限られていました

今回私たちは、青色LED 照射下、弱いブレンステッド酸触媒有機光酸化還元触媒コバルト触媒の三つの触媒を組み合わせることで、アルコールを用いたアルケンのヒドロアルコキシ化反応が従来法よりも遥かに温和な条件で進行することを見出しました。私たちが開発した手法は pKが 15 程度の酸触媒を利用しているため、アセタールなどの酸に弱い官能基を含む基質に対しても適用することができました

本反応の鍵は光酸化還元触媒による一電子移動を活用することで、コバルト触媒の価数に応じた各素過程を 1 つの触媒サイクルの中でつなげたことです。3つの触媒によってプロトンと電子の移動を精密に制御し、強力な酸を使わずにカルボカチオン等価体を発生させることができました

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

一番思い入れがあるのは反応機構の解明です。炭素―酸素結合形成段階の知見を得るために、アルキルコバルト種とアルコールとの当量反応を試みました。しかし、なかなか目的物が得られず、推定機構を見直す必要があるのかと思う日もありました。その中で、フェノチアジンのラジカルカチオンを合成して適用するなど、反応条件を限りなく実際の反応条件に近づけることで目的物の検出に成功しました。痕跡量でしたが、検出できた時はとても嬉しかったのを鮮明に覚えています。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

反応条件の検討です。本反応は、光酸化還元触媒とコバルト触媒の酸化還元電位特性や、ブレンステッド酸触媒の酸性度が絶妙にかみ合った系であり、触媒合成や条件の最適化に時間がかかりました。その中で、共同著者の松木先輩の支えが大きく、協力しあうことで乗り越えることができたと考えています。先輩には実験だけでなく、結果が出ない苦しい時期に励ましてもらい、精神的な面でも何度も助けてもらいました。松木さんには感謝してもしきれません。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

高校生の時に、薬を開発する研究者に憧れて薬学部に入学しました。しかし、化学メーカーの説明会などを受けるにつれて、有機化学が薬学以外にもスマホ、インク、香料などの生活の様々な場面で活かされていることを知り、化学への興味が深まりました。将来は薬学にとどまらずに、化学技術を活かして人々の生活を豊かにできるような製品を生み出す研究者になりたいと考えています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします!

ここまで読んでいただきありがとうございました。官能基許容性の広さや 3 つの触媒が協働してうまく反応が進行していることに自分でも驚きながら反応を仕込んでいました。是非、論文も読んでいただきたいと思います!

最後に、日頃の研究をご指導いただいている大宮さん、長尾さん、先輩の松木さん、研究室の皆さんに感謝します。そして、研究紹介を行う機会を設けていただいた Chem-Station スタッフの皆様に深く感謝いたします。

【研究者の略歴】

名前 : 中川雅就
所属 : 金沢大学大学院医薬保健総合研究科創薬科学専攻 修士2年
研究室 :  大宮寛久 研究室
研究テーマ : 光酸化還元触媒を用いた反応開発

 

中川さん、大宮先生、長尾先生、インタビューにご協力いただき誠にありがとうございました!
それでは、次回のスポットライトリサーチもお楽しみに!

大宮研究室のスポットライトリサーチ

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DAICHAN

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創薬化学者と薬局薬剤師の二足の草鞋を履きこなす、四年制薬学科の生き残り。
薬を「創る」と「使う」の双方からサイエンスに向き合っています。
しかし趣味は魏志倭人伝の解釈と北方民族の古代史という、あからさまな文系人間。
どこへ向かうかはfurther research is needed.

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