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アルツハイマー病に対する抗体医薬が米国FDAで承認

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※2024年1月31日、米 Biogen はアデュヘルムの開発・販売を中止するとの旨が報じられました。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN01E8H0R00C24A2000000/

以下、本記事は、2021年6月現在の情報を元に執筆されたものです。

アルツハイマー病の治療薬としてアメリカの製薬会社と日本のエーザイが共同で開発した新薬について、アメリカのFDA=食品医薬品局は原因と考えられる脳内の異常なタンパク質を減少させる効果を示したとして治療薬として承認したと発表しました。

アメリカの製薬会社「バイオジェン」と日本の「エーザイ」が開発したアルツハイマー病の新薬「アデュカヌマブ」は症状の進行を抑えることを目的とした薬で、脳にたまった「アミロイドβ」と呼ばれる異常なたんぱく質を取り除き、神経細胞が壊れるのを防ぐとしています。

これについてFDAは7日「臨床試験の結果、『アミロイドβ』の減少が確認され、患者の症状への効果が合理的に予測される」と評価し治療薬として承認したと発表しました。

FDAによりますとアルツハイマー病の新薬が承認されたのは2003年以来18年ぶりで、アミロイドβに作用する治療薬は初めてだということです。

今回の承認は深刻な病気の患者に早期に治療を提供するための「迅速承認」という仕組みで行われたため、FDAは追加の臨床試験で検証する必要があるとしていて、この結果、効果が認められない場合には承認を取り消すこともあるとしています。

この薬については去年11月、FDAの外部の専門家委員会が承認に否定的な結論をまとめていて、FDAが追加のデータを求めて審査期間を延長していました。

FDAは7日の会見で「専門家委員会の意見を慎重に検討し、データを詳細に検証した結果、迅速承認すべきだという結論に達した」としています。

NHKニュースサイトより引用

創薬業界を賑わす一大ニュースが飛び込んできました。かねてより話題となっていた、アルツハイマー病に対する抗体医薬「アデュカヌマブ」が、米国 FDA によって条件付きで承認されました。アデュカヌマブはアミロイドβ(Aβ)を標的とする完全ヒト化モノクローナルIgG1抗体であり、脳内のAβを減少させることにより神経変性症状の進行を抑制すると考えられています。今回の承認は、追加の検証試験有効性の確認ができない場合において取り消しとなる可能性もありますが、それでも画期的な判断であることは間違いありません。抗体医薬は慢性関節リウマチ治療薬のインフリキシマブ (レミケード®) や抗がん剤として用いられるニボルマブ (オプジーボ®) に代表される医薬モダリティ (=様式) であり、いわゆるバイオ医薬品に分類されます。今までのアルツハイマー病治療薬は低分子医薬品のみであり、しかも根治につながるものはありませんでした。

アルツハイマー病治療薬

2021年6月現在、本邦で承認されているアルツハイマー病治療薬はわずかに4つのみです。
・ドネペジル塩酸塩 (アリセプト®)
・ガランタミン塩酸塩 (レミニール®)
・リバスチグミン (イクセロン®, リバスタッチ®)
・メマンチン塩酸塩 (メマリー®)
このうち、上の三剤はいずれもコリンエステラーゼ阻害薬であり、メマンチンは NMDA 型グルタミン受容体拮抗薬に分類されます。かいつまんでいうと、いずれもアルツハイマー病の発症により異常をきたした神経伝達物質の働きを抑え、症状を緩和する薬になります。ドネペジルはエーザイの杉本八郎らが開発し、日本発のブロックバスターとしても有名な薬ですね。これらの薬に対し、アデュカヌマブはアルツハイマー病の根本原因の一つとして考えられているAβを標的とした全く新しいクラスの医薬品となります。

アデュカヌマブ開発の歴史

こちらの段落の文章は、「明日の新薬 (http://www.technomics.co.jp/database/asunoshinyaku.html)」様の記事を参考に執筆しました。

2007年11月、Biogen Idec(現 Biogen)社および Neurimmune Therapeutics 社は、アデュカヌマブを含むアルツハイマー病を適応としたAβに対する完全ヒト化抗体の世界的な開発および商業化に関する契約を締結しました。その後、2014年3月、エーザイと Biogen Idec 社はアルツハイマー型認知症治療剤に関する共同開発・共同販売促進契約を締結しました。
この頃から、本邦においてもアルツハイマー病を対象とした抗体医薬の開発がにわかに話題となってきました。

アメリカでは、2016年9月に初期のアルツハイマー病を適応として fast track の対象に指定されましたが、グローバル PhaseⅢ試験(ENGAGE および EMERGE 試験)において、独立データモニタリング委員会により有効性が不十分であるとの示唆を受け両試験および関連した2つの試験が中止されました。しかし、その後の解析で改めて有効性が確認されたため、FDA との協議の結果、アメリカで2020年第1四半期に申請手続きの一部が開始、2020年8月に申請が受理され、priority review の対象に指定されました。
また本邦では、アデュカヌマブは2017年4月21日にアルツハイマー病の進行抑制を適応として先駆け審査指定制度の対象に指定されましたが、グローバル PhaseⅢ 試験の結果を受けて指定が取り消されました。しかし一転してアメリカでの申請が行われることとなり、日本においても2020年12月に申請が発表されました。そして、世界に先駆けて米国 FDA で今回の承認申請が受理されました。

難航したアルツハイマー病治療薬開発

アデュカヌマブ以外にも、Aβに対する抗体医薬品の開発は進んでいました。しかし、ファイザーのバピヌズマブ、イーライリリーのソラネズマブ、ロシュのクレネズマブなどはいずれも開発中止が発表されています。ロシュのガンテネルマブはアルツハイマー病の前駆症状(認知症前)を適応としたPhaseⅢ 試験が実施されていましたが中止され、現在は中等度アルツハイマー病(アルツハイマー病による軽度の認知症を有する)を適応として開発中であり、2022年以降の申請が予定されています。
他の作用機序を有する薬としては、メルクの BACE1 阻害剤ベルベセスタットが有名です。BACE1 は Aβの産生酵素であり、アルツハイマー病根治療薬の標的として期待されていました。しかしベルベセスタットは臨床での有効性が得られず開発中止となりました。また、アデュカヌマブを開発した Biogen/エーザイのコンビが開発していた BACE1 阻害薬エレンベセスタットも、リスク/ベネフィット比が良好でないこと理由に開発中止となっています。
このような状態が続き、アルツハイマー病の治療薬はもはや開発不可能なのではないかと思われるほど暗礁に乗り上げていました。今回のアデュカヌマブの承認は、製薬業界、そして患者さんとそのご家族に光明をもたらすニュースなのではないでしょうか。

アデュカヌマブのすごいところ

抗体医薬品は当然ながらタンパク質であり、非常に大きな分子量を有します。もちろん経口投与では吸収されないので、必然的に注射で投与することになります。アデュカヌマブは血中や末梢で効果を示せばよい抗体医薬と異なり、アルツハイマー病の病変部位である脳で白湯おする必要があります。しかし、脳には血液脳関門という謂わば異物に対するバリア機能があり、高分子化合物は基本的に血中から脳へ移行することができません。この問題を、アデュカヌマブはどうやって解決したのでしょうか?

残念ながら、これに対する明確な解答はいまだに分かっていません。しかし、実験事実としてアデュカヌマブを投与されたマウスの脳内では明らかな Aβ の減少が確認されており、これは脳内に抗体のような高分子を能動的に取り込むメカニズムが存在することを示唆しています。このメカニズムが解明されれば、アルツハイマー病のみならず他の神経変性疾患に対するバイオ医薬品開発の道しるべが示されるかもしれません。そういった意味でも、アデュカヌマブは画期的な承認薬と言えるでしょう。

アミロイド仮説とアルツハイマー病治療のこれから

抗Aβ抗体や BACE1 阻害剤の相次ぐ失敗を受け、アルツハイマー病の原因がAβにあるという「アミロイド仮説」は下火になっていました。しかしながら、今回の承認によりアミロイド仮説に基づく創薬が再加熱するのは想像に難くありません。抗体以外でも Aβを除去する研究は進んでおり、例えば東京大学薬学部の金井求教授らのグループは、触媒と光照射によってマウス脳内の Aβを分解除去する技術を開発しています[1] (プレスリリース)。
高齢化社会の進行に伴い、アルツハイマー病をはじめとする神経変性疾患の罹患者数は増加の一途をたどることが予想されています。今回のような新規モダリティ医薬の承認は、創薬に携わる研究開発者のモチベーションを大きく引き上げてくれるのではないでしょうか。アンメットメディカルニーズという言葉から、アルツハイマー病が内包されなくなる未来を信じて本記事を締めたいと思います。

参考文献

  1. Nagashima, N.; Ozawa, S.: Furuta, M.; Oi, M.; Hori, Y.; Tomita, T.; Sohma, Y.; Kanai, M., “Catalytic photooxygenation degrades brain Aβ in vivo“, Science Advances, 2021, 7(13), eabc9750, DOI: 10.1126/sciadv.abc9750

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創薬化学者と薬局薬剤師の二足の草鞋を履きこなす、四年制薬学科の生き残り。
薬を「創る」と「使う」の双方からサイエンスに向き合っています。
しかし趣味は魏志倭人伝の解釈と北方民族の古代史という、あからさまな文系人間。
どこへ向かうかはfurther research is needed.

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