[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

化合物と結合したタンパク質の熱安定性変化をプロテオームワイドに解析

[スポンサーリンク]

第254回のスポットライトリサーチは、理化学研究所 環境資源科学研究センター(長田研究室)・永澤 生久子さんにお願いしました。

化合物と結合するタンパク質(=医薬標的候補)を見つけ出す作業は、基礎生命科学・創薬科学の双方から極めて重要です。今回紹介するトピックはそのための新規探索法であり、タンパク質の「熱安定性」に着目することが特徴です。Cell Chemical Biology誌 原著論文・プレスリリースに公開されています。

“Identification of a Small Compound Targeting PKM2-Regulated Signaling Using 2D Gel Electrophoresis-Based Proteome-wide CETSA”
Nagasawa, I.; Muroi, M.; Kawatani, M.; Ohishi, T.; Ohba, S.-i.; Kawada, M.; Osada, H. Cell Chem. Biol. 2020, 27, 186-196. doi:10.1016/j.chembiol.2019.11.010

研究室を主宰されている長田裕之 グループディレクターから、永澤さんついて以下のコメントを頂いています。着実に研究キャリアを発展させ、来年度から製薬企業で新たなキャリアを歩まれるとのこと。新たな世界でのご活躍が期待されます。それでは今回もインタビューをお楽しみください!

 永澤さんは、学生時代から現在に至るまで、ずっと抗がん剤開発に興味を持っており、大学院生としてがん研化学療法センターで研修した後、理研に基礎科学特別研究員として在籍していました。つい最近、これまで培った学識を生かせる職場を選択し、製薬企業に就職しました。永澤さんは、理詰めで説得力のある話し方をするので、学会の発表賞をいくつか受賞しましたし、広報室からの依頼で高校生や一般の人向けに講演もしました。今後は、企業人として、臨床医とがん患者が安心して使用できる抗がん剤を提供してくれるものと期待しています。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

表現型スクリーニングにより見いだされた生理活性化合物の標的分子の解明は、創薬研究において重要なステップですが、共通の正攻法がないため多くの時間と労力を要します。今回私たちは、薬剤標的分子解析の手法として、細胞サーマルシフトアッセイ(CEllular Thermal Shift Assay;CETSA)と二次元電気泳動を用いたプロテオーム解析を組み合わせることで、化合物との結合によって熱安定性が変化するタンパク質を網羅的に解析する「2DE-CETSA」を構築しました。本手法を用いて、ヒトがん細胞株に対して細胞増殖阻害作用を持つ化合物NPD10084の標的タンパク質の候補として、解糖系の代謝酵素の一つであるPKM2を同定することに成功しました。興味深いことにNPD10084は、PKM2の解糖系における機能であるピルビン酸キナーゼ活性には影響を与えず、解糖系とは別の機能として知られるタンパク質間相互作用を抑制し、下流シグナル伝達を阻害することを明らかにしました。

図 2DE-CETSAの手順(上)とNPD10084によるPKM2タンパク質の熱安定性の低下(下)

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

NPD10084は私が理研に来て最初に行った、大腸がん細胞株の細胞増殖阻害活性を指標としたスクリーニングから見出した化合物でしたので、とても愛着があります。NPD10084による細胞増殖阻害効果は、どんながん細胞株においても見えるわけではなく、そこから何か特異的な標的分子が存在していると考えました。しかし、既存の手法を用いた標的分子の探索では上手くいかず、NPD10084の作用機序解析は難航しました。そんな中、当初は別プロジェクトとして取り組んでいた2DE-CETSAによる解析を試し、NPD10084処理サンプルにおいてPKM2の熱安定性変化を発見しました。その結果を目にした時はとても興奮したことを覚えています。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

2DE-CETSA解析によって、NPD10084によるPKM2の熱安定性変化を観察した時には、このままスムーズに作用機序を明らかにできると思いましたがそれは甘い考えでした。その直後にNPD10084がPKM2のピルビン酸キナーゼ活性に影響しないことが分かり、私の仮説は振り出しに戻りました。しかしこの予想外の結果を得たことで、NPD10084に対する興味は一層高まり、PKM2のタンパク質間相互作用に焦点を当てて解析を進めました。その後も、次々と生じる疑問を一つずつ解消していく地道な作業が続きましたが、最終的には、NPD10084が、PKM2とβ-catenin及びPKM2とSTAT3のタンパク質間相互作用を阻害することを明らかにすることができました。ここに辿り着くまで道のりは、研究スキルだけでなく私自身を大きく成長させてくれたと感じています。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

NPD10084がそうであったように、低分子化合物は細胞内において予想外な振る舞いを見せ、それを目の当たりにするたびに、小さな化合物の計り知れない可能性を感じます。そして、世界にはまだまだ面白い“action”を起こす化合物が存在していることを想像するとワクワクします。私自身は現在、研究そのものからは離れましたが、これからも低分子化合物のサイエンスに対する好奇心を大切に、微力ながら創薬に携わっていきたいと思っています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

私の理研での研究生活は、幸運なことに異なる分野の研究者が身近に沢山いる恵まれた環境でした。自分とは違う専門性、価値観、方法論をもっている人との何気ない会話の中には、自分の研究に繋がるヒントや考え方を転換するきっかけが多くあり、研究を発展させてくれました。是非、年齢や役職に関係なく、むしろ研究者に限らず、分野の枠を飛び越えた活発なコラボレーションによってシナジーが生まれていってほしいです。

研究者の略歴

名前:永澤 生久子
所属:理化学研究所 環境資源科学研究センター ケミカルバイオロジー研究グループ 基礎科学特別研究員(2020年1月退職)
研究テーマ:抗がん活性を有する化合物の探索、活性化合物の作用機序解析

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 歴史の長いマイクロウェーブ合成装置「Biotage® Initi…
  2. 電池材料におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用
  3. 「フント則を破る」励起一重項と三重項のエネルギーが逆転した発光材…
  4. 【ケムステSlackに訊いてみた②】化学者に数学は必要なのか?
  5. 合成ルートはどれだけ”良く”できるのか?…
  6. YMC「水素吸蔵合金キャニスター」:水素を安全・効率的に所有!
  7. 「弱い相互作用」でC–H結合活性化を加速
  8. 「遠隔位のC-H結合を触媒的に酸化する」―イリノイ大学アーバナ・…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 【25卒 化学業界企業合同説明会 8/29(火)・30(水)・9/5(火)・6(水) Zoomウェビナー開催!】化学系学生のための就活
  2. 信越化学・旭化成ケミカルズが石化品値上げ
  3. アメリカで Ph.D. を取る –エッセイを書くの巻– (後編)
  4. 第153回―「ネットワーク無機材料の結晶学」Micheal O’Keeffe教授
  5. 高純度化学研究所が実物周期標本を発売開始
  6. 第54回天然有機化合物討論会
  7. 炭素ボールに穴、水素入れ閉じ込め 「分子手術」成功
  8. アゾ化合物シストランス光異性化
  9. 元素・人気記事ランキング・新刊の化学書籍を追加
  10. 吉見 泰治 Yasuharu YOSHIMI

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2020年3月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

第69回「見えないものを見えるようにする」野々山貴行准教授

第69回目の研究者インタビューです! 今回は第52回ケムステVシンポ「生体関連セラミックス科学が切り…

第68回「表面・界面の科学からバイオセラミックスの未来に輝きを」多賀谷 基博 准教授

第68回目の研究者インタビューです! 今回は第52回ケムステVシンポ「生体関連セラミックス科学が切り…

配座制御が鍵!(–)-Rauvomine Bの全合成

シクロプロパン環をもつインドールアルカロイド(–)-rauvomine Bの初の全合成が達成された。…

岩田浩明 Hiroaki IWATA

岩田浩明(いわたひろあき)は、日本のデータサイエンティスト・計算科学者である。鳥取大学医学部 教授。…

人羅勇気 Yuki HITORA

人羅 勇気(ひとら ゆうき, 1987年5月3日-)は、日本の化学者である。熊本大学大学院生命科学研…

榊原康文 Yasubumi SAKAKIBARA

榊原康文(Yasubumi Sakakibara, 1960年5月13日-)は、日本の生命情報科学者…

遺伝子の転写調節因子LmrRの疎水性ポケットを利用した有機触媒反応

こんにちは,熊葛です!研究の面白さの一つに,異なる分野の研究結果を利用することが挙げられるかと思いま…

新規チオ酢酸カリウム基を利用した高速エポキシ開環反応のはなし

Tshozoです。最近エポキシ系材料を使うことになり色々勉強しておりましたところ、これまで関連記…

第52回ケムステVシンポ「生体関連セラミックス科学が切り拓く次世代型材料機能」を開催します!

続けてのケムステVシンポの会告です! 本記事は、第52回ケムステVシンポジウムの開催告知です!…

2024年ノーベル化学賞ケムステ予想当選者発表!

大変長らくお待たせしました! 2024年ノーベル化学賞予想の結果発表です!2…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP