[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

超原子価ヨウ素を触媒としたジフルオロ化反応

[スポンサーリンク]

ヨウ素は容易に酸化されて原子価を拡張し、オクテット則を超える超原子価ヨウ素を形成します。

高い酸化能を有する超原子価ヨウ素は酸化剤(化学量論量使用)として頻用されてきました(図 1A)[1]。近年、超原子価ヨウ素(ヨウ化アリール)の触媒反応が研究されており、適切な酸化剤を組み合わせることで、触媒量のヨウ化アリールを用いるアルコールの酸化やオレフィンの二官能基化が達成されています(図 1B)[2]

例えば、Liらは2,4,6-トリメチルヨードベンゼンを触媒とするオレフィンのsyn選択的ジアセトキシ化を報告しました[3]。また、石原らはキラルなヨウ化アリールを触媒とすることで不斉反応へ応用できることが実証しています[4]

今回は、このような超原子価ヨウ素触媒を用いたオレフィンの二官能基化反応のうち、「ジフルオロ化反応」について紹介したいと思います。

 

2016-07-27_01-41-15

図1 (A) 超原子価ヨウ素試薬 (B) 超原子価ヨウ素触媒反応

 

オレフィンの直接的ジフルオロ化反応

オレフィンのジフルオロ化は有用なジフルオロアルカンが直接合成できるため、これまでに様々な条件が検討されています(図 2上)。この反応では従来、フッ素化剤としてフッ素ガスやフッ化キセノンが用いられてきましたが、これらは基質適用範囲が狭く、高価であるといった欠点がありました。

1998年、原らはこれらの問題を解決するフッ素化剤として超原子価ヨウ素が利用できることを報告しました[5]。しかし、この反応は–78 °Cという低温条件が必要であり、かつ超原子価ヨウ素を事前に調製する必要があります。

一方ごく最近、ヨウ化アリールを触媒とするオレフィンのジフルオロ化反応が3件報告されています(図2,)。2015年、北村らはスチレン誘導体からフッ素原子をジェミナル位に有するアルカンを直接的に合成する反応を報告しました[6]。さらに2016年、同時期にGilmourと Jacobsenによってビシナル位がフルオロ化されたジフルオロアルカンの合成法が報告されています[7]。今回はGilmourらの論文についてもう少し深く掘り下げてみます[8]

 

2016-07-27_01-42-05

図2 (上) オレフィンのジフルオロ化反応のフッ素化試薬 (下) 超原子価ヨウ素触媒を用いたジフルオロ化反応

 

Gilmourらによる触媒的ジフルオロ化反応

本反応ではp-ヨードトルエンにセレクトフルオロを作用させ、系中で超原子価ヨウ素を生成させており、p-ヨードトルエンの触媒化に成功しています。想定反応サイクルは以下の通りです(図 3)。

  1. セレクトフルオロにより、p-ヨードトルエン(1)が酸化され、三価の超原子価ヨウ素2が系中で生成
  2. 生成した2とオレフィンが反応することによってカチオン性中間体3が生じる
  3. 中間体3に対し、フッ素が求核攻撃することで中間体4を与える
  4. 最後に中間体4に再びフッ素が求核攻撃することによって、目的物5が生成すると同時にp-ヨードトルエン(1)が再生し、触媒サイクルが完結

 

2016-07-27_01-42-48

図3 触媒サイクル

まとめ

今回、超原子価ヨウ素触媒を用いたジフルオロアルカン合成を紹介しました。本手法は高価な超原子価ヨウ素試薬の事前調製を必要としないことに加えて、ヨウ化アリールを触媒量に低減することができます。また、GilmourおよびJacobsenは論文中でキラルヨウ化アリールを用いた不斉反応化の可能性を示しています。今後は、一般性の高い基質に対して、高い不斉収率を与える反応に改良されていくのでしょうか。

 

参考文献と補足

  1. Wirth, T. Angew. Chem., Int. Ed. 2005, 44, 3656-3665. DOI: 10.1002/anie.200500115
  2. Singh, F. V.; Wirth, T. Chem. Asian. J. 2014, 9, 950-971. DOI: 10.1002/asia.201301582
  3. Zhong, W.; Liu, S.; Yang, J.; Meng, X.; Li, Z. Org. Lett. 2012, 14, 3336-3339. DOI: 10.1021/ol301311e
  4. Haubenreisser, S.; Wöste, T. H.; Martínez, C.; Ishihara, K.; Muñiz, K. Angew. Chem., Int. Ed. 2016, 55, 413−417. DOI: 10.1002/anie.201507180
  5. Hara, S.; Nakahigashi, J.; Ishi-I, K.; Sawaguchi, M.; Fukuhara, T.; Yoneda, N. Synlett 1998, 1998, 495−496. DOI: 10.1055/s-1998-1714
  6. Kitamura, T.; Muta, K.; Oyamada, J. J. Org. Chem. 2015, 80, 10431-10436. DOI: 10.1021/acs.joc.5b01929 この想定反応機構は以下の通り。2016-07-27_01-44-25
  7. Banik, S. M.; Medley, J. W.; Jacobsen, E. N. J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 5000-5003. DOI: 10.1021/jacs.6b02391 この想定反応機構は以下の通り。2016-07-27_01-44-56
  8. Molnár, G. I.; Gilmour, R. J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 5004-5007. DOI: 10.1021/jacs.6b01183

 

関連書籍

bona

投稿者の記事一覧

愛知で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. Dead Endを回避せよ!「全合成・極限からの一手」⑦
  2. 高選択的な不斉触媒系を機械学習で予測する
  3. スケールアップのためのインフォマティクス活用 -ラボスケールから…
  4. 第15回ケムステVシンポジウム「複合アニオン」を開催します!
  5. ウッドワード・ホフマン則を打ち破る『力学的活性化』
  6. 化学系面白サイトでちょっと一息つきましょう
  7. 有機合成化学協会誌2020年6月号:Chaxine 類・前周期遷…
  8. 2009年ノーベル化学賞は誰の手に?

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 信越化学1四半期決算…自動車や電気向け好調で増収増益
  2. 掃除してますか?FTIR-DRIFTチャンバー
  3. 食品添加物はなぜ嫌われるのか: 食品情報を「正しく」読み解くリテラシー
  4. ストックホルム国際青年科学セミナー・2018年の参加学生を募集開始
  5. アノードカップリングにより完遂したテバインの不斉全合成
  6. 第6回慶應有機化学若手シンポジウム
  7. 未来博士3分間コンペティション2021(オンライン)挑戦者募集中
  8. ウィッティヒ転位 Wittig Rearrangement
  9. センター試験を解いてみた
  10. 電池で空を飛ぶ

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2016年7月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

注目情報

最新記事

マリンス有機化学(上)-学び手の視点から-

概要親しみやすい会話形式を用いた現代的な教育スタイルで有機化学の重要概念を学べる標準教科書.…

【大正製薬】キャリア採用情報(正社員)

<求める人物像>・自ら考えて行動できる・高い専門性を身につけている・…

国内初のナノボディ®製剤オゾラリズマブ

ナノゾラ®皮下注30mgシリンジ(一般名:オゾラリズマブ(遺伝子組換え))は、A…

大正製薬ってどんな会社?

大正製薬は病気の予防から治療まで、皆さまの健康に寄り添う事業を展開しています。こ…

一致団結ケトンでアレン合成!1,3-エンインのヒドロアルキル化

ケトンと1,3-エンインのヒドロアルキル化反応が開発された。独自の配位子とパラジウム/ホウ素/アミン…

ベテラン研究者 vs マテリアルズ・インフォマティクス!?~ 研究者としてMIとの正しい向き合い方

開催日 2024/04/24 : 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足…

第11回 慶應有機化学若手シンポジウム

シンポジウム概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大…

薬学部ってどんなところ?

自己紹介Chemstationの新入りスタッフのねこたまと申します。現在は学部の4年生(薬学部)…

光と水で還元的環化反応をリノベーション

第609回のスポットライトリサーチは、北海道大学 大学院薬学研究院(精密合成化学研究室)の中村顕斗 …

ブーゲ-ランベルト-ベールの法則(Bouguer-Lambert-Beer’s law)

概要分子が溶けた溶液に光を通したとき,そこから出てくる光の強さは,入る前の強さと比べて小さくなる…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP