[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

ニッケル触媒でアミド結合を切断する

[スポンサーリンク]

2015年、カリフォルニア大学ロサンゼルス校・Neil Gargらは、ニッケル触媒を用いることで,穏和な条件下でのアミド結合の切断を介するエステルの生成に成功した。

“Conversion of amides to esters by the nickel-catalysed activation of amide C–N bonds”
Hie, L.;  Nathel, N. F. F.; Shah, T. K.; Baker, E. L.; Hong, X.; Yang, Y.-F.; Liu, P.; Houk, K. N.; Garg, N. K. Nature 2015, 524, 79–83. doi:10.1038/nature14615

問題設定

アミドはタンパク質にも含まれるありふれた官能基である。 窒素原子の電子供与性による共鳴の寄与により、C-N結合は強固なものとなっており、合成の際に多くの反応条件下で許容であるため有用である。その一方で、アミドC-N結合を合成化学的に穏和に切断することは、酵素反応を除いていまだ難しい。従来報告されていたアミドの切断としては、Schwartz試薬によるアルデヒドへの変換やWeinrebアミドの有機金属試薬との反応などが挙げられる。

またアミドのエステル化では、強酸性または強塩基性、溶媒量のアルコールなど厳しい条件が一般に必要であった。確実性の高いアミドのエステル化としては、Keckによるアミド酸素メチル化後の加水分解による方法[1]が挙げられるが、この方法はメチルエステルに適用が限られる。

技術や手法のキモ

Gargらは、安価なニッケル触媒によってアミドのC-N結合を有機金属素過程(酸化的付加)によって活性化するというアプローチを用い、アミドの低反応性という課題を回避している。非常にマイルドな条件下に行うことができるため、アミドが合成的に有用なbuilding blocksになりうると主張している。

主張の有効性検証

①計算化学と実験両面からの反応検討

ベンズアミド を基質として安息香酸メチルを得るニッケル-NHC触媒反応の検討が、計算化学とともに行われている。N上の置換基によってアミド→エステル変換のエネルギー関係がどのように変わるかを調べるべく、計算化学からΔGおよび酸化的付加のエネルギー障壁が求められた。WeinrebアミドN-アリールアミドがエネルギー的に有利であり、N-アルキルアミドは不利となる。実際の反応収率も、概ねこの傾向に沿っている。

最終的に、N-メチルアニリド(R1 = Ph, R2 = Me)を基質とした条件検討により、MeOH 1.2当量, 80℃の条件下で>99%収率を与える最適条件が定められた。

本反応では、Ni触媒およびNHC配位子(SIPr)のいずれが欠けても反応が進行しない。配位子の検討も行われており、SIPrが最善となっている。

②基質一般性の検討

アミド側とアルコール側の基質範囲が調べられている。アミド側の基質について、芳香族カルボン酸由来のアミドが主であり、脂肪族カルボン酸由来のアミドでは本反応は進行しなかった。一方、アルコール側基質は幅広く許容される。またアミド窒素がPhのみならずTsやBoc置換された基質でも反応は進行しており、熱力学的に有利である限り必ずしもアニリド基質である必要はない。

③触媒サイクル

DFT計算により図のような触媒機構が想定された。Niへの酸化的付加、配位子交換、還元的脱離から成る。酸化的付加の段階が律速(+26.0 kcal/mol)とされ、 反応全体は熱力学的に有利(ΔG=-6.8 kcal/mol)であると算出されている。

1216からの脱カルボニル化経路についても遷移状態の計算が行われており、それぞれ不利であることが分かっている。

冒頭論文より引用・改変

④選択的アミド切断

二級アミドと三級アミドが混在する基質において、反応性の高い三級アミドのみを選択的にエステル化できること、エステルの存在下でアミドだけエステル化できることを示している。また、プロリンやバリン由来のアミド含有基質に対して本反応を行っても、反応条件が温和なためエピ化を起こさず高いeeを保つことができている。

議論すべき点

  • エステル化に用いられるアルコールは適用範囲が広く、ほぼ当量使用で済む。アミド側の制限さえ克服できれば、多様なエステルへの変換に利用しやすい条件にはなるだろう。
  • マイルドとは言え反応温度が80℃であるので、タンパク性の基質などへの展開を考えるならば、さらに穏和な条件への改良が求められる。

次に読むべき論文は?

  • Zn触媒を用いて2工程 (one-pot)、40-60℃という条件にて、ルイス酸形式での一級アミド切断→エステル化が報告されている[2]。作り込んだアミドは必要。
  • DPT-BM試薬を用いて中性条件室温下でO-Bn化を経由し、アミドの切断に成功している例もある[3]。

参考文献

  1. Keck, G. E.; McLaws, M. D.; Wager, T. T. Tetrahedron 2000, 56, 9875. doi:10.1016/S0040-4020(00)00969-8
  2. Wybon, C. C. D.; Mensch, C.; Hollanders, K.; Gadais, C.; Herrebout, W. A.; Ballet, S.; Maes, B. U. W.  ACS Catal. 2018, 8, 203. DOI: 10.1021/acscatal.7b02599
  3. Yamada, K.; Karuo, Y.; Tsukada, Y.; Kunishima, M. Chem. Eur. J. 2016, 22, 14042. doi:10.1002/chem.201603120
Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 電池で空を飛ぶ
  2. 一重項励起子開裂を利用した世界初の有機EL素子
  3. 第六回ケムステVプレミアレクチャー「有機イオン対の分子設計に基づ…
  4. 実験ノートの字について
  5. アラインをパズルのピースのように繋げる!
  6. MOF 内の水分子吸着過程の解析とそれに基づく水蒸気捕集技術の向…
  7. タミフルの新規合成法
  8. 水晶振動子マイクロバランス(QCM)とは~表面分析・生化学研究の…

注目情報

ピックアップ記事

  1. ESIPTを2回起こすESDPT分子
  2. ウラジミール・ゲヴォルギャン Vladimir Gevorgyan
  3. ボロン酸触媒によるアミド形成 Amide Formation Catalyzed by Boronic Acids
  4. 【書籍】有機スペクトル解析入門
  5. 中高生・高専生でも研究が学べる!サイエンスメンタープログラム
  6. 「2010年トップ3を目指す」万有製薬平手社長
  7. ACS Macro Letters創刊!
  8. 化学は切手と縁が深い
  9. 化学者のためのエレクトロニクス講座~半導体の歴史編~
  10. 位置選択性の制御が可能なスチレンのヒドロアリール化

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年11月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  

注目情報

最新記事

アクリルアミド類のanti-Michael型付加反応の開発ーPd触媒による反応中間体の安定性が鍵―

第622回のスポットライトリサーチは、東京理科大学大学院理学研究科(松田研究室)修士2年の茂呂 諒太…

エントロピーを表す記号はなぜSなのか

Tshozoです。エントロピーの後日談が8年経っても一向に進んでないのは私が熱力学に向いてないことの…

AI解析プラットフォーム Multi-Sigmaとは?

Multi-Sigmaは少ないデータからAIによる予測、要因分析、最適化まで解析可能なプラットフォー…

【11/20~22】第41回メディシナルケミストリーシンポジウム@京都

概要メディシナルケミストリーシンポジウムは、日本の創薬力の向上或いは関連研究分野…

有機電解合成のはなし ~アンモニア常温常圧合成のキー技術~

(出典:燃料アンモニアサプライチェーンの構築 | NEDO グリーンイノベーション基金)Ts…

光触媒でエステルを多電子還元する

第621回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域(魚住グループ)にて…

ケムステSlackが開設5周年を迎えました!

日本初の化学専用オープンコミュニティとして発足した「ケムステSlack」が、めで…

人事・DX推進のご担当者の方へ〜研究開発でDXを進めるには

開催日:2024/07/24 申込みはこちら■開催概要新たな技術が生まれ続けるVUCAな…

酵素を照らす新たな光!アミノ酸の酸化的クロスカップリング

酵素と可視光レドックス触媒を協働させる、アミノ酸の酸化的クロスカップリング反応が開発された。多様な非…

二元貴金属酸化物触媒によるC–H活性化: 分子状酸素を酸化剤とするアレーンとカルボン酸の酸化的カップリング

第620回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院工学研究院(本倉研究室)の長谷川 慎吾 助教…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP