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スポットライトリサーチ

分子1つがレバースイッチとして働いた!

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第167回目のスポットライトリサーチは、東京大学大学院 新領域創成科学研究科(杉本研究室) ・塩足 亮隼(しおたり あきとし)助教にお願いしました。

塩足先生は本コーナーにおいて2回目の登場となります。前回の紹介記事「水分子が見えた!」でも大活躍な威力を発揮した原子間力顕微鏡(AFM)技術をさらに研ぎ澄ませて用いた成果となっています。化学と物理学の境界領域に位置する成果であり、Phys. Lev. Lett. 誌上論文、およびプレスリリースとして公開されています(冒頭画像はプレスリリースより引用)。

”Torque-Induced Change in Configuration of a Single NO Molecule on Cu(110)”
Shiotari, A.; Odani, T.; Sugimoto, Y. Phys. Rev. Lett. 2018, 121, 116101. DOI:10.1103/PhysRevLett.121.116101

今回も研究室を主宰する杉本 宜昭准教授からコメントを頂いています。発足間もない研究室ながら続々と画期的成果を上げられている、注目ラボの一つと言えます。今回も現場からの声をご覧下さい!

私が専門としている原子間力顕微鏡(AFM)を用いた研究の中に、原子分子操作があります。これまで、SiやPb原子を数個集めて微小なスイッチを作製してきました。今回は、NO分子をスイッチとして働かせる研究ですが、塩足さんの化学の知識無くしては決して得られない成果でした。また実験は極めて精密であり、彼の実験技術の高さも示されています。スイッチの機構は、物理で慣れ親しむ力学で説明できました。今回の研究は、我々が所属している新領域創成科学研究科が目指す「学融合」を研究室レベルで体現した例となっています。今後も、従来の学問体系の垣根を取り払った新しい研究を行ってくれると期待しています。


Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

一酸化窒素(NO)は、窒素原子と酸素原子から成る単純な構造ですが、不対電子を1つ有するフリーラジカルであり、金属と親和性が高く多種の錯体を形成したり、生体内で重要な役割を果たしたりする個性的な分子です。
本研究では、単一のNO分子が銅表面上で直立した状態(OFF状態とする)と傾いている状態(ON状態とする)を、鋭い針(走査プローブ顕微鏡の探針)によって切り替えることができるという「単分子トグルスイッチ」の制御に成功しました。探針先端原子と表面上のNO分子の先端(つまり酸素原子)との間に生じるパウリ斥力によって、OFFからON状態へ切り替えられることを明らかにしました。つまり、我々がトグルスイッチを指で押し倒してONにするのと同様に、長さ0.3 nmの「単分子レバー」を探針で押し倒してONにすることができたのです。

図1.NO単分子の押し倒し。探針先端にもNO分子を付着させている。接近した針先端の酸素原子と表面上のNOの酸素原子との間に生じたパウリ斥力によって表面上のNO分子が倒される。

 

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

銅表面上のNO分子の性質を解明することは、私が学生の頃からの研究テーマでした。この表面上に吸着したNO分子に水分子を接近させるだけで還元反応が起こる(N–O結合が切断される)[1]など、様々な面白い性質を持っていることを明らかにしました。
もう一つの面白い性質として分かっていたのは、探針と表面の間に電圧をかけて、傾いた状態のNO分子に電子を注入すると、NO分子が直立状態に変化することです[2]。ONからOFFにできるので、何とかOFFからONにしたい、つまり、直立したNOを倒す(しかも、2方向のうち指定した向きに倒す)ことができないか、というのが本研究の着想でした。

図2.NO単分子スイッチの動作。上段:NO単分子の顕微鏡像。中段:探針からの電子注入によるONからOFFへのスイッチ。下段:探針の接近によるOFFからONへのスイッチ。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

調べるうちに、NO分子などを付着させた探針を近づけることでOFF状態からON状態へスイッチできることが分かりましたが、それがどのようなメカニズムで起こっているかを突き止めることは困難でした。表面の顕微鏡像を見るとON状態かOFF状態かの判別はできますが、分子が倒れるときの挙動は分からないからです。それを可能にしたのは、探針先端の原子と表面上の原子との間に働く力を検出できる原子間力顕微鏡(AFM)でした。この「単分子レバー」は、倒れる向きに沿って0.4 nN(ナノニュートン)の微小な斥力が働き、探針から遠ざかるように倒れることを明らかにできました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

本研究は物理学の論文誌に掲載されましたが、このような研究はまさに化学と物理の境界領域に位置づけされると思います。化学は生物学と相性がいい(切っても切れない関係)にありますが、化学はそれに限らず様々な学術分野と結びついた研究を行うことができる万事に通じる学問だと思っています。今後も化学の知識を生かし、ナノスケールの様々な現象を明らかに出来ればと思います。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

今回紹介した研究のほかに、私はAFMを用いた水分子ネットワークの可視化の研究なども行っており、以前の記事で紹介させていただきました。これらの記事を通して、ナノスケール研究や、走査プローブ顕微鏡による単分子研究に興味を持っていただけたら光栄です。

最後に、共同研究者である杉本宜昭先生と大学院生の尾谷卓史氏にこの場を借りて感謝申し上げます。

研究者の略歴

塩足 亮隼 (しおたり あきとし)
東京大学大学院 新領域創成科学研究科 物質系専攻 杉本研究室 助教

略歴:
2010年3月 京都大学理学部理学科 卒業
2012年3月 京都大学大学院理学研究科化学専攻 修士課程修了
2012年4月—2015年3月 日本学術振興会特別研究員(DC1)
2013年10月—2014年3月 フリッツハーバー研究所(ドイツ) Visiting student
2015年3月 京都大学大学院理学研究科化学専攻 博士後期課程修了
2015年4月より現職

研究テーマ:原子間力顕微鏡および走査トンネル顕微鏡による単分子計測

受賞歴: 2016年9月 応用物理学会 講演奨励賞、2018年5月 日本表面真空学会 講演奨励賞、他

参考文献

  1. A. Shiotari, S. Hatta, H. Okuyama, T. Aruga, Chem. Sci. 5, 922 (2014). doi: 10.1039/c3sc52334a
  2. A. Shiotari, Y. Kitaguchi, H. Okuyama, S. Hatta, T. Aruga, Phys. Rev. Lett. 106, 156104 (2011). doi: 10.1103/PhysRevLett.106.156104
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博士(薬学)。Chem-Station副代表。現在国立大学教員として勤務中。専門は有機合成化学、主に触媒開発研究。 関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。 素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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