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パーフルオロ系界面活性剤のはなし 追加トピック

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Tshozoです。

先日ある方から下記のような話を耳にしました。欧州主要メディアでほとんど公表されている(2021年11月1日のStartribuneによる記事など:リンク)ので書いてしまってもいいだろう、と判断して、短いですが少し整理し以前書いたフッ素系界面活性剤の記事の補足事項として書いてみることにします。

「欧州のフッ素関係の工場が止まったせいで材料が入んなくて大変なんですよ….しかも全然工場再開の見込みが立たなくて…」

要はベルギー Zwijndrechtにある3M社の化学工場が地元政府からの命令に基づき操業停止に追い込まれた、それで関係するフッ素系材料の供給がいっぺんに止まりえらいことになっている(しかも2022年年始時点でまだ継続停止中)ということ(2022年4月追記:いきなり全部シャットダウンしたようではなく、部分的に徐々に止めていったようです・2022年3月初旬までは半導体関係の溶媒に関係する設備は動いていたようで…→リンク)。その背景にあったのはパーフルオロアルキル化合物(PerFluoro-Alkyl-Substances 以下PFAS)で、そもそもが工場周辺の土壌のほか、住民の血液内から相当な高濃度のPFASが検出された、ということでした。何故ここまで高濃度の値が検出されたかの詳細は不明ですが、一般にフッ素化合物は安定でありかつ分子間力がかなり小さいことからそれなりの低分子量でも揮発しやすい傾向をもつため、工場で排出処理したとしても少しずつあちこちから漏出して周辺に堆積してしまった、と考えられるようです(文献2)。

渦中のベルギー 3M Zwijndrecht工場全景 (文献1)より引用

PFASの工場周辺への漏出・堆積のイメージ図 (文献2)より
もちろん工場側では処理装置を持っていることがほとんどだが
一般的に完全にゼロにすることは出来ないため少しずつ堆積してしまう

一般的には環境保護問題については行政側は雇用や税収・産業振興なども含めてバランスを取りに行くゆえに、刑事罰を伴うようなものでないかぎり行政と企業、場合によっては司法も交え議論しながら工場運営を考えて妥協点を探るというプロセスが入り(だいたいそこで落ち着く)ますが、半年ほどの議論の後に決裂、行政側がその権限に基づき強制停止させたという、あまり見ないタイプの結果のように思います。

では今回何故ここまでハードな状況に至ったのか? 公平な推論のためには行政側と会社側双方の言い分を理解する必要がありますが、関係者の話を聞いたうえでWeb記事を探ったものの確認できる両者の見解は限られており、昨年6月あたりからの経緯を追ってみても色々と不明確なところが多いという印象を受けます。・・・が、無理やり並べてみると以下のようになりそうで。

1.オランダ”Omroepzeeland”紙:「Zwijndrecht工場周辺の道路拡張工事時に周辺土壌から高濃度のPFASが見つかった」 ・・・2021年6月・記事リンク

2.ドイツ”Brussel Times”紙:「わが社(3M)は環境及び是正措置に対し十分な責任をとる」・・・2021年7月・記事リンク

3.ベルギーVRT紙:「工場周辺住民の60%の血中から高濃度のPFOSが検出」・・・2021年10月・記事リンク

3.ドイツ”Brussel Times”紙:「地元政府が「情報提供が不十分」と判断、ベルギー3Mに対しZwijndrecht工場の即時停止を命令」・・・2021年11月・記事リンク

4.ドイツ”Brussel Times”紙:「地元政府が大規模な周辺調査を開始、既に172箇所を調査」・・・2021年11月・記事リンク

5.ドイツ”Brussel Times”紙:「地元政府担当者『EUの広範囲なPFASの使用制限を支持する』」・・・2021年11月・記事リンク

6.ベルギー”De Morgen”紙:「3M役員『過去発生していた結果が出てきたものだと考えられるがパニックを起こす必要はない、工場閉鎖には全く同意できないが住民のための環境状態の修復に伴う経済的負担には喜んで同意する』」・・・2021年12月・記事リンク

これらの文面と筆者が調べた話を総合すると、どうも両者(地元政府と3M社)それぞれがイメージする時間範囲がズレている可能性があるのでは?という印象です。つまり

●3M社側の言いぶん:「PFASの排出を完全にゼロにすることは技術的に困難で長年の累積分(工場稼働開始:1963年)が工場外にみられるのは致し方ない、特に20年前辺りに発生していた分が多い(注:特にPFOSについては20年前あたりに生産中止している)と考えられ、これらの累計でも健康被害としては表れにくいはず

●行政側の言いぶん:「土壌汚染含めたこれらPFASの存在は現状または比較的近い過去の3M側の不作為によるものではないのか、実際には大きな健康被害とつながるのではないか

と時間軸で議論がかみ合っていない。これらの認識差を埋めるのには長い議論と多くのデータが必要となるため相当の時間がかかり、ヘタをすると年単位での工場停止継続を余儀なくされる可能性すら予想され関係者は気が気ではない、ということで冒頭の話になったのでしょう。

なおフッ素材料を合成する工場周辺のPFASの土壌汚染や周辺住民の血中濃度上昇については特にアメリカで色々調査されており、3M社に限ったことではありません。実際、前回記事で少し言及したChemours社(旧Dupont+旧Dow)やSolvay社のアメリカニュージャージー州での工場周辺にも下図のようにPFASの一種である特定のフッ素化合物が結構な量ばらまかれており、実際血中濃度のほうもそれなりの数値が出たため裁判沙汰になっているケースもあります。

(文献2)より ChemoursとSolvayの二大巨頭からの排出量が重なっている影響か、
広範囲にフッ素化合物の一種が堆積している可能性が指摘された報告書
なお数値の単位は土壌1gあたりのPFAS量(ピコグラム)

(文献3)より ピコグラムだとピンとこないかもしれないが、
ニュージャージー州でより広範囲に調べられたこちらのマップでは
2社の工場が存在する矢印付近に集中していることが明白
他の濃度が高いところにもフッ素系の材料を扱う工場があるもよう

こうした現象はPFASに限ったものではなく、国外以外にも日本でも工場跡地に色々材料が堆積していたなどのケースはもちろんあります。しかし他の材料と比べPFASの半減期がケタ違いに長く、様々な健康への影響が疑われているせいで今回のように一見過剰にも見えるアクションが発生したのでしょう。実際PFASは世界中でその残留性が懸念されており、また健康被害も疑われて実際にその影響が出ていると思われるケースも多く、やはり「厳重に管理していくべきものであり、使用するにも最小限にとどめるべき」という前提に立つのが妥当だと考えます。

なおPFASのうち工業的なものは完全燃焼させてスクラバで無機物化させれば環境への影響はよっぽど抑えられるでしょうが、今回のような工場から継続的に揮発・分散して土壌に落下したもののほかに大きな問題として考えられるのは消火剤に使われるような、環境への暴露回数が高く流出量の非常に多いケース。再掲になりますが下図のようなPFAS散布の様子を見ると「ああ、こりゃイカンわ」となるのが良心を持った化学者の認識ではないでしょうか。

(文献4)より再掲 あと軍隊の基地の周りとかもひどい

同じく(文献4)より 近くで消火剤を撒いた後の海岸の様子

いずれにせよ大原則は健康被害が本当にどの程度あり得るのかを示す事。ですがこれはある意味「悪魔の存在を証明する」ことでもあり、将来にわたって100%の安全を未来永劫保証するということは極めて難しく最終的には政治判断を含むものになります。また同時に工場での設備対策、土壌清浄化対策、補償積立が必要になることで他社との競争が厳しくなって工場の運営が成り立たなくなる可能性もあり、50年以上も地元で工場を運営し雇用に貢献し世界中に活躍する製品を作ってきた企業であってもこうなるのか、という点については暗澹たる気持ちにならざるを得ません。

なおこの化学物質の安全性については専門家がある程度以下なら大丈夫、とみなした場合でも、専門家には大したことが無いと思われる分量であっても一般の方々がそうは捉えないケースは多々あり、例えばアセトンやエタノールなど化学の徒にはふつうに使っている溶媒でもSDSを見ればあら不思議、恐怖をまき散らすとも見られかねない記述が多々あり、如何に安全性を説明し保証するのか、というのは化学系企業の永遠のテーマであるように思います。

一般にみられるSDS文面より、ごく一般的なアセトンについての記述例
確かにこのような記載を読み「漏出しても安全ですね」と考える一般住民は居ない気がする
(漏出などの事故の怖さを軽くみているわけではありません)

その昔、偉大なエンジニアの本田宗一郎は「おめぇのかあちゃんにわかるような説明が出来なきゃ、技術者としては失格だよ」という趣旨の発言をされていたようですが、技術は人に尽くすためにあるという哲学を持っていたからこその言葉だと思います。機械工学とは全く異なる背景を持つ化学系材料についての説明はさらにハードルが高くなるのでしょうが、3M社がどのような経営判断を下されるにせよ、こうした出来る限りの技術的説明、健康被害への安心感の醸成、そして引き続いての地元への貢献を継続することを前提に粘り強く取り組んでいただきたいところですが昨今の事情を考えるに工場撤退も含めた選択肢まで考えていそうで気が気ではありません。何とか健康被害が最小化されることを大前提に、関係者全員が最大限納得するところに落ち着くことを願っています。

あと下記、蛇足ながら・・・

今回の件はごく一面的にユーザー側からの立場で考えた場合、たまったもんではありません。同工場でどのような製品が製造されているのかは正確に発表されていないので過去に同社から発表された資料(文献1)に頼るしかないのですがそれによると下図のようなものが生産されているようです。左上からオフィス用品・テープ類、右に行ってゴム類(エラストマー)・ポリマー添加剤、下の段左側の特殊冷媒・溶剤、その右のコート剤・繊維用エマルジョンといった製品。接着剤やテープ類を除けば同社の製品のほとんどが何らかの形でフッ素系材料ですので今回土壌から検出されたPFASはこうした部材の生産時に発生したものなのでしょう。筆者がヒアリングできた関係者はピーーー関係でしたのでおそらく特殊溶媒、つまりフッ素系溶剤の供給が止まってしまうことになったものと思われます。3MといえばFlorinart、Novec、というくらいいずれも有名なフッ素系溶剤ですね。

(文献1)より引用 日本語のサイトを色々あたるとテープ類も供給が止まっている記載が散見される

簡単に「代替製品を探せばいいじゃないか」と思ったソコのあなた! 製造をなめてはいけません。工場をf(x,y,z,…)という製品(の値)を出力する多変数関数ととらえると、材料や製造条件などの各変数x,y,z,…をp, q, r….へ変えるということがどれだけリスクがあることか想像してみてください、もしそれで欠陥品=誤った値が出ようもんなら全部アナタ及び関係者のせいになるのですよ、、、

これらの変数をビタ一文変えたくない、あるいは多少ぶれてもその出力f(x,y,z,…)が動かないようにしたい、というのが工場の誰もが願うことですから今回のようなトラブルを未然に防いで在庫を積み増す、あるいは発生した場合にバックアップ策を考えておくというオプションを常に用意しているのがだいたいのケース。ただこうした対策に本格的な手を打てるのは体力のあるところがほとんどで、中小企業に至ってはなかなか対応が難しく結局負担と責任がそこに行きかねないのは今回のトラブルで発生してしまう辛い現象も起こりえます。幸い筆者は今回の製品とはほぼ関係が無かったとはいえ、こうした悪影響が最小限になることを祈るしかできませんが…

ということで今回はこんなところで。

【参考文献】

1. “Bedrijfsbezoek Arbeid & Milieu”, 3M Zwijndrecht, 11 December 2015

2. “Nontargeted mass-spectral detection of chloroperfluoropolyether carboxylates in New Jersey soils”, Washington et al., Science 368, 1103–1107 (2020), リンク

3. “PFAS Occurrence in New Jersey”, Sandra M. Goodrow, Ph.D. NJ Department of Environmental Protection, Research, and Environmental Health Panel 2- CVP/SRAG Meeting June 2017, リンク

4. “Flame Retardants, PFAS and Firefighters”, Graham Peaslee, University of Notre Dame, February 8, 2020, リンク

Tshozo

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メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

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