[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

アルコールをアルキル化剤に!ヘテロ芳香環のC-Hアルキル化

[スポンサーリンク]

2015年、プリンストン大学・D. W. C. MacMillanらは、水素移動触媒(HAT)および可視光レドックス触媒を組み合わせることによって、温和な条件下でアルコールをアルキル化剤として用いるヘテロ芳香環のC-Hアルキル化を達成した。医薬品のLate-Stage官能基化にも適応可能である。

“Alcohols as alkylating agents in heteroarene C–H functionalization”
Jin, J.; MacMillan, D. W. C.* Nature 2015, 525, 87. doi:10.1038/nature14885

問題設定

メチル基を一つ導入するだけで薬物動態が大きく変化し得るように、ヘテロ芳香環へのアルキル基の直接導入法は重要である。しかし、従来法では等量の強力な酸化剤の利用、アルキルラジカル生成のための加熱、アトムエコノミーや環境調和性の低いアルキル化剤などが必要であり、複雑化合物のLate-Stage修飾法への展開も困難であった。

技術や手法のキモ

DNA生合成においては、酵素によってspin-center shift(SCS)[1]が起き、ラジカルβ位のC-O結合が切断され、脱水される。

冒頭論文より引用

この過程を念頭に置くと、アルコールから生じたアルキルラジカルがヘテロアレーンに付加したのちにSCSが起き、C-O結合が切断されればアルキル化が達成できると考えられる。可視光レドックス触媒を用いた穏和な条件の実現を目指し、以下の様な触媒サイクルを想定し反応開発を行っている。

冒頭論文より引用

鍵となるのは系中生成するチイルラジカルによるアルコールのC-H引き抜き過程と、プロトン化ヘテロ芳香環への炭素ラジカル付加、引き続くSCS過程による脱水である。
MacMillanらは同年、可視光レドックス触媒駆動型のMinisci反応を報告[2]しているが、今回の報告ではアルキルラジカルの付加後にSCSによってC-O結合が切断される点が異なっている。

主張の有効性検証

①SCS過程介在の検証

下記のラジカル捕捉実験から、光、光触媒、還元剤(Bu3N)、酸(HCO2HまたはTsOH)存在下にC-O結合が切断され、イソキノリンベンジル位炭素ラジカルが発生することが確認されている。

②反応機構に関する示唆
  • 光励起したIr(Ⅲ)はプロトン化ヘテロ芳香環によって消光される。一方でチオールや非プロトン化ヘテロアレーンによっては消光されない。このため酸化的消光過程を経ることが示唆される。
  • 酸化還元電位値から、Ir(IV)がチオール触媒を酸化する過程が合理化される(Ir(Ⅳ)はE1/2 = +1.21 V(vs SCE in MeCN)、チオールはE1/2 = +0.85 V(vs SCE in MeCN))。
  • メタノールのBDE(αC-H)=96 kcal/molであり、チオールはBDE(S-H)=85 kcal/molであるため強さとしては合理的ではないが、polarity effectで切断できると主張している。
  • 可視光レドックス触媒、チオール、光、酸のいずれが欠けても反応は進行しない。
③基質一般性の検討

メタノールは溶媒量必要だが、ほかのアルコール原料は10当量で反応が進行している。基質によっては別のチオールに変えるなどの工夫が必要なケースも。テトラヒドロフラン型エーテルの場合、第1級アルコールが共存してもエーテルα位C-Hが引き抜かれ、開環的に反応が進行する。医薬品のLate-Stageアルキル化へも応用可能。

議論すべき点

  • アルコールの使用を溶媒量や10当量から減じることができないか?より強力なHAT触媒を用いることによってこれは可能?

参考文献

  1. Wessig, P.; Muehling, O. Eur. J. Org. Chem. 2007, 2219. DOI: 10.1002/ejoc.200600915
  2. Jin, J.; MacMillan, D. W. C. Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 1565. DOI: 10.1002/anie.201410432
Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 無水酢酸は麻薬の原料?
  2. 温和な室温条件で高反応性活性種・オルトキノジメタンを生成
  3. ラウリマライドの全合成
  4. ジアゾニウム塩が開始剤と捕捉剤を“兼務”する
  5. 今年の光学活性化合物シンポジウム
  6. PCに眠る未採択申請書を活用して、外部資金を狙う新たな手法
  7. 有機合成化学協会誌2024年9月号:ホウ素媒介アグリコン転移反応…
  8. ワサビ辛み成分受容体を活性化する新規化合物

注目情報

ピックアップ記事

  1. 化学研究者のためのやさしくて役に立つ特許講座
  2. “follow”は便利!
  3. 米デュポンの7-9月期、ハリケーン被害などで最終赤字
  4. フッ素の特性が織りなす分子変換・材料化学(CSJカレントレビュー:47)
  5. ライセルト反応 Reissert Reaction
  6. 分子の磁石 “化学コンパス” ~渡り鳥の磁場観測メカニズム解明にむけて~
  7. 高純度フッ化水素酸のあれこれまとめ その1
  8. 東大薬小林教授がアメリカ化学会賞を受賞
  9. 化学 美しい原理と恵み (サイエンス・パレット)
  10. バートン トリフルオロメチル化 Burton Trifluoromethylation

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年10月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

第32回光学活性化合物シンポジウム

第32回光学活性化合物シンポジウムのご案内光学活性化合物の合成および機能創出に関する研究で顕著な…

位置・立体選択的に糖を重水素化するフロー合成法を確立 ― Ru/C触媒カートリッジで150時間以上の連続運転を実証 ―

第 659回のスポットライトリサーチは、岐阜薬科大学大学院 アドバンストケミストリー…

【JAICI Science Dictionary Pro (JSD Pro)】CAS SciFinder®と一緒に活用したいサイエンス辞書サービス

ケムステ読者の皆様には、CAS が提供する科学情報検索ツール CAS SciFind…

有機合成化学協会誌2025年5月号:特集号 有機合成化学の力量を活かした構造有機化学のフロンティア

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年5月号がオンラインで公開されています!…

ジョセップ・コルネラ Josep Cornella

ジョセップ・コルネラ(Josep Cornella、1985年2月2日–)はスペイン出身の有機・無機…

電気化学と数理モデルを活用して、複雑な酵素反応の解析に成功

第658回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院 農学研究科(生体機能化学研究室)修士2年の市川…

ティム ニューハウス Timothy R. Newhouse

ティモシー・ニューハウス(Timothy R. Newhouse、19xx年xx月x日–)はアメリカ…

熊谷 直哉 Naoya Kumagai

熊谷 直哉 (くまがいなおや、1978年1月11日–)は日本の有機化学者である。慶應義塾大学教授…

マシンラーニングを用いて光スイッチング分子をデザイン!

第657 回のスポットライトリサーチは、北海道大学 化学反応創成研究拠点 (IC…

分子分光学の基礎

こんにちは、Spectol21です!分子分光学研究室出身の筆者としては今回の本を見逃…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP