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化学者のつぶやき

「無保護アルコールの直截的なカップリング反応」-Caltech Fu研より

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海外留学記第26回目は、今年の三月までCaltechのFu研に留学されていた増田侑亮さんにお願いしました。増田さんは実は筆者の卓球部での後輩でもあり、引退してからもOBチームで一緒に試合を出たりとお世話になりました。今は京都大学 村上研で特定助教として働いておられます。卓球部でも一生懸命でムードメーカーだった増田さんは、研究でもメキメキと成果を上げ、海外でも持ち味をしっかり発揮して充実した留学生活を送られていたようです。筆者が留学中にCaltechに寄った時も変わらぬ笑顔で出迎えていただけました。

2018年二月、Caltechにて。二月だったのに暑かった。左:増田さん、右:筆者

分野違いながら、後輩が活躍している姿を見るとこちらも刺激を受けますね。それでは、増田さんによる元気いっぱいの海外研究記、どうぞご覧ください。留学を迷っているあなたの背中を押してくれること、疑いなしです。

Q1. 留学先では、どんな研究をしていましたか?

研究室を主宰するGregory C. Fu先生は、有機不斉触媒を用いた反応1および遷移金属触媒によるクロスカップリング反応2の大家です。特に最近は、ラセミ体の求電子剤を用いたenantio-convergentなクロスカップリング反応に注力しています。3

参考文献3より

 

そこで、私がいくつかプロポーズした研究計画の中から、Fu教授が選んだのは無保護アルコールの直截的なカップリング反応でした。一般的にクロスカップリングの求電子剤に用いられる有機ハロゲン化物やメシラートなどはアルコールを出発物質として合成されるため、アルコールをそのまま求電子剤として用いることができれば、アトムエコノミーおよびステップエコノミーの両観点から優れた反応であるといえます。しかし、それを達成するためには、炭素―ハロゲン結合に比べて強い炭素―酸素結合を切断する必要がある上に、アルコールの酸性プロトンが反応を阻害するという問題もあります。プロジェクトが決まった当初は、ラボのメンバーにも、「えらいチャレンジングやな。」とか、「早く別のプロジェクトに変えた方がええで。」とか、言われました(英語で)。しかし、結果に追われているわけでもないポスドクの間こそ、難しいテーマに挑戦できるチャンスなのではないかと思い、研究に取り組みました。

残念ながら論文には至っていませんが、とりあえずラセミ体のアルコールから出発した不斉官能基化反応を見つけることができました。収率も不斉収率も中程度ではありますが、「やれば、なんとかなる!」と感じさせてくれる研究でした。細々と続けてくれているそうなので、いつか日の目を見る時が来ると期待しています。

未発表なので詳細が書けずに申し訳ないです。

Q2. なぜ日本ではなく、海外で研究を行う(続ける)選択をしたのですか?

始めから積極的に海外留学したいと思っていたわけではありません。むしろ留学前は、「海外で長期間生活するなんて不安で不安で仕方がない」、「できれば日本で穏やかな日々を過ごしたい」、「あわよくば、毎日家でごろごろしていたい」とか考えていました。しかし、ある日、イエスマンである私は、

教授「海外ポスドクどこにするんや?」

私(あれ?国内という選択肢がない?)「はい!候補を考えておきます!」

という感じで、めでたく海外ポスドクをすることが決まったわけであります。

今となっては、海外留学できて本当に良かったと感じています。よく「人に流されるな」なんて言いますが、私は、「悪い人には流されるな。でも、信頼できる人には流されてみるのもいいかもよ。」という言葉に変えたいと思います。

Q3. 研究留学経験を通じて、良かったこと・悪かったことをそれぞれ教えてください。

良かったことは、「海外=不安」だったマイナスの気持ちが、「海外=楽しい」というポジティブな気持ちに変わったことです。不安な気持ちは未知なるものに対してやってきます。逆に言えば、一度経験してしまえば、かなり和らぎます。要は、慣れます。実際に、アメリカに行ってみると、人も優しくて過ごしやすく、今となっては当初の心配が嘘のようです。海外留学を経験したことで、これからも新しいことにチャレンジしていこうという意欲が強くなったように感じています。

もう一つの良かったことは、海外の文化や価値観に触れられたことです。アメリカでは、人種の違いは当然ですが、内面の違い(思想やLGBT)に関しても、日本に比べてはるかにオープンで寛容でした。よくアメリカ人は自己開示が得意だと言われますが、それはどんな個性も受け入れてもらえる環境があるからこそだと感じました。余談ですが、Fu研のラボメイトが昼飯時に追突事故に遭い、その後、事故の当事者二人で昼飯を食べたという話を聞いた時は、アメリカ人の寛大さとフレンドリーさに仰天しました。留学を通じて、私の心の広さも2倍くらい広がったんじゃないかと思います。

アメリカに行って悪かったことは特にありませんが、コーラばかり飲んでいたらそりゃ太りますよね。泣

Q4. 現地の人々や、所属研究室の雰囲気はどうですか?

カリフォルニアはアジア系の移民や留学生がとても多いです。UCLA(University of California, Los Angeles)がUniversity of California, Lots of Asianなんて揶揄されるぐらいです。もはや日本人も外国人扱いしてもらえず、現地の人々の英会話が容赦ありません。最初は面食らいますが、生きた英語に触れることができますし、マクドナルドでスムーズに注文できただけで感動するという、日本ではありえないような経験ができます。

Fu教授(ラボではGregと呼びます。)は、ひとことで言うととてもまじめな人でした。研究も細かく詰めてから論文にするようで、かなり時間がかかっていそうでした。飲み会でも、アメリカンジョークはほどほどで、研究や各国の文化の話などが多かったように記憶しています。一方で、となりの研究室を主宰するPeters教授はジョークが大好きで、授業の半分はジョークを言っているそうです。しかし、意外にもこの二人は仲良しで、共同研究をしているだけでなく、毎日二人でPeters教授が飼っている犬(ウージェイって呼ばれていた。スペルはわからない。)の散歩に出掛けていました。

右がFu教授です。

Fu研究室はかなり中国人ポスドクが多く、研究室の公用語が英語か中国語か分からないぐらいでした。(ちなみに、Gregは中国語を全く話せない。)合成系の常で、ラボのメンバーは朝から晩までよく働きますが、遊びにも積極的で、典型的なイエスマンである私は、ラボの人たちに誘われるまま、いろいろなところへ連れて行ってもらいました。人生初のライブはKaty Perryでしたし、ゲイバーで筋肉ムキムキなお兄さん(?)のダンスを見ながらお酒を飲んだり、本格中華の辛さに汗を流したり、モダンアートに触れたりと、刺激的な経験をさせてくれたラボメイトたちには、とても感謝しています。

メキシカン居酒屋にて(マルガリータというテキーラベースのカクテルが美味)

研究室旅行にて(ゴーカート。車社会でしょっちゅう運転していても、ゴーカートは好きみたい。)

また、留学中はシェアハウスに住んでいたのですが、そこでの出会いも新鮮でした。新しい銀河を探している天文学者(ロマン溢れすぎ)、子どもたちにピアノを教える作曲家の先生、エクアドルから医者を目指してやってきた留学生などなど、自分たちの国や文化、研究や趣味について話し合うことができたのは、かけがえのない時間でした。大家さんもとても親切で、車で大学まで送ってくれたり、日本旅行のお土産として抹茶味のキットカットをくれたりしました。

シェアハウスのみんなとホームパーティ(みんな国籍がばらばらです。)

Q5. 渡航前に念入りに準備したこと、現地で困ったことを教えてください。

留学への不安とは裏腹に、現地でなんでも手に入るだろうと思い、家選び以外は特に準備をしませんでした。

家選びに関しては、大学がポスドク用の貸しアパートを持っているのですが、基本は満室で順番待ちということもあり、早々に諦めて自力(他力?)で探すことにしました。とりあえず経験者に聞くのが一番だろうと思い、過去や当時Caltechに在籍していた日本人の先輩方に連絡をとり、周辺の治安や家探しの方法などを教えていただきました。教えていただいた部屋探し用のサイトに登録し、大家さんにメールでアポをとることで、すんなり部屋の契約をすることができました。大家さんによると、Caltechに留学する人はちゃんとしてるから、安心して部屋を貸せるそう。ありがたや。

CaltechはLos Angelesから車で1時間ほどの場所にあり、自転車でも生活に困りませんが、観光などを考えると、自分の車があれば100倍楽しめると思います。私はペーパードライバーかつ小心者なので車からは逃げましたが、①ほとんどすべての家に駐車スペースがある。(駐車場代ゼロ)②免許が簡単にとれる。(国際免許も可)③中古の車が安く買える+高く売れる。の三拍子が揃っているので、車に乗らない手はありません。ぜひトライしてください。(ちゃんと研究もしてね!)

自分の車がなくてもUber(タクシー配車サービス。ドライバーは一般人。)を使えば、近場の移動はできます。私は頻繁にUberを利用していたのですが、一度、ハンドルを握る手が震えているおじいちゃんドライバーに当たった時以外は、快適でした。そのおじいちゃんはナビを見るのが苦手で、高速道路のインターチェンジで永遠に間違った道を行くので、私が道案内することでなんとか目的地にたどり着くことができました。「目が悪いから、暗くなるとあまり見えないんじゃよ。」と言っていたおじいちゃん。道を間違えまくったせいですでに暗くなった町を、震える手で運転しながら帰って行きました。どうかご無事でありますように。

あと、歯ブラシは日本のものを持って行くといいと思います。アメリカの歯ブラシはめっちゃでかいです。日本の3倍ぐらいあって、磨きにくいことこの上ないです。ちなみに私はアメリカの2~5歳児用の歯ブラシで磨いていました。

Q6 海外経験を、将来どのように活かしていきたいですか?

積極的に活かすということはなかなか無いかもしれませんが、留学によって培った交友関係は間違いなく役に立っています。例えば、Caltech時代の日本友達たちと日本に帰ってきてから飲み会をしましたし、Fu研でPhDを取り終わった学生が日本観光をするというので、案内してあげたりもしました。あれ?遊んでばっかりじゃね?

いえいえ、国内外問わずアカデミアの友人が増えたので、将来、協同研究したり、講演会に招待したりされたりなんて事ができると素敵だなと思っています。

Q7 最後に、日本の読者の方々にメッセージをお願いします。

私が楽しく健康に海外留学を経験できたのは、たくさんの方々の支えがあってこそです。Fu教授にアポを取っていただき、また留学後に私を特定助教として雇っていただいた村上正浩教授。そして私を学振PDとして受け入れていただき、海外にも快く送り出していただいた井上将行教授。もちろん、1年という短い期間にもかかわらず、私を受け入れて親切に指導していただいたFu教授。私の留学中に国内のポストを斡旋して下さった日本の先生方。実験室のことやアメリカの楽しみ方を教えてくれたFu研のラボメイトたち。アメリカで仲良くしていただいた日本人留学仲間たち。シェアハウスのみんな。道を教えてくれた現地の人たち。金銭的な援助をして下さった日本学術振興会様。記事の依頼をくださったケムステスタッフの方々。この記事を読んでくれている人たち・・・

うん、きりがないですね。世界のみなさん!本当にありがとうございます!これからもよろしくお願いします!

参考文献

  1. C. Fu Acc. Chem. Res. 2004, 37, 542-547
  2. C. Fu Acc. Chem. Res. 2008 41, 1555-1564
  3. C. Fu ACS Cent. Sci., 2017, 3, 692–700

関連リンク

  1. 京都大学 村上研究室
  2. The Fu Research Group

プロフィール

名前:増田 侑亮 (博士 工学)

所属: 京都大学工学研究科 合成・生物化学専攻 村上研究室

専門: 有機合成化学、有機金属化学、光有機化学

略歴:

2012年-2017年 京都大学大学院 工学研究科 合成・生物化学専攻 修士・博士課程 (村上正浩教授)

2017年4月―2018年2月 日本学術振興会 特別研究員SPD (東京大学大学院薬学系研究科 井上将行教授)

2017年4月―2018年2月 カリフォルニア工科大学 留学 (Gregory C. Fu教授)

2018年3月―現在 京都大学大学院 工学研究科 合成・生物化学専攻 特定助教 (村上正浩教授)

関連書籍

spectol21

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ニューヨークでポスドクやってました。今は旧帝大JK。専門は超高速レーザー分光で、分子集合体の電子ダイナミクスや、有機固体と無機固体の境界、化学反応の実時間観測に特に興味を持っています。

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