[スポンサーリンク]

海外化学者インタビュー

第八回 自己集合ペプチドシステム開発 -Shuguang Zhang 教授

[スポンサーリンク]

ショートインタビュー第8回目はマサチューセッツ工科大学 生命医療工学センター・Shuguang Zhang教授です。

彼はいくつかの自己集合ペプチドシステムを発明しています。代表的なものは以下のとおり。
1)ナノチューブやナノベシクルを形成し、しかも様々な膜タンパク質を安定化させる脂質のようなペプチド界面活性剤
2)3次元的な細胞培養の足場や再生医療に有用なナノファイバーを形成するレゴのようなデザイナーペプチド
3)表面に印刷可能で、生物学的な活性表面を創りせるすデザイナー活性ペプチド

Q. あなたが化学者になった理由は?

私は成都(中国)で育った。7歳ぐらいのとき、ペットの蚕(かいこ)が桑の葉を食べるだけで絹をどうやって作っているのか、私はしばしばとても不思議に思っていた。どうして私たちは同じことが出来ないのだろうか?葉っぱは植物由来だが、ほとんどセルロースもしくは糖単位から出来ている。しかし蚕の絹はタンパク質で、アミノ酸からできているのだ! 9歳頃、私はペットとして白い雌鳥を飼っていた。雌鳥はどうやって米や他のものを食べて、卵を産んでいるのだろう!?私はしばしばとても不思議に思っていた。 卵には、卵白と卵黄を包む固い殻がある。白い雌鳥がどうやってその全てを作っているのか、私には分からなかった。

Silk_worms_346x210
残念にも、私がわずか13歳だった頃に、混沌の文化大革命が本格化していった。そのため中学校・高校が数年間にわたって全て閉鎖され、私は通学機会を失ってしまった。しかし幸運にも1976年に、生化学を学ぶ機会を思いがけず得られたため、自らの興味を追求するために大学へ行くことが出来た。そこで私は、失われた時を取り戻すべく、生化学を賢明に、熱心に学んだ。その時は教科書など全くなかったので、我々は講義をノートに取らねばならなかった。Albert LehningerやLubert Stryer, Geoffrey Zubayなど、先達の生化学者が書いた素晴らしい生化学の教科書などは、一度も聞いたことがなかった。NatureやScienceといった雑誌についても、聞いたことがなかった。しかしそれでも学びにとても飢えていた私は、多くの障害を乗り越え、中国で生化学の学士号を修了することができた。

 

Q. もし化学者でなかったら、何になりたいですか?またその理由は?

おそらくは、世界中の魅力的な海を研究する、海洋生物学者になっていただろう。海洋は地球上でもっとも魅惑的な場所だ。異常、異星、異世界たる場所が本当にたくさんある。我々のすぐ足元には、想像もつかない驚くべき生き物が住んでいる。しかし我々は、そんな生物の生化学と生理学に関して、ほとんど何も知らないも同然なのだ。例えば、鋼鉄製の潜水艦でもたどり着けないような何千メートルの深海で、ある種の生物はどうやって生き延びているのか?光も届かない闇の中でどうやってものを見ているのか?どれぐらいのスピードで繁殖し、DNAはどのように転写されていくのか?エサを採るため、または捕食者を避けるために、とても素早く体色を変えるものもいるが、それはどうやっているのか?その色は何で出来ているのか?そういった生き物のタンパク質は、私たちと同じように機能しているのか?海洋は未発見の宝物で満ちている。
現在、クラゲがつくりだす緑色蛍光タンパク質(GFP)と、サンゴが創りだす赤色蛍光タンパク質は、生物学・生命工学・神経科学にとって大変役立つものとなっている。 しかしそれらは我々が何も知らない、何億何兆もの無数の宝物のうちの二つでしか無い。海洋生物の研究は、偉大なライフワークとなるだろう。

Green Fluorescent Protein, GFP

Green Fluorescent Protein, GFP

Q.概して化学者はどのように世界に貢献する事ができますか?

とりわけ事実上無尽蔵に供給される太陽エネルギー、バイオソーラーエネルギー、他の真に再生可能なエネルギー源を集められる新素材をつくること―それによって、化学者は大きな貢献をすることができる。地球温暖化がもたらす不可避の影響と戦うための策を見つけるべく、化学者はもっと多くのことに取り組まなければならない。それは我々の責任だ。クリーンで再生可能な代替エネルギー源を見つけ出すこと、新たな医薬品を開発するなど、他の活動はそれと比べれば大したものではない。なぜなら我々の活動は安価なエネルギーに依存しているからだ。想像して欲しい。もしエネルギーの値段が上がれば、全ての値段はすぐさま上がる。悲しいことだが、ほとんどの化学者は新たなエネルギー研究を追求することに、まったく十分な取り組みをしていない。ほとんどの大手石油会社会社は、近年多額のお金を稼いできた。いかし不気味に迫りくる重要課題の解決には、ほとんど再投資をしていない。新たなエネルギー研究のため、かなりの利益を投資したBP社を除いては。エネルギー問題と地球温暖化問題―これらは密接に結びついている―を解決しなければ、他の何もかもは無意味となるだろう。

 

Q.あなたがもし歴史上の人物と夕食を共にすることができたら誰と?またその理由は?

ウォルフガング・アマデウス・モーツアルト、ルードヴィッヒ・ベートーベン、そして他の偉大なクラシック音楽作曲家と一緒に夕食を食べたい。彼らは正真正銘たる人間の精神と人生経験を真の意味で捉えたばかりか、永遠に世界中に共鳴していくだろう、最高の文化を精製した。彼らの音楽は数百年間演奏され、そしておそらくは数千年の未来にわたって演奏され続けるだろう。モーツァルトはしばしば晩年に、優雅で不朽たる音楽を作曲した。彼は真の天才作曲家だ!悲しいことに現代の音楽のほとんどは、おそらく短命で、トレンディでおしゃれだ。今後100年にわたって演奏されるような流行音楽は、おそらくほとんど無いだろう。残念ながら今日の科学的活動も、そのいくつかは現代の音楽と同じく、とてもトレンディでおしゃれなのだ。

 

Q. あなたが最後に研究室で実験を行ったのはいつですか?また、その内容は?

私が最後に実験を行ったのは、2007年2月、グッゲンハイムフェローシップのアカデミック・サバティカルでイギリスのケンブリッジ大学生化学科にいたとき、膜タンパクの結晶を成長させようとしたものだ。膜タンパクは扱いのもっとも難しいタンパク質の一つだ。 たとえば、2007年4月現在、Protein Data Bankには約4万ものタンパク質の立体構造が登録されている。しかし膜タンパクの構造はたったの250(そのうちわずか124が固有構造)しか無い。なんという格差!化学と生命科学全体を眺めれば、この解明の難しいタンパク構造に取り組む人材は、ほとんどいないことがわかるだろう。なぜなら取り扱いが大変難しいからだ。とはいえ、膜タンパクは、自然が生み出すもっとも優れたナノマテリアルであり、ナノデバイスでもある。クリーンエネルギーを集めたり、大変に超高感度な検出だったりもする。我々の体内にあるタンパク質のうち、膜タンパクはとても多くの割合を占める。生命体にある遺伝子のおよそ30%が膜タンパクをコードしている。すなわち、8000~1万のヒト遺伝子が、膜タンパクをコードしているのだ。呆れることだが、人間の膜タンパク構造のうち明らかにされているものは、わずかに2つしか無い!

 

Q.もしあなたが砂漠の島に取り残されたら、どんな本や音楽が必要ですか?1つだけ答えてください。

私が持って行きたいと思う本は、「Atlas of Human Brain」だ。いつも読みたいと思っていたのだが、そんな時間が全くなかった。かの異常な器官(重さにしてほんの数キログラム)が記憶を組織化し、思考とイメージを作り出し、においを検出する、そればかりか感情と気持ちをも生み出している―私はそれがどうやって行われているかを知りたくて仕方がない。持って行きたいCDは、モーツアルトのピアノ・コンチェルト曲集。持って行きたいDVDは、ショーン・コネリーが007のボンド(ジェームス・ボンド)を演ずる「ロシアより愛をこめて」だ。様々な文化、ユーモア、楽しみ、興奮、エキゾチックな場所、そして美しさに満ちた、不朽の名作映画だ。

[amazonjs asin=”B009CUSHOU” locale=”JP” title=”ロシアより愛をこめて(デジタルリマスター・バージョン) DVD”]

原文:Reactions – Shuguang Zhang
※このインタビューは2007年4月13日に公開されたものです

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 第150回―「触媒反応機構を解明する計算化学」Jeremy Ha…
  2. 第85回―「オープン・サイエンス潮流の推進」Cameron Ne…
  3. 第23回「化学結合の自在切断 ・自在構築を夢見て」侯 召民 教授…
  4. 第14回 有機合成「力」でケミカルバイオロジーへ斬り込む - J…
  5. 第九回 均一系触媒で石油化学に変革を目指すー山下誠講師
  6. 第165回―「光電変換へ応用可能な金属錯体の開発」Ed Cons…
  7. 第48回―「周期表の歴史と哲学」Eric Scerri博士
  8. Christoph A. Schalley

注目情報

ピックアップ記事

  1. 在宅となった化学者がすべきこと
  2. ウォルフ転位 Wolff Rearrangement
  3. サステナブル社会の実現に貢献する新製品開発
  4. チオール-エン反応 Thiol-ene Reaction
  5. システイン選択的タンパク質修飾反応 Cys-Selective Protein Modification
  6. 金属内包フラーレンを使った分子レーダーの創製
  7. 飯島澄男 Sumio Iijima
  8. 【速報】ノーベル化学賞2013は「分子動力学シミュレーション」に!
  9. 200MHzのNMRが持ち歩けるって本当!?
  10. 第61回―「デンドリマーの化学」Donald Tomalia教授

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2010年10月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

注目情報

最新記事

第18回 Student Grant Award 募集のご案内

公益社団法人 新化学技術推進協会 グリーン・サステイナブルケミストリーネットワーク会議(略称:JAC…

杉安和憲 SUGIYASU Kazunori

杉安和憲(SUGIYASU Kazunori, 1977年10月4日〜)は、超分…

化学コミュニケーション賞2024、候補者募集中!

化学コミュニケーション賞は、日本化学連合が2011年に設立した賞です。「化学・化学技術」に対する社会…

相良剛光 SAGARA Yoshimitsu

相良剛光(Yoshimitsu Sagara, 1981年-)は、光機能性超分子…

光化学と私たちの生活そして未来技術へ

はじめに光化学は、エネルギー的に安定な基底状態から不安定な光励起状態への光吸収か…

「可視光アンテナ配位子」でサマリウム還元剤を触媒化

第626回のスポットライトリサーチは、千葉大学国際高等研究基幹・大学院薬学研究院(根本研究室)・栗原…

平井健二 HIRAI Kenji

平井 健二(ひらい けんじ)は、日本の化学者である。専門は、材料化学、光科学。2017年より…

Cu(I) の構造制御による π 逆供与の調節【低圧室温水素貯蔵への一歩】

2024年 Long らは、金属有機構造体中の配位不飽和な三配位銅(I)イオンの幾何構造を系統的に調…

可視光活性な分子内Frustrated Lewis Pairを鍵中間体とする多機能ボリルチオフェノール触媒の開発

第 625 回のスポットライトリサーチは、名古屋大学大学院 工学研究科 有機・高…

3つのラジカルを自由自在!アルケンのアリール-アルキル化反応

アルケンの位置選択的なアリール-アルキル化反応が報告された。ラジカルソーティングを用いた三種類のラジ…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP