[スポンサーリンク]

odos 有機反応データベース

超音波有機合成 Sonication in Organic Synthesis

[スポンサーリンク]

概要

超音波処理(sonication)が化学反応を加速することは古くから知られてはいたが、最近まで合成化学者の注目を浴びることはなかった。

初期研究がほぼ水溶液反応に限られていた事情、および装置の入手性が問題だった。1980年代初頭から、合成化学者の興味を引く報告が数多くなされた。

超音波による化学過程全般を扱う研究は、広くSonochemistryと呼ばれている。

基本文献

<review>

反応機構

詳細は不明な点も多いが、基質の溶解性を稼ぐ以外にも以下の様な効果があると解釈されている。

超音波の周波数範囲は20〜10000 kHzであるが、これは化学反応を引き起こすための分子励起に十分ではない。電磁スペクトルと比較してみると、超音波のエネルギーは長波長のラジオ波に相当する程度である(図1)。

図1 音響スペクトル

図1 音響スペクトル

 化学反応の促進には、超音波による空洞化現象(cavitation)が関係する。

 液体中で疎密波が形成されると、高圧域と低圧域が発生する。蒸気圧より十分低くなった低圧域では、空洞(cavity)が形成される。そのため(溶存)ガスや溶媒蒸気を含む気泡が生じ、さまざまな過程を経て変化していく。きわめて小さい気泡は生じてもすぐに溶解してしまう。大きな気泡は音波の周期に比べ長い寿命を持っているが、音波にあわせ収縮・膨張するだけであり、超音波の化学効果には関与していない。このようなものを”安定キャビテーション”と呼ぶ。

化学反応を引き起こす過程は適切な小ささをもつ気泡の挙動によると考えられる。それらは図2のように生成・圧壊する。この圧壊によって発生する圧力と温度はきわめて大きい(1000気圧、数千℃以上に達するとされる)。この過程は”過度的キャビテーション”と呼ばれる。

図2 過度的キャビテーションの発生・圧壊過程の模式図

図2 過度的キャビテーションの発生・圧壊過程の模式図

過渡的キャビテーションの圧壊課程で生じる”ホットスポット”での熱分解に超音波効果を帰す説(ホットスポット説)が1950年に提唱され、現在の有力説とされている。

反応例

Wittig反応への使用例[1]: ホスホニウム塩のn-BuLiによる脱プロトン化は非常に遅い。ホスホニウム塩がTHFに溶けにくいことが障壁となっている。超音波照射下行うと、リンイリドの生成は1時間で完結し、91%収率で生成物を与えた。

sonication_2

過マンガン酸カリウムによる2級アルコール酸化への使用例[2]:炭化水素溶媒で酸化が行える。攪拌条件で行った場合には強い溶媒効果が見られるが、超音波照射下ではほとんどみられない。

sonication_3

糖アセタール合成への応用例[3]:超音波を使用すると、熱反応に比べて反応時間が大幅に短縮される。また、ジアセタールの収率は20〜30%高くなる場合が多い。 sonication_4

 (2000/8/25 by ブレビコミン 2016/2/11 加筆修正 by cosine)
(※以前より公開されていた記事を加筆修正のうえ、ブログに移行)

参考文献

  1. Low, C. M. R. PhD Thesis, Imperial College,Unversity of London, 1986.
  2. Yamazaki, J.; Sumi. S. et al. Chem. Lett. 1983, 379.
  3. Schmidt, O. T. Methods Carbohydr. Chem. 1963, 2, 318.

関連書籍

[amazonjs asin=”0198503717″ locale=”JP” title=”Sonochemistry (Oxford Chemistry Primers)”][amazonjs asin=”1617286524″ locale=”JP” title=”Sonochemistry: Theory, Reactions and Syntheses, and Applications (Chemistry Engineering Methods and Technology)”][amazonjs asin=”1489919120″ locale=”JP” title=”Synthetic Organic Sonochemistry”][amazonjs asin=”4431706348″ locale=”JP” title=”超音波有機合成―基礎から応用例まで”]

関連リンク

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. MSH試薬 MSH reagent
  2. マイヤース 不斉アルキル化 Myers Asymmetric A…
  3. ウォール・チーグラー臭素化 Wohl-Ziegler Bromi…
  4. 還元的アルドール反応 Reductive Aldol React…
  5. クリンコヴィッチ反応 Kulinkovich Reaction
  6. ブラン環化 Blanc Cyclization
  7. ハンチュ ピロール合成 Hantzsch Pyrrole Syn…
  8. 触媒的C-H活性化反応 Catalytic C-H activa…

注目情報

ピックアップ記事

  1. Thomas R. Ward トーマス・ワード
  2. ビニルモノマーの超精密合成法の開発:モノマー配列、分子量、立体構造の多重制御
  3. クメン法 Cumene Process
  4. 変わりゆく化学企業の社名
  5. 第15回日本化学連合シンポジウム「持続可能な社会構築のための見分ける化学、分ける化学」
  6. 低い電位で多電子移動を引き起こす「ドミノレドックス反応」とは!?
  7. 木材を簡便に透明化させる技術が開発される
  8. 還元的脱硫反応 Reductive Desulfurization
  9. 第71回―「化学のリーディングジャーナルを編集する」Stephen Davey博士
  10. 脱法ドラッグ、薬物3成分を初指定 東京都

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2016年2月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
29  

注目情報

最新記事

有馬温泉で鉄イオン水溶液について学んできた【化学者が行く温泉巡りの旅】

有馬温泉の金泉は、塩化物濃度と鉄濃度が日本の温泉の中で最も高い温泉で、黄褐色を呈する温泉です。この記…

HPLCをPATツールに変換!オンラインHPLCシステム:DirectInject-LC

これまでの自動サンプリング技術多くの製薬・化学メーカーはその生産性向上のため、有…

MEDCHEM NEWS 34-4 号「新しいモダリティとして注目を浴びる分解創薬」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

圧力に依存して還元反応が進行!~シクロファン構造を活用した新機能~

第686回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機化学第一研究室(鈴木孝…

第58回Vシンポ「天然物フィロソフィ2」を開催します!

第58回ケムステVシンポジウムの開催告知をさせて頂きます!今回のVシンポは、コロナ蔓延の年202…

第76回「目指すは生涯現役!ロマンを追い求めて」櫛田 創 助教

第76回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第75回「デジタル技術は化学研究を革新できるのか?」熊田佳菜子 主任研究員

第75回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第74回「理想的な医薬品原薬の製造法を目指して」細谷 昌弘 サブグループ長

第74回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第57回ケムステVシンポ「祝ノーベル化学賞!金属有機構造体–MOF」を開催します!

第57回ケムステVシンポは、北川 進 先生らの2025年ノーベル化学賞受賞を記念して…

櫛田 創 Soh Kushida

櫛田 創(くしだそう)は日本の化学者である。筑波大学 数理物質系 物質工学域・助教。専門は物理化学、…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP