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化学者のつぶやき

「もはや有機ではない有機材料化学:フルオロカーボンに可溶な材料の創製」– MIT・Swager研より

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ケムステ海外研究記の第36回はマサチューセッツ工科大学(MIT)化学科のPhD課程に在籍されている吉永宏佑さんにお願いしました。

吉永さんは、東大工学部・相田研究室にて学士号を取得後、アメリカのPhD課程に進学されました。現在所属されているSwager研究室は、カーボンナノ材料・高分子・液晶などを中心に、有機合成化学・材料化学分野で最先端を走る研究室です。吉永さんは、フッ素系溶媒に溶ける機能性分子の研究に取り組まれています。

インタビューでは、研究内容に加え、吉永さんが留学を決めるまでのエピソードや現地での様子などについて、詳しく語って頂きました。ぜひお楽しみください!

留学先ではどのような研究をされていますか?

私は現在、「フッ素系溶媒(フルオロカーボン)に可溶な材料の創製」に取り組んでいます。

図1:フルオロカーボンに可溶なπ共役系色素の概要。

フッ素系溶媒(フルオロカーボン)は水素がフッ素に置換された液体で、有機溶媒に加え水とも層分離するため、化学に新しい視点からの応用をもたらすことができます。しかし、フルオロカーボンに可溶な機能的分子は多くは報告されていません。そこで私は、フルオロカーボンに可溶なペリレンビスイミド、フタロシアニン、およびサブフタロシアニンの合成法を発表しました。[1] これらの分子は、蛍光を発したり、フルオロカーボン中で凝集したりするなど、 独特な光物理特性を持つことがわかりました。これらのπ共役系色素をフルオロカーボンに溶かした溶液は細胞の蛍光染色、太陽電池や有機トランジスタなどへの応用を目指して研究を続けておりますので、ぜひ続報にご期待ください。ここでは、グループの先行研究で報告された、有機層・フルオロカーボン層で構成される動的なエマルジョン [2] にこれらの色素を取り込んだセンサーを開発する共同研究を一部ご紹介致します。

図2:先行研究の動的エマルジョンの組成。

 

図3:有機界面活性剤の濃度が上がる際に見られる形態変化とその動画。

 

図4:フルオロカーボン界面活性剤の濃度が上がる際に見られる形態変化とその動画。

この動的エマルジョンは有機層とフルオロカーボン層で構成されており、外部刺激に応答するため、有機層・フルオロカーボン層のそれぞれに機能的な分子を加えることで、簡便かつ複合的なセンサーが作製できます。Swager研ではこれまでに様々な化学的・物理的・生物学的な原理を組み合わせることで、大腸菌、カフェイン、ジカウィルス、サルモネラなどの検出に成功しています。それに改良を加え、抗体を付加した界面活性剤、有機層に溶ける色素、私の合成したフルオロカーボン層に溶ける蛍光色素を利用し、リステリア菌の検出デバイスが先日発表されました。[3] 原理としては、界面活性剤に付加した抗体がリステリア菌に結合することでエマルジョンの凝集を誘発し、定性的には視覚的に、定量的には蛍光強度に変化が見られます。


図5:センサーの原理と実験結果の概要。また、凝集の様子を表す以下のイメージ動画を作成しましたので、併せてご覧頂けると幸いです。

なぜ留学しようと思ったのですか?

アメリカの大学院への進学は、英語で学位を取りグローバルに活躍する選択肢を広げることに興味があったため、早いうちから漠然と考えていました。人生の転機となる出来事は、大学3年生のときに授業で仲良くさせて頂いていた、のちの指導教官の相田卓三先生との授業後の2時間にも及ぶ立ち話でした。私は授業後に個別で適当な質問をとりあえずして、その後に実はアメリカの大学院への進学に興味がある旨を伝えました。すると、先生の目が漫画で描かれるようにキラキラして、アメリカの大学院に関する多種多様な話をして頂けました。感化された私は、アメリカの大学院への進学を決意し、相田研究室で研鑽を積みました。

アメリカの大学院への出願を通じて、研究の面白さはもちろん、文章の書き方も学ぶことができ、自分と向き合う非常に有益な機会となりました。Chem-Stationでもやぶくん、kanakoさん、rurururuさんが海外の大学院について分かりやすい記事がたくさん記されているので、学部生・院生で海外の大学院に興味がある人はぜひそれらの記事も見てみてください。

研究経験を通じて、良かったこと・悪かったことをそれぞれ教えてください。

研究留学経験を通じて良かったことは、MITの学際的で情熱的な研究環境を体感できたことです。とあるMITの教授が「MITでは優秀な人よりも、科学に情熱を持っている人を採用する」と言っていたことが印象的です。様々なバックグラウンドを持つ専門家が科学の発展に意欲を燃やしてMITに来ていて、その人たちと一緒に研究や議論をできる日々はとても充実しています。また、MITでは研究室間はもちろん、学科間の垣根も低く、学際的共同研究が非常に盛んです。教授陣が積極的にコラボレーションするこの研究環境のダイナミズムが、多くの研究分野でMITがランキングのトップを獲得できる要因なのでしょう。せっかくなので具体的にMITの大学院の良いところも挙げると、大学の医療保険が手厚い、授業料免除・給料が高く年3%ずつ上がる、セミナーやキャリアフェア、MIT主催の学会などのイベントがオンキャンパスで行われる、などもあります。

MITが主催したシンポジウムでポスターを発表した際の写真。

極端に留学で悪かったことは思い当たりませんが、MITといえど予算が潤沢な研究室は少なく、教授は予算獲得に注力しながら資金のやりくりを強いられる傾向にあります。また、初めて行う実験操作は経験のある人にもちろん相談しますが、前提として院生以上は放任で、自立が求められます。日本では配属当初に綿密なイニシャルトレーニングを行うところが多いと思いますが、私も学部生の時に綿密な指導を受けられて良かったと思います。

現地の人々や、所属研究室の雰囲気はどうですか?

私の指導教官であるTim Swager教授は非常にフランクで明るく、冗談好きで元気な50代です。彼はcuriosity-drivenな人で、科学に対する情熱は非常に強く、セミナーなどで積極的に質問をします。類は友を呼んでいるのかも知れませんが、グループのメンバーも皆明るく、冗談好きで元気です。昔、Timに「研究室・指導教官を選ぶことは、結婚することに似ている」と言われましたが、現時点ではこの「結婚生活」に満足しております。

Annual Group DinnerでTimと撮った写真。Tim「忠誠を誓いますか?」私「誓います」

Swager研究室には様々な国籍の学生・ポスドクがそれぞれ15人ほど、訪問学生などを含めて30人から40人が在籍する、アメリカの中でも有数の巨大研究室です。ミーティングは、Research Retreat、Group Meeting、Subgroup Meetingの3種類がありますが、ユニークだと思うRetreatについて紹介します。Research Retreatは月1回、8時から丸1日かけて、Tim自身がスライドをめくりながら、全員が10分の研究報告をします。発表時間は10分と決まっているものの、誰も守れないので会自体は非常に長引きますが、Timはひと月の中でこのRetreatの日が最も楽しみだそうです。Timのご厚意で朝食、昼食、軽食、飲み物などが出され、食費が浮くため私もいつも楽しみにしています(1ヶ月の結果を10分にまとめるのは大変ですが)。

その他のSwager研の公式イベントとしては、毎年6月に開かれるフォーマルなAnnual Group Dinnerや、冬にTimの家で開催されるホームパーティがあります。皆でバスケやバレーボールをしたり、仕事終わりにキャンパスにあるバーに行ったり、休みの日に一緒に外食したりして、充実した研究室生活を送っています。

今年Timの家で開催されたホームパーティの集合写真。一人前と認められれば地下のワインセラーを見せてもらえるという噂(私は今年見せてもらえた)。

また、ボストン地域には多くの大学・研究機関・病院などがあり、学生と研究者の人口が多いです。日本から来られている方との交流も盛んで、留学していなければ得られなかった出会いが数多くあります。課外活動の例として、他の日本から来られている学生と一緒に日本祭りを主催して日本の文化をMITに広める活動をしています。

大先輩の市川早紀さんの卒業と門出を祝った写真。卒業しても好きな元素は銅でしょうか?

渡航前に念入りに準備したこと、現地で困ったことを教えてください

研究に関してはアメリカに着くまで特に何も言われなかったので、渡航前はビザや大学の事務の書類関係について念入りに準備しました。多くの書類は連絡が来たらすぐに提出するように心がけました。主要国への渡航はネットに多くの情報が載っているとはいえ、事情は人それぞれ異なり、実情を把握しているのは自分しかいないので、特に気をつけた方が良いです。

また、地域ごとで注意すべきこと、特に住環境については、現地の人のみぞ知るようなことも多いので、滞在期間の長短にかかわらず、掲示板・Facebook・Slackなどを利用して、現地にいる人に話を聞くことを勧めます。私も渡航前に、当時MITにいた大尊敬する先輩から多くの助言を頂き、スムーズに新生活を始められました。

海外経験を、将来どのように活かしていきたいですか?

留学という機会に恵まれ、研究力のみならず、英語力、チームワーク、ロジカルシンキング、リーダーシップ、といったスキルも身につけることができたと思います。当初目標に掲げた通り、グローバルに活躍できるように選択肢を広げることができたと思うので、MITを卒業後、そのままアメリカで企業就職にチャレンジしたいと考えています。

海外大学院進学は、確かに視野は広がりますが、必ずしも成功が約束される訳ではありません。何事もそうですが、色々な選択肢の存在を知ることが重要で、その中から自分が正しいと思った行動を選択できると良いでしょう。私は運良く人生の先輩方から海外大学院という選択肢を教えて頂けましたが、まだ認知度は低いようなので、多くの後輩に知ってもらえるように引き続き情報発信をしていきます。

最後にメッセージをお願いします。

私の研究内容、Swager研について、海外大学院について、情報発信する場を下さったChem-Stationに改めて感謝申し上げます。また、この記事を最後まで読んで頂いた方も、何か知見が得られ、少しでも面白いと思って頂けたら幸いです。私の生活費の一部を支援して頂いている船井情報科学振興財団のページには、より詳しく留学生活を記した留学報告書がこちらのリンク先に掲載されています。東京大学で開催された海外大学院留学説明会に登壇した際に発表した資料も、こちらのリンク先に掲載されています。いずれも興味がありましたらぜひご覧ください。

この記事を読んで頂いている方の中にはSwager研OBの方も大勢いらっしゃると思います。私は2019年7月に札幌で開催されたISNA-18という学会に参加しましたが、初対面ながらも多くのOBと交流することが出来て楽しかったです。私が加わってからは日本からSwager研に来られる方が激減していますが、ポスドク先探し、留学先探しなど、より詳しく話が聞きたい方はぜひご連絡ください!

関連論文・参考資料

  1. (a) Yoshinaga, K.; Swager, T. M. Fluorofluorescent Perylene Bisimides. Synlett 2018, 29, 2509. DOI: 10.1055/s-0037-1610224. (b) Yoshinaga, K.; Delage-Laurin, L.; Swager, T. M. Fluorous Phthalocyanines and Subphthalocyanines. J. Porphyr. Phthalocyanines 2020, DOI: 10.1142/S1088424620500182.
  2. Zarzar, L.; Sresht, V.; Sletten, E.; Kalow, J. A.; Blankschtein, D.; Swager, T. M. Dynamically reconfigurable complex emulsions via tunable interfacial tensions. Nature 2015, 518, 520–524. DOI: https://doi.org/10.1038/nature14168.
  3. Li, J.; Savagatrup, S.; Nelson, Z.; Yoshinaga, K.; Swager, T. M. Fluorescent Janus Emulsions for Biosensing of Listeria Monocytogenes. Natl. Acad. Sci. U.S.A 2020, DOI: 10.1073/pnas.2002623117.

研究者のご略歴

名前:吉永宏佑(よしなが こうすけ)

所属:MIT, Chemistry PhD課程 Swager研究室

研究テーマ:フルオロカーボンに可溶な材料の創製

海外留学歴:4年(アメリカ)

略歴:
2012­–2016年 東京大学工学部化学生命工学科 相田研究室(学部)
2016年–現在 MIT, Chemistry, Swager研究室(PhD)

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kanako

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アメリカの製薬企業の研究員。抗体をベースにした薬の開発を行なっている。
就職前は、アメリカの大学院にて化学のPhDを取得。専門はタンパク工学・ケミカルバイオロジー・高分子化学。

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