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化学における特許権侵害訴訟~特許の真価が問われる時~

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ダイセルが被控訴人補助参加人として参加していた特許権侵害差止請求訴訟控訴審において、2020年6月24日に知的財産高等裁判所より被控訴人側の勝訴とする判決が言い渡されました。本訴訟は、大塚製薬が、被告企業の製品が原告保有の特許権(特許5946489号)を侵害するとして、製品の差止を求め、2017年10月20日に東京地方裁判所に提訴したものです。ダイセルは、当該製品の原材料となるエクオール「フラボセル®EQ-5」を被告企業に対して販売していることから、被告補助参加人として本訴訟に第一審より参加してまいりました。 (引用:ダイセルプレスリリース6月25日)

ケムステでは特許に関する内容を何度か紹介してきましたが、特許の登録に関する話題が中心でした。今回は角度を変えて、特許という武器の真価が問われる特許権侵害差止請求訴訟について少し古いニュースを題材に紹介します。

特許を出願する目的は自分の発明を一定期間保護し、独占的にビジネスを行うためです。そのため特許が登録されて仕事が終わりではなく、他社が自分の特許技術を使ってビジネスをしていないか市場を監視する必要があります。仮に特許の侵害が見つかれば損害を被っていることになるので、侵害している他者を裁判で訴えることができます。このニュースでは、大塚製薬は、ダイセルが大塚製薬の特許5946489号を侵害してビジネスを行っているとして、該当商品の販売差し止めを求めて東京地方裁判所に提訴しました。

結果として第一審でも第二審でも訴えは認められずダイセルの勝訴となっていますが、争点を詳しく見るために特許の明細と販売されている製品の状態、第二審における双方の主張、裁判所の判断を判例を見ていきます。

特許の請求項

まずどの部分をもって侵害が起きていると判断するかですが、請求項が特許において権利を主張するための項目であり、ここの解釈によって保護する技術が決まります。大塚製薬の特許5946489号では、

【請求項1】
オルニチン及びエクオールを含有する大豆胚軸発酵物。

【請求項2】
乾燥重量1g当たり,1~20mgのエクオールを含有する,請求項1に記載の大豆胚軸発酵物。

【請求項3】
オルニチン及びエクオールを含有する大豆胚軸発酵物であって,発酵生成物であるオルニチンを前記大豆胚軸発酵物の乾燥重量1g当たり8mg以上含有し,発酵生成物であるエクオールを前記大豆胚軸発酵物の乾燥重量1g当たり1mg以上含有し,前記大豆胚軸発酵物中のゲニステイン類の総和の含有比率が前記大豆胚軸発酵物中のイソフラボンの総量当たり12重量%以下である,前記大豆胚軸発酵物を配合した食品,特定保健用食品,栄養栄養補助食品,機能性食品,又は病者用食品。

との請求項があります。判例では論点を分かりやすくするために、キーとなる文章に対して下記のような番号を振ります。

【請求項1】
1-A オルニチン及び
1-B エクオールを含有する
1-C 大豆胚軸発酵物
【請求項3】
3’-A オルニチン及びエクオールを含有する大豆胚軸発酵物であって,
3’-B 発酵生成物であるオルニチンを前記大豆胚軸発酵物の乾燥重量1g当たり8mg以上含有し,
3’-C 発酵生成物であるエクオールを前記大豆胚軸発酵物の乾燥重量1g当たり1mg以上含有し,
3’-D 前記大豆胚軸発酵物中のゲニステイン類の総和の含有比率が前記大豆胚軸発酵物中のイソフラボンの総量当たり12重量%以下である,
3’-E 前記大豆胚軸発酵物
3’-F を配合した食品,特定保健用食品,栄養補助食品,機能性食品,又は病者用食品。

請求項3を簡潔に書くとすると、大豆胚軸発酵物の中にオルニチンとエクオール、イソフラボンが指定の配合で含まれた健康食品をカバーしているようです。

オルニチンの構造式

エクオールの構造式

イソフラボンの構造式、ベンゼン環に結合する官能基によって様々な誘導体が存在する。

製品の詳細

一方、上記の特許を侵害していると訴えられた製品ですが、EQ-5を原材料とし,これにビール酵母,ラクトビオン酸含有乳糖発酵などを配合したものをカプセルに封入した経口摂取型のサプリメントです。そしてこの原材料EQ-5が、大豆胚軸から抽出された大豆胚軸抽出物であるイソフラボンに種菌を加えて発酵させて得られた発酵物で、

  1. 1.32 g(3カプセル)当たりエクオール約10 mgを含有
  2. 1.32 g(3カプセル)当たりオルニチン約24.29 mgを含有
  3. イソフラボン類中のゲニステイン類の総和の含有比率がイソフラボンの総量当たり0.6 重量%

といった配合であるとしています。実際に商品を販売しているのは株式会社アドバンスト・メディカル・ケアですが、ダイセルがEQ-5を製造し株式会社アドバンスト・メディカル・ケアに供給しているため、被控訴人補助参加人として加わっています。

株式会社アドバンスト・メディカル・ケアが販売していて販売の差し止めを求められた製品(出典:アマゾン

双方の主張

大きな論点は、請求項1に書かれている「大豆胚軸発酵物」に、EQ-5に含まれる「大豆胚軸抽出物を発酵原料とする発酵物」が含まれるかであり、大塚製薬側は、発酵は通常行われる処理であり、「大豆胚軸発酵物」に「大豆胚軸発酵原料とする発酵物」も含まれると主張しています。一方のダイセル側は、発酵をはじめとする加工処理により「大豆胚軸抽出物を発酵原料とする発酵物」は「大豆胚軸発酵物」とは別物になっていると主張しています。

請求項3に関しても大塚製薬側は、「大豆胚軸抽出物を発酵原料とする発酵物」「大豆胚軸抽出物」に含まれるため、すべての要件を満たすと主張している一方、ダイセル側は「大豆胚軸抽出物を発酵原料とする発酵物」は、「大豆胚軸抽出物」に含まれないため、製品は請求項3を区切った3’-A 、E、Fが該当しないと主張しています。

さらに均等論についても論点になっています。均等論とは、侵害している製品が特許発明と同じでなくても、均等と評価できる場合には特許権の効力が及ぶとする考え方で、それには下記の5つの要件があります。

1. その相違部分が特許発明の本質的部分ではないこと(非本質的部分)
2. その相違部分をその製品におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達成することができ、同じ作用効果を奏すること(置換可能性)
3. その製品の製造時点において、当業者がそのような置き換えを容易に想到できたものであること(侵害時の置換容易性)
4. その製品が、特許発明の特許出願時点における公知技術と同一ではなく、また当業者がその公知技術から出願時に容易に推考できたものではないこと(出願時公知技術からの容易推考困難性)
5. その製品が発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たる等の特段の事情もないこと(意識的除外)

第一から第三要件は、特許を持つ側が侵害している製品に対して満たしていることを主張して侵害を証明し、逆に第四と五要件は製品が満たしていないことを主張し特許を侵害していないことを証明するために使います。実際に大塚製薬側は、「大豆胚軸抽出物を発酵原料とする発酵物」は「大豆胚軸抽出物」に含まれるとした場合、請求項の構成と異なるがこの第一から第三要件を満たすため、特許を侵害していると主張しました。一方のダイセル側は、第一、二、五要件を満たしていないため均等論は成り立たないと主張しています。

裁判所の判断

では、裁判所はどのような判断を示したのでしょうか。

「大豆胚軸抽出物を発酵原料とする発酵物」が「大豆胚軸抽出物」に含まれるかについて特許明細書の中では、

  • 「大豆胚軸発酵物」が定義されていない。
  • 「大豆胚軸発酵物」の発酵原料としての「大豆胚軸抽出物」と「大豆胚軸」自体とを明確に区別している部分もある。
  • で製品の条件のような実施例に関する記載がない。
  • 「大豆胚軸抽出物」は発酵原料に適さないとの記述がある。

という状況を示し、「大豆胚軸抽出物を発酵原料とする発酵物」が「大豆胚軸抽出物」に含まれないとの判断を示しました。

また大塚製薬側の発酵は通常行われる処理であるとの主張に対して裁判所は、

  • 明細書に記載がないこと、
  • 証拠が足りないこと、
  • 追試において明細書に記述がない操作を複数行っており、明細書に記述された処理を行ったとはいえない。

としてコストが高く,発酵のために別途栄養素が必要になる「大豆胚軸抽出物」の発酵は、「大豆胚軸抽出物」の通常の処理とは認められないとの判断を出しました。EQ-5の原料イソフラボン中の90%以上は,ダイゼイン類,ゲニステイン類及びグリシテイン類(種菌)のイソフラボンであり、コストが高く,発酵のために別途栄養素が必要となるような「大豆胚軸抽出物を発酵原料とする発酵物」に当たるため、請求項に記載されている「大豆胚軸発酵物」に該当しないと判断しています。その他の大塚製薬側の主張に対しても同様の理由で裁判所は認めませんでした。

ダイゼインの構造式

ゲニステインの構造式

グリシテインの構造式

今回詳しく取り上げたのは、2020年の6月に判決が出たのは控訴審の内容ですが、第一審においても上記の論点についてお互いが異なる主張をしていて、裁判所もこの控訴審と同様の判断を下して訴えを認めなかったという経緯があります。

この裁判から学ぶこと

論点は、「大豆胚軸抽出物」を発酵原料とする発酵物が「大豆胚軸抽出物」に含まれるかであり、言葉の少しの違いに対してたくさんの主張を持ち込み、それぞれの正当性を証明しようとしていることがわかります。また、加工処理が一般的かそうでないかについても、両者がそれぞれの主張に合理的な事象を説明しています。このように特許では小さな違いの解釈によって大きな権利の違いが生まれることがわかります。

この裁判では、侵害は認められませんでしたが、仮に侵害していると認められると、販売停止や損害賠償といった大きな打撃を受けてしまいます。そうならないためにまず製品化を行う場合には、発表されている特許を確認して抵触する特許が無いことを確認することが必要です。製造が始まってから抵触する特許に気づいた場合、研究開発でかけた時間とお金が無駄になってしまうため、適当な研究のフェーズで特許を確認する必要があると思います。ダイセル内でどのような議論があったかは分かりませんが、仮にこの大塚製薬の特許に気づいていたならば、裁判で主張したような解釈で製品を販売しても問題ないと判断したのかもしれません。一方、特許を出願する側としてみれば、実施例で説明できる限りなるべく広く技術範囲を請求項でカバーし、他社が類似の商品を販売できないようにする必要がありますが、他社がどんな切り口で類似の技術を使うか分からず、また特許は公開されるため類似の開発のヒントにもなってしまいます。この範囲の設定の難しさは、大塚製薬がこの訴訟において他社の製品が保有する特許に抵触していると認められなかった事実が物語っているのではないでしょうか。一度特許を出してしまうとその技術に近い特許を出願しても、前に出した特許が前例となってしまい、登録されるのが難しくなる現状があります。出願料自体はさほど高額ではないのでチャンスは無限にありますが、出願までに割いたリソースは極めて大きいので、戦略をよく考えて明細書に記載する言葉をよく吟味し一つの特許を出願する必要があると思います。

通常の化学の議論では構造式を使い、構造の見た目で判断します。一方特許では、基本的に文字ですべてを表し、文字の表現で同じか異なるかを判定します。そのため、難解かつ長い文章が明細書には登場するため、特許に関する仕事は乗り気にならない人も多いと思います。しかし特許について深く理解するようになると、他者の特許を読んで範囲のくくり方に対して興味深くなり、自分が特許のために実験を行う際に参考になります。大きな発見をすることは研究者ならだれでも夢見ることですが、研究者とその組織の力が試されるのは、その発見をしっかりと特許にする時だと思います。

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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