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スポットライトリサーチ

極薄のプラチナナノシート

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第471回のスポットライトリサーチは、琉球大学理学部 海洋自然科学科 化学系(滝本研究室)の滝本 大裕(たきもと だいすけ)助教にお願いしました。

滝本研究室では、局所ナノ空間や二次元反応場における特異的な電気化学反応の起源・機構解明を行っており、具体的には細孔径がナノ空間での特異的な電気化学反応やメタルナノシートを駆使した触媒開発技術、海水中の有用元素を選択的に回収できる電極材料などについて研究を行っています。本プレスリリースの研究内容は、白金ナノシート触媒についてです 現在、実用化されている燃料電池には、直径5 nm程度の白金や白金コバルト合金などのナノ粒子電極触媒が使用されていますが、作動中にナノ粒子が肥大化し、活性が低下するという課題があります。そこで本研究グループでは、従来のナノ粒子触媒から脱却した新概念の触媒開発に取り組み、厚みが0.5 nmの白金ナノシートの開発に世界で初めて成功しました。この研究成果は、「Nature Communications」誌に掲載され、プレスリリースにも成果の概要が公開されています。

Platinum nanosheets synthesized via topotactic reduction of single-layer platinum oxide nanosheets for electrocatalysis

Daisuke Takimoto, Shino Toma, Yuya Suda, Tomohiro Shirokura, Yuki Tokura, Katsutoshi Fukuda, Masashi Matsumoto, Hideto Imai, and Wataru Sugimoto

Nat Commun 14, 19 (2023)

DOI: doi.org/10.1038/s41467-022-35616-4

共同研究者の信州大学繊維学部 杉本 渉教授より滝本助教についてコメントを頂戴いたしました!

滝本大裕先生は、当研究室に所属しているときから、ナノシートの研究を行っており、多くの成果を報告していました。博士課程入学のプレゼンでは、合成戦略が確立されていないプラチナナノシートを合成したい、と意気込んでいました。コツコツと実験を続け、試行錯誤しながらも、白金ナノシートの合成に成功したようだ、とデータを最初に見せてくれたときは、強く願えば夢は叶うものだと感心しました。貴金属ナノシートは、まだまだ材料開発の段階です。今後、ナノシート構造の特異性や基礎物性解明など更なる研究展開も期待でき、多くの研究者とこの分野を盛り上げられる研究者として活躍することを期待しています!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

プラチナの原子膜が2層重なったプラチナナノシートを開発した点に加え、このプラチナナノシートが燃料電池の電極触媒として優れていることを明らかにした研究です。

プラチナ(白金)の触媒作用は、古くから優れていることが知られており、さまざまな場所で触媒として利用されています。その多くは、数ナノメートルのプラチナ粒子と極めて小さなサイズであり、高い触媒性能を発現してきました(ナノメートルは109 メートル、プラチナの原子直径は0.3 ナノメートル程度)。触媒反応は、粒子の外側に露出しているプラチナの原子上でしか進行しません。つまり、粒子の内部にいるプラチナ原子は、反応に寄与しない『モッタイナイ・プラチナ』ということになります。

そこで、我々が注目したのがプラチナナノシートです。これまでも、いくつかのプラチナナノシートが報告されていましたが、その厚みは1 ナノメートル以上でした。この厚みでは、粒子と同じくらいの『モッタイナイ・プラチナ』が存在します。この『モッタイナイ・プラチナ』を大幅に低減した極薄プラチナナノシートを合成できれば、材料合成のターニングポイントになります。また、燃料電池の触媒に応用すると、電池の大幅なコストダウンを実現でき、これまでのプラチナ粒子に替わる触媒として、ブレイクスルーを生みだすことができます。

我々が開発したプラチナナノシートの厚みは、0.5ナノメートルです(図1)。これを燃料電池の電極触媒として使用すると、プラチナ粒子の活性に比べて2倍も高まることがわかりました。また、燃料電池の過酷な作動条件下でも安定であり、プラチナ粒子を超える寿命であることを明らかにしました。

図1.(a) 開発した二原子層厚プラチナナノシートの原子間力顕微鏡。種々の分析結果より、Ptナノシートは二原子層厚で構成されていることがわかった。(b) PtナノシートとPtナノ粒子の燃料電池用電極触媒としての性能。Ptナノシートは、初期性能と耐久試験後の性能で、ナノ粒子を上回っていることがわかる。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

とても薄いプラチナナノシートを作製するという挑戦的な課題ですが、最初に成功したサンプルを作っていた時の思い入れが強くあります。合成に成功していると毎日実感し、博士課程の学生と毎晩乾杯していました。

ナノシートの合成には大きく分けて二通りあり、層状構造の層を一枚一枚剥がしていき得る方法、特殊な反応容器で合成する方法があります。後者の方法は、プラチナ以外の貴金属で合成実績が多数あったため、試してみましたが、プラチナだとなかなかできませんでした。そこで我々は、層状構造の剥離による合成方法でトライしてみました。その結果、今回の発表のような極薄プラチナナノシートの合成に成功し、なおかつ触媒性能が優れていることを明らかにしました(セレンディピティの内容については割愛させてください)。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

プラチナナノシートを作製する際、合成するときの温度が高すぎるとナノシートが厚くなってしまいます。そのため、適切な合成温度の条件を明らかにする必要があり、さまざまな温度で合成条件を検討しました。合成温度を高くして厚くなってしまったプラチナナノシートは、その後触媒として使用しても性能は高くありません。当時、せっかく作製した材料なのに、モッタイナイ。。。と思って実験していましたが、厚膜化すると新しい触媒作用が生まれることが分かりました(まだ論文化出来ていない内容のため、ここでは割愛させてください)。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

『0→1』と『1→10』に挑戦する研究に取り組み、新しい発見を通して、指導する学生に化学を存分に楽しんでもらいたいと思います。また、小中高生に化学とは夢があると伝えていきたいと思います。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

本成果を得るまでに、たくさん失敗しました。試薬の価格が高いため、無駄な失敗はできないとプレッシャーを自分自身でかけていました。それでも合成できた理由として、どこが失敗した原因なのか、日々失敗データを眺めて考えていたことが重要だったと思っています。合成研究は、失敗がつきものですが、失敗データを無駄にしない、いろんな人と議論して新しい視点で考察すると、成功するものなのかなと思っています。

最後になりますが、本成果を得るに当たり、さまざまな先生方に多大なご助言を頂きました。この場を借りて感謝申し上げます。

研究者の略歴

滝本 大裕(たきもと だいすけ)

琉球大学理学部海洋自然科学科化学系(滝本研究室

略歴

2012年3月 信州大学 繊維学部 精密素材工学科  卒業

2014年3月 信州大学大学院 理工学系研究科 材料化学工学コース   修了

2017年3月 信州大学大学院 総合工学系研究科 物質創成科学専攻  博士(工学)

2016年4月 独立行政法人日本学術振興会 特別研究員DC2@信州大

2017年4月 独立行政法人日本学術振興会 特別研究員PD@筑波大

2017年10月 信州大学 環境・エネルギー材料科学研究所 助教(特定雇用)

2019年4月 信州大学 先鋭材料研究所 助教(特定雇用)

2020年10月 琉球大学 理学部 海洋自然科学科 化学系

研究テーマ

・メタルナノシートの創出と応用

・ナノ空間における電気化学反応の起源・機構解明

・水浄化に係るナノ空間電気化学の応用

 

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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