[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

(–)-Spirochensilide Aの不斉全合成

[スポンサーリンク]

()-Spirochensilide A初の不斉全合成が達成された。タングステンを用いたシクロプロペンとアルキンのPauson–Khand反応によるスピロ環構築が鍵となる。

(–)-Spirochensilide A

モミ属(Abies)の粗抽出物や代謝物は抗腫瘍や抗菌、抗潰瘍性、抗炎症、鎮咳といった生物活性をもち、これまでにモミ属から250を超えるテルペノイドとその類縁体が単離されてきた[1]

2015年にGaoらによって、中国の固有種であるAbies chensiensisからspirochensilide A(1)、B(2)およびそれらの生合成前駆体と考えられる化合物3が単離、構造決定された(図1A)[1]

1の構造的特徴としては、2組の隣接する不斉四級炭素(C8/C10およびC13/C17)とスピロ[4.5]環(BC環)、およびスピロケタール骨格(EF環)を有することが挙げられる。二つのスピロ環を有する六環性骨格の効率的構築が1の全合成における課題となる。また、1はマウスマクロファージ細胞株に対する一酸化窒素産生阻害活性を示し、炎症性疾患研究への応用が期待される[2]

Gaoらは1の生合成仮説を次のように提唱している(図1B)。まず3が酸化されてエポキシド4を生成し、House–Meinwald転位によって5を与える。5は位置選択的なC–H酸化を受け6となり、Wagner–Meerwein転位を経て7が生成する。続く分子内アリル位酸化およびエーテル化、カルボニル基の還元により1が生成すると考えられている。しかし本生合成仮説はHouse–Meinwald転位が進行せず実証には至っていない。

今回、北京大学のYang教授らは12の全合成の報告例がない中、8から全22工程、総収率2.2%で(–)-1の初の全合成を達成した(図1C)。House–Meinwald転位でB環を、タングステンを用いたシクロプロペン10の分子内Pauson–Khand反応によりCD環を構築し、スピロ環骨格を形成したことが本合成の特徴である。

図1 (A)の構造 (B) 1の生合成仮説 (C) 逆合成解析

 

“Asymmetric Total Synthesis of ()-Spirochensilide A”

Liang, X.-T.; Chen, J.-H.; Yang, Z. J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 8116–8121.

DOI: 10.1021/jacs.0c02522

論文著者の紹介


研究者:Zhen Yang  

研究者の経歴:
1978–1982 B.S., Shenyang Pharmaceutical University, China
1983–1986 M.S., Shenyang Pharmaceutical University, China (Prof. Qihuai Chen)
1989–1992 Ph.D. The Chinese University of Hong Kong, China (Prof. Henry N. C. Wong)
1992–1995 Postdoc, The Scripps Research Institute, USA (Prof. K. C. Nicolaou)
1995–1998 Assistant professor, The Scripps Research Institute, USA
1998–2001 Institute Fellow, Harvard Medical School
2001– Professor, Peking University Shenzhen Graduate School, China

研究内容:合成方法論の開発、天然物合成、化学遺伝学

論文の概要

まず、エポキシド8から二工程で二環式化合物12を合成した。続いてmCPBAでエポキシ化し、中間体13としたのち、ルイス酸によるHouse–Meinwald転位でアルデヒド14へと誘導した。

次に有機リチウム試薬を付加させ、側鎖にシクロプロペンを導入した。続くPauson–Khand反応を詳細に検討したところ、W(CO)3(MeCN)3を触媒として用いた場合に、目的のジアステレオマー16aが収率30%で得られることを見出した[3]。本反応は環歪みのあるオレフィンを用いることが鍵であった[4]。そして、二工程で17を合成し、Birch条件下還元的にシクロプロパンを開環することで18とした。

その後、ホウ素エノラートを用いたアルドール反応により19のみを単一の異性体として与えた。なお、考え得る六員環遷移状態のうち、19の立体化学を与える遷移状態TS-Aが最安定であることが、DFT計算によって示されている。

続いて、得られたアルドール成績体から五工程の変換によりアリルアルコール20へと導いた。一重項酸素によりフラン環を酸化開裂したのち酸処理することでスピロケタール21とした。最後に種々の官能基変換を経て(–)-1の全合成を達成した。

図2 Spirochensilide Aの合成

 

以上、全22工程で(–)-1の初の不斉全合成が達成された。今後、合成研究と生物学的研究のさらなる展開が期待される。

参考文献

  1. Zhao, Q.-Q.; Song, Q.-Y.; Jiang, K.; Li, G.-D.; Wei, W.-J.; Li, Y.; Gao, K. Spirochensilides A and B, Two New Rearranged Triterpenoids from Abies Chensiensis. Org. Lett. 2015, 17, 2760–2763. DOI: 1021/acs.orglett.5b01166
  2. Yamamoto, Y.; Gaynor, R. B. Therapeutic Potential of Inhibition of the NF-κB Pathway in the Treatment of Inflammation and Cancer. J. Clin. Invest. 2001, 107, 135–142. DOI: 10.1172/JCI11914
  3. (a) Hoye, T. R.; Suriano, J. A. A [W(CO)5THF]-Mediated Pauson-Khand Reaction: Cyclizations of 1,6-Enynes via a Batch- Catalytic Protocol. J. Am. Chem. Soc. 1993, 115, 1154–1516. DOI: 10.1021/ja00056a053 (b) García-García, P.; Fernańdez-Rodríguez, M. A.; Rocaboy, C.; Andina, F.; Aguilar, E. A Sub-Stoichiometric Tungsten-Mediated Pauson−Khand Reaction: Scope and Limitations. J. Organomet. Chem. 2008, 693, 3092–3096. DOI: 10.1016/j.jorganchem.2008.06.032
  4. Pallerla, M. K.; Fox, J. M. Diastereoselective Intermolecular Pauson–Khand Reactions of Chiral Cyclopropenes. OrgLett. 2005, 7, 3593–3595. DOI: 10.1021/ol051456u (b) Pallerla, M. K.; Fox, J. M. Enantioselective Synthesis of (–)-Pentalenene. Org. Lett. 2007, 9, 5625–5628. DOI: 10.1021/ol702597y (c) Pallerla, M. K.; Yap, G. P. A.; Fox, J. M. Co-Complexes Derived from Alkene Insertionto Alkyne-Dicobaltpentacarbonyl Complexes: Insight into the Regioselectivity of Pauson–Khand Reactions of Cyclopropenes. J. Org. Chem. 2008, 73, 6137–6141. DOI: 10.1021/jo800776z

関連書籍

山口 研究室

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. メソポーラスシリカ(2)
  2. ChemDrawの使い方【作図編⑤ : 反応機構 (後編)】
  3. 1と2の中間のハナシ
  4. 『元素周期 ~萌えて覚える化学の基本~』がドラマCD化!!!
  5. グサリときた言葉
  6. ゲルマニウム触媒でアルキンからベンゼンをつくる
  7. ワサビ辛み成分受容体を活性化する新規化合物
  8. クロスカップリングの研究年表

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 温和な室温条件で高反応性活性種・オルトキノジメタンを生成
  2. 全合成 total synthesis
  3. ボリル化剤を無駄なく使えるsp3C–H結合ボリル化
  4. ケムステ国際版・中国語版始動!
  5. モヴァッサージ脱酸素化 Movassaghi Deoxigenation
  6. 旭化成、5年で戦略投資4千億
  7. English for Presentations at International Conferences
  8. 2018年 (第34回)日本国際賞 受賞記念講演会のお知らせ
  9. GlycoProfile アジド糖
  10. 武装抗体―化学者が貢献できるポイントとは?

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

注目情報

注目情報

最新記事

化学研究で役に立つデータ解析入門:エクセルでも立派な解析ができるぞ編

化学分野でのAIを使った研究が多数報告されていてデータ解析は流行のトピックとなっていますが、専門外か…

高分子化学をふまえて「神経のような動きをする」電子素子をつくる

第267回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院工学研究科 バイオ工学専攻 三ツ石研究室 助教の…

アルケンのエナンチオ選択的ヒドロアリール化反応

パラジウム触媒を用いたアルケンの還元的Heck型ヒドロアリール化反応が開発された。容易に着脱可能なキ…

第109回―「サステイナブルな高分子材料の創製」Andrew Dove教授

第109回の海外化学者インタビューは、アンドリュー・ダヴ教授です。ワーウィック大学化学科に所属(訳注…

蛍光異方性 Fluorescence Anisotropy

蛍光異方性(fluorescence anisotropy)とは溶液中で回転する分子の回転速…

(–)-Spirochensilide Aの不斉全合成

(–)-Spirochensilide Aの初の不斉全合成が達成された。タングステンを用いたシクロプ…

第108回―「Nature Chemistryの編集長として」Stuart Cantrill博士

第108回の海外化学者インタビューは、スチュアート・カントリル博士です。Nature Chemist…

化学工業で活躍する有機電解合成

かつて化学工業は四大公害病をはじめ深刻な外部不経済をもたらしましたが、現代ではその反省を踏まえ、安全…

Chem-Station Twitter

PAGE TOP