[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

ハウアミンAのラージスケール合成

“Scalable Total Synthesis and Biological Evaluation of Haouamine A and Its Atropisomer”
Burns, N. A.; Krylova, I. N.; Hannoush, R. N.; Baran, P. S. J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 9172. doi:10.1021/ja903745s

 

Natureを含む高インパクトファクタージャーナルに次々と論文を出しているPhil Baranラボ。あまりのproductivityの高さには、いったいラボの中身はどうなってんだと思わざるを得ません。

 

さてこのたび、抗腫瘍活性天然物・ハウアミンA (Haouamine A)の合成ルートが改良され、グラムスケールでの合成が可能となったとの報告がなされました。

ハウアミンAの合成において困難を窮めるのは、何より上図緑色で示した歪ベンゼン環の合成でしょう。ベンゼン環の6炭素は同一平面上にあるのが普通ですが、この場合には無理のある縮環構造に押し込められているため、下図のようにひずんだ形をとっています[2]

HaouamineA_4

こういった特殊構造は他になかなか見られない=合成化学者の研究モチベーションとなり、実際にあらゆる研究室で競って合成研究が行われています。

この構造を見れば、フェノール同士のクロスカップリング(or酸化的カップリング)でベンゼン環二つをつなぐアプローチを最初に考えて試すことでしょう(たとえば以下は一例)。生合成経路を考えても妥当性の高いアプローチに思えます。Baranラボといえども、ルート設定を見るに例外ではありません 。

HaouamineA_6

しかしこのような戦略での合成ルートは、どこのラボからも成功例が報告されていません。誰もが思い付くようなstraightforwardな発想では太刀打ちできない構造、というのは間違いなさそうです。

Baranラボから報告されたFirst Total Synthesis[1]では、かなりトリッキーな手法を用いて、この難題を解決しています。すなわち、アシルオキシピラノンとアルキンの[4+2]環化、引き続く脱炭酸により、芳香環を構築するというアプローチです。

HaouamineA_2

こんなところ(緑色のハサミ)で逆合成を切る発想は、標的化合物を穴の空くほど眺めても到底思い付かない・・・と筆者は思ってしまいました。しかしこのルートでは、保護基の掛け替え(Me→Ac)が必要となってしまい、最終段階の[4+2]環化も収率・再現性の面で難があるようで、大量合成への展開は難しかったようです。

今回報告された新規ルートは、最初からフレキシブルな炭素環(シクロヘキセノン)を使って大員環を巻きやすくしておき、それを芳香環化して固める戦略をとっています。アトロプ異性は不斉炭素からのキラル転写で制御することができるため、以前のルートよりも優れたものとなっています。

HaouamineA_3

このストラテジー自体は、モデル合成ではありますが、Wipfによって実効性が証明[2]されています。確実性の高いルートの一つではあったようです。

それでも、酸化条件に弱い官能基を多数有する化合物にあっては、相応の検討を要した模様です。最終的に上手く行ったのはスルフェンイミドイルクロライド(向山試薬)を用いる条件。リチウムエノラートをこれで酸化するとエノンが合成できる[3]のですが、この場合には、芳香環への異性化ですぐさまフェノールになります。保護基の掛け替えも不要となり、より簡便なルートとなっています。

 

・・・とはいえ、これだけではimprovementに過ぎないため、一見してJACS(Communication)へのアクセプトは難しそう、というのが偽らざる印象です。

 

彼らもそれは感じたのか、本ルートを「アトロプ異性体も作れる合成ルート」と捉えてアピールを行っています。すなわち、シクロヘキセノン部位のエナンチオマーを用いて、実際にアトロプ異性体を合成し、「天然物は、アトロプ異性体の平衡混合物ではない」ことを実証しています。単なる誘導体合成以上の学術的価値を付与する、巧みなアピールと言えます。

「論文のストーリー作り」や「アピール方針」が、科学研究の中でどれほど重要な位置を占めてしかるべきか、よく分かる事例では無いでしょうか。仮に「ルートを改善したことだけを示して終わり」でも、仕事としては相応のレベルなのかも知れません。しかし、「合成化学者以外は誰も読まない論文」になってしまうのも、また事実なのだと思えます。いろいろ学ぶところの多い研究に思えます。

 


 

ところで、Baranラボから発表されたハウアミンA関連の研究は、そのすべてが、Noah Z. Burnsという一人の院生の手によって成し遂げられています(論文著者を参照)。5年かけてグラムスケールにまで昇華させた合成研究でPh.D.をまもなく取得し、今度はポスドクとして別ラボで研究を行うとのこと。

今回、親日家の彼から特別にメッセージをいただくことができましたので、ここに紹介させていただきます(ちなみに彼の掲載許可はとってあります)。日本で化学研究を行う皆さんにとって、良い刺激となってくれれば幸いです。

 

Noah_Z_Burns

The largest difficulty in synthesizing haouamine A was construction of the 3-aza-[7]-paracyclophane macrocycle with its nonplaner phenol. Many seemingly logical strategies failed in this unusual system before we were able to work out the two-step macrocyclization/aromatization sequence.

Advice that Professor Baran gave me was to be as creative as possible and to never give up. In complex molecule synthesis I believe doing this will always lead to success.

I feel so lucky as a scientist to work within an international community.  If it weren’t for chemistry I would have never met all of the great friends I made at Tohoku University, Tokyo University of Science, Kyoto University, and Nagoya University during my wonderful trip to Japan last August. Thank you all for being such great hosts – I can’t wait to see you again in the US or Japan. ―― Noah

ハウアミンAの合成でもっとも大変なのは、非平面フェノールを持った3-アザ-[7]-パラシクロファンの大員環構築だったよ。2段階の大環状合成-芳香環化に行き着くまで、合理的だと思えた戦略をたくさん試したけど、このおかしな系では、ことごとくダメだった。

「創造力をできる限り働かせろ!決して諦めるな!」というのがバラン教授のアドバイスだった。複雑化合物の合成は、自分がそうあることで、いつだって上手くいく――僕は本当にそう思うよ。

国際色豊かなグループの中で研究できて、僕は科学者として本当に幸運だったと感じる。昨年8月には日本で講演旅行をしてきたんだけど、東北大学、東京理科大学、京都大学、名古屋大学――どこでも素晴らしい友人がたくさんできた。化学の世界にいなかったら、彼らとは出会えなかったと思う。僕を招待してくれた素晴らしいホストの方々、本当にありがとう。アメリカでも日本でも、また会える日を楽しみにしてるよ。――ノア (※筆者訳)

 

追記(2016.5.8)

本研究をしたBurns博士は、博士研究員を経たのちにStanford大学でPIとして研究室を主宰するに至っています。独自の触媒反応を用いてユニークな含ハロゲン天然物を全合成する仕事で頭角を現しています。ケムステでも紹介していますので是非ご覧ください。

関連文献

  1. (a) Baran, P. S.; Burns, N. Z. J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 3608. DOI: 10.1021/ja0602997 (b) Burns, N. Z.; Baran, P. S. Angew. Chem. Int. Ed. 2008, 47, 205. DOI : 10.1002/anie.200704576
  2. Wipf, P.; Furegati, M. Org. Lett. 2006, 6, 1901. doi:10.1021/ol060455e
  3. Mukaiyama, T.; Matsuo, J.; Kitagawa, H. Chem. Lett. 2000, 29, 1250. doi:10.1246/cl.2000.1250

 

関連リンク

The following two tabs change content below.
cosine

cosine

博士(薬学)。Chem-Station副代表。現在国立大学教員として勤務中。専門は有機合成化学、主に触媒開発研究。 関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。 素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 中国へ講演旅行へいってきました②
  2. 【速報】2010年ノーベル物理学賞に英の大学教授2人
  3. 超一流化学者の真剣勝負が生み出した丸かぶり論文
  4. PACIFICHEM2010に参加してきました!④
  5. 花粉症対策の基礎知識
  6. 博士課程の夢:また私はなぜ心配するのを止めて進学を選んだか
  7. 塩にまつわるよもやま話
  8. 溶媒としてアルコールを検討しました(笑)

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 統合失調症治療の新しいターゲット分子候補−HDAC2
  2. 異分野交流のすゝめ
  3. 究極のエネルギーキャリアきたる?!
  4. 独バイエル、2004年は3部門全てで増収となった可能性=CEO
  5. エーザイ 抗がん剤「ハラヴェンR」日米欧で承認取得 
  6. STAP細胞問題から見えた市民と科学者の乖離ー前編
  7. 「重曹でお掃除」の化学(その2)
  8. 今度こそ目指せ!フェロモンでリア充生活
  9. ジ-π-メタン転位 Di-π-methane Rearrangement
  10. ペンタレネン Pentalenene

関連商品

注目情報

注目情報

最新記事

アルデヒドのC-Hクロスカップリングによるケトン合成

プリンストン大学・David W. C. MacMillanらは、可視光レドックス触媒、ニッケル触媒…

“かぼちゃ分子”内で分子内Diels–Alder反応

環状水溶性ホスト分子であるククルビットウリルを用いて生体内酵素Diels–Alderaseの活性を模…

トーマス・レクタ Thomas Lectka

トーマス・レクタ (Thomas Lectka、19xx年xx月x日(デトロイト生)-)は、米国の有…

有機合成化学協会誌2017年12月号:四ヨウ化チタン・高機能金属ナノクラスター・ジシリルベンゼン・超分子タンパク質・マンノペプチマイシンアグリコン

2017年も残すところあとわずかですね。みなさまにとって2017年はどのような年でしたでしょうか。…

イミデートラジカルを経由するアルコールのβ位選択的C-Hアミノ化反応

オハイオ州立大学・David A. Nagibらは、脂肪族アルコールのラジカル関与型β位選択的C(s…

翻訳アルゴリズムで化学反応を予測、IBMの研究者が発表

有機化学を原子や分子ではなく、単語や文と考えることで、人工知能(AI)アルゴリズムを用いて化学反応を…

Chem-Station Twitter

PAGE TOP