[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

Dead Endを回避せよ!「全合成・極限からの一手」⑤(解答編)

[スポンサーリンク]

 

このコーナーでは、直面した困難を克服するべく編み出された、全合成における優れた問題解決とその発想をクイズ形式で紹介してみたいと思います。

第5回はStürmer, Hoffmannらによるエリスロノリド類縁体の全合成が題材でした(問題はこちら)。今回はその解答編になります。

A Short, Linear Synthesis of (9S)-Dihydroerythronolide A
Stürmer, R.; Ritter, K.; Hoffmann, R. W. Angew. Chem. Int. Ed. 1993, 32, 101. DOI: 10.1002/anie.199301011

解答例

今回も第3回と同じく、最後の最後で脱保護が上手くいかない!という“脱保護プロブレム”がテーマです。

合成終盤では温和な条件での脱保護が求められるため、普通は緻密な保護基の選定が行われます。しかし本合成ではほとんど同じ酸性条件で外れてしまうアセタールが2種、最後まで残るルートになっています。モデル化合物では上手く脱保護できたそうですが、少しばかり計画段階から難があったのかも知れません・・・。

ともあれ全合成直前までは行き着いたわけで、あとは脱保護プロブレムさえ解決できればクリア!というのが状況設定です。

これぐらいの大きさの化合物であれば、馬力ある人なら途中から作りなおしたり、無理やり保護基を掛け換えて強引にクリアしてしまうかも知れません。しかし彼らはそうはせず、うまくこの問題をクリアしています。

問題のスキームにもある通り、結局は塩酸水溶液という酸性条件で外しています。ここで選択的脱保護を達成するには、PMPアセタールだけ、酸加水分解に対する耐性を上げてやる必要があります。

・・・そんなことできるの?と一見して思えてしまいますが、驚くべきことになんと、トリニトロトルエンの添加がこの役割を果たすというのです!

ΩΩΩ<な、なんだってー!!!

化学畑の皆さんなら当然ご承知でしょう、これはTNTという略称で有名な爆薬そのものです。

TNT爆薬のデモ動画

こんなもの市販されてるのか???と一瞬我が目を疑いましたよ、ええ。実はこの辺で調べれば簡単に分か・・・いやゲフンゲフン、さすがに売ってても買うのも使うのもはばかられますよね、こんな試薬。

爆薬以外に用途がない試薬を入れて、反応仕込んでみるって発想からして信じがたいですが、化学的観点からすれば、これは割に合理的アイデアたりえるというのだから、また驚きです。

同じアセタールでも、PMPアセタールとシクロペンチリデンアセタールは、電子豊富芳香環を含むか含まないかという違いがあります。一方のTNTは、ニトロ基が3つもくっついている、大変に電子不足な芳香族化合物

おや、この組み合わせ、なんとなくπ-π相互作用というキーワードが透けて見えそうですよね・・・。

そのとおり、実はTNTとPMP基はπ-π相互作用を介して、電荷移動錯体を組むのです。一旦こうなると、PMP環はカチオン性を帯びるため、オキソニウムカチオン生成による開環が抑えられ、引き続く加水分解も起こらない理屈なのだそうで・・・

next_move_5a_1

シクロペンチリデンアセタール側は、もちろんこんな相互作用を起こさないため、通常どおり酸加水分解が進行します。こうして、結果的に選択的脱保護が達成されました。

困ったら、とにかく妙な試薬を手当たり次第混ぜてみるのも、案外悪くないチョイスなのかも知れませんね。そこから新たなケミストリーが見つかればモウマンタイ! ・・・まぁ、現実はそこまで甘くないんですけどね(つД`)

関連書籍

[amazonjs asin=”3527306447″ locale=”JP” title=”Dead Ends and Detours”][amazonjs asin=”3527329765″ locale=”JP” title=”More Dead Ends and Detours”]

関連リンク

Solve your deprotection problems… with TNT (B.R.S.M.)

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 若手研究者に朗報!? Reaxys Prizeに応募しよう
  2. 論文執筆で気をつけたいこと20(2)
  3. ボールペンなどのグリップのはなし
  4. “呼吸するセラミックス” を使った酸素ガス分離・製造
  5. Skype英会話の勧め
  6. 混合試料から各化合物のスペクトルを得る(DOSY法)
  7. 条件最適化向けマテリアルズ・インフォマティクスSaaS 「miH…
  8. 単一分子を検出可能な5色の高光度化学発光タンパク質の開発

注目情報

ピックアップ記事

  1. 室温で緑色発光するp型/n型新半導体を独自の化学設計指針をもとにペロブスカイト型硫化物で実現
  2. ケミカル・ライトの作り方
  3. 高専の化学科ってどんなところ? -その 1-
  4. 大学発ベンチャー「アンジェスMG」イオン液体使った核酸医薬臨床試験開始
  5. 住友化学歴史資料館
  6. 遠藤章 Akira Endo
  7. UCLA研究員死亡事故・その後
  8. 二フッ化酸素 (oxygen difluoride)
  9. 有機合成化学協会誌2023年2月号:セレノリン酸誘導体・糖鎖高次機能・刺激応答型発光性液体材料・生物活性含酸素環式天然物・第9族金属触媒
  10. 有機反応の立体選択性―その考え方と手法

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2012年5月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

注目情報

最新記事

7th Compound Challengeが開催されます!【エントリー〆切:2026年03月02日】 集え、”腕に覚えあり”の合成化学者!!

メルク株式会社より全世界の合成化学者と競い合うイベント、7th Compound Challenge…

乙卯研究所【急募】 有機合成化学分野(研究テーマは自由)の研究員募集

乙卯研究所とは乙卯研究所は、1915年の設立以来、広く薬学の研究を行うことを主要事業とし、その研…

大森 建 Ken OHMORI

大森 建(おおもり けん, 1969年 02月 12日–)は、日本の有機合成化学者。東京科学大学(I…

西川俊夫 Toshio NISHIKAWA

西川俊夫(にしかわ としお、1962年6月1日-)は、日本の有機化学者である。名古屋大学大学院生命農…

市川聡 Satoshi ICHIKAWA

市川 聡(Satoshi Ichikawa, 1971年9月28日-)は、日本の有機化学者・創薬化学…

非侵襲で使えるpH計で水溶液中のpHを測ってみた!

今回は、知っているようで知らない、なんとなく分かっているようで実は測定が難しい pH計(pHセンサー…

有馬温泉で鉄イオン水溶液について学んできた【化学者が行く温泉巡りの旅】

有馬温泉の金泉は、塩化物濃度と鉄濃度が日本の温泉の中で最も高い温泉で、黄褐色を呈する温泉です。この記…

HPLCをPATツールに変換!オンラインHPLCシステム:DirectInject-LC

これまでの自動サンプリング技術多くの製薬・化学メーカーはその生産性向上のため、有…

MEDCHEM NEWS 34-4 号「新しいモダリティとして注目を浴びる分解創薬」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

圧力に依存して還元反応が進行!~シクロファン構造を活用した新機能~

第686回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機化学第一研究室(鈴木孝…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP