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クリックケミストリー / Click chemistry

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クリックケミストリー (Click Chemistry) は、様々な機能性物質 (医薬候補化合物、バイオプローブ、ソフトマテリアルなど) 創製を目指した、大局的な化学研究スタイル[1]のひとつ。2022 年のノーベル化学賞受賞テーマとなった (参考記事:【速報】2022年ノーベル化学賞は「クリックケミストリーと生体直交化学」へ!)。

ベルトのバックルが「カチッと音を立てて結合する (Click)」という単語が示すとおり、高選択的・高速度・高収率で手軽に強固な結合を形性可能な基盤技術として用いられることが特徴である。生体直交 (Bioorthogonal) 反応の代表格として知られている。
クリックケミストリーは、繊細で熟練の技術が必要とされる従来の化学合成手法を用いなくても、結合形成に必要となる官能基を備えた分子同士を混ぜ合わせるだけで、簡単に結合できる。高度に官能基化された生体分子 (タンパク質、核酸、糖鎖) などの、複雑な分子同士を結合させて、高付加価値な化合物を作りたい場合に特に有用な技術である。創薬分野をはじめ、材料などの新規化合物の探索時間短縮などにつながることが期待されている。

Huisgen 環化反応と CuAAC

アジドとアルキンを用いる Huisgen[3+2]環化がクリックケミストリーの代名詞的反応として知られている。アジド-アルキンの組み合わせは、自然界/生体系には存在しないものでもあった。つまり Huisgen 環化は、タンパク質、核酸、糖鎖など、それらが持つさまざまな官能基に影響されず、分子どうしを狙って選択的につなぎ合わせる反応として、大きな可能性を秘めていた。しかし、ロルフ・ヒュスゲン教授 (故人) が提唱した当初 (1961年) の本反応は反応速度が遅いことが問題であり、当時さほど注目はされていなかった。
2022年ノーベル化学賞受賞者であるバリー・シャープレス教授はこの Huisgen 環化反応に注目し、大抵どんな分子 (官能基) が存在しようが水や酸素に触れていようが、選択的に化学結合を作れること、複雑な分子を簡単に組み上げる目的に有用であることを実証した。そして反応化学の卓越した専門視点をもって、「クリックケミストリー」を提唱するコンセプト総説をまとめ上げ、2001 年に発表した (奇しくもシャープレスはクリックケミストリーを提唱した論文を発表した2001年に、1回目のノーベル化学賞を受賞している)。この総説は 2026 年現在までに 19,000 回以上も引用されている。ただ、本総説において Huisgen 環化反応はクリックケミストリーの概念を実現するための一例に過ぎなかった。

ヒュスゲンの開発したオリジナルの条件そのままだと、反応進行にかなりの加熱を必要としてしまい、熱などに敏感なタンパク質などの生体分子に対して適用することは難しかった。これに解決の糸口を与えたのが、2022 年ノーベル化学賞 2 人目の受賞者であるモーテン・メルダル教授である。彼は、Huisgen反応が 1価の銅触媒によって劇的 (100万倍以上) に加速される事実を見出した。これによって室温でクリック反応が進行し、敏感で不安定な分子同士でもつなぎ合わせることができるようになったため、新たな次元の応用が開拓された。さらに銅触媒を用いると、1,4-二置換-1,2,3-トリアゾールが選択的に得られることも特筆すべき点になる。ちなみにシャープレス教授もほぼ同時期に、銅触媒の反応加速効果を見出すに至っている。
本反応は銅触媒アジド-アルキン環化付加反応 (Copper-calalyzed Azide-Alkyne Cycloaddition) のイニシャリズムとして CuAAC と呼ばれることが多い。

2014-10-31_08-37-41銅触媒 Huisgen[3+2] 環化 (CuAAC)

クリックケミストリーの具体化として、シャープレスはアセチルコリンエステラーゼ (AChE) 内で、2つの阻害剤をクリックケミストリー的手法を用いて架橋させるという、鋳型法 (in situ クリックケミストリー) によるリンカー探索を行った。その結果、世界最強のAchE阻害剤を発見することに成功している[2]。

click_chemistry_3

 

銅の毒性と配位子の利用

一価銅は強力な触媒であるが、重金属であるがゆえの生体毒性 (タンパク質などに結合し毒性を示す) と、さらに空気存在下と還元剤の存在下でサイクル的に活性酸素種を生成するという難点を有する。CuAAC では銅を還元状態の一価に保つため、アスコルビン酸ナトリウムなどの還元剤を添加するのが一般的である。しかし、銅とアスコルビン酸の組み合わせは活性酸素の生成を促進するプロオキシダント効果を示し、生体成分にさまざまな酸化障害をもたらすと考えられる。

その解決策の一つとして、一価銅に対する配位子を用い銅の使用量を軽減する方法が用いられている。配位子としては、Tris[(1-benzyl-1H-1,2,3-triazol-4-yl)methyl]amine (TBTA)、Tris(2-benzimidazolylmethyl)amine [(BimH)3]、Tris(3-hydroxypropyltriazolylmethyl)amine (THTPA) などが市販され、汎用されている。

しかしながら、一部の配位子は活性酸素種の生成を抑えきれない可能性が示されている (参考資料)。特に THPTA とアスコルビン酸ナトリウムとの併用は活性酸素種の生成を劇的に増加させることが示されている。このように、CuAAC は生体直交反応として回避しきれない問題を抱えている。

SPAAC と SPIEDAC

ひずみ促進型アジド-アルキン付加環化 (strain-promoted azide-alkyne cycloaddition, SPAAC) は、2022 年ノーベル化学賞 3 人目の受賞者キャロライン・ベルトッツィ教授が構築した新機軸のクリックケミストリーである。

SPAAC はシクロオクチンのような、ひずみエネルギーの大きな大環状内部アルキンとアジド間の付加環化反応であり、ひずみ解消のエネルギーによって銅触媒フリーで反応が進行する。詳細はケムステ記事「歪み促進型アジド-アルキン付加環化 SPAAC Reaction」を参照されたい。本反応は毒性を回避した生体直交反応という点での一つの到達点であり、近年の生体分子ラベル化反応では専ら SPAAC が利用されるようになってきている。

ベルトッツィ教授は、アジド基を導入した糖を細胞に加えて膜表面に提示させ、ひずんだ環状アルキニル基を備えた蛍光分子と結合させることで、細胞表面の糖鎖を標識することに成功した。

ただし SPAAC にも問題点は残っており、ひずみアルキンの合成の難しさや市販試薬の高価さ、反応速度の遅さなどがネックとなる場合がある。
反応速度の遅さを補った改良型手法として「ひずみ促進逆電子要請型 Diels-Alder 反応(Strain-Promoted Inverse Electron-demand Diels-Alder Cycloaddition, SPIEDAC)」(詳細はケムステ記事参照) も存在し、こちらはひずみアルキンとテトラジン類の反応を基にした生体直交反応である (下図)。

SuFEx

シャープレス教授は 2014 年に、硫黄-フッ素交換反応(SuFEx反応) が新たなクリックケミストリーの足場となる、という総説を発表した[3]。詳細はケムステ記事「新たなクリックケミストリーを拓く”SuFEx反応”」およびメルク株式会社「SuFEx:次世代クリック反応として期待のスルホニルフルオリド」を参照されたい。

SuFEx 反応が Bioorthogonal な理由として、-SO2F基が、酸化・還元・加水分解などの各種化学条件にきわめて安定であることが挙げられる。特定の活性化条件(プロトン源もしくはケイ素化合物の共存)に伏さない限り、目立った反応性を示さないため高い化学選択性が生じる。この特徴は、一般的なビルディングブロックであるスルホニルクロリド類 (-SO2Cl 基) と大きく異なる。
合成原料になるSO2F2が毒性気体であり、ドラフト中で注意深く扱うことが必要とされている。それに対し、簡便に -SO2F 構造を導入する試薬としてエテンスルホニルフルオリド (ESF) が各社試薬会社より市販されている。本試薬は求核試薬に簡単かつ高収率でスルホニルフルオリドを組み込むことができる。

おわりに

クリック反応、特に CuAAC や SPAAC は、特別な化学的知識を持たずとも実行可能な生体直交反応としての地位を確立し、ノーベル化学賞の受賞テーマに選ばれる運びとなった。上手に使用するシチュエーションを選択する必要があるものの、提唱からものの 20 年ほどで分野を超えた利用が盛んになったのは特筆すべき点である。今後もクリックケミストリーの発展を願ってやまない。

関連論文

  1. Review: Kolb, H. C.; Finn, M. G.; Sharpless, K. B. Angew. Chem. Int. Ed. 2001, 40, 2004. [DOI]
  2. (a) Sharpless, K. B. et al.  Angew. Chem. Int. Ed. 2002, 41, 1053. [DOI] (b) Sharpless, K. B. et al. J. Am. Chem. Soc. 2005, 127, 6686. DOI:10.1021/ja043031t
  3. Dong, J.; Krasnova, L.; Finn, M. G.; Sharpless, K. B. Angew. Chem. Int. Ed. 2014, 53, 9430, DOI: 10.1002/anie.201309399

関連ケムステ記事

・歪み促進型アジド-アルキン付加環化 SPAAC Reaction
・ひずみ促進逆電子要請型 Diels-Alder 反応(Strain-Promoted Inverse Electron-demand Diels-Alder Cycloaddition, SPIEDAC
・新たなクリックケミストリーを拓く”SuFEx反応”
・チオール-エン反応 Thiol-ene Reaction
・クリック反応の反応機構が覆される
・【速報】2022年ノーベル化学賞は「クリックケミストリーと生体直交化学」へ!
・第34回ケムステVシンポ「日本のクリックケミストリー」を開催します!
・【クリックは完了. よし壊せ!】イミノカルベノイドによる渡環および 1,3-挿入 Iminocarbenoids Derived from Triazoles for Transannulations/1,3-Inserstions
・クリック反応を用いて、機能性分子を持つイナミド類を自在合成!
・有機合成にさようなら!“混ぜるだけ”蛍光プローブ3秒間クッキング

関連書籍

Click Chemistry in Glycoscience: New Developments and Strategies (English Edition)

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Witczak, Zbigniew J., Bielski, Roman
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cosine

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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DAICHAN

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創薬化学者と薬局薬剤師の二足の草鞋を履きこなしていた、四年制薬学科の生き残り。現在は私大薬学部教員として実験に邁進中。
薬を「創る」と「使う」の双方からサイエンスに向き合っています。
しかし趣味は魏志倭人伝の解釈と北方民族の古代史という、あからさまな文系人間。
どこへ向かうかはfurther research is needed.

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