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吉見 泰治 Yasuharu YOSHIMI

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吉見 泰治 (よしみ やすはる)は、日本の化学者である。専門は有機光化学。2022年現在、福井大学学術研究院工学系部門教授。第27回ケムステVシンポ「有機光化学の最前線」講師。

経歴

1993年3月 岡山県立倉敷古城池高等学校卒業
1997年3月 大阪府立大学工学部応用化学科卒業(水野一彦教授)
1999年3月 大阪府立大学大学院工学研究科物質系専攻博士前期課程修了
2001年6月―9月 米国チュレン大学訪問研究員(Ramamurthy教授)
2002年3月 大阪府立大学大学院工学研究科物質系専攻博士後期課程修了(水野一彦教授)
2002年4月 福井大学工学部生物応用化学科助手(畠中実教授)
2006年4月 福井大学大学院工学研究科生物応用化学専攻助手
2007年4月 福井大学大学院工学研究科生物応用化学専攻助教
2008年4月 福井大学大学院工学研究科生物応用化学専攻講師
2010年8月 福井大学大学院工学研究科生物応用化学専攻准教授
2011年3月―9月 米国ウィスコンシン大学マディソン校訪問研究員(Gellman教授)
2016年4月 福井大学学術研究院工学系部門生物応用化学講座准教授
2022年4月 福井大学学術研究院工学系部門生物応用化学講座教授

受賞歴

2006年度 有機合成化学協会三菱化学研究企画賞
2006年度 日本化学会第87春季年会優秀講演賞
2008年度 有機合成化学協会三菱ガス化学研究企画賞
2010年度 有機電子移動化学奨励賞
2018年度 有機合成化学協会関西支部長賞
2018年度 福井大学学長奨励賞「研究奨励賞」

研究業績

SDGsや環境問題を解決するため、環境に優しく温和な方法による有機反応の開発が注目を集めている。光は反応終了後、系中に残存しないため、光を用いた有機反応の開発が大きな研究分野になっている。我々は、温和な条件下、2分子系光レドックス触媒(2つの分子を用いて酸化・還元ができる光レドックス触媒)を用いた有機合成的に有用なラジカル反応系の開発に成功した。特に、1)カルボン酸からの光脱炭酸を経由したラジカル反応[1-8]と2)アルケン類のラジカルカチオンを経由したラジカル反応[9]、3)ボロン酸からの光反応によるアリールラジカル生成とそのラジカル反応[10]、4)これらの反応に有用な新規可視光レドックス触媒の開発[11]を行っている。この中でも、今回は一般性が高い1)、4)について詳しく述べる。これら2分子系光レドックス触媒を用いた光反応の大きな特徴として、簡単に光レドックス触媒を代えることができるために、基質の酸化・還元電位に対応できること、1分子系光レドックス触媒に比べ逆電子移動(BET)が遅くなるため特異な反応性を示し、ユニークな生成物を与えることを明らかにした。

1)カルボン酸の光脱炭酸を経由したラジカル反応

電極や遷移金属などを利用したカルボン酸からの脱炭酸によるラジカル発生法は、基質や反応条件などで多くの制限があった。我々は、2分子系光レドックス触媒を用いて、温和な条件下、光照射することでカルボン酸の脱炭酸が進行し、アルキルラジカルを生成できることを見出した。[1-3]

この光反応では、フェナントレン(Phen)が光を吸収して励起状態になり、電子アクセプター分子である1,4-ジシアノベンゼン(DCB)との間で光誘起電子移動が進行して、Phenのラジカルカチオンが生成する。カルボキシアニオンからラジカルカチオンに電子が移動し(酸化され)、カルボキシラジカルが生成した後、脱炭酸反応が起こり、アルキルラジカルを与える。本光反応の方法で生じるアルキルラジカルの濃度が低いため、ラジカルの二量化反応などの副反応が起こらず、チオールやアルケン、オキシムやDCBなどと反応して、還元体や付加体を高収率で与える(式1-5)。[3] このように、本光反応は安価で天然に広く存在するカルボン酸から温和な条件下(室温・常圧)、金属などを使用せずに、光照射するだけでアルキルラジカルを発生できる優れた特徴を有している。PhenやDCBは、ビフェニル(BP)や1,4-ジシアノナフタレン(DCN)などの他の分子に置き換えることが可能であり、さらに、触媒量で充分であること、また、カルボン酸も1級から3級の脂肪族カルボン酸ならば基質として利用できるなど、光誘起電子移動を駆動力とする一般性が高い触媒反応であることを明らかにした。

我々の報告後、Irや福住触媒などの1分子系光レドックス触媒(1つの分子で酸化・還元ができる光レドックス触媒)を用いたカルボン酸の光脱炭酸を経由したラジカル反応が爆発的に研究された。しかし、我々の2分子系光レドックス触媒を用いた光脱炭酸反応はこれらとは違う反応性を示した。例えば、カルボン酸としてアミノ酸誘導体であるフェニルアラニン・チロシン誘導体とアクリルアミドのように電子受容性が弱いアルケンを使用すると光脱炭酸およびアルケンへのラジカル付加に続いて、芳香環への還元的ラジカル環化が進行した(左の図)。[4]

さらに、光増感剤としてBPとDCNもしくは9,10-ジシアノアントラセン(DCA)を用いて30℃に加熱し、光照射することで、様々な安息香酸の脱炭酸反応が進行し、アリールラジカルを経由してアルケンへの付加だけでなくボロン酸エステル化、還元反応などが進行することを明らかにした(右の図)。[5] DCNを用いたときは紫外光、DCAを用いたときは可視光を照射して光反応を行っている。この反応も、Irや福住触媒などの1分子系光レドックス触媒では進行せず、2分子系光レドックス触媒のみ反応が進行する。これは、1分子系光レドックス触媒を用いた場合、カルボキシラジカルの脱炭酸の速度が遅いため、逆電子移動(BET)が優先され、安息香酸に戻ってしまうためである。しかし、2分子系のみ、このBETが遅いため脱炭酸が進行し、アリールラジカルを発生できる。2分子系におけるBETの低効率化によって、はじめて安息香酸の直接的な光脱炭酸反応に成功した。この2つの反応のように、1分子系に比べ2分子系光レドックス触媒を用いた光脱炭酸におけるBETの低効率化が、特異な生成物を与えることを明らかにした。

さらに、この光脱炭酸を経由した分子内ラジカル環化反応による、16-21員環の大環状ラクトン、ラクタム、ケトンの合成にも成功している。[2,6] 大環状ラクトンから加水分解で開環したカルボン酸にa,b-不飽和カルボニル化合物を付加し、光脱炭酸経由のラジカル環化により、2つの炭素鎖が伸びた大環状ラクトンが得られるだけでなく、様々な炭素鎖の大環状ラクタム、ケトンの合成も可能である。[6]

この光脱炭酸を経由するラジカル環化反応に加え、山口マクロラクトン化を用いることで、16,17員環の大環状ラクトンとブロモアルコールを出発原料とする23,25,27,29員環の大環状ラクトンの合成に成功した。[7] また、カルボン酸から生成するラジカルを利用した、末端にカルボン酸由来の構造を有するポリマー合成にも成功した。[8]

2)新規可視光レドックス触媒の開発

この2分子系光レドックス触媒を用いた反応において、カルボン酸、ボロン酸、アルケン類やインドールなどを基質として用いることができ、非常に一般性の高い反応であることを明らかにした。しかし、可視光を照射する場合、DCAを用いなければならず、その溶解性の低さから、効率が極端に低くなった。DCA に代わる新規な光レドックス触媒としてシアノ基の部分をアルコキシカルボニル基に代えて、溶解性を高めた触媒を合成したところ、メチルエステルが最適な触媒であることを明らかにした。この触媒を用いることで、いろいろな基質の光反応が、可視光照射により効率よく進行した。

このように、2分子系光レドックス触媒を利用した温和な条件でのユニークなラジカル反応系の構築に成功している。これらの2分子系光レドックス触媒は、アミノ酸やペプチドなどの熱や金属に弱い基質に適応でき、温和な条件下、アルキルラジカルからアリールラジカルまで生成できる優れた方法である。

参考文献

  1. Yoshimi, Y.; Itou, T.; Hatanaka, M. Decarboxylative Reduction of Free Aliphatic Carboxylic Acids by Photogenerated Cation Radical. Chem. Commun. 2007, 5244–5246. DOI: 10.1039/b714526h
  2. Yoshimi, Y.; Masuda, M.; Mizunashi, T.; Nishikawa, K.; Maeda, K.; Koshida, N.; Itou, T.; Morita, T.; Hatanaka, M. Inter- and Intramolecular Addition Reactions of Electron-Deficient Alkenes with Alkyl Radicals, Generated by SET-Photochemical Decarboxylation of Carboxylic Acids, Serve as a Mild and Efficient Method for the Preparation of g-Amino Acids and Macrocyclic Lactones. Org. Lett. 2009, 11, 4652–4655. DOI:10.1021/ol9019277
  3. Yoshimi, Y. Photoinduced Electron Transfer-promoted Decarboxylative Radical Reactions of Aliphatic Carboxylic Acids by Organic Photoredox System. J. Photochem. Photobiol. A 2017, 42, 116–130. DOI:10.1016/j.jphotochem.2017.04.007
  4. Osaka, K.; Usami, A.; Iwasaki, T.; Yamawaki, M.; Morita, T.; Yoshimi, Y. Sequential Intermolecular Radical Addition and Reductive Radical Cyclization of Tyrosine and Phenylalanine Derivatives with Alkenes via Photoinduced Decarboxylation: Access to Ring-constrained γ-Amino Acids. J. Org. Chem. 2019, 84, 9480−9488. DOI:10.1021/acs.joc.9b00970
  5. Kubosaki, S.; Takeuchi, H.; Iwata, Y.; Tanaka, Y.; Osaka, K.; Yamawaki, M.; Morita, T.; Yoshimi, Y. Visible and UV-Light-Induced Decarboxylative Radical Reactions of Benzoic Acids Using Organic Photoredox Catalysts. J. Org. Chem., 2020, 85, 5362−5369. DOI:10.1021/acs.joc.0c00055
  6. Nishikawa, K.; Yoshimi, Y.; Maeda, K.; Morita, T.; Takahashi, I.; Itou, T.; Inagaki, S.; Hatanaka, M. Radical Photocyclization Route for Macrocyclic Lactone Ring Expansion and Conversion to Macrocyclic Lactams and Ketones. J. Org. Chem. 2013, 78, 582–589. DOI:10.1021/jo3024126
  7. Iwasaki, T.; Tajimi, Y.; Kameda, K.; Kingwell, C.; Wcislo, W.; Osaka, K.; Yamawaki, M.; Morita, T.; Yoshimi, Y. Synthesis of 23‑, 25‑, 27‑, and 29-Membered (Z)-Selective Unsaturated and Saturated Macrocyclic Lactones from 16- and 17-Membered Macrocyclic Lactones and Bromoalcohols by Wittig Reaction, Yamaguchi Macrolactonization, and Photoinduced Decarboxylative Radical Macrolactonization. J. Org. Chem., 2019, 84, 8019−8026.  DOI:10.1021/acs.joc.9b00870
  8. Yamawaki, M.; Ukai, A.; Kamiya, Y.; Sugihara, S.; Sakai, M.; Yoshimi, Y. Metal-Free Photoinduced Decarboxylative Radical Polymerization Using Carboxylic Acids as Benign Radical Initiators: Introduction of Complex Molecules into Polymer Chain Ends. ACS Macro Lett. 2017, 6, 381−385. DOI:10.1021/acsmacrolett.7b00193
  9. Iwata, Y.; Tanaka, Y.; Kubosaki, S.; Morita, T.; Yoshimi, Y. A Strategy for Generating Aryl Radicals from Arylborates through Organic Photoredox Catalysis:  Photo-Meerwein Type Arylation of Electron-deficient Alkenes. Chem. Commun. 2018, 54, 1257−1260. DOI:10.1039/c7cc09140k
  10. Tanaka, Y.; Kubosaki, S.; Osaka, K.; Yamawaki, M.; Morita, T.; Yoshimi, Y. Two Types of Cross-Coupling Reactions between Electron-Rich and Electron–Deficient Alkenes Assisted by Nucleophilic Addition Using Organic Photoredox Catalyst. J. Org. Chem. 2018, 83, 13625−13635. DOI:10.1021/acs.joc.8b02025
  11. Tajimi, Y.; Nachi, Y.; Inada, R.; Hashimoto, R.; Yamawaki, M.; Ohkubo, K.; Morita, T.; Yoshimi, Y. 9‑Cyano-10-methoxycarbonylanthracene as a Visible Organic Photoredox Catalyst in the Two-Molecule Photoredox System. J. Org. Chem. 2022, in press. DOI: 10.1021/acs.joc.2c00643

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ニューヨークでポスドクやってました。今は旧帝大JKJ。専門は超高速レーザー分光で、分子集合体の電子ダイナミクスや、有機固体と無機固体の境界、化学反応の実時間観測に特に興味を持っています。

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