[スポンサーリンク]

ケムステニュース

可視光全域を利用できるレドックス光増感剤

[スポンサーリンク]

東京工業大学 理学院 化学系の玉置悠祐助教、入倉茉里大学院生および石谷治教授は、新たに合成したオスミウム錯体を用い、従来は利用不可能であった近赤外線を含む可視光の全波長領域を利用しながら二酸化炭素を還元できる光増感剤を開発した。太陽光をより有効に活用しながら二酸化炭素を資源化する新たな光触媒システムの創出に成功した。 (引用:東工大プレスリリース10月29日)

9月に光にまつわる東工大プレスリリースを2報を紹介しましたが、また新たな光に関係する成果が発表されたので紹介させていただきます。本研究ではオスミウム錯体で可視光の全波長領域を利用して二酸化炭素を還元することに成功しました。

まず研究の背景として金属錯体を使って光反応による二酸化炭素の還元や、水素の発生、水の酸化などが近年盛んに研究されています。これらの実用を考える上では、太陽光で効率良く反応を進行させることが必要ですが、280-550 nmの光の放射照度は、地表に到達する太陽光全体の14%しかないものの、280-800 nmの場合では40%となります。そのため、より長波長側の光も吸収できる光増感剤を使うことは、太陽光における反応効率を上げることにつながります。レドックス光増感剤による有機合成反応においても、反応系中に存在する化合物が光の副反応を誘発し、本来の反応の効率が低下してしまいます。そのため、可視光の全波長領域を吸収できるレドックス光増感剤は重要となっています。

ルテニウム(II)トリスジイミン錯体は可視光を吸収するため、レドックス光増感剤としてよく使われていますが、可視光波長の吸収は限られていることが欠点で、例えば[Ru(bpy)3]2+ の場合では550 nm以下の光のみを吸収します。より長波長の光を吸収するための簡単な方法はHOMO-LUMOのエネルギー差を小さくすることですが、これにより励起寿命も短くなってしまい還元能が低下するためレドックス光増感剤としては、使うことができないことが分かっています。他の戦略として基底状態から三重項に励起させるS-T遷移を活用する方法があり、600-750 nmの光を使ってオスミウム(II)錯体を触媒として水素の発生と光増感剤として有機合成に使われています。しかしながら、先行研究のオスミウム(II)錯体は800 nmまでの光は吸収せず、本研究では全波長領域を吸収できるレドックス光増感剤の開発を目指しました。

筆者らは、メチルベンゾイミダゾールからより強いσ寄与が長波長吸収を誘発すると考え、異なる配位子をもつ錯体(Os)をデザインし、合成しました。

錯体の合成スキームと構造式(引用:原著論文

合成したオスミウム錯体の吸収スペクトルを測定すると、他のオスミウム錯体より長波長の吸収が観測されました。DFT/TD-DFTを使った安定構造と分子軌道、吸収スペクトルの推定では、S-T遷移がこの長波長吸収に寄与していることを支持する計算結果が得られました。

Os(緑色)、[Os(5dmb)2(dmb)]2+(黒色)、 [Os(mtpy)2]2+(赤色)の吸収スペクトル(引用:原著論文

DFT計算によるOsのエネルギーダイアグラムとフロンティア分子軌道(引用:原著論文

サイクリックボルタンメトリーでは、オスミウム(II)の一電子酸化(+0.35 V)と配位子の一電子還元(-1.57, -1.89 V)に帰属される3点の酸化還元対が観測されました。この結果によりOsは一電子還元種の還元能が強く、このサイクリックボルタンメトリーの測定条件で観測できるほど安定であることが示唆されました。

Osのサイクリックボルタンメトリー(引用:原著論文

蛍光スペクトルの測定では、456 nmの励起光に対して、795 nmの蛍光において0.3%の量子収率と40 nsの傾向寿命が観測され、長波長と長寿命はトレードオフの関係関係であることが一般的である中、Osはそれを両立しておりレドックスとして必要不可欠な光物性を有していることが示されています。さらに、励起光の波長が変わっても795nm近辺の蛍光スペクトルの形は変わらないこと、795nmの蛍光でプロットした励起スペクトルと吸収スペクトルの形も変わらないことから1MLCTと3MLCT励起状態は、最も低い3MLCT励起状態に速やかに緩和し、この励起状態は光の放射ありなしどちらかの減衰過程も経て基底状態に戻ることが示唆されました。

a: 励起光の波長を変化して蛍光スペクトルを測定した結果 b:(赤色)795 nmの励起光での蛍光スペクトル (緑色)吸収スペクトル(引用:原著論文

二酸化炭素で飽和した溶媒にOsと1,3-dimethyl-2-(o-hydroxyphenyl)-2,3-dihydro-1H-benzo[d]imidazole: BI(OH)Hを加えて480 nmの光を照射し、Osの変化を吸収スペクトルで追跡しました。すると、反応後には、530 nmと800 nmに新たな吸収が観測され、3MLCT励起状態からBI(OH)Hと反応しOs˙が発生していることを明確に示しています。

a: 反応時間ごとの溶液の吸収スペクトル b: 0 minとの差スペクトル(引用:原著論文

最後に二酸化炭素の還元反応をOsを光増感剤、Ru(bpy)(CO)2Cl2Ru(CO)を触媒、BI(OH)Hを犠牲還元剤として使用し725 nmのLED光照射下で実施しました。結果、40時間の反応で96%のギ酸選択性を示しました。

各生成物の生成量とTON(引用:原著論文

生成したギ酸の炭素源を突き止めるために 13CO2で反応を行いました。反応前後で溶液の NMRを比較すると、13C由来のギ酸ピークが確認され、二酸化炭素が還元されてギ酸が生成していることを確認しました。

a: 反応前 b:反応後の13C{1H} NMR c:デカップリングなしの13C NMR(引用:原著論文

反応後のH NMR、13CでEnrichされているためピークが分裂している。(引用:原著論文

 

さらに、長波長光での反応性を調べるために、770 nm以上に極大を持つ光源で反応を実施しました。すると、Osで特異的にギ酸が生成することが分かり、全波長領域を利用できる光増感剤であることを確認しました。

光増感剤ごとのギ酸の生成量とTON(引用:原著論文

まとめとして、オスミウム錯体Osの特性、800nmまでの光を吸収できることと40 nsの励起状態の寿命を持つことを発見し、S-T遷移によって全波長の吸収と励起状態の長寿命がもたらされていることが示されました。Ru(CO)を触媒とした二酸化炭素の還元では、725nmに極大を持つ光でも反応が進行し、700 nmの以上の光照射での初めての二酸化炭素の還元例となりました。

太陽光で反応を進行させて、二酸化炭素の資源化できる可能性を示された研究結果であり興味深い内容だと思います。反応効率が低く、さらなる性能向上が必要であるとのコメントがプレスリリースには掲載されており、更なる光増感剤の改良に期待します。太陽光での反応に最適化された触媒や光増感剤の開発はもちろん重要ですが、太陽光を効率的に溶液に照射する実用的な手段の開発も積極的に進める必要があると思います。化学の研究論文で発表された物質が近い将来、昨今の環境問題を解決するようになることを願います。

関連書籍

[amazonjs asin=”4781315100″ locale=”JP” title=”脱石油に向けたCO2資源化技術: ―化学・生物プロセスを中心に― (地球環境シリーズ)”] [amazonjs asin=”4907002548″ locale=”JP” title=”二酸化炭素を用いた化学品製造技術”]

関連リンク

Avatar photo

Zeolinite

投稿者の記事一覧

ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

関連記事

  1. 独メルク、電子工業用薬品事業をBASFに売却
  2. 育て!燃料電池を担う子供たち
  3. 2021年化学企業トップの年頭所感を読み解く
  4. 製薬大手のロシュ、「タミフル」効果で05年売上高20%増
  5. 【速報】新元素4つの名称が発表:日本発113番元素は「ニホニウム…
  6. NMR が、2016年度グッドデザイン賞を受賞
  7. ヤマハ発動機、サプリメントメーカーなど向けにアスタキサンチンの原…
  8. ダイセル発、にんにく由来の機能性表示食品「S-アリルシステイン」…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 博士後期で学費を企業が肩代わり、北陸先端大が国内初の制度
  2. 酸化反応を駆使した(-)-deoxoapodineの世界最短合成
  3. 単一分子を検出可能な5色の高光度化学発光タンパク質の開発
  4. 誤った科学論文は悪か?
  5. カネカ 日本の化学会社初のグリーンボンドを発行
  6. ハイフン(-)の使い方
  7. 辻・トロスト反応 Tsuji-Trost Reaction
  8. マテリアルズ・インフォマティクスに欠かせないデータ整理の進め方とは?
  9. フルオラス向山試薬 (Fluorous Mukaiyama reagent)
  10. マイケル・クリシェー Michael J. Krische

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2021年11月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930  

注目情報

最新記事

嬉野温泉で論文執筆缶詰め旅行をしてみた【化学者が行く温泉巡りの旅】

論文を書かなきゃ!でもせっかくの休暇なのでお出かけしたい! そうだ!人里離れた温泉地で缶詰めして一気…

光の強さで分子集合を巧みに制御!様々な形を持つ非平衡超分子集合体の作り分けを実現

第691回のスポットライトリサーチは、千葉大学大学院 融合理工学府 分子集合体化学研究室(矢貝研究室…

化学系研究職の転職は難しいのか?求人動向と転職を成功させる考え方

化学系研究職の転職の難点は「専門性のニッチさ」と考えられることが多いですが、企業が求めるのは研究プロ…

\課題に対してマイクロ波を試してみたい方へ/オンライン個別相談会

プロセスの脱炭素化及び効率化のキーテクノロジーである”マイクロ波”について、今回は、適用を検討してみ…

四国化成ってどんな会社?

私たち四国化成ホールディングス株式会社は、企業理念「独創力」を掲げ、「有機合成技術」…

世界の技術進歩を支える四国化成の「独創力」

「独創力」を体現する四国化成の研究開発四国化成の開発部隊は、長年蓄積してきた有機…

第77回「無機材料の何刀流!?」町田 慎悟

第77回目の研究者インタビューは、第59回ケムステVシンポ「無機ポーラス材料が織りなす未来型機能デザ…

伊與木 健太 Kenta IYOKI

伊與木健太(いよき けんた,)は、日本の化学者。東京大学大学院新領域創成科学研究科准教授。第59回ケ…

井野川 人姿 Hitoshi INOKAWA

井野川 人姿(いのかわひとし)は、日本の化学者。崇城大学工学部ナノサイエンス学科准教授。第59回ケム…

開発者に聞く!試薬の使い方セミナー2026 主催: 同仁化学研究所

この度、同仁化学研究所主催のオンラインセミナー(参加無料)を開催いたします。注目されるライフ…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP