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アメリカ企業研究員の生活③:新入社員の採用プロセス

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私はアメリカの大学院(化学科・ケミカルバイオロジー専攻)を卒業し、2年半前からボストンにある中規模のバイオテックで働いています。前回前々回の記事では、アメリカの企業研究員の1日の仕事や、入社後1〜2年目の様子について書きました。今回は、新入社員の採用プロセスについて私の経験をもとに綴ります。合成化学系、特に大手企業へ就職は本記事の内容と多少異なるかもしれませんが、それを踏まえて参考に読んでいただければ嬉しいです。

1. 採用の流れ

通年採用が一般的なアメリカの企業では、新入社員は必要に応じて随時募集されます。チームが大きくなっていく過程や、誰かが辞めた場合など、人員を補充するため新入社員を募集します。

大まかな採用の流れは以下の通りです。

  1. Hiring Managerが、人事部(HR)に新規ポジションをリクエスト。
  2. 人事部・会社上層部による承認。
  3. 新規ポジションを公募。(会社のホームページの採用情報などに載る。)
  4. Hiring Managerが、HRの担当者と協力して応募者のスクリーニングを行う。
  5. 候補者によるプレゼン、チームメンバーとの個別面接。
  6. チーム内での評価。Hiring Managerによる採用・不採用の決定。
  7. リファレンスチェック。
  8. オファーの提示。

Hiring Managerというのは、新しく加わる社員の直属の上司となる人のことです。就活する人側の視点で言うと、入社後にメンター的な立場で面倒を見てくれる人、ということになります。前回の記事でも触れましたが、チームのメンバー構成は、Directorレベルの社員がチームを率いり、その直下にPhDを持つScientist、各Scientistの下に学士・修士卒のResearch Associateが付く、という形が基本となっています(図1)。そのため、Hiring Manager は、Scientist職を雇う場合はDirectorレベルの人、Research Associate職を雇う場合にはScientistレベルの人であることが多いです。

図1. チームのメンバー構成の一例。

 

Hiring ManagerがHRに新規ポジションをリクエストすると、HRや会社上層部で、そのポジションが必要かどうか吟味されます。チームとしては、人員を増やしてプロジェクトを拡大させたいという気持ちがあっても、会社の成長戦略やスペースの観点から、リクエストが承認されないこともあります。

新規ポジションへの承認が得られると、会社の採用情報ページなどに公募が出されます。その後、随時Hiring ManagerとHRの担当者で応募者のレジュメをスクリーニングします。Hiring Managerは自分の仕事で忙しく全てのレジュメに目を通すのは難しいため、HRの担当者に良さそうな候補者を先に絞り込んでもらい、その中から自分で選ぶ、ということも多いです。

興味のある候補者が見つかった後は、まずHRの担当者が候補者と連絡を取り、基本事項を確認します。就業開始日の希望、引っ越し費用が必要か、ビザのステータス、年収の希望額など、事務的な項目に加え、応募要件に記載されている研究経験があるかどうか、人柄はどうかなどを、この時点で確認します。就業開始可能日がかなり先、といった事務的な理由でない限り、この段階で候補者を落とすことはほぼ無いようです。ただ逆に、HRが連絡した段階で候補者が既に他からオファーをもらっていたり、候補者からそもそも返信が来なかったりということはよくあります。

HRの面接で問題がない場合、次はHiring Managerが候補者と面接を行います。Hiring Managerは、候補者の研究経験や能力がポジションに合っているかどうか、研究者の視点から候補者を評価します。採用後には自分のもとで働いてもらうことになるので、主にHiring Manager自身がどういう人材が欲しいかという基準に合わせて候補者を選びます。

そして、良い候補者が見つかった場合には、チームメンバーによる面接へと段階を進めます。候補者による研究プレゼンや、チームメンバーとの個別面接を通して、候補者がチーム全体にマッチするかどうかを判断します。その後、メンバー同士が集まって意見を交換し、その意見をもとにHiring Managerが採用の可否を判断します。

最後に、リファレンスチェックも行います。リファレンスチェックとは、候補者と一緒に働いた経験がある人に、候補者の実績や働きぶりについてフィードバックをもらうことです。候補者自身にリファレンスを数人挙げてもらい、Hiring Managerが連絡を取ります。リファレンスとなるのは、前職での上司や同僚、学生の場合はアドバイザーなどが一般的で、候補者本人との面接だけでは分からない客観的な評価を得られるので、良い判断材料になります。リファレンスチェックが無事に済めば、候補者にオファーが提示されます。

2. リファラル採用

企業では、社員からの推薦(Referral)によって新入社員が採用されるケースが多々あります。「コネ採用」と言ってしまうとズルをしているような印象を与えるかもしれませんが、実際には、最初のスクリーニングでレジュメをちゃんと見てもらえるというだけで、後は他の応募者と同様に面接が行われるため、それほど不公平でもありません。

推薦は、他の社員からHiring Managerに直接レジュメが送られてくる場合もあれば、社内の推薦システムを介してHRの担当者にまずレジュメが回される場合もあります。ポジションによっては応募者がとても多く、一部のレジュメしか目を通されないこともあるので、Hiring ManagerやHRの担当者に確実に見てもらえるという点で、推薦はとても有利です。ただし、その先のステップに進めるかどうかは、Hiring Managerがその候補者を採用したいかどうかによるので、推薦があるからと言って採用に至るとは限りません。推薦者がHiring Managerと知り合いで、候補者の評価がとても良い場合には採用してもらいやすいですが、知らない社員からの推薦であったり、推薦者が候補者の仕事ぶりをあまり知らなかったりする場合は、採用・不採用の判断にそれほど影響しません。Hiring Managerにとって、部下となる新入社員の採用は自分のキャリアにおいて重要なので、単なる義理で採用に至るということはなく、あくまでベストな人材であることが採用条件です。

3. 求められる人材

一般的に、採用側が必要としているのはすぐに使える人材、つまり即戦力です。新入社員の募集は必要に合わせて随時行われているため、公募が出された時点で「今すぐにでも来てプロジェクトを手伝って欲しい」という場合が多いです。そのため、「入社希望時期が1年後」というような応募者は、特別必要なスキルを持っているなどでない限り採用しません。プロジェクトが流動的で、必要な人材もその時々で変化するため、1年後を見越して誰かを雇っても、入社時にはそのプロジェクトがなくなっているということになりかねないからです。

即戦力とみなされるのは、必要な実験スキルを持っていることや、インダストリーでの研究経験があることなどです。過去の研究経験が社内でのプロジェクトに近いほど、入社後のトレーニングが楽なので、採用側にとっては魅力的です。1日あれば習得できるような簡単なスキルでも、レジュメに一言あるかないかで印象が大きく変わります。また、インダストリーでの研究経験がある場合、共同作業の多いインダストリーでの研究環境に慣れているとみなせるので、評価ポイントが上がります。実験装置も、企業間で共通しているものが多いので、インダストリーでの経験によって、企業が必要としている実験スキルを得られるという側面もあります。

4. 選考のタイミング

Hiring Managerは、募集が始まってから好きなタイミングでレジュメのスクリーニングを行います。数週間後にレジュメをチェックする人もいれば、募集開始後から常にレジュメのチェックを続けている人もいます。最初のスクリーニングで良い候補者が複数見つかればそのまま次のステップへ進むので、後から来たレジュメは目を通してもらえないこともあります。ただし、一巡目のスクリーニング・面接で採用に至らなかった場合はもう一度レジュメのスクリーニングをやり直すことも多いので、数ヶ月前に募集がかけられたポジションでもホームページに掲載がされている限り募集は続いています。二巡目にスクリーニングを行う場合、数ヶ月前の応募者は既に他の企業からオファーをもらっている可能性があるので、新しい応募を優先してチェックすることもあります。それなので、いつ応募すれば良いかは一概には言えず、タイミングが合うかどうかは運次第です。

ちなみに、タイミングが重要というのは採用側にも言えることで、良い人材は他の企業との取り合いなので、採用プロセスを素早く進める必要があります。連絡を取った時点で既に他の企業に入社を決めている人や、選考の途中で辞退する人は実際に結構います。

5. 終わりに

今回は、アメリカの企業における研究員の採用プロセスについて記事を書きました。私自身、入社して2年半の間にHiring Managerをやったり、他のメンバーの面接に参加したりしたことがありますが、採用は結構労力のいるプロセスだと感じました。特に、誰かを採用したいということは人手が足りていないということなので、人手が足りずプロジェクトが忙しい中での採用活動はかなり負担になります。ベストな人材を選びたいという一方で、すぐにでも誰かにきて欲しいという思いもあるため、じっくり時間をかけることはできません。また、チームメンバーに何度も面接に協力してもらうのは気が引けますし、良い候補者はすぐに採用しないと他の会社に行ってしまうので、早く誰かに決めないと、というプレッシャーもあります。自分が就活する側だった頃は、オファーを貰うのに必死なので採用側の立場を考えたことはありませんでしたが、自分が採用を経験することで、採用側にもプレッシャーがあることが分かるようになりました。

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アメリカの製薬企業の研究員。抗体をベースにした薬の開発を行なっている。
就職前は、アメリカの大学院にて化学のPhDを取得。専門はタンパク工学・ケミカルバイオロジー・高分子化学。

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