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スポットライトリサーチ

ボールミルを用いた、溶媒を使わないペースト状 Grignard 試薬の合成

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第358 回のスポットライトリサーチは、北海道大学総合化学院 総合化学専攻 有機元素化学研究室 (伊藤肇 教授)  博士後期課程 3 年の 髙橋 里奈 (たかはし・りな) さんにお願いしました。
伊藤研ではメカノケミストリーを応用した非常にユニークな触媒研究を展開されており、髙橋さんは今回、ボールミルという粉砕器を活用することで溶媒使用量を大幅に抑えたグリニャール試薬の調製法を開発しました。この画期的成果は Nature Communications 誌に掲載され、1ヶ月を待たずに 1 万アクセスを超える大注目を浴びています。

プレスリリース概要

120 年の歴史を塗り替える:ペースト状グリニャール試薬の合成に成功

~有機溶媒の使用量を劇的に低減する新しい物質生産プロセスの構築へ~

 

北海道大学創成研究機構化学反応創成研究拠点 (WPI-ICReDD),同大学院工学研究院の伊藤 肇 教授,久保田 浩司 准教授らの研究グループは,有機合成において最も重要な反応剤の一つであるグリニャール試薬を,有機溶媒をほとんど使用せずに簡便に合成する方法を開発しました。

一般的なグリニャール試薬の合成は,水や酸素を除いた反応容器の中で,高純度の有機溶媒を使用し,温度を厳密に制御しながら行う必要があります。この方法は合成化学において確立された手法として,約 120 年に渡って広く用いられているものの,実験操作が煩雑であることや,有機溶媒由来の多量の廃棄物が問題点として挙げられています。

本研究では,ボールミルという粉砕機を用いることで実験操作を簡便化し,有機溶媒をほとんど使用せずにペースト状のグリニャール試薬の合成に成功しました。このグリニャール試薬は様々な無溶媒有機反応に利用できることから,環境調和型の新しい物質生産プロセスの拡充が期待されます。

本研究は,北海道大学大学院理学研究院,同大学創成研究機構化学反応創成研究拠点 (WPI- ICReDD) の 前田 理 教授,Jian Julong 特任助教及び京都大学化学研究所,自然科学研究機構分子科学研究所の 高谷 光 准教授と共同で行いました。

本研究成果は,英国時間 2021 年 11 月 18 日 (木) 公開の Nature Communications 誌に掲載される予定です。

なお,本研究は,科学技術振興機構 (JST) 戦略的創造研究推進事業 CREST「レドックスメカノケミストリーによる固体有機合成化学(JPMJCR19R1)」,創発的研究支援事業「固相メカノラジカルの化学と応用(JPMJFR201I)」,文部科学省科学研究費補助金「基盤研究 A」(18H03907),「新学術領域研究 (ソフトクリスタル)」(17H06370),「若手研究」(19K15547),「新学術領域研究 (ハイブリッド触媒)」(20H04795),文部科学省世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の支援のもとで行われたものです。

北海道大学プレスリリース 2021 年 11 月 18 日

書誌情報

Mechanochemical synthesis of magnesium-based carbon nucleophiles in air and their use in organic synthesis

Rina Takahashi, Pan Gao, Yunpeng Gao, Yadong Pang, Tamae Seo, Julong Jiang, Satoshi Maeda, Hikaru Takaya, Koji Kubota & Hajime Ito  Nature Communications, 2021, 12, Article number: 6691, DOI: 10.1038/s41467-021-26962-w

Victor Grignard に挑戦するという、クレージーかつ、膨大なデータ集めが必要なテーマでしたが、彼女はやり遂げてくれました!! 彼女は真に粘り強い研究者だと思います。卒業後の成功を願っています。

伊藤 肇

高橋さんは研究室のお姉さん的ポジションで、常に細かい点に気づいてくれる頼もしい存在です。伊藤研のメカノケミカル合成の研究は 2018 年からスタートしたのですが、彼女は初期メンバーとしてテーマの立ち上げから現在に至るまで地道に検討を進めてくれました。この Grignard 試薬のテーマはなかなかゴールにたどり着くまで時間がかかったのですが、弱音を一切吐かずに忍耐強く研究を推し進めてくれました。まさに彼女の博士研究の集大成にふさわしい成果だと思います。博士号を取得したのちも、新しい環境を楽しみながら活躍されることを期待しています!

久保田 浩司

地道な研究の積み重ね、大事なことですが、容易ではないと思います。ですが、花ひらいた時の喜びもひとしおですね!
それでは、インタビューをお楽しみください!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください】

ご存知の通り、Grignard 試薬は 1900 年に Victor Grignard により報告され、有機合成においてもっともよく用いられている有機金属試薬のひとつです。有機化学の研究室にいれば、誰もが一度はエーテル溶媒中でマグネシウム片と有機ハロゲン化物を反応させたことがあると思います。この合成では一般に、よく乾燥させたガラス器具を使用し、脱水溶媒を用いて、撹拌や活性化剤により表面の酸化皮膜を除き、急激な温度上昇に気をつけながら反応を実施する必要があります。

所属する伊藤研究室では、溶媒中では不活性ガス雰囲気が必要な反応でも、ボールミルを用いた固体内メカノケミカル反応により空気下で簡便に実施できることを報告しています [1,2]。このような背景のもと、ボールミルを用いてマグネシウムを活性化しながら、空気下で簡便に Grignard 試薬を合成できると考えました。過去にボールミルを用いて、有機ハロゲン化物と金属マグネシムを反応させることで、Grignard 試薬を合成する試みはなされたことがありましたが、これらはアルデヒド・ケトンのような一般的な求電子剤と反応しませんでした。私達は、その問題点は反応を完全に無溶媒にしたことにより、溶媒中と同様の反応性を有するマグネシウム錯体を形成できなかったことだと考えましたそこで化学量論量のエーテルを加えて反応を行ったところ、Grignard試薬の合成と続く求電子剤との反応が収率よく進行しました。本反応はエーテル系溶媒に溶けにくいアリールハライドにも適用できました。

このようにして得られたペースト状の Grignard 試薬について構造の情報を得るため、京都大学中村研究室の 高谷 光 先生にX線吸収微細構造 (XAFS) の測定を行っていただきました。この測定結果と北海道大学 前田 理 先生、Julong Jiang 先生による理論計算を組み合わせることで、確かに炭素–マグネシウム結合が形成されていることが示されました。さらに、現在は高谷先生を中心に物理や数学の研究者も絡んで、より詳細な構造解析が進められています。予期せず、本研究は測定法の研究が進展するきっかけにもなりました。

参考文献

[1] 遷移金属触媒の反応:
(a) Kubota, K.; Seo, T.; Koide, K.; Hasegawa, Y.; Ito, H. Nat. Commun. 2019, 10, 111. DOI: 1038/s41467-018-08017-9
(b) Seo, T.; Ishiyama, T.; Kubota, K.; Ito, H. Chem. Sci. 201910, 8202-8210. DOI: 10.1039/C9SC02185J
(c) Pang, Y.; Ishiyama, T.; Kubota, K.; Ito, H. Chem. Eur. J. 2019, 25, 4654-4659. DOI: 10.1002/chem.201900685

[2] 錯体合成: Kubota, K.; Takahashi, R.; Ito, H. Chem. Sci. 2019, 10, 5837-5842. DOI: 10.1039/C9SC01711A

 

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください】

どのような検討を進めればインパクトのある報告にまとめられるか、という点で頭を使いました。Grignar d試薬自体はよく知られた反応剤であるため、新規性を伝えるのは容易ではないと思いました。そこで、伊藤先生と久保田先生と相談して続報を出すことは考えずに調べきる!という方針になり、液体のブロモベンゼンから難溶性アリールハライドまで網羅した基質検討、遷移金属と組み合わせた反応、Grignard 試薬生成の証拠など、本反応の利点を主張するためにとにかくデータを集めました。その奮闘の結果が本文と SI で合計 4 ページにおよぶ基質検討です。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?】

炭素–マグネシウム結合が形成されている証拠を示すことです。ニッケル触媒や銅塩とのトランスメタル化によると考えられる反応が進行したことから、Grignard 試薬の生成が示唆されていました。しかし、固体 NMR は残存する金属マグネシウムが測定を阻害するため使えず、質量分析も困難でした。そんな状況の中、高谷先生にお願いして XAFS の測定をしていただけることになりました。軽元素の XAFS は難しいとのことでしたが、分子研の放射光施設 UVSOR で軟 X 線領域の測定を行い、ようやく炭素–マグネシウム結合形成の証拠を得ることができました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?】

M2 の頃書いた将来目指す研究者像に、新しい常識や当たり前に使われるような手法を確立していきたいと記していました。博士課程の研究で少し達成できたかもしれません。卒業後は化学メーカーに就職します。まだどのような製品に携わるか決まっていませんが、社会の縁の下の力持ちとして、高性能の材料でみなさんの生活の中の常識を更新していけるようにがんばります!

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

スポットライトリサーチを読むとどの研究も刺激的ですが、日々の研究室生活は実験と文献調査と書類作成と雑用などの地味な作業の繰り返しです。これらはスポーツでいう素振りや筋トレのようなもので、日々の積み重ねが研究を楽しむための土台になると思います。すぐに報われなくても、人と比べて落ち込む日があっても、必ず力はついています。まだ研究の楽しさがわからないと思っている学部生も、ときどき嫌になっちゃう上級生も、できれば主体的に、ときには心を無にして腐らず一緒にがんばりましょう!

最後に、指導してくださった伊藤先生と久保田先生、実験を手伝っていただいた Anqi Hu 博士、Pan Gao 博士、Yunpeng Gao 博士、構造解析にご協力いただいている高谷先生、前田先生、Jiang 先生に深く御礼申し上げます。また、研究室の皆様、研究会でいつも激励してくださる客員教授の 今本 恒雄 先生、この研究を紹介する機会をくださったケムステーション運営の方々に深く御礼申し上げます。

【研究者の略歴】


名前:高橋 里奈

所属:北海道大学総合化学院 伊藤肇研究室 博士後期課程3年 (日本学術振興会特別研究員DC1)

研究テーマ:ボールミルを用いた有機金属化合物の合成

 

 

経歴:

2013年3月 岩手県立盛岡第一高等学校 卒業
2017年3月 北海道大学工学部 応用化学コース (伊藤肇研究室) 卒業
2017年10月–現在 北海道大学 ALP リーディングプログラム (4期生)
2019年3月 北海道大学大学院総合化学院 総合化学専攻 (同研究室) 修士課程修了
2019年4月–現在 北海道大学大学院総合化学院 総合化学専攻 (同研究室) 博士後期課程
2019年4月–現在 日本学術振興会特別研究員DC1

 

髙橋様、伊藤先生、久保田先生、ありがとうございました!
伊藤先生、久保田先生には何度もケムステにご登場いただいており、これからの進捗も非常に楽しみになります!
それでは、次回のスポットライトリサーチもお楽しみに!

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創薬化学者と薬局薬剤師の二足の草鞋を履きこなす、四年制薬学科の生き残り。
薬を「創る」と「使う」の双方からサイエンスに向き合っています。
しかし趣味は魏志倭人伝の解釈と北方民族の古代史という、あからさまな文系人間。
どこへ向かうかはfurther research is needed.

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